25.ハンカチを
「俺の目に狂いはない。
おまえはできるやつだ。
信じているぜ!行ってこい!」
また、俺様なホワイトタイガーに見送られて、タクトは沈痛な面持ちでゲームを始めた。
セーブポイント選択まで来ると、点滅する一覧から、前回ゲームオーバーになる直前のポイントを選択した。
「セーブポイント2-2再会の前 を選択する。」
<<セーブポイント2-2再会の前 をロードします。>>
<<よろしいですか?>>
「ロード」
足元から明るくなり、中央広場の雑多な中に立っていた。
視線の先、中央広場の反対側、30mほど先には花の並んだテントが見える。
花をの入ったバケツのひとつの前に、銀の髪が首の中ごろまである茶色のワンピースを着た少女がいる。
そして、前回は警戒していなくて気がつかなかったが、今回は視点変更をしなくても、ドウシクランのラクダ色のマントが目の端にチラチラと見えるので、すぐそこまで近づいてきているのがわかった。
二人の従者と二人の兵士もドウシクランが近づいているのはわかってはいるだろうが、前回同様に警戒している様子はまったくない。
だが、今、四人にドウシクランを警戒するように言うことはできない。
それこそ、何らかのアクションが起こってしまい、ブランシュとの再会が駄目になる可能性が高くなる。
それはそれで、ゲームオーバーへの道まっしぐらだ。
ここではゲームオーバーを回避してゲームを進めるために、あえてサイクラン宰相をもちあげる言葉をドウシクランに聞こえるように口にすることにした。
「さすがサイクラン宰相だな!
この大広場をさらにみんなのために拡大する計画を立てるなんて。
サイクラン宰相に任せていれば、何も心配することはないだろう。」
ドウシクランが反応しているので、聞こえているようだ。
宰相を肯定する言葉、これが賢さ判定を上回ればドウシクランが今ここで王子を攫うことはなくなる。
「タクト殿下、何をいきなり仰られているのですか。
先ほど仰っておられた、道路の進行方向を決めるという案に、私は賛成です。」
ジミールが、ラクダ色のマントから右手を出し、その手で作った拳で軽く自分の胸を叩きながら真面目な顔で賛成の意を唱えた。
「ここで、それはいらないんだが。」
「何を謙虚なことを!
僭越ながら自分も露店を出す場所の整備という案に賛成です。」
ジミールの隣にいたガイも熱く賛同の意を唱えてきた。
「そ、そうか。
ここでおまえたちに邪魔されるとは思わなかったが、賛同してくれたことには素直に礼を言うよ。」
「「恐縮です。」」
ガタイのいい男二人が、マントを翻しながら、ビシッとこげ茶で角刈りの頭を同じ角度で下げた。
翻ったラクダ色のマントの下には、綿のチュニックを茶色の腰ひもで縛った兵士用の服、腰に下げた兵士用の剣、こげ茶色のズボンに更に濃い茶色のハーフブーツをはいているのが見える。
まったくお揃いの装いの二人が、双子の従者以上に双子のような動作をしている。
本物の双子の従者はタクト殿下の両脇で苦笑しながらも頷いている。
しかし、その間にも距離を詰めてきているドウシクランに、四人は気がついていない。
タクト殿下が、目線だけでドウシクランを確認すると、その手には白い布を持っている。
その布で自分の口をふさぐタイミングを見計らっているのだろうと思ったため、大きくため息をつき決意した。
「しかたない。
これは避けたかったんだが、回避できた事例もあるし、誰が見ている訳でもないし、この手を掴んでみるか。
ミマリ、ミズマリ、手を借りる。」
独り言のように声を出したが、両脇の二人の従者には聞こえているはずだ。
タクト殿下は自分の両手を伸ばし、二人の手を取った。
右手にミマリ、左手にミズマリの手をしっかりとにぎり、広場の反対方向の花屋のテントに向かって走り出した。
いきなり手を取られたミマリとミズマリだが、握られた手を強く握り返し、一歩遅れながらもすぐに同じスピードで走り出した。
あと三歩ほどでタクト殿下に届きそうな位置にいたドウシクランは、三人が手を繋いだのを見て舌打ちをした。
手を繋いでいきなり走りだした三人を見て驚いたのは、ジミールとガイだった。
「で、殿下。
従者殿!
お待ちください!」
すぐにその後に続いたが、遅れて反応したせいで、手を繋いだ三人とは5mほど距離が開いてしまった。
金髪碧眼の美青年二人に挟まれた一人の青年の後をごつい2人の男が、その2m後を、前の男と同じごついドウシクランが追いかけている。
男5人がいきなり走り出して広場を横断する姿に驚いた周りの人々は自主的によけて(逃げて)くれた。
この雑多な人ごみの中なのに、スススッとスムーズに避ける素早さはNPCならではかもしれない。
後方を振り返ってみると、少し距離をおいて走っていたドウシクランは、よけた人にぶつかったりと、後れを取っている。
「ドウシクランの方に邪魔が入ってるってことは、一応、ここで攫われるのは回避できたってことかな。」
広場の反対側にある花屋のテントの手前、距離にして30mくらいだが、いきなり全速力で走ったため、息が切れる。
走り始めた直後に、頭にかぶっていたフードも脱げている。
手をつながれたミマリとミズマリもフードが脱げて金髪がきらめいている。
二人とも同じスピードで走ったにもかかわらず、涼やかな顔をして息一つ切らしていなかった。
四六時中タクト殿下の側にいると思っていたが、もしかして体力をつけるために何か隠れて鍛えている設定なのかもしれない。
「そういえば、この従者たち、従者服の黒いジャケットの下に短剣も忍ばせてるよな。
優柔不断ルートでは、最後の討伐以外で剣を抜かなかったから忘れていたけど。」
「いきなり走り出して、どうかしましたか?
殿下。」
ミマリが、花屋の前に息を切らして立つタクト殿下に、開いている左手でポケットからハンカチを出して額の汗を拭ってくれた。
「ミズマリ、ドウシクランはどこにいる?」
汗を拭いてもらいながら、左手を引いてミズマリを引き寄せて聞くと、ミズマリが辺りを見回して広場の中央付近で視線を止めた。
「広場の中央付近で人にぶつかっていますね。
兵士であれば、もう少し機敏に動いてほしいところですが。」
ドタドタと遅れて、追いついてきたジミールとガイが眉をハの字に下げ困った顔をしている。
「殿下、いきなり走り出されては困ります。
せめて、我々にも一言声をかけてください。」
さすがにジミールとガイも兵士なだけあって、これくらいでは息ひとつきらしていない様子だ。
「それだと遅すぎたんだ。
ゲームオーバー回避のためには、何でもやることにしたんだ。
暴君を目指すから、どちらにしろやりたいようにやらなければいけないし。」
ミマリとミズマリとつないだ両手を肩ほどに上げてみせた。
このまま振ればマイムマイムでも踊れそうな感じだ。
「「私たちは殿下をお守りできるのであれば、殿下がどのように振る舞われても問題ありません。」」
ミマリとミズマリがにっこりと両側から輝かしい笑顔を向けてきた。
「二人ともありがとう。
その笑顔だけで、胸というか、お腹いっぱいになりそうだ。
ところでガイとジミールはドウシクランを拘束して、、、助けてこい。
ついでにドウシクランが転ばないように、おまえら3人で手を繋いでおけ。」
ミマリとミズマリの手を離して、広場の中央からこちらに向かおうとして、今度はバケツに足を突っ込んで転んでいるドウシクランを指さした。
ジミールとガイが広場の中央を振り返り、マントを翻して笑いながらドウシクランの方に駆け寄っていった。
「おまえ何してるんだ、兵士の癖に。」
ドウシクランに駆け寄ったジミールが両手を腰に当てて仁王立ちし、しりもちをついているドウシクランに影を落とした。
「いや、俺だって何が何だか。
いきなり、前を子どもが通るし、避けるとバケツに足を取られるし。」
「だから、ほら、手を繋いでやろう。」
同じく駆け寄ったガイが、ドウシクランの手を掴み引っ張り起こした。
「タクト殿下に命じられたんだ。
おまえが転ばないように手を繋いでろとな!
優しい方だ。」
ジミールとガイはそれぞれドウシクランの手を取って繋いだ。
ドウシクランの表情がなくなっていったのだが、それに気がつかないジミールとガイはタクト殿下にいい笑顔を向けていた。
タクト殿下が三人に愛想笑いをしているときだった。
「殿下、あちらにいるのは、西の森で出会った少女では?」
ミズマリが花屋のテントの端の方でこちらを見ている少女に気がついた。
「そうだな。」
今気がついたふりをして少女を見たが、自然と笑顔がこぼれてしまった。
それでも、はやる気を抑えてゆっくりと進んだ。
「こんにちは、偶然ですね。
ブランシュ。」
「は、はい。」
ブランシュは、両手を胸の前で組んで緊張したように身体を固くしていた。
その目は、タクト殿下と後ろの兵士三人を交互に見ている。
「あいつらは気にしなくていいよ。
仲良し三人組なんだ。」
右手をひらひらとさせると、ミズマリが後ろの三人の方に向かっていった。
「仲良しなんですか?」
「ああ、ごつい者同士で気が合うらしい。」
ミズマリが三人に何か耳打ちをすると、ジミール、ガイ、ドウシクランの三人がタクト殿下の方に向かって白い歯を見せてにっこりと笑った。
ジミールとガイは、あいている手を軽く握り親指だけをたてて、前に出している。
ドウシクランも白い歯を見せてはいるが、目が泳いでいる。
「真ん中の奴は恥ずかしがりなんだ。」
タクト殿下はそう言いながら、両手の平を上に向けて、腕を上げておどけてみせた。
「ふっふふっふふっ」
ブランシュは笑い声をこらえているが、堪えきれずグレーの薄い瞳の端からほんの少し涙がでていた。
「そんなにおかしかった?」
二人の従者のそれとはまた違う笑顔のまぶしさに、心が浮き立つのがわかる。
「ごめんなさい。」
ブランシュは、謝りながら、わずかな涙を手で拭っている。
その姿は、タクトに誰かの姿を彷彿とさせた。
「俺のグレーの瞳と同じだけど、君のはもっと透き通ってて、とてもきれいだ。」
誰かの姿と重なって、思わずブランシュが涙を拭いている手に手を添えてしまった。
「えっと、あの、」
ブランシュの頬がほのかに桃色にそまった。
「「コホンッ、殿下。
ここでは慎まれたほうがよいかと。」」
すぐ後ろにいた二人の従者が声を揃えて注意してきた。
「ああ、すまない。
本当は、えっと、ハンカチを渡したかったんだが、持っていなくて。」
あっけにとられて涙が引っ込んだブランシュだったが、焦って言い訳をしているタクト殿下を見て、ハッとした顔をした。
「私、持っています。
タクト様のハンカチ。
いえ、今じゃなくて、洗って家に置いてあるんです。
先日、グミのかごに入れていただいたハンカチを、、、」
ブランシュがハンカチのことを説明していて、言い淀んだかと思うと、その目が大きく見開きタクト殿下の後方に向けられた。
後方から、ジミールとガイの大きな声が響いた。
「何の真似だ!ドウシクラン!」




