27.階段の下と上
クラウドの仕事は早かった。
クラウドは護衛交代の時間になると、甲冑姿のまま真っすぐに厨房に向かった。
料理包丁を持った料理長が、勝手に厨房に入ってうろつく甲冑姿のクラウドを怒鳴りつけたが、まったく気にした様子もなく、レアリアを見つけると強引に厨房の外に連れ出して、次の日の早朝の約束を取り付けていた。
視点変更を行い、その様子をさすが脳筋だなと思いながらタクト殿下は見ていた。
そして、そのままベッドに横になって眼を瞑ると、夜が明ける気配とともに扉が叩かれた。
「起きてる。
入っていいぞ。」
許可を出したが入ってくる気配がない。
訝しげに思っていると、扉越しにミマリの声が聞こえた。
「殿下、クラウドがブランシュ様を連れてきたのですが如何なさいますか?」
続けて、ミズマリが説明を付け加えてくれた。
「明け方にあちらの家を訪ねたらしく、クラウドの護衛交代の時間に合わせて私室の前まで連れてきております。」
「なんて迷惑な奴だ。
できるだけ急げよとは言ったけど、まぁ、いい。
わかった。
ミマリ、入ってきて着替えを手伝ってくれ。
彼女は、隣の王子妃の部屋で待ってもらってくれ。
宰相が、何を思ったか王子妃の部屋を掃除させていたのは知っている。」
「「・・・・・・・かしこまりました。」」
少しの沈黙の後、二人の返事が聞こえた。
しばらくして、着替えを持ったミマリが部屋に入ってきた。
いつものように、ミマリはタクト殿下のシャツのボタンを留めてグレーのクラバットを結んでいる。
「ミマリ、昼前にカイコクラン伯爵がドレスを持ってくるから、通すようにクラウドに行っておいてくれ。」
寝台に置いていた黒い宝石のブローチを取りながら、ミマリが頷いた。
「昨日の夕方、カイコクラン伯爵に頼まれていたものですね?」
黒い宝石はブラックダイヤモンドで、その台座部分は銀細工で装飾してある。
そのブローチでクラバットを留め、今度は黒のジャケットを手に取った。
ジャケットには、詰襟と袖の部分、そしてフロントラインから裾にかけて上品な明るい灰色の糸でつる草模様が刺繍されている。
腕を軽く上げると、ミマリがさっとジャケットの袖に腕を通した。
「・・・ブランシュを様づけにして呼び出したな。
とりあえず、認めてはいるのかな?」
ジャケットの前の銀ボタンが留め終わるのと同時に歩き出し、私室の扉を開けるとミズマリとレアリアが朝食の用意をしていた。
「ブランシュは?」
ミズマリの方を向いて聞くと、静かに目礼をしたあと、廊下に続く扉に目をやってレアリアを見た。
レアリアがタクト殿下に向けてお辞儀をして部屋から出て行くと、朝食を用意したテーブルの椅子を引きながらミズマリが答えた。
「ご命令通り、王子妃の部屋でお待ちいただいております。
ただ、落ち着かない様子でしたので、レアリアと一緒に厨房に行って、メイドたちと一緒に朝食を取るように伝えました。」
ミズマリに引いてもらった椅子に座ると、ミマリがナフキンをタクト殿下の膝の上に広げた。
「そうか、そうだよな。
いきなり王子妃の部屋はまずかったか。」
薄くソテーしたチキン、ゆでられた緑黄色野菜、バジルの入った緑色のソースが皿の三分の一を占めている。
柔らかいロールパンに切り込みが入っており、チーズ、ハムなどが挟んであった。
クリームコーンのスープからは湯気が上がっている。
そして、いつもの葡萄ジュースが並べられたテーブルを見た。
「まぁ、少しは俺の朝食のイメージもましになったってことかな。
葡萄ジュース以外は。」
朝食を食べ終えた頃、来客があった。
昼前に来るはずだったカイコクラン伯爵が早めに訪れたのだ。
慌ただしく執務室のある別棟に寄って書類を取り揃えると、陛下の謁見の間がある棟を抜けて、城の正門に近い棟に向かった。
「待たせたな、カイコクラン伯爵。」
ミズマリが開けた客室のドアから、ミマリが入り、その後にタクト殿下が続いた。
同じくついてきていたクラウドは中に入らず、開けたままのドアの廊下で待機した。
広めの客間の窓際にはカイコクラン伯爵が持ち込んだであろう衣装箱が並んでいた。
5人は余裕で座れそうなソファの真ん中に座っていたカイコクラン伯爵が優雅に立ち上がり、入ってきたタクト殿下にくすんだ金の髪の頭を深々と下げた。
「タクト殿下。
カイコクラン伯爵が、ご挨拶いたします。」
カイコクラン伯爵が座っていた反対側のソファの前に立って、上質な赤いジャケットの背中が見えるくらいに腰を折っている伯爵に声をかけた。
「顔をあげてくれ、堅苦しくする必要ない。
急に呼び出してすまないな。
しかも、かなりたくさんのドレスを用意してくれたようだな。」
カイコクラン伯爵はソファに座りながら、窓際にある沢山の箱を見て目を光らせた。
「はい。
もちろんでございます。
ワタクシの領地から王都に出させていただいている衣装店の極上の品をすべてお持ちしております。」
「じゃ、全部もらおうか、書類も用意してきている。」
その言葉に、カイコクラン伯爵は前のめりになり信じられない面もちをしている。
「ぜ、全部でございますか?
中身も確認されずに?」
「そうだ。
全部だ。
言っておくがこれは隣国の第三王女のものではない。
城に仕える貴族令嬢たちをねぎらうためのモノだ。」
ソファの上で足を組み、手を窓際の衣装箱の方に向けて、優雅に振ってみせた。
「あああありがとう存じます。」
カイコクラン伯爵の顔が満面の笑みに変わったかと思うと、胸の前で両手を擦りながら、礼を言った。
「ところで、宰相ではなく、これからも私と直に取引きをしてくれないか?」
タクト殿下は足を組んだまま、ソファに背を預けて、カイコクラン伯爵に取引を持ちかけた。
「えっ、それはどういう。」
突然の提案に動揺の色を隠せず、カイコクラン伯爵は思わず王子であるタクト殿下に聞き返してしまった。
座るタクト殿下の両脇に立っている、ミマリとミズマリが無表情だが、目でカイコクラン伯爵を威嚇している。
「し、失礼いたしました。
もちろん、お引き受けしないわけがございません!」
「カイコクラン伯爵、これからも私を裏切らなければ、お前の領地の物を優先して購入しよう。
そうだ、業績によっては、侯爵位を与えてもいいな。」
「本当でございますか!」
侯爵位の言葉に目の色を変え、カイコクラン伯爵はさらに前のめりになっている。
「ミズマリ、例の書類を渡してやってくれ。」
タクト殿下が指示すると、執務室によって持ってきた書類をカイコクラン伯爵の前のテーブルの上に置いた。
「それは契約書だ。
これから、カイコクラン伯爵の領地の物を私が優先して取引するという内容のな。
宰相では、ここまでの契約はできないだろう?
”クラン”は、これから私に服従するか、それとも排除されるかの二択になるから、よく考えた方が良い。」
タクト殿下は暗くていい笑顔をカイコクラン伯爵に向けた。
「このような契約を断るなど、私には到底できません。
喜んで、サインさせていただきます。」
タクト殿下はミズマリに向かって頷くと、有無を言わさずカイコクラン伯爵にサインをさせた。
無事契約を終えると、タクト殿下自ら城門に通じる馬車止めまで行き、カイコクラン伯爵の馬車を見送った。
「さて、これからブランシュのところにって、あのドレスの中から、」
言いかけたところで、城門の方に走って行く二人の兵士を見つけた。
こげ茶色のフードを頭の後ろにおろして、フードと同じような色の角刈りの頭をしたジミールとガイだ。
かなり焦って走っているように見えた二人をミマリが呼び止めた。
ジミールとガイは素早くその場に跪き、急いでいる経緯を伝えた。
「タクト殿下、城門に隣国の王女様がおつきになられたようです。
現在近衛騎士のユージン様とフレンド様がお迎えに向かっているようですが、何やらメイドたちが粗相をしたようで。」
「はっ?」
タクト殿下と同様に、ミマリ、ミズマリも同じように怪訝な顔をしている。
「何故、こんなに早く、明日つくはずじゃ、何だこの鬼展開?」
「「タクト殿下、我々も城門に向かいましょう。」」
ジミールとガイの案内の元、タクト殿下、ミマリ、ミズマリ、クラウドの5人は城門に向かった。
「嫌な予感がする、絶対、何かある。
下手するとゲームオーバー的な。」
城門の前には豪華な馬車が止まっており、そこから城に入るための段差のゆるい階段があるのだが、その階段の上で何やらもめていた。
「うわ、予感的中だ。」
階段の下に出たタクト殿下の目に、色白でふわふわなピンク色の髪が腰まである女性が、近衛騎士二人とその横にいるメイド服を着た女性に詰め寄っているのが見えた。
「さすが、難易度高めの、、、
とか、言ってる場合じゃないか。
あれはどう見ても、レアリアとブランシュだ。
カイコクラン伯爵との会話が長すぎたのか、メイド服のまま王女と会ってしまっている。」
階段の上で、第三王女が近衛騎士に向かって叫んでいる声が響く。
「ユージン様、なぜそのようなメイドをかばうのですか!
私の馬車から荷物を持って運ぶように命じたのに、荷物を落としてしまったのですよ!」
タクト殿下は急いで階段の下から駆け寄った。
「スノウクラン王女。
本日いらっしゃるとは聞いておりませんが。」
声をかけると、スノウクラン王女の態度が一変した。
こちらからもタクト殿下の肖像画を送っているので、その容姿を見て気がついたのだろう。
「タクト王子でいらっしゃいますか?
早く会いたいばかりに、肖像画を交換で渡しました次の日にはこちらに来る支度をしておりましたの。」
スノウクラン王女は、右手に持っていたセンスをパッと広げ、顔半分を隠し階段の下から近づいてくるタクト殿下を見下ろした。
タクト殿下が階段の上まで登りきると、足元に幾つかの箱が落ちているのに気がついた。
挨拶もそこそこに、言い訳をする第三王女を冷静に見ながら、二人の従者と兵士、クラウドも階段の上まであがってきた。
「この者たちがわたしの荷物をこのように落としてしまったのです。」
スノウクラン王女は、ピシッとセンスを閉じるとユージンの隣で身体を固くしているブランシュの顔をさした。
ブランシュはビクッと体を震わせて、エプロンを両手で強く握ってそのまま硬直している。
その様子を見たユージンが、ブランシュをかばった。
「この者たちは厨房のメイドで重い荷物を持つのは慣れておりません。」
そう言うと、ブランシュの両肩に手を添えて、顔の前にあるセンスから話すように後ろに下げた。
「何をしている。」
ブランシュの肩にユージンが手をかけたのを見てタクト殿下は一歩足を踏み出そうとした。
「な、何をそのように!」
それよりも先に、激昂したスノウクラン王女がブランシュに近づき、エプロンを固く握る両手をバシンッとセンスではたいた。
その痛みでブランシュがエプロンから手を離すと、スノウクラン王女はその手を両手で掴み思いっきり引っ張った。
スノウクラン王女は体を階段方向に回すと、自分の横にいたタクト殿下との間からブランシュを抜けさせたかと思うと、階段に向かって強く押した。
「ブランシュ!」
一歩出した足の向きをブランシュの方に変え、そのまま抱き込んだがスピードがついていたため、タクト殿下も一緒に階段に倒れ込んでしまった。
そこに、ユージンが素早く二人をかばうように飛び込み両手で抱え込むと三人が団子状態で階段から転げ落ちた。
そして三人が落ちると思った瞬間に、ダンッと力強い音を立てジミールとガイがラクダ色のマントを翻して階段からバク宙で階段下まで飛んでいた。
遅れて、双子の従者が団子になって落ちる三人を追う。
「「タクト殿下」」
ジミールとガイは、先に階段下に着地し、団子になって落ちてきた三人を無事受け止めた。
階段上では、フレンドと、身体を固くして震えているレアリアをかばうようにクラウドが王女の前に立っていた。
階段下で、ブランシュを抱きかかえているタクト殿下を抱きかかえているユージンを受け止めたガイとジミールが安堵の息を漏らしている。
そこに二人の従者も追いついていた。
ユージンに背中を支えられながら、タクト殿下は腕の中のブランシュに声をかけた。
「ブランシュ、大丈夫か!」
真っ青になりながらもブランシュがか細く答えた。
「大丈夫です。」
しかし答えた途端、目を閉じて気を失ってしまった。




