44.主人公は英雄に1
俺の名前は ブラン。
今年18歳になる。
生まれたときから母さんと二人で、ローズウェスト国の端にある山間の村はずれの1軒屋に住んでいる。
母さんは肩より長く伸ばした銀色の髪に、薄いグレーの瞳をしている色白の美人だ。
俺のショートカットにした髪も母さんと同じ銀色だけど、瞳の色は母さんより濃いグレーの色をしている。
瞳の色は父さんに似ていると母さんから聞いたことがあるが、父さんのことを聞くと母さんは泣きそうになるのでそれ以上のことを聞いたことはなかった。
母さんと二人で暮らしている村には俺の幼馴染のスカイとその両親も住んでいて、村はずれの家まで毎日のように訪ねてくれていた。
この村の若い住人のほとんどは、馬で半日ほどかかる町で働いており、時々休みの日に帰ってくるくらいで、実際に住んでいるのは100人にも満たない。
村人以外では、町から行商人が生活必需品を週に1回売りに来る程度で、村人以外の人が来ることは滅多になく、地図にも載っていないような村だ。
3歳くらいからだと思うが、元兵士のクラウドがその剣技を息子のスカイだけでなく俺にも教えてくれるようになった。
それに森にも連れて行ってくれて、狩りの方法、逃げる方法、隠れる方法、食べられる木の実や、毒のある植物のことも教えてくれた。
5歳くらいだっただろうか、当初俺はクラウドのことを「おじちゃん」と呼んで慕っていた。
だが、クラウドは「私のことはクラウドと呼んで欲しい」と要望されたので、「クラウドさん」と呼ぶと、呼び捨てでいいと言われた。
俺が「クラウド?」と呼びかけると、満面の笑みで答えてくれたのが嬉しくて、そのまま呼び捨てにしている。
それを聞いたスカイも自分の父親を指さして「クラウド!」とあどけない顔で呼んだが、「おまえは父さんと呼べ!」と頭を小突かれていた。
その時、何処からか笑い声がしたような気がしたので、クラウドとスカイに聞いてみたが二人とも何も聞こえなかったという。
気のせいだとは思ったが、耳の中に残った笑い声にくすぐったさを感じた。
スカイの母親のレアリアさんは元貴族で、スカイと俺に貴族の作法や礼儀とやらを教えてくれたが、かなり堅苦しくてスカイと俺はそれからはよく逃げ出した。
元兵士と元貴族の二人がこんな田舎村で暮らしているのは訳有りなんだろうと察した村の人たちは二人を詮索したりはしなかった。
そして、二人と一緒にこの村に来たという俺の母、ブランシュについても。
8歳で初めてクラウドの剣を弾き返せたときも変な声を聞いた。
「8歳だというのに、もう私の剣を防ぎきるようになりましたね。」
剣の稽古で俺がクラウドの攻撃をすべてふさいだので、クラウドは頭をなでて褒めてくれた。
「私が3日前に渡した木刀もだいぶ擦り切れて折れそうなので、今日はここまでにしましょう。」
クラウドが手を出したので持っていた木刀を渡すと、俺に座るように促してから受け取った木刀の表面を観察していた。
「俺だって、父さんの剣をだいぶ防げている!
ブランだけじゃないからな。」
スカイがクラウドに向かって叫ぶと、クラウドはスカイの青い髪をクシャッと撫でた。
「そうだな、お前も上達している。
父さんが8歳の頃よりずいぶん強い。」
スカイはクラウドに褒められて、二ッと笑い後ろに一歩飛ぶと俺の横に両膝を立てて座った。
何となくスカイのことが羨ましいと感じていたらその声が聞こえた。
「値がチートだ。」
辺りを見まわしたが、スカイとクラウド以外誰もいない。
「どうした?ブラン?」
隣のスカイが俺の顔を覗き込んできたが、それとは別の声が頭に響いた。
「この分だとクラウドのマックス値と今の値が同じくらいか。
すごいな。」
今度は真上を見たが相変わらず青空が広がっている。
「ブランってば、どうしたんだ!」
スカイが俺の両肩を持って揺すり、顔を近づけて目を正面から覗き込んできた。
「ははっ。
何でもない。」
内容は分からないが、すごく褒められているような気がして、クラウドとスカイを見て感じたうらやましさが薄れた気がした。
それでも少しだけ気持ちを伝えてみた。
「青い髪の色で黒い瞳のクラウドとスカイは一目で親子と分かるくらい顔立ちも似ているから、銀色の髪の俺がその中に入ると異質な感じがして羨ましかったんだ。」
スカイの眉がつり上がったかと思うと、正面から覗き込んでいた頭を少し離し、そのまま頭突きされた。
お互いの頭がぶつかり、ゴツッ鈍い音がした。
自分のおでこを抑えながらスカイは涙目になっていた。
「異質って何言ってんだよ!
ぜーったい俺とおまえは、えーっと、一緒だ!
一緒だからな!
剣だって負けないからな!
絶対お前と同じくらい強くなる!」
スカイは首をプイッと横にそむけて怒っているが、それを見たクラウドは楽しそうに笑っていた。
俺も頭が痛かったが、時々聞こえる声より、スカイの言葉に救われているような気がした。
そんな平和な暮らしがある日を境に変わっていった。
3年前、俺が15歳のときだ。
クラウドに遠方からの客が来た。
クラウドの家は村の外側付近にあり、村に近づく人がいればすぐにわかる場所に位置していた。
いつものように剣の稽古をつけてくれていたクラウドは、村人ではない旅人の装いをした人間が近づいてくるのにすぐ気がつき剣の稽古を中断した。
遠方から来ただろう旅人は、クラウドに気がつくと小走りに近づいてきた。
遠方からだと分かったのは旅人の装いが草臥れており、ローブの下に見え隠れする剣の鞘がかなり立派なものだったからだ。
剣の造りや、素材、性能などもクラウドから教わっていたので、この村付近の町で買えるような安物でないことは一目でわかった。
その旅人が近づいてきたとき、クラウドは何故か俺の前に立った。
クラウドの大きな背中に隠された俺は、その時のクラウドの表情は分からなかったが、スカイの位置からは父親の表情が見えたらしく苦々しい顔をしていた。
旅人がクラウドの肩を叩きながら自分のローブのフードを後ろにずらすと、クラウドの肩越しに少しだけ、クラウドと同じ青い髪の色が見えた。
「やっと、見つけた。
クラウド。」
「ユージン様、俺を探しておられたのですか?
何故?」
クラウドの戸惑う声が聞こえた。
「俺は、いや俺たちは引退された陛下の元で、追放された兵士を探しているんだ。
探し出した兵士たちはサイクラン領で匿っている。
来たる日のために。」
クラウドが動揺して両肩が大きく揺れたのがわかった。
「とりあえず、中に入りましょう。
狭いところですがどうぞ。」
「わかった。
俺のローブを玄関の表に掛けさせてくれ。
村の外で馬と一緒に待たせているフレンドの目印にしたい。」
ユージン様と呼ばれた男は腰の小さな鞄から楕円状の平たい笛を出し口元にあてると、笛を吹き高い音を出した。
クラウドが旅人を客室に招き入れ、俺たちは追い出されたのだが、立派な剣を持つ初めての客への興味で俺とスカイは部屋の扉に耳を立てた。
二人の話の内容は隣国の内情だった。
その時に俺とスカイは初めて隣国のことを知った。
領民を苦しめてきた伯爵たちに隣国の王の即位10周年の祝賀パーティで上位職である侯爵位が与えられたこと。
それがきっかけとなり、隣国の内情はさらに悲惨なものになったということ。
そして、スカイの父親のクラウドも王城勤めで腕の良い剣士だったということ。
客は、隣国の王への反乱に手助けを求めてクラウドを訪ねてきたということ。
「俺の父さんって、隣国の王城の兵士だったのか。
母さんを追いかけてきたって?」
スカイは自分の両親のことを興味津々に聞いていた。
隣国の王と聞いて俺は、ローズウェスト国の第2王女が嫁いで行った日のことを思い出していた。
幼い記憶なのででうろ覚えだったが、3歳くらいの頃クラウドに連れられて、第2王女と戦勝国である隣国の王子の乗る馬車を街道から離れた場所で人ごみに隠れるようにして眺めていたと思う。
かなり距離があったにもかかわらず、俺は、馬車から外をつまらなそうに眺める王子のグレーの瞳の色の目と目があったような気がした。
そしてその奥に座る銀色の髪の王女の横顔は母さんかと思えるほど似ていたような気もした。
そんなことを思い出していたとき、立ち聞きしていたところを後から来た客を案内してきたレアリアさんに見つかった。
「あなたたち、ドアの前で何をしてるの。
盗み聞きなんて行儀の悪いことを!」
振り返ると、青い顔をしたレアリアさんとその後ろに背の高い旅人の装いをした男が立っていた。
レアリアさんが咄嗟に俺の方に手を伸ばしたが、その客はそれを遮った。
「フレンド様、あの、これは。」
必死で俺を庇おうとするレアリアさんを押しのけて俺の前に立った客は俺の両肩に手を添えて俺の顔を凝視した。
この客もローブの下にユージン様と呼ばれた客と同様に立派な剣を携えている。
「この銀の髪、何より濃いグレーの瞳、しかも幼いころのあの方の面影が。」
震える声で何か言っているのは分かったが、何故俺をそんな目で見るのか分からず戸惑った。
バシッバシッ聞こえた音は、スカイが俺の肩に添えられた客の両手を叩きどけた音だった。
スカイは俺を庇って前に出てきた。
「なんだよ、おまえ!
ロリコン、変態か?
俺の友だちに手を出すんじゃねぇ!」
ハッとしたその客はスカイが睨んでいるのをスルーして、いきなり跪いて頭を垂れた。
どこからか「ロリコン、変態って、何処でそんな言葉を?」と苦笑する声が聞こえた。
辺りを見まわすと、クラウドが部屋のドアを開いたところだった。
跪く男のすぐ前にスカイが俺をかばって立ち、俺の後ろのドアが部屋側に開けられて、俺の背のすぐ後ろにクラウドと客が立っている。
「フレンド、何をしている?」
青い髪で緑の瞳の客がクラウドを押しのけて跪いている客に近づき、背に手をのせて問いかけてもフレンドと呼ばれた男は動かなかった。
青い髪の客が跪いた男の背に手を乗せたまま、顔をこちらに向けると目線の高さが同じになった。
スカイの顔を見て、流れるようにその後の俺の顔を見た瞬間にその緑の瞳が驚き見開いた。
そして、懐かしそうに目を細め、何かを察したようにフレンドの横に並ぶと同じように俺の前に跪いて頭を垂れた。
俺がクラウドとレアリアさんを交互に見ると、二人は諦めたような悲しいような複雑な様子だった。
「ちっ!訳分かんねーーー!
行くぞ。」
何が何だかわからず呆然としていた俺の手を引いて、その場から連れ出してくれたのはスカイだった。
部屋のドアの前からすり抜け、家を飛び出し、白土に雑草交じりの道とは言えない道を走っているとき、また声が聞こえた。
「ミマリとミズマリはあいつらに先を越されたか。
だけど、もうすぐだ。」
優しい声だった。
スカイに手を引かれながら辺りを見回したが、走っている間に声が何を言ったのか忘れてしまった。
それよりスカイが俺の手を引きながら「絶対大丈夫だ!俺がついている!」と叫んでいたのが面白かった。
そのまま俺を母さんの待つ家まで連れて行ってくれた。




