22.ゲームオーバー
「殿下、隣国であるローズウエスト国の第三王女の肖像画が届きました。
近衛騎士のユージンからの伝言で、ご本人は、2週間後に到着予定だそうです。
ユージンは髪の色と同じくらいずいぶんと青い顔をしていました。」
「はっ?」
王子の執務室に入ってきたミズマリが、怪訝な顔をしたタクト殿下に30x20cmくらいの肖像画を差し出した。
小さな葉を多めに付けたつる草の模様枠の金の額縁の中に、ピンク色のフワッとした髪をした女性の上半身の絵が描かれている。
肖像画にはティアラ、イヤリング、ネックレス、ブローチ、ドレスの装飾品など、数多くの宝石も描き込まれていた。
タクト殿下は受け取ったそれを見ながら、小さく息を吐いた。
「ミマリ、以前に第二王女について教えてくれたが、第三王女はどんな性格か知っているか?」
執務机の前にいるミズマリは苦笑いをしている。
執務机のすぐ横で、ティーカップの準備をしていたミマリが手を止め、空中を見た。
「第三王女、ですか。
第二王女は、銀色の髪と比例して容姿も美しく、気品のある方だと評判の方だったのですが、その妹姫は。
その、あまり、そう、第二王女と反対の性格で、愛嬌があり、機転の利く方だと聞いたことがあります。」
ミマリが第三王女をどう表現しようか迷ったのがよくわかる。
何故なら、このルートでは、悪役令嬢が本当に悪役で、決して性格が良いとは言えないはずだから。
「第三王女のイメージが、悪役令息物の小説のヒロインのイメージになってしまうのは、仕方ないよな。
この肖像画、優柔不断ルートの、ピンクのふわふわ髪のメイドと同じ顔だし。」
ティーカップをタクト殿下の前に置いたミマリの金糸の前髪が、申し訳なさそうに揺れている。
「お名前は、スノウクラン様とおっしゃったはずです。」
「うん。
もう、その名前がね。
同じ白系でも、末尾がね、あの黒メガネもわかりやすくしてくれたよな。
プレイヤーに判別付きやすくしてくれたのかな。」
受け取った肖像画を執務机の端の方に置き、目の前のティーソーサを持って、ティーカップを口元に運んだ。
「陛下も、第二王女との縁談から第三王女に変わった時点で、きっとわかっていらっしゃったので、殿下次第だと言われたのだと。」
ミズマリが、なんとかフォローをしようとしているのがよくわかる。
双子の表情が、苦虫を嚙み潰したようになっている。
昨夜、と言ってもタクトにとってはついさっきのことなのだが、陛下の寝室から王子の私室の寝室まで戻ると、視点変更を行って城から馬に乗って駆け出していく近衛騎士の姿を追った。
前回は見逃したイベントだったので、今回は夕食を食べずにすぐに寝室に入って視点変更を行って、様子を見ることにした。
「優柔不断ルートではそうでもなかったかもしれないが、今回はなぁ。
徹夜で馬を飛ばして疲れたところを、さらに疲れていたみたいだし。」
お茶を半分ほど飲んで、持っているティーソーサーにティーカップをおいて、そのときの様子を思い出していた。
手元にこの肖像画が今あるのは、青い髪に緑の瞳をしたユージンとフレンドが陛下の命を受けて、隣国まで第三王女の肖像画を取りに行ってくれたからだ。
そして、優柔不断ルートでは、ユージンがブランシュ姫に一目ぼれするイベントが発生するのだが、今回は逆に迫られている様子を見てしまい、何とも気の毒な気持ちになっていた。
朝一でローズウエスト国についたユージンを見た第三王女スノウクランに、一目ぼれされたユージンが、スノウクランが言い寄ってくるのを避けるために、肖像画を受け取ると休もうともせずフレンドと共に早々に引き上げたのだ。
逃げ帰ったというか。
そんな物憂げなタクト殿下を見た双子の従者が声をかけてきた。
「タクト殿下、遠乗りに行かれたいのですか?」
「また、馬を飛ばすのもいいかもしれませんね。」
ミマリとミズマリが、都合よく解釈し、遠乗りを進めてくれた。
「そうだな。
こちらはこちらでイベントを進めないとな。」
第三王女が来る前に、西の森であったブランシュとの仲を進展させる必要がある。
ブランシュに好感を持ってもらい、なんとか城に働きに来てもらうようにしなければならない。
「よし。
今日は、街の方に行ってみようかと思う。」
今回のイベントのミッションは、ブランシュと王都の街中で偶然に再開し、前回グミのかごに(わざと)入れたハンカチを返してもらうための約束を取り付けることだ。
いつものように、ミマリに着替えを手伝ってもらい、白いシャツに黒いズボンの軽装と、厚手のフードを被り厩に向かった。
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街に入る手前にある宿屋の馬宿に馬を預けて、街に入り歩く。
周りにはタクト殿下と同じように厚手のフードを着た双子の従者と、甲冑を脱いでこげ茶色のフードを被った兵士が3人ついてきている。
西の森の丘のように見通しの良い場所を馬でかけるのとは違い、街では何が起こるかわからないということで双子の従者に強制的に護衛兵をつけられたからだ。
「治安が少し悪い設定だし、5人の男が厚手のフードを着てうろついても仕方ないのか?」
双子の従者が前を歩き、その後ろにタクト殿下、更にその後ろに二人の兵士と、少し離れて一人の兵士がついてきている。
街の入り口はまだそれほど人も多くなく、5人は人目を引いている。
「タクト様、どちらに行かれますか?」
前を歩くミズマリが人をよけながら、後ろを振り向いてタクト殿下に聞いた。
「そうだな。
特に用は無いんだが、そういえば、昨日宰相が陛下に、王都中央広場の拡大工事の説明をしていたな。
まずは、中央広場に行こう。」
「わかりました。
それであれば、そのまま馬に乗ってきてもよかったかもしれませんね。
あそこは、馬車が余裕で数台通ることのできるくらいの広さがあります。」
「そうなのか。
無駄に拡大工事を行って、また、水増し請求するつもりか、宰相は。」
それを聞いたミマリが、慌てて自分の口に人差し指をつけてタクト殿下に見せた。
「タクト様、このような街中でそのようなことを言ってはいけません。
心中はお察しいたしますが。」
「ミマリ、すまない。」
タクトはうっかりとやらかしてしまったことに気がついた。
「しまった、聞かれたか?
今さら、セーブしても遅い。
さっきセーブしたのは、肖像画をもらう直前か。」
きっと、先ほどの発言はすぐ後ろにいる護衛兵にも聞こえているはずだ。
護衛兵の中で恐らく、すぐ後ろにいる二人のどちらかは宰相の息がかかっている者だろうと推測している。
今のことが報告されれば、宰相は賢い殿下をどうするのか分からない。
「おい、後ろのおまえたち、名前を言え。」
いきなり止まって後ろを振り返ったタクト殿下に、すぐ後ろを歩いていた二人の兵士たちは、ガチッと音が立つのではないかと思えるくらいに足を揃えて直立姿勢で止まった。
「はい!
私は、ジミールと申します。」
まず、被っていたこげ茶色のフードを後ろにおろし、おろしたフードと変わらない髪の色の角刈りの頭を見せた男が名乗った。
「はい。
私は、ガイと申します。」
同じく、被っていたフードを後ろにおろし、こげ茶色で角刈りの頭を見せて男が名乗った。
「おまえたち、同じ色で同じ髪型をしてるな。
後ろからみたら見分けがつかないかも。
ところで、もう一人、離れたところからついてきているやつの名前は分かるか?」
この二人は名前的に宰相の息はかかっていない者だということは、もう一人だろうとあたりをつけて名前を聞いた。
ガイと名乗った男が答えた。
「はい。
私どもの同僚の、ドウシクランというものです。」
4人に近づく怪しいものがいないかを確認するという名目で、5Mほどは離れた場所からこちらを見ている男が、宰相の息がかかっている者だろう。
「そうか、わかった。
いきなり名を聞いて悪かったな。
名前がわからないと不便だからな。
これからは名前で呼ぶからな。」
ニコっと良い笑顔を作って、二人の兵を交互に見て頷くと、二人はその言葉に感動したようだ。
「「はい。有難うございます!!」」
街の入り口付近は、それほど人が多くなかったが、中央広場に近づくにつれ人が多くなり、いくら馬車が数台通れると言っても、あちこちに無秩序に露店が出され、2台の馬車がすれ違うのがやっとという感じだった。
「婚約式や婚姻式の時は、馬車が縦列に並んで通ってて、その周りを人々が埋め尽くしていたから、あまり気がつかなかったが。」
確かに広いのは広いのだが、おもちゃ箱をひっくり返したような雑多な感じを受ける。
そんな中を人が通り、馬車が通っている。
「拡大工事もやむなしなのか。
いや、それよりも、露店を出す場所を整備するとか、道路の進行方向を決めるとか、やりようがあるよな。」
「タクト様、その通りです。」
一人でぼやいていたつもりだったが、ミズマリが反応していた。
「「我々もそう思います。」」
ミズマリどころか、ジミールとガイも反応している。
「まだ、暴君ルートも確定していないのに、反応が良すぎる。
ヒロイン、平民ルートって、もしかして難易度が高い?」
「さすがです。
タクト様。
この中央広場の雑多さは、度々問題になっていたところなのです。
それを一見しただけで、整備や道路の案を出されるなど、難しいことも解決に導く方法があるということですね。」
ミマリが感動している。
「と、とりあえず、今度は神殿の方に向かうか・・・」
何とかごまかそうと、行き先を言いかけたが、自分の視線の先、広場の反対側のテントの前に花が並んでいるのを、タクトは見つけた。
「イベントの場所、ミッションを行う場所だ。
その前に。」
「セーブ」
タクトはいつものように、分岐に差し掛かるだろう場所でセーブを実行した。
<セーブポイント2-2を作成しました。説明を付け加えますか?>
「説明を付け加える。
再会の前」
<セーブポイント2-2、再会の前を作成しました。ゲームを続けますか?>
「続ける」
街の中はざわざわと騒がしいが、大きく動く人はいない。
ミマリ、ミズマリ、兵士たち、街の人々は同じ動作を繰り返している。
「こういうところが、ゲームだと実感させてくれるよな。」
「あの花屋に行こうと思う。」
広場の反対方向にあるテントの前に並んでいるバケツに入った花を指すと、そのバケツのひとつの前に、銀髪が首の中ごろまである茶色のワンピースを着た少女がいることに気がついた。
「「おや、あの少女は。」」
ミマリとミズマリが少女に気を取られて、いきなり進行方向を変えたために兵士二人もタクト殿下から目を離してしまっていた。
4人がタクト殿下のいた場所に視線を戻したときには、確かに4人の真ん中にいたタクト殿下が消えていた。
「「「「殿下!!」」」」
タクト殿下は4人が目を離した一瞬のすきに、ドウシクランに片手で両手をふさぐ様に持ち上げられ、口をふさがれ連れ去られてしまった。
同じ兵であるドウシクランが近づいても、4人は全く警戒していなかったのだ。
「殿下が、あのように頭の切れる方だったとは。
このままでは宰相様の計画である拡大工事ができなくなりますので、城に戻って宰相様にご相談いたしましょう。」
相談も何も、口をふさがれて、ガタイのいい兵に担がれて、抵抗もできない。
遠くに、城の方に、白い文字が点滅している。
<<ゲームオーバー>>
<<王子は宰相の手にかかってしまいました>>
タクトは初めてのゲームオーバーに、こんなにあっけないものか、などと感心をしつつ。
「直前に、セーブしたけど、これ、ロードしても回避できるのかな。
回避できないとブランシュとの再会が遠のくのか。」
など、次のロードのことを考えていた。




