29.怒った者勝ちか?
「セーブポイント2-3王子妃の部屋 を選択する。」
<<セーブポイント2-3王子妃の部屋 をロードします。>>
<<よろしいですか?>>
「ロード」
足元から白く光が広がり、徐々に周りの景色を鮮やかに映し出す。
大きな窓にかかるクリーム色でかわいらしい花がちりばめられたカーテンの隙間から、昼の日の差し込みが届かないベッドに、ブランシュが眠っている。
前回、タクト殿下が落ちて気を失ったブランシュを抱きかかえて王子妃の部屋に連れてきたからだ。
双子の従者とクラウド、レアリアが続いて部屋に入ると、ブランシュを抱きかかえたタクト殿下の側を通り過ぎ、その先にあった王子妃のベッドを整えてくれた。
ブランシュをやわからなベッドの上に寝かせると、双子の従者に医者を連れてくるように命じ、クラウドには扉の前での警護を言いつけた。
ところまでが前回のセーブ直前のできごとだ。
ブランシュのベッドの周りでレアリアがオロオロとしている。
まだ、何の声も発していないので、同じ動作を繰り返しているだけなのだが、ブランシュをかなり心配している様子に見える。
「レアリア、ところでどうして、城門前になど行ったんだ?
厨房のメイドたちと朝食を取っていたと思ったんだが。」
声をかけると、ベッドの周りをオロオロとしていたレアリアが、ベッドを背にタクト殿下に向かって、頭を床につけんばかりに頭を下げた。
「申し訳ございません!!」
急に大きな声が聞こえたせいか、ブランシュがほんの少し頭を動かして、声を漏らした。
タクト殿下は自分も片膝をついてレアリアにかがみこみ、右手の人差し指を自分の唇に当てた。
「静かに。
責めている訳ではないから、経緯を教えてくれ。
ほら、立て、騒ぐとブランシュが起きるから、廊下に出よう。」
静かに立ち上がるとレアリアもエプロンドレスのスカートを摘まみながら立ち上がり、開いた扉の前にいるクラウドの方に歩き出しキュッと唇をかみしめた。
二人が廊下に出ると、クラウドが自分も廊下に出ながら静かに扉を閉めた。
「実は、食事をしていると料理長がやって来て、厨房の隣の倉庫にある空の木箱を商人が取りに来るから出してくるように言われて。
それをブランシュさんが手伝ってくれると言うので、一緒に作業してたのです。」
レアリアは下げた両手でエプロンをギュッと握っている。
「倉庫の扉の前の広場に空き箱を置いたときに、ドタンバタンと城門に近い側の兵舎の方から聞こえて。
見に行ったら、兵士の方がすごく上手に宙を舞っていて。」
そこで、クラウドの肩がピクッと動いたのが甲冑姿でも分かったが、兵士に嫉妬したのだろう。
「ブランシュさんと一緒に拍手をしていたら城門の方から人が来て、荷物を運ぶようにって無理に連れて行かれてしまって。」
レアリアはフルフルと泣きそうになっている。
傍に立っているクラウドがバイザー越しではあるがレアリアを黒い瞳で心配そうに見ているのがよくわかる。
「私が興味本位に、見に行こうって、言ったから。」
そこまで聞いてタクト殿下は左手を腰にやり、右手で髪をかき上げながら俯いた。
ガックシと床に両手両足をつきたくなったが、今は王子の吟醸があるので何とか思いとどまった。
「あれか、あの芸がここにつながってたのか。
熟練度とか内部設定があったな、もしかして熟練度上げはまだ続くのか?」
タクト殿下はクラウドの方に向き直ると、手で扉を開けるように示した。
「気にしなくていい、レアリア。
それより、中に入ってブランシュを見ていてくれ。
ミマリとミズマリが遅いから、様子を見てくる。
クラウド、その部屋に誰も入れるなよ。
もちろんお前も入るな。」
「はい。
もちろんです。」
レアリアが入った扉の隙間から中を覗い見ていたクラウドが、すき間をパタンと閉じて、ガチャッと音を立てて敬礼をした。
「王城の地図」
キーワードを唱えると、目の先に地図が表示されたので、続けてキーワードを唱えた。
「クランサーチ」
すると、今歩いている廊下の突き当りの曲がり角の少し先でヒト型の光が点滅した。
「クランが一人?宰相か?
このサーチ機能、自分とクランだけしか点滅してないから、他に誰がいるかわからないな。
要注意だ。」
踵を返すとクラウドが守る扉の前に引き返した。
真っすぐに歩いていた殿下がいきなり回れ右をして戻ってきたのを見たクラウドが怪訝な顔をしている。
「殿下、何かありましたか?」
「今、私の後ろから誰か来ているか?」
クラウドに声をかけると、王城の地図が消えた。
クラウドは頭を逸らして、タクト殿下の後方を見ている。
「あ、はい。
今、角を曲がってミマリ様と陛下の主治医の方とその後ろにミズマリ様、そして陛下の執事の方が、こちらに向かってこられています。」
「主治医か。
セバスチャンじゃないよな。
角を曲がっただけでフラグが立つって、あいつのことだったのかな。
こちら側に取り込めるかな?」
「タクト殿下、主治医をお連れしました。」
タクト殿下を見つけたミマリが声をかけてきた。
「こっちだ。」
右手を挙げて後方に合図を送り扉の前に進み出ると、すかさずクラウドが扉を開ける。
部屋の中のベッドの上を見て主治医がタクト殿下に聞いた。
「眠っていらっしゃるようですね。」
「ああ、階段から落ちた後気絶したんだ。
何処も打ったりはしていないと思うが。」
主治医は、眠っているブランシュの腕を取って脈を測った。
「ふむ。
脈は正常のようで、顔色も悪くはないようです。
呼吸も乱れておりませんし、今見るかぎりでは問題はなさそうですので、起きられたら改めて診察いたしましょう。」
「わかった。」
主治医がブランシュの腕をふとんの中に戻して、タクト殿下を振り返った。
「ところで、タクト殿下、診察が終わったら私とともに陛下のところに行かれてください。」
「陛下のところに?」
「はい。」
白衣を着た白髪の医者が、自身の白いあごひげを下向きに三角になる様になでながら、目を細めていた。
陛下の執事であるセバスチャンの方を見ると、すまして頷いた。
「陛下は執務室でお待ちでございます。
サイクラン宰相と、恐らく、お客様もご一緒にお待ちでございます。」
「わかった。
すぐに向かう。」
セバスチャンが案内に立ち、タクト殿下がその後ろから歩き、主治医、ミマリ、ミズマリ、と続く。
王族の住居専用の棟から執務室の棟まで進みながら、セバスチャンに話しかけた。
「お客様か。
客室で大人しく待っていなかったのか。」
「はい。
近衛ともあろうものが、王女の一人も止められずに、陛下の寝室に突入されてしまいまして、皆で執務室に移動した次第です。」
セバスチャンは苦々し気に言った。
「フレンドでは止められなかったようだな、突入か、行動力はある姫だな。
予定より、2週間も早く来くるし、あの姫には油断禁物だな。
さっさと退場してもらわなければ。」
セバスチャンの背中を見ながらキーワードを唱えた。
「王城の地図、クランサーチ」
自分の位置、後ろにいる主治医、陛下の執務室、他にも遠くに点在する光があったが、気になるのは陛下の執務室だった。
光が団子状になっており、正確な数が分からない。
「少なくとも、三人は、いるな。
宰相、王女、あと一人?」
曲がり角ごとに銀の甲冑を着た兵士が二人ずつ立っているが、居住区から執務室の棟までに灯った点滅は1つだった。
「クローズ」
キーワードを唱えると、王城の地図が消える。
「タクト殿下をお連れした。」
セバスチャンが、陛下の執務室の豪華な観音扉の前にいる二人の兵士に声をかけ、部屋の扉をノックした。
チリンッと合図の音が鳴り、、両脇の兵士が同時に観音扉の取っ手を掴んで内側に押し開けた。
セバスチャンは、部屋に入って左側の中央まで進み、陛下の座る執務机の前で、ピタッと止まると恭しく一礼をする。
「陛下、タクト殿下をお連れしました。」
陛下が頷くと、後ろに並ぶタクトたちを置いて、執務机を左回りに進み陛下の座る椅子の斜め後ろに立った。
陛下の右斜め後ろにはサイクラン宰相、その右横にスノウクラン王女がいる。
さらに、その後ろにはツインテールのメイドがおり、主治医は、陛下に黙礼をすると右側にいるそのメイドの横に立った。
「あの悪役令息物の小説では、ツンデレキャラのツインテールは主人公のハーレムに入るだろう一人だったけど、さっきの光はこのメイドか?」
ツインテールのメイドは目線を下にして、王族の顔を見ないようにしているためその表情は分からなかった。
陛下が呆れたように声をだした。
「平民の娘を体を張って助けたそうだな。
王子であるおまえが。
何を考えているんだ。」
机に両肘をつき、両手を顔の前で組んで軽く顎を当てながら、ため息をついている。
「陛下、執務室まで歩けるほど体力が戻られて、何よりです。」
執務机の前で両手を後ろに軽く組んで立ち、すました顔で平然と陛下の言葉をスルーした。
陛下は、さすがに気分を害したようで、言葉を強くした。
「ごまかすな。
スノウクラン王女に事の顛末を聞いた。」
「事の顛末ですか。
何をどのようにでしょうか?」
陛下は右腕で頬を抑えると、左手を前に出して腕を振りながらスノウクラン王女に聞いた話を言った。
「平民の娘が、王女の大切な宝石を運ぶと見せかけて、盗もうとしたらしいじゃないか。
スノウクラン王女が、機転を利かせて防ごうとしたが、ばれたと分かると娘は宝石を床にばらまいて逃げ、それを、スノウクラン王女が果敢に捕まえようとして、階段から落ちそうになったと。」
「それで?」
「それをおまえが誤解して、娘を助けたそうじゃないか。
しかも今、その娘は、ずうずうしくもお前の部屋の隣に陣取っていて、医者まで呼びつけたのだろう?」
陛下がイライラしながら話していたが、そこでサイクラン宰相が言葉を挟んできた。
「その通りです。
先ほど、タクト殿下の従者殿が医者を探しておいででしたので、確認すると、なんと、タクト殿下の隣の部屋に平民の娘がいると言うではありませんか!」
サイクラン宰相の大振りな演技に、呆れながらも、これからの展開を考えた。
「そうきたか。
そんな戯言を、陛下が信じ切っているところを見ると、そういう流れ?
展開ということか?」
サイクラン宰相の演技に触発されたのか、スノウクラン王女が前に出てきた。
「先ほどの城門での言葉は本当です。
タクト殿下に早く会いたくて来たのです。
それなのに、私の従者たちが運んでいた荷物を、あの平民の娘は自分が運ぶからと嘘をつき、無理矢理、荷物を持ち去ろうとしたのですわ!」
そう言いながらタクト殿下にどんどんと近づくスノウクラン王女に冷たい視線を向けた。
「そうですか?
私の聞いた話とは違いますね。
無理矢理手伝うために連れていかれたと、私のメイドが言っておりましたが?」
「それは嘘です!!」
ふわふわのピンクの髪を左右に揺らしながら、大きくてぱっちりとした茶色の瞳に涙を浮かべながら訴えてきた。
「王女である私の話と、たかがメイドの話とでは、格が違います!
私の言うことが真実です!」
タクト殿下にすり寄り、その腕に縋りつくように掴んできたため、思わず腕を引いてしまった。
「きゃっっっ」
スノウクラン王女は、まるで強く振り払われたかの如く、横に倒れしりもちをついた。
「殿下、あんまりです!」
スノウクラン王女は、ぽろぽろと大粒の涙を流し始めた。
「これ、もしかしなくても悪役令嬢をヒロインが陥れる時にする行動パターン?
俺、もしかして何やら陥れられようとしている?
ここは、怒った者勝ちか?」
スノウクラン王女のことを無視して、ついでに、呆気にとられている陛下もスルーして、タクト殿下は真っすぐにサイクラン宰相を見据えた。
「サイクラン宰相、どういうことだ?」
「えっ?何がでしょう?」
「とぼける気か?
何故、陛下の執務室にスノウクラン王女をつれてきた?
この国の君主である陛下とこの国の王子である私、そして隣国のたかが第三王女とを、同等に扱っていいとでも思っているのか?
思い上がるな。」
静かに、だが強く、冷静に暗い笑顔を作りながら、宰相に言葉を投げつける。
サイクラン宰相は、今までの流れで陛下でもなく第三王女にでもなく、自分に怒りを示されたこの突然のことに驚き戸惑い、何も言い返すことができなかった。
タクト殿下がここまで怒りをあらわにすることは初めてだったからでもある。




