47.主人公は英雄に4
楽団に扮した俺たちは、舞踏会場で楽器の調律を行いながら辺りの様子を伺った。
名を呼ばれた豪華な装いの貴族たちが、紳士淑女然して会場入りしている。
その周りでは使用人たちが、コートを預かったり飲み物を運んだりと忙しそうだが、その中の半数以上は味方で見知った顔だ。
サイクラン領で寝食を共にして、時には剣を交えながらこの討伐の日のために闘ってきた仲間たちだ。
皆が本心を隠して笑顔で対応しているのに比べて、俺は緊張のあまり顔のこわばりがとれないでいる。
被っている楽団の帽子をさらに目深にかぶった。
帽子は高さ20cmくらいの円柱の黒い帽子で、さらに黒くて広いつばがついている。
帽子の後ろには黒い毛玉のようなもので覆ってあるため、帽子に髪を入れ込むと外見では髪の色は分からないようになっている。
「おい、ブラン、見ろよ。
後に入ってくる貴族ほど派手で重そうなもの着てるよな。
よくあんなにジャラジャラと宝石つけたもん着て歩けるよな。
俺の剣より重いんじゃないか?」
スカイはアルト・フルートを片手に持って、反対の手でコートの裾の広がりで隠れた剣を上から抑えている。
「ああ、宝石で重そうだ。
それよりスカイ、剣を触るなよ。
ばれたらどうする。」
「大丈夫だ、貴族たちはお互いの衣装を褒めるのに忙しくてこっちなんて見ちゃいない。」
「ブラン、スカイ、最後の三侯爵が城内入りするようだ。
それに合わせて、曲を流し始めるから配置につけ。
それと、仲間たちも城内の配置につき終わったと合図があった。
ガイとジミールも、壇上の王家専用の扉の護衛についたようだ。」
クラウドが手に持った指揮棒で、楽譜台をトントンと叩いた。
楽器が苦手なクラウドが指揮役だが、それだけではなく会場内に散っている仲間たちと合図し合う役も行っている。
俺とスカイはレアリアさんから横笛や縦笛の奏で方を教わっていた。
礼儀作法より楽しかったので、これはまじめにやっていて良かったと思った。
俺もスカイも少しの練習でフルート曲を奏でられるようになった。
元近衛騎士のユージンとフレンド、王族の元従者のミマリ、ミズマリの4人は当然の教養として楽器を使いこなしていた。
俺たちは侯爵たちの入場と共に、歓談する貴族たちの邪魔にならない程度に静かでゆっくりとした曲を奏で始めた。
日が沈みかけて暗くなるころ、舞踏会場の壇上にある王家専用の大きな観音扉が左右に大きく開いた。
曲を奏でるのをやめて開いた壇上の大きな観音扉の方を見ると、豪華な装いをした茶色の髪に濃いグレーの瞳をしたこの国の王が入ってきた。
歓談をやめた貴族たちが一斉に頭を下げたので、俺たちも90度の礼をする。
舞踏会場の壁際にいた甲冑の兵士たちの敬礼の音がガシャンと響き渡り、余韻が消えて行った。
静寂の中、壇上から声が聞こえた。
「頭を上げてよい。」
初めて聞く声だが、聞き覚えがあるような気もする。
王の挨拶が終わり、拍手と祝いの声が飛び交う中「音楽を流してくれ」と指示する声が聞こえた。
意図してフルート演奏のないダンス曲を選び奏でだすと、使用人たちが貴族たちから預かった贈答品を俺たちの近くに置き出した。
打合せ通りだった。
貴族たちはパートナーとのダンスを披露し始めた。
壇上では茶色の髪の王が二つあるうちの一つの椅子に座ると、ダンスをしていない貴族たちもそれぞれ会場で歓談し始めた。
誰も、壇上に近づこうとせず、思い思いに動き回っている。
帽子のつばで目線を隠しながら壇上に座る王の様子を見ていたが、椅子の右肘掛けにひじをつき、ワイングラスを片手に皆のダンスをただつまらなさそうに眺めている。
後ろに警護の兵はいるが、あんな風にこの城で1人だったのだろうかと、つい、思ってしまった。
仲間たちが積み上げる贈答品の山が高くなってきて、会場からは完全な死角となった。
俺は今がチャンスだ思い、スカイに目配せをするとすぐに気づいてくれた。
王家の剣を隠した箱を取ると階段に近づき駆け上がって、王の前に進んだ。
それに気がついた警護の騎士が王の前に出てきたとき、箱から剣を出そうとしたが声に遮られた
「下がっていろ。」
椅子に座ったままの王はワインを飲み干すと、俺の前にいた騎士に空になったグラスを渡して下がらせた。
目の前に怪しいやつがいきなり立っているのに、この男は何を考えているんだ?
グラスを受け取った騎士は、しぶしぶ空のワイングラスを片手に階段を降りて行った。
俺は楽団帽のつばを持って、銀の髪を見せつけるように勢いよく脱ぎ捨てた。
王の表情がまったく変わらないことにイラつき、持っていた箱から剣を出すと、空の箱を王の足元に投げつけた。
王の後ろにいた護衛の3人の騎士たちが、俺の髪の色を見て驚いている。
動きの鈍い護衛を無視して、目の前の男の正面に立ちその喉元に剣先を向けた。
「それは、王家の剣!」
護衛が王の喉元に剣が突き立てられたことよりも俺の剣を見て驚いたようだったが、そんなことはどうでもよかった。
目の前の男が全く動揺していないことに俺はさらに苛立ちを感じた。
壇上後ろの扉が静かに開けられ、ガイとジミールが入ってくると隙だらけの騎士たちの首筋を殴りつけて全員を気絶させた。
スカイがそれを見て呆れている。
「鈍いな、俺の父さんなら主君に剣が向けられる前にはじいてただろうな。」
スカイも帽子を脱ぎ捨てると、俺の背中に背中を合わせて、剣の柄に手を添えて舞踏会場を睨んだ。
スカイに背を守られると、苛立ちが少しマシになった。
俺は、無理矢理笑顔を作って目の前の男に話しかけた。
「初めまして?父さん?」
すると、思いもよらない答えが返ってきた
「初めまして?ブラン?」
俺と背中を合わせていたスカイも驚いて、振り返った。
目の前の男は、俺に父さんと呼ばれても相変わらず平然としている。
平然としているどころか更にとんでもないことを口にした。
「ブランシュよりも瞳の色が濃いのは、私に似たのか。」
「陛下!
ガイ!ジミール!おまえたち何をしている!」
ワイングラスを使用人に渡した騎士が壇上に向かって階段を駆け上がってきたのに気づいたスカイが剣を抜いて振り下ろした。
階段下から大きな悲鳴が上がり、城内警備の甲冑の兵士たちが剣を抜いた。
「「陛下!」」
クラウドたちがすかさず帽子を脱ぎ去り武器を取って会場内に躍り出て、壇上に近づこうとする甲冑の兵士たちに切りかかる。
スカイが階段で騎士と打ち合いを始めると、ジミールとガイが剣を抜いて王に向けた。
それでも父さんは慌てない。
「おまえたち、仕事放棄か?
ここは、いいから、さっさと下の奴らを片付けに行け。」
そう言いながら、ジミールとガイに向かって掌を振ってみせている。
「「陛下、何を!
我々は今陛下に剣を向けているのですよ!
裏切っているのですよ!
なんとも思われないのですか?」」
ジミールとガイは、何か言ってくれと懇願するように叫んだ。
俺は、この二人も心の奥底では、この暴君がまともになってくれることを願っていたのだとわかった。
こんなに慕われていたのに、暴政を行って臣下に討伐を決意させるなんて本当に大馬鹿野郎だ。
「ああ、私を倒すのは、ブランだよ。
お前ら邪魔だ。」
俺は困惑した表情のジミールとガイを見た。
「うん。
行ってくれ、ここは、俺とスカイだけでいい。」
「しかし!」
ジミールとガイの困惑した声が聞こえたのか、階段の途中で騎士とにらみ合っていたスカイが二人に声をかけた。
「ここは、俺とブランだけでいい。
ブランの剣技は既に俺の父さんを越えている。
もちろん、俺もということは、知ってるだろ?」
「わかりました!
ご無事で!」
ジミールとガイは大声で叫ぶと階段下で戦っているミマリとミズマリの方へ走った。
「あの二人から受け取った剣は、気に入ってくれたみたいだな、ブラン。」
父さんは短剣で戦っているミマリとミズマリを懐かしそうに目を細めて見ながら言った。
「俺の名前を知っていたんですね。」
俺はときどき聞こえてきた声を思い出していた。
俺の後ろの階段上で、騎士と剣を交えながら叫ぶスカイの声が聞こえた。
「兵士が壁から離れた!会場中のドアを全部開けろ!」
会場の外で待機していた仲間たちが会場に流れ込み、貴族の悲鳴が一段と高くなった。
「俺がお腹にいる時に、父さんの声が聞こえたと、母さんが言ってました。
もうすぐ、ブランが生まれると。
それは、俺もそうなのかもと、思っていて。」
俺は意を決して、聞いた。
「父さんは、俺の名前を呼んだ?」
「そうか、確かにそんなこともあったな。
ブランシュがユリ椅子で転寝をしていたときだったかな。」
剣を突きつけられたままなのに、父さんは世間話でもするように話している。
その落ち着いた様子に、何故か悔しさを感じた。
「俺にも、誰かわからないけど、かすかに変な言葉が聞こえたことがあった。
例えば、クラウドに剣を教えてもらっているとき、値がチート、とか。」
父さんの目が微妙な弧を描いた。
「8歳か9歳で、ほとんどクラウドを越えているようだったから、剣技の上限がチートだと思ったんだ。
クラウドの息子もかなりの腕前のようだったけど、お前にはかなわなかったよな。」
何で笑えるのか、何で平然としていられるのか、まったく自分の親ながら信じられない思いだった。
「知っていたのか。
そうか、見ていたのか。」
俺の後ろでは、激しい打ち合いの音が響いていた。
それでも、もう少しだけ、母さんのことを伝えないといけないから。
「この城に忍び込むために案内されたとき、厨房の横の倉庫を通った。
倉庫の横に、グレーの薔薇のアーチと、グミの木があったのを見た。
それで、俺は、ミマリとミズマリに聞いた父さんと母さんの話を思い出した。
父さんと母さんの出会いと、グレーの花を見ずに母さんが逃げ去ったこと。」
声が震えているのがわかった。
スカイに「泣き虫だ」と言われたことを思い出して首を振った。
「母さんが、逃げてごめんなさいって、言ってた。
自分に勇気がなかったから、こんなことになったんだって泣いてた。
情けない母さんでごめんって俺にも誤ってた。
一応、父さんには伝えておく。」
「そうか。
戻ったら、気にしなくていいと、ブランシュのせいじゃないと伝えておいてくれ。
謝る必要も悪びれる必要もない。
ブランもブランシュを責めないでやってくれ。」
父さんは大馬鹿野郎で無責任だと思うから、俺はそんなやつに言われたくなかった。
「俺に、父さんと母さんを責める資格があるとは思わない。
レアリアさんに貴族の作法を教えてもらったから、母さんが逃げたいと思う気持ちはわかる。
ただ、父さんが国の人たちにやったことに対する責任は取らないといけないとは思っている。
だから、今日、ここにきて、父さんに剣を向けているんだ。」
俺は意を決して誰にも言えなかったことを聞くために口を開いた。
「だけど、その前にはっきりさせたいことがあるんだ。」
「はっきりさせたいこと?」
「さっきも言ったけど、俺には小さい頃から、俺以外には聞こえない声が聞こえてくることがあった。
もう少しでゲームクリアだ、とか?」
手が震えて、父さんの喉元を剣がかすってしまった。
父さんは何ごともなかったように剣先から喉元を離すために背もたれに体を預けて、口元に手をやった。
「俺の声が?
聞こえていた?、、、」
父さんの言葉に俺ははっきりと確信した。
「心当たりがあるのか。
何のことか考えたけど、もしかして、ここはゲームの世界?
だとすると、父さん、あなたは一体何者だ?」
父さんは真剣な顔をして答えた。
「ここはゲームの世界、と言うのは当たっている。
そして、俺は、プレイヤーだ。」
「では、ここはゲームの世界で、俺たちはゲームの駒なのか?」
「駒かと聞かれると、そうとは言えないかな。
、、、この世界が何であれ、電気が通っている間は、お前の意志で動いているよ。
誰の駒でもなく。」
ところどころ、単語がマスクされているように聞き取れない。
「大丈夫、おまえは誰にもコントロールされていない。」
だけど、最後に父さんが言った言葉は強く残った。
「コントロールされていない?
あなたにも?」
「そう、お前の父親だ、、。
俺がお前の父親をコントロールして、、、」
父さんが父さんじゃないのかと混乱しそうになりながらも、母さんのことを思い出した。
「俺の父親をコントロール?
じゃ、あの花はなんだ?グミの木は?
おまえは、母さんを愛してなかったのか?
だから、分かっていながら、声をかけながらも俺のことも放置していたのか?」
父さんは困って眉を下げた。
「正直、そういう次元ではなく、何というか泣かせたくない存在なんだ。
幸せになってほしい存在なんだ。
二人とも。
とても、愛おしい存在として、見ていたよ。」
その笑顔を見て本当に、困った大馬鹿野郎だと思った。
俺が父さんに会ったのは今日が初めてだ。
だけど、そんな風に言われて、母さんやミマリとミズマリの気持ちが少しだけ分かったような気がする。
だけど。
「愛おしいから、あんな戦争を起こしたのか?
それだけじゃない、貴族の勝手な振る舞いに、この国の多くの人たちがどれだけ苦しんだか。
暴力的な圧政で、権力を振りかざして。」
「ブラン!
何してるんだ、後はそいつだけだ!下を見ろ!」
耳に入ってきたスカイの叫び声が俺の迷いを消し去った。
「父さん!
いや、皆を苦しめる圧政を強いてきた暴君であるおまえを!
許すことはできない!」
許してはいけない、絆されてはいけない、俺は無抵抗の父さんに剣を振り下ろした。
「許すことはできないんだ!」
振り下ろした剣を後ろに引き、さらに勢いをつけて胸に突き立てた。
剣を離して後ろに一歩下がると、胸に剣が突き刺さったまま父さんは俺の足元に崩れ落ちた。
足元に転がる父さんを見て、呆気なく終わってしまったことを知る。
気持ちがついてこず呆然としていると、スカイとクラウドが走り寄ってくるのが見えた。
「スカイ、クラウド。
父さんを、父さんを倒した。」
スカイが俺の頭を自分の肩に押し付けて、もう片方の手を俺の背に回して抱きしめてくれた。
俺とスカイを両手で覆うようにクラウドが力強く抱きしめてくれた。
スカイの肩越しにミマリとミズマリが俺の足元に転がる父さんに跪いているのが見えた。
瞳を閉じて嗚咽が零れないよう口元を引き締め、金の髪を揺らしている。
壇上の雰囲気とは異なり、舞踏会場では歓喜の声が響き渡っていた。




