33.寒暖差
石だたみの廊下を、陛下の寝室に戻るツインテールのメイドの背中を見ながら、王城の地図を見るとやはり陛下の寝室に二人のクランがいる状態だ。
厨房の入り口に近づくと、厨房の中に戻ろうとするクックラン料理長を呼び止めた。
「クックラン料理長、先ほどのメイドと何を話してたんだ?」
タクト殿下、横のブランシュ、その後ろの金髪の双子の従者の顔を順番に見た、クックラン料理長の顔色が青なり、慌ててベレー帽の形のコック帽を頭からはぎとって腰を90度以上折り曲げて平伏した。
「で、殿下、ぶしつけに見てしまい、申し訳ございません。
まさか、こんなむさくるしいところに来られるなど思いもせずに。」
この変わりように、ブランシュは目を丸くしていた。
普段、タクト殿下と会うときにはこのように平伏す人間が周りにおらず、殿下との距離の近さに慣れてきていたからだ。
「頭を上げてくれ。
いつも、ブランシュやレアリアの面倒を見てくれてるから、礼を言いに来たんだ。
陛下のメイドが目に入ったので、気になって聞いただけだ。
陛下のご容態のことを言われていたのか?」
優しげな声にだが有無を言わせない重みのある声だった。
おずおずと頭を持ち上げた料理長は、コック帽を両手で握りしめながら背を丸めて答えた。
「は、はい。
ご容態と申しましても、陛下の体調が最近よろしいので、食材を変えたのかと聞かれました。」
「食材?
それで、変えたのか?」
タクト殿下が、左手のひらを後ろの二人に向けて振ると、ミマリとミズマリが互いに目配せをした後、ミズマリが動いた。
強く握りしめた帽子がクシャクシャになるのを見ながらクックラン料理長は答えた。
「い、いえ、食材は全く変えておりません。
ご指定のものばかりでございます。
ただ、その、実は、ある方の領地から納品される調味料が珍しく、食欲をそそるようなので、そちらをその少々追加しております。」
含みのある言い方に、厨房に入っていたミズマリの方を見ると調味料の棚から瓶を取って中身を確認していた。
1つの瓶を手に取ると、タクト殿下の方に戻ってきて渡した。
「食欲をそそるね、誰が言ったのかな。
これのことか?」
それをクックラン料理長の前に出すと、その通りだと頷いた。
「これは、元宰相のサイクランの領地の調味料のようだな。」
「は、はい、
これが、その、評判で!」
「ミズマリ、これを持ってきた理由は?」
タクト殿下が鋭い視線をクックラン料理長に向けているのを見たブランシュが思わず声をかけた。
「あの、タクト様?」
いつも自分の前では温和なタクト殿下が、自分の知らない表情をしていることに不安を覚えているようだ。
つないでいたブランシュの手を離すと、その手をそのままブランシュの肩に回して、先ほどの鋭い視線が嘘のように優しく笑みを作った。
「ブランシュは、メイドの部屋に戻っておいで。
レアリアも今日は仕事にならないだろうから。」
厨房の入り口から、その反対側の外に続く大きな窓を見ると、外の倉庫の前で、大きな緑の花束を持ったレアリアをクラウドが抱き抱えているのが見えている。
クックラン料理長も窓の外を見たが、今自分がいる石畳の廊下側の厨房の出入り口と、反対側にある外につながる扉の向こうでの寒暖差を激しく感じて身震いをおこしている。
そんな料理長をよそに、ブランシュがフワッと柔らかく笑った。
「よかった。
二人ともお似合いだわ。」
そのまま、ブランシュの肩をミズマリの方に押した。
「ミズマリ、ブランシュを部屋まで送ってやってくれ。」
ミズマリが頭を下げてブランシュの横に付いたので、ブランシュは戸惑ってタクト殿下を振り向いた。
「大丈夫だ、クックラン料理長と調味料の話をするだけだから。
レアリアが教えてくれただろう?
クックラン料理長は珍しい調味料が大好きだって、その話をするだけだから。」
ブランシュはコクンと頷くとミズマリに促されて、石畳の廊下を歩いて行った。
二人を見送り、赤茶色の髪をかき上げ、大きく息をついた。
「城内のクランに気を取られていたら、外部のクランから足元をすくわれた感じか。
ミマリ、ミズマリがこの瓶を持ってきた理由は、サイクランの領地のものだからだけだと思うか?」
ミマリの目の前に瓶を差し出すと、透明の小瓶を受け取ったミマリは、中の茶色の粒と黒い粒それに白い粉をじっと見て、首を振った。
その様子を見ていた料理長が、もはや紙のようにクシャクシャにしてしまった帽子を更に丸めながら体を小さくしている。
料理長の肩をポンと叩き、タクト殿下は顔を耳元に近づけて囁いた。
「料理長、お前が真面目に料理に打ち込んでいるのはよく知っている。
大丈夫だ、悪いようにはしない。
おまえは、誰にもらったとしてもお前の好きな調味料を自由に使っていい。」
驚いて顔をあげたクックラン料理長と視線を合わせて、威圧しながらさらに付け加えた。
「ただし、誰に食べさせるかは私が指示する。」
「は、はい、仰せのままに。」
クックラン料理長は、か細い声で返事をした。
城内の地図に、白い点滅が動いて厨房に近づいてきているのが見えた。
先に厨房に2つあった点滅のもう一人だろう。
ブランシュが去った方から逆に歩いてきているのは、料理長によく似た顔の男だった。
「父さん?タクト殿下!!」
男は数メートルも離れた先から、腰を90度以上曲げて頭を下げた。
「同じような顔に同じ行動をして、やはり親子か?
あいつはクックラン料理長の息子か?」
その男を顎で指した。
「はい。息子のコックランです。」
「そうか、じゃぁ、お前に何かあればあいつが悲しむし、あいつに何かあればお前が悲しむよな?
おまえはブランシュを気にかけてもくれているし、お前がわたしに服従すれば、私も悪いようにしない。
もちろん、お前の息子もだ。」
クックラン料理長は、遠くで頭を下げる息子を見て、強く頷いた。
王城の地図の料理長の白い点滅が青の光に変わったのが確認できた。
「よし。
じゃぁ、私への書類をすり抜けて、ミマリが持っている調味料をどうやって手に入れたのか説明しろ。」
すぐ後ろで小瓶を持っているミマリに、クックラン料理長の肩を押して近づけた。
「ミマリ、料理長から説明を受けておけ。
その間に私は陛下の寝室に行ってくる。
どうやって、なんて、私をすり抜けることができるのは城内に一人しかいない、念のために確認しておく。」
「殿下、お一人でですか?」
ミマリは、とんでもないとばかりに、首を振った。
「いや、あの男、コックランとその辺にいる兵士を連れていく。
おまえは、話を聞き終えたら私の執務室に先に行っていてくれ。」
「承知しました。」
返事をするとミマリは、陛下の寝室へ続く廊下の角に立つ兵士のもとに歩いていき、何やら命じて戻ってきた。
「クラウドが役に立ちそうにありませんので、ガイとジミール、ドウシクランを呼びにやりました。
三人が到着するまでお待ちください。」
城内とは言え、どうしても一人で歩かせたくないミマリが、信頼のおける兵士を呼びにやった。
「わかった。
おい、そこの、クックラン料理長の息子、こっちにこい。」
廊下の反対側でいまだに頭を下げていたコックランを呼びつけると、タクト殿下は配膳を用意するように言いつけた。
大きめの四角いお盆に、先ほどの調味料を必要以上に加えたスープが乗っており、コックランがそれを持っている。
「陛下の寝室に持っていくから、お前が運ぶんだぞ。」
クックラン料理長とその息子は震えた声を揃えて言った。
「平民の私の息子が陛下のご膳をですか?」
「平民のワタクシがですか?」
「ちょうど兵士も来たようだ、陛下の寝室に行くぞ。
料理長は、俺の従者に隠し事なくすべて説明しておけ。」
ドタドタと甲冑を着た三人の兵士が、タクト殿下の前にきて片膝をついて頭を下げた。
「陛下の寝室に行くから、ついてこい。
お前らバイザーをあげて、顔を見せておけよ。」
そうしておけば、白い点滅のままのドウシクランがすぐにわかるからだ。
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陛下の寝室に行くと、凝った木彫りで装飾された大きな観音扉の前に二人の近衛騎士がいた。
「最近陛下の体調が良いようだな。」
陛下の寝室の外にいる近衛騎士は王城の地図で青い光の位置にいる。
「はい。
寝室からでて、執務室にもよく行かれるようになってきております。」
観音扉の取っ手に手をかけた二人の近衛騎士のそれぞれの手に、自分の手を乗せてそれを制止した。
「誰が、陛下の執務室に書類を持って行っているかわかるか?
今の政務は私がすべて行っている。
しかし、私が知らない書類が流れているようなんだ。」
二人の近衛騎士は観音扉を持つ手をそのまま止めて、自分たちの手に添えられたタクト殿下の手を見た。
左側の兵士が答えた。
「私が知る限りでは、書類ではなく陛下宛ての手紙が時々届けられておるようです。」
右側の兵士が答えた。
「その手紙と一緒に小箱が添えられていることがありました。」
さすが、懐柔済みの青い光のクランだ、口が軽い。
「わかった。
陛下はどうやら、サイクランと文通でもしているようだな。
困ったもんだ、もう、引退を考えていただいた方がいいかもな。
どう思う?ドウシクラン。」
後ろに控えていたドウシクランを振り返った。
ガイとジミールの前にいたドウシクランが、タクト殿下が振り返るのと同時によろけるように下がると、両方から同じ甲冑を着た兵士に支えられた。
「ドウシクラン!どうしたんだ!
兵士がよろけるなど、はずかしい。」
「私たちと一緒に、特訓をしないからだ。」
相変わらず気のあっているガイとジミールがドウシクランを両方からがっちりと抑えて助けた。
その後ろにお盆を持って立っているコックランは怯えて三人の兵士を見ている。
把手を持っていた兵士の手を離すと、扉を開けるように言い寝室の中で待機するように言いつけた。
「陛下、体調が良いと聞きましたので、連絡もなくやって来てしまいました。」
タクト殿下が、陛下の寝室に入ると、寝室の奥の応接ソファでくつろぐ陛下の膝に、メイドがひざ掛けをかけていた。
ソファの横ではセバスチャンが茶器を準備しながら主治医と茶の種類について話をしている。
「ちょうどよいところのようですね。」
寝室にいた全員の視線を受けながらタクト殿下は陛下の座るソファの側に行った。
「どうしたんだ、突然。」
珍しく、しかも突然訪ねてきた息子を見て、陛下は怪訝な顔を隠さず、不満の声も隠さず尋ねた。
「実は、元気の出るスープが最近の陛下の好みだと聞きまして、特別に作らせたものをお持ちしたのです。
私は知らなかったのですが、何やら献上品があったようですね?
その献上品の正体はご存じですか?
陛下。」
気まずそうに目をそらした陛下を、セバスチャンと主治医が見つめている。
「正体も何も、友人から元気が出ると勧められたものだ。
少しずつ、1日1杯程度スープに混ぜているだけだ。
それがどうした。
おまえの許可など必要なかろう?」
セバスチャンと主治医は何のことかわからないといった顔をしているが、陛下の前に膝をついて、ひざ掛けを整えていたメイドが言った。
「もしかして、料理長が言っていた調味料のことでございますか?」
「そう。
その調味料をかなりたっぷり入れてもらってね。
陛下に食していただこうと、コックランに持ってきてもらったんだ。」
タクト殿下は、コックランに前に来るように手招きをした。
陛下の前でガチガチに固まっている足を何とか進めながらコックランが近づいてきているようだが、緊張のあまり声を出すことができないらしい。
「その前に、毒見が必要か。
ドウシクラン、お前、毒見してくれないか?」
「いえ、毒見とはいえ、王族の方と同じものを食するなど、滅相もございません。」
ドウシクランは断ったが、近衛騎士に目で合図をすると、一人がコックランのお盆から皿とスプーンをとり、一人が素早くドウシクランを押さえつけた。
「「「な、何を。」」」
ドウシクラン、ジミールとガイが声を揃えて驚いたが、にっこりと笑みを向けた。
「ドウシクラン、遠慮することはない。
ガイとジミールもドウシクランがスープを食するのに協力してくれ。」
殿下の命令に逆らうこともできず、二人はドウシクラン腕を両側から掴んだ。
二人の甲冑の兵士と近衛騎士の三人の男に抑えられながら、スプーン一杯のスープを飲まされるドウシクランを、陛下たちは呆然と見た。
「ドウシクラン、おいしかっただろう?」
三人の男から解放されたドウシクランは、足元をふらつかせながら目を泳がせていたかと思うと、扉の方に向かって歩き出した。
陛下の寝室の観音扉の方に向かって手を伸ばしたが、そのままドスンと倒れてしまった。
倒れたドウシクランに、ガイとジミールが駆け寄ると泡を吹いて倒れており、意識は無いようだ。
王城の地図から、白い光の点滅が1つ消えた。
「これで、1つ処理できたな。」
タクト殿下は、ソファに座る陛下にスタスタと近づき、ソファの後ろから耳打ちをした。
「陛下、今、ミマリとミズマリが陛下の文通相手のサイクランから贈られた調味料について調べております。
せっかく、領地に帰ってもらったものを、お友達は選ばれたほうがよいようですよ。」
陛下の顔色が変わるのがわかった。
ドウシクランに駆け寄ったガイとジミールは、慌てることもなく陛下の後ろに歩き進んだタクト殿下の背中に信じられないものを見るような目を向けていた。




