30.貴族でなくても
思わぬ方向に話がいきそうな場合、そのやりとりをしている本人同士ではなく、蚊帳の外にいる者にターゲットを変更する。
それが、自分を有利に進めるための定石。
しかも、ターゲットにするのは、高みの見物をしている者の中から選ぶのがいい。
自分が下に見ている相手、つまりは簡単に言いくるめることができると高を括っていた相手に、反対に糾弾される。
場が場であれば、いわゆる「ざまぁ」の定石にもなるシチュエーションである。
この陛下の執務室に現在いるメンバーでは、サイクラン宰相、スノウクラン王女、そしてく主治医とツインテールのメイドの4人が敵方だろう。
ここで確実に排除したいのは、前者の二人、後者の二人はできれば味方につけたい。
だからここでは、スノウクラン王女とサイクラン宰相以外はこの流れに乗れないように慎重に行動しなければいけない。
「断罪を行うには場所を選ぶべきだな。
ここでは、観客が少ないし。
サイクラン宰相、城門前にスノウクラン王女の馬車がまだあるな?」
座る陛下の左後ろに立って、額に汗をかいている宰相が喉から声を押し出して返事をした。
「はい。
お荷、物が、散らばって、おりまして、まだ、片付けが、、」
言い淀む宰相を更に目で威嚇して、間を置かないように続けて命令した。
「スノウクラン王女を、城門までエスコートするように。
サイクラン宰相、今すぐに。」
サイクラン宰相は、タクト殿下のその目から自分の目を逸らせず、更に汗をかきながらギギギギギギと音がしそうな動きで足を一歩進めた。
「何故だ?
体が強張ってスムーズに足を進められない。
私が、タクト殿下の威嚇に委縮している?」
サイクラン宰相は、額どころか全身に冷や汗をかきながらやっとの思いで体を動かしている様子だ。
それを見計らったように、タクト殿下の後ろに立っていた双子の従者が、スノウクラン王女の両側に進み立ち、それぞれの片手を差し出した。
スノウクラン王女は目の前に差し出された手をみて、その先にある双子の従者の顔を見ると、ポッと頬を染めた。
「あら、あなたたち、とても奇麗ね。」
無表情な二人の顔を交互にキョロキョロと数回見て、王女は満面の笑みで目の前に差し出された二つの掌に自分のそれを片方ずつ乗せた。
「いいわ、特別に私の手を取ることを許してあげる。」
従者たちは乗せられた手を同時にゆっくりと上げ、それに合わせて自分たちは一歩下がりながら優雅にスノウクラン王女を立たせて見せた。
スノウクラン王女は更に頬を染めて、クリッとした大きな茶色の瞳を揺らして二人の従者をしみじみと見ている。
「フフッ、あなたたち、私の従者にしてあげてもいいわ。
光栄でしょう?」
二人の従者は表情をまったく崩さず、すっと手を離し王女に一礼してタクト殿下の後ろに戻った。
「「タクト殿下、作業が終わりましたので、移動可能でございます。」」
二人の従者の言葉を受けて、タクト殿下は悪魔のような微笑みを作り、執務机の前まで来ていたサイクラン宰相を見上げた。
「サイクラン宰相、いつもの優雅な足運びはどうしたんだ?
いつもの優雅さでスノウくラン王女をさっさとエスコートして、城の出口までお連れしろ。」
サイクラン宰相は、ひきつった笑みのまま王女の横に付くと、左腕を体から少し離して曲げて、拳を胸の下にあてた。
宰相にエスコートのためのスタイルをとられると、さすがに無下にはできなかったようで、スノウクラン王女は作った笑みを浮かべて手を宰相の左腕に添えた。
三者三様の笑みに、執務室には何とも言えない空気が流れていた。
タクト殿下が執務室の前の兵士に合図をすると、兵士の一人が前に立って歩き出し、その後を宰相と王女がついて部屋を出て行った。
肩に手をやったタクト殿下は、表情をもとに戻して首をコキコキと曲げている。
「慣れない顔をすると頬がひきつるな。」
さらに両手で自分の頬をこねて、陛下の右後ろ側にいたセバスチャンに声をかけた。
「セバスチャン、主治医とメイドと一緒に陛下を寝室にお連れしてくれ。
無理なら、執務室の前の兵士に命じて人を呼びにやって。」
「はい。」
セバスチャンが、その言葉を待っていたと言わんばかりに、頭を抱えている陛下の右隣に寄り添った。
「陛下、お顔の色が優れません。
お立ちになれますか?
私が杖代わりになりますので、私の肩をお掴みください。」
陛下は頭を抱えていた手をそっと離すと、椅子から立ちながらセバスチャンの肩に手を乗せた。
その左側には、主治医とツインテールのメイドが素早く付き添った。
「王城の地図、クランサーチ」
執務室から出る二つのクランの光が点滅していた。
王城の出入り口の大きな観音扉の方に向かう二つのクランの光も確認できた。
「主治医とメイド、宰相と王女、と言うところか。
私たちも、宰相と王女を追うぞ。」
陛下の執務室を出るタクト殿下に双子の従者が続いて出て行った。
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案内をした兵士を先頭に、サイクラン宰相がスノウクラン王女をエスコートしてくると、城の出入り口である大きな観音扉の前にいた4人の甲冑を着た兵士が、それぞれ二人ずつに分かれて観音扉を内側に引き入れるように開いた。
がガガガッと音を立てて扉が開くと、目の前には、楕円の大きなステップと、城門前の広場に続く階段がある。
スノウクラン王女をエスコートしたサイクラン宰相がここに来てやっと冷静さを取り戻した。
「なんてことだ。
このままでは、当日中に王女を隣国に帰さなければならない。」
城門前の広場に続く階段は、午前中にタクト殿下たちが団子状態で落ちた階段で、あれから半日が過ぎていて、散らばっていたスノウクラン王女の荷物も奇麗に片付けられていた。
階段の下には、スノウクラン王女の豪華な馬車がそのまま有り、半日を甲冑の兵士に囲まれて過ごしただろう馬車の御者が不安そうに周りを見ている。
ぼやいている宰相の後に、タクト殿下とミマリ、ミズマリ、途中で合流した近衛兵士のユージンとフレンドが追いついてきた。
その姿を目にした宰相は、タクト殿下に頭を下げたが、すぐに上げた。
「タクト殿下、スノウクラン王女の言葉を、すべて嘘として扱うのはどうかと思いますが。
せめて1日くらいの滞在を許可されまして、慎重に調べられては如何でしょうか。」
その横でスノウクラン王女が、パッと明るい顔を見せた。
「その通りですわ!殿下!
先ほども言いましたが、王女である私の話と、たかがメイドの話とでは、格が違うのです!
王女である私の言うことが、すべて真実なのです!」
いきなり声を荒げて話す王女に慌てたのはサイクラン宰相だった。
せっかく下手に出た演技が無駄になってしまったからだ。
そんな二人にタクト殿下、双子の従者、近衛騎士たちは氷のように冷たい視線を送った。
サイクラン宰相はその威力にたじろぎ一歩引いたが、スノウクラン王女はまったく意に介さず、逆に一歩、また一歩、また一歩と進み出てタクト殿下に手を伸ばした。
そこに、一番後ろで控えていた近衛騎士の二人が、左右からすばやく前に出てるとスノウクラン王女の両腕を抑えた。
「何をするの!
無礼者、離しなさい!!!」
両腕を掴まれた王女は、掴んだ騎士に向かって叫びながら腕を必死で離そうとしてもがいた。
その様子を見ながら、タクト殿下は思わずこめかみを抑えた。
「無礼なのは、この国の王子である私に害をなそうとしたあなただ。
その者たちは、私を守ろうとしているに過ぎない。
しかも青い髪色の騎士は、階段から落ちた私を助けた者で、先のあなたの所業も見ている。」
ハッとした様子でスノウクラン王女は、自分の腕を抑えている両方の騎士を交互に素早く確認し、左側の青い髪の騎士を認めるとポッと頬を染め、すぐそこにあるユージンの顔に叫ぶ。
「ユージン様!!
お逢いしたかったですわ。
私がタクト殿下の妃になった暁には、あなたにも寵愛を差し上げるつもりですわ!
ですから、今はこの手を離してくださいまし!」
タクトは、寵愛と言われて吐きそうな顔をしているユージンとそこに愛を叫ぶ王女に首を傾げた。
「これは、好みのキャラが出ると、とりあえず何かしらのいい反応を返すようなキャラ設定にでもなっているのか?
プログラムの判定って、恐ろしいな。
人柄という認識で見ると、場を理解してなくて破綻してるし、ひどすぎる。
まぁ、進まないし、とりあえず、続けるか。」
気を取り直して、腕を抑えられてなお頬を染めているスノウクラン王女に向かって言った。
「あなたは、私の愛する人を、階段から突き落とした。
それは、私がこの目でしっかりと見ている。
王女と私のメイドの言葉を比較して、王女の方が格が上だから真実だと言ったな。
であれば、この国の次代の王である私の言葉と隣国の第三王女であるあなたの言葉ならば、私の言葉の方が真実だ。」
スノウクラン王女は、押さえつけられたまま、目を泳がせた。
「そ、そんな、私は決してそのようなことは。
それに、あの女は平民ではありませんか!
平民をどうしようと、」
タクト殿下はその声を遮った。
「私に口答えをするな。
あなたは、二度とこの国に入ることを禁ずる。
隣国の王にも、民を蔑ろにする王女となど婚約はできないと伝える。
早々に立ち去れ。」
目で近衛騎士二人に合図を送ると、スノウクラン王女を両方から抑えたまま階段を降りて馬車まで行くと、その中に押し込んだ。
少しずつその場を離れようとしていたサイクラン宰相に目を向けたタクト殿下は、また暗い笑顔をつくりサイクラン宰相に強く言い放った。
「サイクラン宰相、隣国の国境まで、お前も乗って送ってこい。」
「わ、わたくしがですか?
何故、宰相である私がそのようなことを。」
タクト殿下はあきれて首を振りながら、掌を上にして両肩まで上げた。
「何を言っている?宰相だからだ、分かるだろう?」
そのまま宰相に近づくと、顔色を悪くしている宰相の肩をポンと叩く。
「あんなのでも隣国の姫だ。
この国で権力のある者が、見送ったという事実はあった方がいいだろう?」
「確かにそうですが、であれば、タクト殿下でも、、、」
その言葉に宰相に顔を近づけてさらに良い笑顔を作った。
「知っているぞ。
おまえが、あれが来るのに合わせて王子妃の部屋を整えさせていたことを。
あんなのを、王子妃に迎え入れようと企みでもしてたんだろう?
それを否定するなら、信じてやってもいいから、お前がさっさと見送ってこい。」
真っ青を通り越して薄い緑になった宰相から離れて、くるっと後ろを向き思いついたように付け加えた。
「そうだ、護衛にドウシクランをつけよう。」
宰相の顔の筋肉がピクッと動き、薄緑の顔で無理矢理に笑顔を作っている。
「企むだなんて、とんでもない。
どのようになるかわかりませんでしたので、気を利かせただけでございます。
タクト殿下の命令に私が背くはずはありません。
スノウクラン王女はワタクシが責任をもってお送りしてきましょう。」
「それはよかった。
荷物は後の馬車で運ばせるから、さっさと出発するんだ。」
宰相と王女を乗せた馬車はすぐに出発した。
その後を馬に乗ったドウシクランが付いて行って、馬車と一緒に城門を出たところで跳ね橋があげられた。
「やれやれ、まぁ、これでクランが三人減ったか。」
城に入ろうとすると、大きなうち開きの観音扉の前には二人ずつ甲冑の兵士がいるが、さらに開いた扉の前にもう一人甲冑の兵士が立っていた。
クラウドのようだと思い、声をかけようとすると、城の壁と扉の間の隙間から女性の声が聞こえてきた。
「さっきの、タクト殿下、かっこよかったわね。
あのピンクのふわふわの王女様をちゃんと追い払ってくれて、それに、、ふふふ」
甲冑姿のクラウドが、ゴホンッと大きな咳をしたが、それを気にせず女性は一呼吸おいて、恥ずかしそうに続けた。
「私の愛する人だって!
キャー!
それ私も言われてみたい!!」
「れ、レアリアさん、静かにしないと。
でも、それは、私のことだとは限らないし。」
別の女性の声も聞こえる。
間違いなくブランシュの声だとタクト殿下は確信した。
「えー。
階段から突き落とされたのって、ブランシュしかいないじゃない。
まさか、一緒に落ちた時にかばってくれた近衛騎士のユージン様とか言わないでしょ。」
また、クラウドが大きくゴホゴホと咳をしている。
「そうだ。
いっその事、ブランシュも王城で働かない?
街の花屋よりはお給料いいと思うよ。」
「私がですか?
でも、王城ではメイドでも貴族の方しか働けないと聞きました。
レアリアさんも、貴族じゃありませんか。」
「貴族と言っても領地も持たない、貧乏貴族で出稼ぎみたいなものよ。
それに、そんなことないのよ。
厨房の料理長は街の有名レストランから引き抜かれた平民だし、絶対貴族じゃなきゃいけないって訳じゃないの。」
「そうなのですか?」
タクト殿下は心の中で、レアリアにボーナスをはずむことを考えていた。
そんなタクト殿下を後ろから双子の従者が生暖かい目で見守っている。




