32.花の色
「セーブ」
ピコンッと、少し離れた上空に文字が浮かび上がった。
<セーブポイント2-6を作成しました。説明を付け加えますか?>
「説明を付け加える。
クラウドのプロポーズ前」
<セーブポイント2-6、クラウドのプロポーズ前を作成しました。ゲームを続けますか?>
タクトはセーブを口にする前に、片手で服の袖口をちょこんと引っ張って、片手でファイティングポーズをとっているブランシュの瞳を覗き込んだ。
セーブ中のNPCたちは動いてはいるもののタクトの行動に何の反応も示さない。
もちろん、このすぐ隣にいるブランシュも、タクトのことはまるで見えていない。
覗きこんで瞳の色を確認すると、透き通ったグレーの奥が紫がかって見えた。
ただのグレーだと思っていたが、光の加減で少しずつ違うらしいということが分かった。
「ログアウト」
ーーーーーーーーーー
「よぉ、戻ってきたな。
俺に聞きたいことがあるんじゃないか?」
ヘッドセットを外した途端にPCの中の俺様なホワイトタイガーが得意気に話しかけてきた。
「ゲーム内で困ったことがあったら俺を頼れよ。」
画面の中の白い虎は、短い手を前に組んで、胡坐をかき、ペタンペタンと音を立てて長いしっぽで床を叩いている。
「もしかして、ヘルプ機能が追加されているのか?
じゃ、グレーの色の花を教えてくれ。」
「任せろ!!」
虎が両手を前に出して左右に広げると前面に小さいウィンドウが上下左右に幾つも表示されカードのようにずらっと並んだ。
そのウィンドウには、グレーの花と名前が並んでいる。
「結構あるな。
グレーなのか、青なのか分からない花もあるな。
バラが多いのか?」
「俺様にかかればざっとこんなもんだ!」
虎はウィンドウの後ろなのでよくわからないが、更に得意気になって細い髭を爪で撫でているようだ。
「このグレーの薔薇奇麗だな。
苗から育てるのか、普通に花を店で買えないなら渡せないか?
・・・何言ってるんだ?
目的は、ゲームの中で咲かせる花のイメージだ。」
自分の脳裏に浮かぶ顔を打ち消すように頭を振った。
PC画面に向かって猫背になって、画面を見ないように俯いた。
「違う。
だめだ。
消してくれ、もういい。」
「わかった。
次も俺を呼べよな。」
タクトは見ていないが、虎は腕を前に出し、爪の出た親指を立ててニカッと牙を見せて笑った。
ミニウィンドウが閉じると、虎は後ろを向いて四足歩行でしっぽを振りながら走り去った。
虎が消え、ピコンと音がしたので表示された終了メッセージのボタンを押す。
いつものようにプログレスバーが表示され消えた。
猫背になっていた姿勢のまま、両手で顔を覆ったが、そのまま反り返ってソファの背にもたれかかった。
「仕事だ、チェック項目だ。
仕事だ、テスト結果のまとめだ。」
ソファにもたれて顔を両手で覆ったまま上を向く体制で、他の考えを打ち消すように次の仕事を唱えた。
そのまま目を閉じてぶつぶつと言っていたが、ようやく落ち着きディスプレイを見ると、シキからのメッセージが届いていた。
「気づかなかったな。
というか、これ、ルーチンになってるような気がする。」
キーボードを叩いてメッセージを返すと、シキから通話が入った。
「今日はもう通話の返信なしかと思った。」
スピーカーから流れるシキの声がいつもと違って、若干ではあるが嬉しさに浮き立つような調子を感じた。
「何か、嬉しいことでもあったのか?
声の調子が、いつもと違うような気がするけど?」
タクトが聞くと、シキの ウッ と、詰まるような声が聞こえた。
「なんでわかるんだ?
声の調子そんなに違うか?
自分ではわからないけど、トウリがゲームクリアしたって報告してきたんだ。」
「それだけじゃないんじゃないか?
おまえにしては、珍しいじゃないか。
機嫌がわかるほど声に出るなんて。」
タクトは自分とは真逆の調子のシキに、つい、突っ込んでしまった。
「あー、あぁ。
黒色を交えたブーケを持ってきてくれた。」
シキがタクトの様子を伺うように答えた。
「あれか。
プロポーズの花の色、ゲームに合わせてトウリがおまえに持ってきたのか?」
「やっぱり、そこまでは進んでるよな。
・・・・」
シキが黙り込んだのを感じたタクトは話題を変えることにした。
「ゲームの巷で流行ってるプロポーズの言葉?
あれ、変えたんだな?」
急な話題転換にも関わらず、シキが良い反応を返してきた。
「ああ、変えた。
あれは、俺が、リーダーが言ったことを勘違いして入れてしまったんだ。」
「勘違い?
リーダーの指示じゃなかったのか?」
「プロポーズの言葉のテーマの時に、リーダーのおじいちゃんがおばあちゃんにプロポーズしたときの話をしてくれて。
リーダーが冗談で、これを入れてもいいかもと言ったのを真に受けたんだ。」
「冗談を真に受けてって、おまえらしいな。」
「俺は、逆プロポーズしたのかと思って設定したんだけど、リーダーが違うって。
おじいちゃんが外国の人だったらしいけど、ん?ハーフだったかな?
どうしても、おばあちゃんと結婚したくて、自分に手を出したんだから責任を取ってくれって、言ったらしい。」
「ああ、そういう実話からのって。
外国、ハーフかもっておじいちゃん、リーダーの?
だから、瞳の色が淡いのかな?」
「それで、スタンダードは瞳の色の花束を持っていることを合図にするって、ことに置き換えたんだ。
他が難易度高いから、ここは低く設定することにして。」
「低い?
花の種類を知らない人間にとっては、ゲームを途中で抜けるくらいの難易度ではあったけど?」
グレーの、、、」
と言いかけて、まずいと思い口を閉じた。
グレーの花なんて言うと、ヒロインの瞳の色がばれてしまう。
シキならそれでいいが、そこからトウリに話がいかないとも限らず、万が一でもリーダーの耳に入らないとも限らない。
一瞬のうちにその結論を導き出したタクトはまた話題を変えた。
「瞳の色って日本人だと黒一色だから、トウリが黒のブーケを持ってきたわけか。
プロポーズされたんだ?」
「違っ、、う?
いや、どうなんだろう?
何も言ってなかったけど、ゲームにあやかったのか?」
シキが真剣に迷って聞いてきている。
「俺に聞くなよ。」
タクトは話が変わったことに安堵して、つい突き放してしまった。
「でも、日本人だからって黒一色じゃないだろ?
リーダーはグレーっぽいじゃないか。
おじいちゃんが外国人だからかな?」
「そうだな。」
話題転換に失敗したかもしれないと思い、素っ気なく返事をする。
「リーダーと言えば、お母さんの転居先が決まったって、トウリが言ってたな。
新婚になるから、リーダーは別で住むのにまだ引っ越し先決まってないとも言ってた。」
「そうなの、か。」
つい胸元の服を掴む。
自分でも声が出しにくくなってきたのがわかって、思っているより自分が重症なのだと自覚した。
「タクト、どうした?
大丈夫か?
声がだんだん聞こえにくくなってきたけど。」
「いや、俺まだクリアしてないから、ゲームのヒロインにプロポーズの花渡してなくてどうしようかなって。」
何とかごまかそうと、別のことを話題にして声を出した。
「ああ、ゲームの主人公が18歳設定で、ヒロインも同い年だから、実年齢で言うと、ゲームのヒロインとは7歳、8歳差くらい?
やりにくいよね?」
「いや、それは関係ないだろう?」
「どうしてもイメージできなかったら、ゲームの案内キャラに聞いてみてくれ。
お助けヘルプ機能付いてるから、グレーの花を探してくれるはず。」
グレーの部分は聞こえていたのかと思いながら、これ以上の通話は悪いが拒否しようと考えた。
「・・・チェックリストまだ入力してないから、通話切るぞ。」
「わかった。
じゃ、また。」
シキが通話を切ったあと、胸元のシャツを握ったままゆっくり息を吐いて呟いた。
「やっぱり、あいつの声浮ついてたよな。」
通話が終ると部屋の静けさがいやに耳に付くように感じて、もう一度、ヘッドセットを手にした。
「俺には、分不相応だ。
結婚を決めた人に、何か言えるわけがない。」
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「お、早かったな。
今日は、あと1時間だけだぞ、ゲームの時間は守れよ。
待ってるぜ!」
ホワイトタイガーがウィンクをして見送ってくれた。
セーブポイント選択まで来ると、ついさっき作成したポイントを選択した。
「セーブポイント2-6、クラウドのプロポーズ前 を選択する。」
<<セーブポイント2-6クラウドのプロポーズ前 をロードします。>>
<<よろしいですか?>>
「ロード」
明るくなった倉庫の前では、クラウドとレアリアが向き合って見つめ合ったままだ。
ブランシュが、摘まむ自分の腕の袖を見つめて、思わずつぶやいてしまった。
「君の瞳の色の花を探すのは難しそうだ。」
すると後ろ左右方向から双子の従者が耳元に顔を近づけてきた。
「「タクト殿下、私たちがグレーの花を探してまいりましょうか?」」
「おまえら、近すぎだ。」
あまりの近さに驚き、思わず袖を引くブランシュの手を取って倉庫とは反対の方に歩き出してしまった。
「あの、タクト様、わたし、戻らないと、でも、今戻ったらレアリアさんの邪魔になるし。
どうしましょう。」
手を引いて歩いているブランシュがオタオタとしている。
その後ろに双子の従者がゆっくりと付いてきた。
「わかった。
ちょっと回り道になるが、城内の廊下側から厨房に戻ろう。」
そう言うと、倉庫の裏手に回り、城内に通じる回廊に向かった。
「王城の地図、クランサーチ」
城内を歩くとき念のためにクランサーチをかけるのは、隠れクランを用心してのことだ。
目の前に王城の地図が表示され、その中で厨房の点滅は1つだけに減っていた。
「クックラン調理長だな。」
厨房の廊下側の入り口に近づくと、ブランシュがあることに気づいた。
「あれ、陛下のメイドさんがきてる。」
厨房の出入り口には、ツインテールのメイドが料理長に何かを伝えていた。
料理長はうんうんと頷いている。
「点滅は1つだけ。
もしかして重なっている?
いや、待てよ。」
確認すると陛下の寝室では2つの点滅が存在した。
1つは懐柔済みの印である青色の点滅、ひとつは白い点滅だった。
「これは、まさか。
今までメイドがそうだと思っていたが、まさか、陛下がクラン?
それとも、他に誰かいるのか?
いや、陛下が隠れクランって、ことか。」
そう言えば、陛下の実名を知らなかった。
設定にも出てきていなかったので、敬称だけのキャラだと勝手に思い込んでいたのだ。
「陛下の懐柔か排除か。
孫を抱かせてやると言ったからには、懐柔方向にいけたらいいが、結婚の許可の有無で選択が必要だな。」




