21.暴君を目指す
西の森でのブランシュとの出会いイベントを済ませて城に戻ると、執務室の前でタクト殿下の父である現国王の執事が待っていた。
黒い上品な執事服を着こなした執事は、タクト殿下に気づくと静かに頭を下げた。
黒に白髪の混じったロマンスグレーの髪は、後ろをきれいになでつけ、前髪を7・3分けにナチュラルに左右に流しているため、少し髪が前にこぼれ落ちて揺れている。
「セバスチャン、私の執務室に来るなんて珍しいじゃないか。」
陛下にいつも寄り添うように、一緒にいる執事が単独で動くのはかなり珍しいことだ。
ちなみに、このルートでセバスチャンは、割と重要な役割を果たしてくれる。
「タクト殿下、陛下がお呼びでございます。」
「わかった。
すぐに行こう。」
セバスチャンは、必ず味方につけなければいけないサブキャラだ。
ここで、機嫌を損ねるわけにはいかない。
執務室には入らずに、陛下の部屋に行こうとしたが、双子の従者に止められた。
「殿下、先にお着替えをいたしましょう。」
「いくら急ぐとは言っても、陛下にお会いするのに、外から帰ってきたそのままの姿では問題があります。
短髪の従者のミマリと長髪の従者のミズマリが、交互に止めに入る。
「しかし、セバスチャンが来るくらいだから、急いでいるのだろう?
だから、あっ」
頭を下げたために少しずれた肩眼鏡を手で直しているセバスチャンの後ろから、甲冑の兵士たちが姿を現した。
兵士Aが双子の従者とタクト殿下の間に入り込んできた。
「タクト殿下、執事様はお急ぎではありますが、着替えを待つ時間はあります。」
「えっ、ちょっと、待って。
今、お前、そこにいたか?」
いきなり出てきた甲冑の兵士に驚いたのだが、タクトは大事なことを忘れていたことに気がついた。
兵士Bが、私室のドアを押して開けた。
「タクト殿下、さあ、お着替えになってください。」
兵士CとDが、タクト殿下の両脇について歩くように促してくる。
「さあ、タクト殿下、お着替えをお持ちしますので、すぐに中に入って今着ている服を脱いでください。」
何人いるのか、いつからいたのかも分からないが、静かな廊下が、兵士の登場で騒がしくなった。
執事は、私室の前の廊下に立ち、後ろから現れる兵士たちに驚くこともせず、注意することもせず、見守っている。
「わかった。
分かったから、お前たちは外で待て!
ミマリに手伝ってもらう。
ミズマリ、着替えを持ってきてくれ!」
外から帰って陛下の寝室に行く前には必ず着替えが必要であることを忘れていたタクトは、従者に助けを求め今回は事なきを得た。
執務室につながる私室に入るとミマリに着替えを手伝ってもらい、グレーのクラバットに、ブローチ、上品質でグレーのシックなジャケットを着せられる。
「やばかった。
このままでは、強制的に着替えさせられるところだった。
1回目でちょっと見てみたいと思った自分が馬鹿だった。
いや、さすがにそんなトラウマを作るようなことはしないか?」
「殿下?
殿下は馬鹿ではございませんよ?」
前ボタンをすべて留め終えたミマリが、タクト殿下が着ていた服をミズマリに渡しながら微笑んだ。
「殿下、お支度は整いましたか?」
扉の向こうから、セバスチャンの声がした。
「ああ、待たせた。
行こう。」
双子の従者とセバスチャン、5人の甲冑の兵士に囲まれて、陛下の寝室まで移動した。
「殿下をお連れした。
開けてくれ。」
セバスチャンが、凝った木彫りで装飾された大きな観音扉の両脇にいる二人の近衛騎士に声をかけた。
そのうちの一人、青い髪の近衛騎士が、両手で観音扉を押して大きく開け、そのまま片側の扉の前に立ち頭を下げた。
タクトは青い髪の近衛騎士の前を通りすぎながら呟いた。
「このルートでも、とりあえず、頑張ってもらうけど。
あの某小説ではピンク頭のヒロインに夢中な攻略対象だったけど、ここでは、いい趣味してるよな。
キャラの姿かたちを借りてるだけの別人だから当たり前か。」
頭を下げて立つ近衛騎士の制服の黒い肩章の先に下がっている組み紐の飾りが小さく揺れた。
中に入り広い寝室の中央にある大きなベッドに近づくと、陛下はいくつかの枕を背中に当てて座っており、その周りには、医者、宰相、メイドなど数人が立っている。
「父上、お加減は如何ですか?」
ベッドに座る顔色の悪い陛下の横に立ち、容態を聞くと、陛下は力弱くではあるがうっすら笑顔を浮かべた。
「今日は、執務室に行けるほどではない、こうしてベッドに座るのもやっとの状態だ。」
横についている医者が、ツインテールのメイドに指示して陛下の横と後ろに枕を継ぎ足している。
「私も執務をし続けることが困難になってきた、そこで、お前に王位を早々に譲ろうと思っている。」
陛下が、多めの枕に埋もれるように体を預けて、本題を切り出した。
タクトは、少し考えて、ここはなりきることにしてみた。
「父上、しかし!」
ベッドに乗り上げんばかりに近づき、そのまま両手を枕の側に付いた。
ベッドの弾力で手のひらがマットに沈む。
「これは決定事項だ。
先ほど、釣書を見せてお前が去った後、隣国から第2王女の婚約話が他の国からもでてきたと報せがあった。
こちらとしてはお前が乗り気ではないようだったので、その話を白紙にする旨の書面を返した。
だが、先ほど私は胸が急に息苦しくなりもうだめかと思ったのだ。
そこにいる、サイクランとも話したのだが、私が死ぬ前におまえに王位を渡した方が賢明だと。」
陛下の声は弱々しいのだが、その言葉は重いものだった。
「サイクラン宰相と、ですか。
結局、シキが敵方のキャラの名前の後ろに全部クランをつけたよな。
本決まりになるなんて思わなかったよ。」
この悲し気な雰囲気に合わせて、役になりきろうとしていたタクトだったがなりきれなかったようだ。
後ろで、コホンッと宰相のわざとらしい咳が聞こえた。
「1カ月後のお前の成人誕生日に婚約式を行えるようにしたい。
おまえの思わぬ結果となりすまないが、この国の決まりで、王位を継ぐ者は先に伴侶を決めなければいけない。」
「ソウデスネ。」
そのような決まりがあるのだが、タクト殿下はこの歳まで婚約者の一人もいない。
「オウゾクナノニ、コンヤクシャガイナイノモ、メズラシイデスヨネ。」
陛下の代わりに執務をするようになり忙しかったからというゲーム設定がされている。
「そこで、考えたのだが婚約の話が出た隣国には三人姉妹の王女がいる。
第一王女は王位継承者で、第二王女の婚約はこちらから白紙にする旨の断りを入れているので、恐らく他国の方との話が進められるだろう。
だから、その第三王女の方を一度この国に呼ぼうと思う。
婚約前提ではあるが、もちろん、決めるのは両方の同意が条件だ。
あちらもそのつもりで、招待を受けてくれている。
実際に会って、婚約の有無を二人で決めるといい。」
陛下はそういったのだが、宰相がすぐに言葉を継ぎ足した。
「この国のためであれば、隣国の王女とぜひ婚約をしていただき、隣国とのつながりを強める方が良いでしょう。」
見なくても分かるが、宰相がタクト殿下の数歩後ろに控えている双子の従者の前に割って入り、背中のすぐ後ろに来ている。
「ルートごとに違うことをいうのは仕方ないよな。
これは、腹黒いせいじゃないし。」
陛下が、辛そうに息を吐いた。
「そう、仕方のないことだ。
恐らく、私は、あと1カ月持てばいい方だろう。
そこにいる主治医がそう見立てている。」
タクト殿下とはベッドの反対側に立っていた顎の下に白髭をはやした主治医が、沈痛な面持ちで下を向いている。
陛下は起こしていた体を更に枕に深く埋もらせながら、タクト殿下の方に顔だけを向けた。
「もし、隣国の王女と婚約をしない場合、他の女性との婚約、そして私が死ぬ前までに婚姻を果たす必要があることを忘れるな。」
「はい。」
返事をして、タクト殿下はベッドに体を乗り上げると、陛下の耳のすぐそばに口を寄せ、小さくそっと耳打ちをした。
「ところで父上、私は暴君になりたいのですが、どうやったらなれますか。」
これだけ近くで囁けば、反対側にいる医者にも、後ろにいる宰相にも聞かれることはないだろう。
陛下は、目を細めて、半笑いになりながら、こちらもかなり小さい声でつぶやいた。
「そんなことわかっていたら、私がなっているさ。」
「ソウデスヨネ。」
「私が生きているうちに、、、」
陛下がそう言いかけて目を閉じた。
「大丈夫ですよ。
父上。
主治医の見立てはそのうち変わるでしょう。
このルートでは、父上は割と長生きします。
孫の顔を見せてあげますよ。」
ベッドに乗り上げていた体を起こして声をかけたが、陛下からは寝息が聞こえていた。
「殿下、何て気丈な。」
セバスチャンが肩眼鏡を外しながら、涙ぐんだ眼をハンカチで押さえていた。
陛下の主治医や、双子の従者、メイド、扉の前に立つ近衛騎士も俯いている。
「殿下も、もうお休みください。
陛下もお眠りになりましたし、主治医もついております。」
後ろで控えていた双子の従者が、サイクラン宰相をよけてタクト殿下の両脇に進み出て声をかけてきた。
「そうだな。
戻ろうか。」
タクト殿下は、双子の従者と一緒に陛下の寝室を出た。
後ろ手に近衛騎士が両側から観音扉を閉めてくれた。
二人の近衛騎士を振り返り、(設定資料を読んで知ってはいるが)名前を聞いてみた。
「いつも、父上の警護を有難う。
おまえたちの名前を教えてくれ。」
青い髪の近衛騎士が、胸に拳をあて頭を下げて答えた。
「ユージンと申します。」
続いて、もう一人の近衛騎士も、胸に拳をあて頭を下げた。
「フレンドと申します。」
「ユージンとフレンドか、これからも世話をかけると思う。
というか、このルートでは結構面倒をかけるはずだから。
よろしくな。」
タクト殿下の言葉に二人の近衛騎士はさらに頭を下げた。
「ハッ、
心よりお仕えさせていただきます。」
「かっ(こいい)
コホンッ
ああ、よろしく。」
素になりそうになりながらも、取り繕い私室に向かって歩き出すと、ミマリが後ろから声をかけてきた。
「近衛騎士にまで声をかけるほど、陛下のことが心配なのですね。」
金髪の従者に愁いを帯びた微笑みを向けられ、息をのむことしかできなかった。
「ああ、
やっぱり、俺以外のキャラがかっこいい。」




