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討伐される暴君作成ゲーム  作者: かさのした
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6.モブのチョロさかと

タクトは従者に促され、陛下の寝室を出た。

来るときに案内してくれた甲冑姿の兵士がそのまま待っていたので、また、前後左右を挟まれて移動する。

後ろ手に二人の近衛騎士が両側から観音扉を閉めてくれた。


「ツインテールのツンデレ系のメイド、双子の従者、あとは。」

歩きながら、小説の登場人物を思い出していると、短髪の従者が心配そうに振り返った。


その心配そうな顔が胸に刺さり、まるで強がっているような返事を返してしまった。

「大丈夫。」


思わず感情移入しそうな自分に気づき、一呼吸おいて、続けて話す。

「少し考え事をしていただけだから。

あの小説の主要登場人物の残りを思い出していたんだ。」


「陛下のことをお考えではないのですか?」


「そう。

黒髪ポニテのメイドに、茶髪を腰までのばしたお姉様系騎士、銀髪の悪役令嬢とその婚約者の王子。

それからピンクの綿菓子頭のヒロインに、そこに横恋慕する主役の悪役令息、だったかな。

ちなみに、悪役令息は転生者で、破滅回避に奮闘する話だ。

俺の推しは、」


「殿下。

話を逸らされなくても、わかっております。

陛下が心配なのですね。」

首を緩く振った、金髪従者の愁いを帯びた微笑みで話を遮られてしまっては、もう続けられない。


そのまま、大人しく居住区にある、王子の私室に案内された。


入ると私室には軽食が用意されていた。

一人用のテーブルに皿がいくつかあり、パンとスープ、長いソーセージが数本と果物がのせてあった。


「とりあえず、晩飯に食べた唐揚げ定食でなくてよかった。」


感情のこもらない声でそう言いながらテーブルにつくと、短髪の従者がワイングラスにワインを注いでくれた。

グラスを手に持ち、香りを嗅ぐとアルコールの臭いがしない。


「ワインかと思ったら、葡萄ジュース、か。

ブレインリンクシステム自体がR15だからか。

ゲーム自体は年齢制限していないし?

ワイングラスだから期待するだろ。」

タクトは肩を落としながらぼやいた。


「他の飲み物がよろしかったでしょうか?」


「いや、任せているから問題ないよ。」


「有難うございます。

いつももお任せいただいておりますので、殿下のお口にあいますよう努力いたします。」


「いつも、そうだな、自分では決められないから、任せるよ。」

そう言いながら一口ジュースを飲むとグラスを置き、パンに手を伸ばした。

料理は可もなく不可もなく、コッペパンに野菜コンソメスープ、ウィンナーソーセージは一般的な味と咀嚼感だった。


食事後、タクトの寝支度を整えると、従者二人は扉の前に並んで立ち一礼をした。

「では、おやすみなさいませ。」

従者二人は、静かに扉を閉めて部屋から出ていった。


王子の私室の隣には従者の控室があり、その横にさらに従者の私室がある。

二人はそこに戻り、夜は何かあったときのために、交代で控室に待機する。


タクトは寝室に入ってみたが、執務室の隣室とさほど変わらないシンプルな部屋だった。

執務室の方がよほど豪華だ。


「そういえば、あの小説では悪役令息の私室の描写はほとんどなかったな。

ということは、このシンプルさは単に俺の好みか。」


木製の木目を生かしたきれいな木彫りが施された家具にベッド、扉にも陛下の寝室と同じような木彫りが施されている。

私室の扉のある側から反対側の壁に扉があり、今は誰も使用していないが、その先は王子妃の寝室に続く。


寝室をぐるっと見回し、特に変わったものはなさそうなので私室の方に戻った。

外に出ようと廊下に続く扉の銀の取っ手を掴み内側に引いて見た。

しかし、扉の前には兵士が背を向けて立っており、その体で塞がれているため外には出られない。


「殿下、どうされましたか?」

兵士は扉が開いたことに気づいて肩越しに後ろを振り返った。

ミラノ式の兜で、バイザーを頭から顔におろしているため表情はわからないが、重みのある声をしている。


特に何も考えていなかったので、適当に答えてみた。

「何か、飲み物を持ってきてくれ。」


「暖かいものがよろしいですか?

冷たいものがよろしいですか?」


兵士がこんなことを聞くことに違和感があったが、とりあえず返事をする。

「どちらでもいい。」

普通、従者かメイドを呼んで、対応させそうなことだから、何か意味があるのだろう。


「どちらでもいいのですね。

わかりました。

メイドに伝えて持ってこさせますので部屋の中でお待ちください。」

そのまま兵士はドアを閉めた。


「部屋からは、出してもらえないんだな。

素直に散歩に行くとでも言えばよかったかな?

その場合の分岐は、どうだったかな。

わからないな。」


ルートの方向性や分岐点、ストーリは覚えているが、攻略方法を理解しているわけでないので、不要な要素は避けたいところだ。

しばらくして、メイドが持ってきたのは、暖かいお湯だった。


「お白湯?」

メイドが持つお盆の上にある陶器の白いティーカップの中を見た後、視線をメイドの顔に戻してそう聞いた。

黒髪ポニーテールで緑の瞳をしたメイドの白い襟元に茶色のリボンが結ばれていている。

このリボンの色は、配膳担当のメイドの印だ。


「は、はい。

兵士の方に、殿下が何でもいいから飲み物をご所望だとお伺いいたしましたので、寝る前ですし、お白湯をお持ちしました。」


タクトは、自分の顔色を窺いながら答えるメイドを見て、頷いた。


「やっぱり。

悪役令息の邸宅で忙し気に走り回っている、素直さが取り柄のドジっ子系メイドキャラだ。」


黒いワンピースの上から白い肩ひもをかけ、胸からひざ丈まで覆うエプロンはウエストの後ろでキュッとリボンが結ばれている。

メイドお馴染みのエプロンドレスだ。


「何か飲み物で、暖かいもの、冷たいもののどちらでもいいと言ったけど。

せっかくだから、ゲームの中くらい、何か、ちょっと豪華なものが良かったんだけど。

お酒とか。

そう、寝る前と言ったら、寝酒だろ。」


メイドは、お盆にお白湯をのせたまま一歩下がった。

「も、申し訳ございません。

すぐにお持ちします!」

慌てて、踵を返そうとするメイドを止めた。


「いや、もういい。

それでいいから、置いていってくれ。」


「はい。

申し訳ございません。」

腰を深々と折って謝ると、部屋の中ほどにあるテーブルまで行きお白湯をお盆ごとおいた。

メイドは恐がりながらも、落ち着いた所作で礼をすると部屋から出ていった。


メイドが出ていった扉を見ながらタクトは、首を傾げた。

「うーん。

外見とメイドという役職以外、なんの共通点も無かったな。

小説の中のメイドなら、一度はこけて、俺に迷惑をかけただろうけど。

ドジっ子愛されキャラのメイドとは、別物だな。」


タクトは椅子に座り、テーブルに置かれたお白湯を手に取った。

カップの温もりを感じながら、キーワードを唱えた。


「視点変更」

視点が部屋の外の廊下の天井に移動した。

メイドはつい先ほど出ていったばかりだから、まだ、廊下の辺りにいるだろうと思ったのだが、扉の前で兵士と話しをしている。


「どちらでもいいとお伺いしたので、お白湯をお持ちしたの。

でも、お酒をご所望だったみたいで。

私、ご迷惑をおかけしてしまったわ。」

メイドは緑色の瞳からハラハラと涙を落して甲冑の兵士に話しかけていた。

自分のすぐ目の前で、頭を俯かせながら華奢な肩を震わせるメイドの涙声に兵士は困惑している様子だ。


「そうか、殿下の優柔不断には困ったものだな。

私も、もう少し、詳しく聞けばよかった。

すまない。」


メイドは顔をあげて、兵士に微笑みかけた。

「ありがとう。

慰めてくれるの、優しいのね。

あなたのせいじゃないわ。」


廊下の天井を視点にしているタクトは、そんなやりとりを見ながらあきれていた。

「泣くほどのことじゃないだろ。

なんだこれ、イベントだったのか?

優柔不断認定?」


メイドは、兵士がオロオロと前に差し出した手をガントレットの上からキュッとにぎり引き寄せ、さらに少しかかとをあげてバシネットに顔を近づけた。

じっと涙目のままバイザーから兵士の目が、まるで見えているかのように見つめていた。

「お礼に、明日、食堂で夕食を御馳走するわ。

夕方、来てくれる?」


手を振りほどくこともできず、兵士は焦っている。

「いえ。

これくらいのことで、お礼だなんて。」


メイドはさらに兵士の手を強く握った。

ガントレットの上から握っているため、その感覚が兵士に伝わっているかは分からない。

「忙しいのですか?

そうであれば、諦めます。」

緑の瞳を潤ませながらそう言われた兵士は折れてしまった。


「わ、わかりました。」


タクトは、あきれるというより面白がっていた。

「は、はは。

なんだこれ。

チョロすぎるだろ。

ゲームの中でモブの恋愛要素もあるのか。

これ、兵士が返事する前に俺が扉を開けてたら、夕食デートなしになったのか?」


メイドは、泣いて赤くなった目元を嬉しそうに緩ませた。

「私の名前はレアリアと言います。

明日、食堂でお待ちしてますね。」

そう言ってかかとを床につけて兵士から手を離すと、ペコリとお辞儀をして去っていった。


ポニーテールが揺れながら去っていく方向を兵士は眺めていた。

「困ったな。」

顔を少し俯かせバイザーに手を当てると、バシネットの上に持ち上げた。

その隙間から青い色の髪が見えた。


タクトはハッとした。

「あの顔。

青い髪に、黒い瞳。

このゲームの主役の王子が生まれたあとの主要キャラの特徴だ。」

だが、兵士はすぐにバイザーを下げ姿勢を正した。

王子の部屋の扉を警護するものとして、気を引き締めたようだ。


「視点変更」

レアリアと名乗ったメイドが去っていった方に視点を移動させた。

廊下の角を曲がり、1階に下り厨房の方に進んでいるが、キョロキョロと周辺を見渡して誰もいないことを確認している様子だった。

誰もいないことを確かめたかと思うと、両手で拳を作って胸の前にあて、背を丸めた。

「よし!セイコー!

クラウド様を誘えたわ!」

歓喜の声だ。


一瞬怪しげに思えた動作だったが、単純に喜んでいるのがわかる。

「クラウド様?

やっぱり、俺の部屋の前の護衛兵士、このゲームの主要キャラの一人だ。

え、やっぱりこれイベントだったのか?

モブキャラがチョロいだけかと思った。

視点変更してなかったら見逃してた。」

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