3.セーブポイント
読み終えた書類全てにサインをし、羽ペンをインク壺に戻すと同時に、執務室のドアが叩かれた。
正面を見ると豪華な金縁の観音扉が目に入った。
再度、ドアが叩かれる。
ここは、プレイヤーがどんな対応をしても進行に問題はでない。
返事をすれば、すぐに従者が扉を開けて入ってくるが、返事をしなくても3回ドアを叩く行為を繰り返した後、強制的に入ってくる。
ただし、こういった対応や行動で少しずつゲーム内のプレイヤーの性格が確定されていくので気をつけなければいけない。
「入っていいぞ。」
声をかけると観音扉が開き、20代前半くらいの二人の男性が並んで入ってきた。
「そう言えば、王子の従者は双子設定だったな。
しかも、このNPCの姿かたちはプレイヤーからイメージを取得している。」
二人とも金髪碧眼で、王子の姿のタクトより奇麗で女性的な顔をしている。
細身で黒い従者のスーツがよく似合うスタイルは明らかに男性だ。
近づいてくる二人の男性の顔を凝視し、タクトは思わず座っていた椅子を蹴って立ち上がった。
「俺が最近読んでいる悪役令息物の小説の令息の従者の顔のイメージそのものだ。
性別は違うし、身長も高めだけど。
これ、いいのか?著作権とか商標権とか?
でも、勝手にイメージしているのはプレイヤーだからいいのか?」
そう言うと、緩んでいるだろう口元を手で押さえて隠した。
二人の従者はタクトの様子を気にすることなく執務机の前までくると立ち止まり、頭を下げた。
一人は、短髪だが、前髪は目元より長く、それを横に流している
もう一人は、肩より長い髪を後ろで1つに括っているが、前髪はもう一人の従者と同じくらい長く、こちらも横に流している。
「タクト殿下、陛下がお呼びです。」
短髪の従者が顔を上げ、セリフを言う。
長髪の従者も顔を上げ、次のセリフを言った。
「すぐに陛下の執務室に来るようにとのことです。」
後ろの髪の長さが違うだけの二人なので、正面から見ると同じ顔が2つ並んでいるように見える。
「わかった。」
タクトは蹴った椅子をもとの位置に戻すと、従者二人が入ってきた扉の方に向かって歩いた。
短髪の従者が歩くタクトの首元のボタンを留め、持っていた薄いグレーのクラバットを襟下に結び、銀の装飾の中央に黒い宝石が光るブローチで留めた。
更に、長髪の従者が持ってきた濃いグレーに薄青い糸で豪華な刺繍が施されたマントを受け取るとタクトの肩にかけ、整えて銀の留め金をかける。
そのまま、タクトの右前を歩き、長髪の従者が左後ろからついてくる。
膝より少し長めのマントが翻るが、それにかからない程度の距離を保っている。
扉を出て、幅5Mほどの廊下を歩くと、さらに広い廊下に交差していた。
タクトは、キーワードを唱えた。
「視点変更」
広い石畳の廊下の天上から周りを見下ろすようイメージして、キーワードを唱える。
歩いている3人の人間が見え、金髪に挟まれた赤茶の髪が認識できる。
「真ん中が俺か。」
進行方向を見ると右に曲がって、突き当りより1つ前の角をまた右に曲がり、階段を上って、右側に進むとタクトの執務室の扉より豪華な観音扉がある。
位置的に、タクトの執務室の斜め上あたりになるが、恐らくそこが陛下の執務室だろう。
曲がり角ごとに銀の甲冑を着た兵士が二人ずつ立っている。
タクトはさらにキーワードを唱えた。
「視点変更」
城の外から自分を見るようなイメージで唱える。
「でかい城だな。」
光が点滅しながら移動し、現在のプレイヤーの位置を示している。
壁などがあっても関係なく座標が認識できる。
城本体はどちらかといえば縦に長く、タクトや陛下の執務室は居住場所の近くにある。
王座のある広間とは別に幾つもの謁見室、客間、大小の広間、別棟がいくつかあり、その間に色分けされた兵舎がある。
「城の構成、その他の配置、兵団の色分けは仕様通りだな。」
眺めていると、視点が強制的に切り替わり、すぐ目の前に陛下の執務室の扉があった。
従者が陛下の執務室の扉の両脇に控える兵士に目配せし、扉を叩く。
「陛下、殿下をお連れしました。」
チリンッと音がすると、両脇の兵士が観音扉の取っ手を掴んだ。
そのまま両側の兵士が部屋側に扉を押すと、見た目の重厚さに反して、音もなく軽く両側に扉が開かれた。
タクトが前に進むと二人の従者も後について来て、三人が中に入りきると扉が閉まった。
部屋に入って左側の中央に陛下の座る執務机があった。
執務机に座る陛下は目の前の書面に羽ペンで何かを書こうとしている。
その横に老年で品の良い服を着た男性が立っていた。
「王都中央広場の拡大工事では・・・」
陛下の目の前の書面を指し説明を付け加えている。
このキャラもプレイヤーからイメージが取得されているらしく、某小説にでてくる宰相の顔と同じだった。
扉から数歩進み、左に体を向けると、執務机の正面の位置になる。
そのまま進み、執務机の2Mほど手前で足を止め姿勢を正すと、従者二人も足を止め、同時に頭を下げた。
タクトは陛下に声をかける前にキーワードを唱えた。
「セーブ」
ピコンッと、少し離れた上空に文字が浮かび上がった。
<セーブポイント1を作成しました。説明を付け加えますか?>
「説明を付け加える。
婚姻の選択前」
まだ、ゲーム開始数分だが、これからゲーム進行に影響する選択肢が出る。
選択肢の前にゲームのセーブをするのはセオリーだ。
目の前の陛下と宰相は同じやりとりを続けている。
後ろの従者二人は、姿勢を正して礼をしたまま立ち続けいている。
キーワードをNPCが認識することはないので、どのようなタイミングでキーワードを唱えてもゲーム進行の妨げにはならない。
<セーブポイント1、婚姻の選択前を作成しました。ゲームを続けますか?>
「続ける」
まだ、目の前の陛下と宰相は同じやりとりを続けている。
後ろの従者二人も、まだ、姿勢を正して礼をしたまま立ち続けいている。
セーブを実行した場合、次にプレイヤーがキーワード以外の言語を発声するまで、ゲーム進行は止まる。
止まっている間は、その瞬間の動作が継続される仕様だ。
タクトは黙って、陛下の執務机まで行き、一番上の引き出しを開けた。
中にはインク壺や羽ペンがいくつか入っているだけで、面白いものはなさそうだった。
元の位置に戻ると、真面目な顔を作り陛下に声をかけた。
「陛下、御身体の調子はどうですか?」
陛下は、書面を見ていた顔をあげた。
「今日は、執務ができるほどには体調が良い。
だから、お前をここに呼んだのだ。」
赤茶色の髪は白髪が目立ち、青白い顔で王子であるタクトを見ている。
「ここまで病人色を出すなら、居住区の陛下のベッドに呼んだ方が良かったんじゃないのか?
王族の居住区から、この執務室まで近いといっても城自体が広いから10分は歩くだろう。
病人にはつらいと思うけど。」
「ゴホンッ」
宰相らしき人物が、咳ばらいを1つして、持っていた書面を陛下の前に差し出した。
「おまえに、婚姻の話が来ている」
そういうと陛下は、宰相が差し出した書面を受け取り、そのままタクトの前に差し出した。
「相手の釣書だ。
判断はお前に任せるが、どうしたい?」
ここでの選択肢は3つ、「肯定の返事」「否定の返事」「時間の猶予の要望」だ。
「肯定の返事」を行うと、主人公は王妃から生まれる王子となる。
「否定の返事」を行うと、主人公は平民から生まれる私生児の王子となる。
「時間の猶予の要望」を行うと、あるイベントが発生して、その選択結果で「肯定の返事」「否定の返事」が決定する。
タクトが考えていると、早く受け取れとばかりに陛下が釣書をグイッと前に差し出してきた。
受け取らずにいるとそのまま、紙で叩かれそうだ。
釣書を受け取り内容を確認すると、相手の家柄、身分、家族構成、年齢、等々の事務的内容などが書かれていた。
肖像画は無いので、現時点で顔をイメージする必要はない。
「最短ルートのエンディングを目指すには、時間の猶予の要望だな。
イベントを発生させて、主人公の王子が生まれたあと、プレイヤー君主の政治失敗からの殺戮の世界だったな。」
「おまえは。どうしたい?」
陛下がまた同じ問いをしてきたので、選択肢を回答した。
「少し、考える時間をいただきたいと思います。」
陛下が軽く頷く。
「わかった、だが、それほど長い時間は待てない。
1か月後のお前の成人誕生日までに返事を行うように。」
「承知しました。」
タクトは一礼して、後ろに立つ従者を振り返り、釣書を渡すと執務室を後にした。
来た時と同じように二人の従者に挟まれて執務室に戻ると、短髪の従者がタクトのマントを外してクラバットも外し首元を緩めてくれた。
二人の見目麗しい従者は、マントやクラバットを所定の位置に戻したあと、補助机の上の書面を確認したりと忙し気に動いている。
タクトが、執務机の前に座ると、すかさず従者たちがお茶の準備を始めた。
「釣書の方は隣国の第2王女ですね。
銀髪の髪と比例して容姿も美しく、気品のある方だと評判の方です。」
短髪の従者がティーカップをタクトの前に置きながら、釣書に書かれていなかった情報を提供してくれる。
入れてくれたのは、カモミールのハーブティーだ。
「リアルな俺は、この系統は苦手なんだが、美味いな。」
「光栄です。」
短髪の従者は、嬉しそうに答えた。
「ゲーム進行や、性格関連付けに関係のない言葉は、NPCには理解できずスルーされるということかな。」
一人で納得しながら、入れてくれた暖かいお茶を飲でいると、長髪の従者が話しかけてきた。
「天気もいいことですし、馬で遠乗りされてはいかがでしょう?
昨夜も遅くまで執務されておりますし、気分転換が必要では?」
茶器を直しながら、短髪の従者も青い瞳を輝かせながら同意している。
「それはいいですね。
殿下の愛馬のソードも喜ぶと思いますよ」
陛下があの通り病弱なので、執務のほとんどが王子であるタクトに回っているという設定だ。
しかも夜遅くではなく、徹夜仕事明けなので、乗馬より睡眠をとるように勧めてくれる方がありがたいのだがという、リアルな感想は置いておくことにした。
婚姻の選択のところで「時間の猶予の要望」をしたので、ここでは強制的にイベントが発生される流れになる。
この見目麗しい二人の従者は乗馬を選択するまで、説得し続けるだろう。
なんなら、このゲームは誰かを犠牲にしてまで強制的に行動させる仕様であることをタクトは知っている。
例えば、あまりに殿下が愛馬に会いに行かないから、愛馬が病気になったとか、馬番が死刑になるとか、極端に展開させてくる。
ティーカップをティーソーサーに置くとカチャンと音がなった。
「そうだな。
今は余計なイベント発生は回避しよう。
気分転換にソードに会いに行く。」
タクトが席を立ち扉の方に歩き出すと、長髪の従者が外出用のマントを急いで準備した。
それを受け取った短髪の従者に装着されたマントは厚手でフード付きのものだ。
王族専用の厩所に行くと、馬番がタクトの愛馬(という設定)のソードの手綱を引きながらでてきた。
ソードはサラッとした薄いグレーの鬣に赤い瞳、体の白い美しい馬だった。
「ソード、しばらく会えなくてすまなかった。」
声をかけながらソードに近づくと、ソードもこちらを見て赤い目を輝かせている(ように見える)。
右手で首上をなでて見ると、硬そうだがつるっとした肌は案外和らかく感じる。
「すごいな。
心地いい感触がする。」
城の外堀から風が吹いているようで、肌にあたる空気も申し分ない。
視覚、触覚、味覚、嗅覚、聴覚、ゲームスタートからここまでで、五感には違和感がまるでない。
ソードが期待に満ちた眼差しでタクトを見ている(ように見える)ので、左手で手綱と鬣を掴むと、左足を鐙にかけた。
右足で地面を蹴って、右手で鞍の後橋掴み、体を持ち上げ、右手を前橋へ移し鞍へ座り、右足を鐙にかける。
乗馬などしたことのないタクトだが、体は勝手に動いてくれた。
「殿下、西門の跳ね橋を降ろすように伝えています。
今から西の森の前の丘までいけば、森の向こうに沈む夕日が見れるかもしれません。」
そう、西の森の丘こそが、イベント発生の場所になる。
「わかった、夕陽を見に行こう。」
タクトがそう答えると茶色の馬に乗った従者が馬を並足で先に行く。
その後をタクトが続き、その後ろに黒い馬に乗ったもう一人の従者が続く。
西門からはね橋を渡り、西の丘に向かう。
馬に乗り、風を切る、景色が早く流れる。
タクトの体験したことのない行動だが、完璧にイメージ化できて、体現できている。
どこまでがプログラム処理で、どこからが、タクトの脳内信号の変換・返信なのかわからない。
とりあえず、バグらしいものは無いということだけはわかる。
「だけど、時間的に飛んだな。
昼めしを食い損ねているのは、気にしないようにするか。」
馬を駆け足で20分ほど走らせ西の森と呼ばれる森のそばまで来た。
このイベントの選択肢は、森に入るか、入らないか。
最短ルートに進むなら、ここで夕陽を見た後、森に入らず、城にも帰らない趣旨の発言をしなければいけない。
ちなみに、森に入れば平民の娘と出会い、恋に落ちる。
森に入らず素直に帰れば、釣書の王女との婚姻が決まる。
どっちつかずな発言をすることで、強制的に帰城させる事態が発生し、平民の娘との恋云々や、1カ月先に王女と婚姻する過程を飛ばすことができる。
「殿下、もう、日が沈みますね。」
短髪の従者が、夕日の沈む方を見ている。
長髪の従者は、持っていた麻袋から水を手に出し、馬に舐めさせている。
どちらの従者も夕陽が髪を照らしキラキラと輝いている。
ピンポーン
玄関チャイムの鳴る音がした。
「えっ、これ、俺の部屋の玄関チャイムの音か?」
タクトは急いでキーワードを唱えた。
「セーブ」
<セーブポイント2を作成しました。説明を付け加えますか?>
「説明を付け加える。
西の森の選択前」
<セーブポイント2、西の森の選択前を作成しました。ゲームを続けますか?>
「終了する」
「ログアウト」