2.テストスタート
タクトは、自室でゲームをテストする準備を始めた。
パソコンに表示させたブラウザにパスワードを入力し、画面が切り替わるのを待つ。
「まず、ゲーム機本体とPCの接続、無線接続OKだな。
そして、本体の方にプログラムがロードされる。」
パソコン画面に機器との接続が完了した旨のメッセージが表示され、次へのボタンを押すように促される。
ローテーブルに置いているノートパソコンの横のヘッドセット型のゲーム機本体を見た。
ヘッドバンドの部分に記憶媒体が内臓されており、少し厚みを持っている。
マイクはついていないが、厚みのあるアイマスクのような機器がついており、ヘルメットのシールドのように目元から頭部に上げ下げができるようになっている。
「右側の青ランプ点滅で、ロード完了か。
充電もフルだから一応24時間持続できる状態だな。」
次へのボタンを押すと、アラームの設定画面が表示された。
最大6時間の設定が可能なところを、3時間に設定し、完了ボタンを押した。
パソコンの画面には、周りの環境を確認した上で機器を装着するようなメッセージが表示された。
「シンプルなメッセージだな。
そう言えば、トウリが、アナウンスするイメージキャラクターの納品が遅れてるって言ってたかな?」
タクトは、大きめの黒い背付きのカウチソファにもたれながら、ヘッドセット型のゲーム機を頭に装着した。
ピー、ピッ、ピッ、ピッ。
頭部のセットがエラー無く認識されると、長い電子音の後に3回短い電子音が鳴る。
すると、パソコンの画面が切り替わり、ヘッドホンをセットする旨のメッセージが表示された。
「これ、本当はキャラクターが実際にセットしているところを見せながら音声案内してくれるはずなんだけど。」
タクトはぼやきながらセットを続けた。
両手でキャリングケース部分を持ち、内側のイヤーパッドを左右それぞれの耳にあてる。
普通のヘッドホンとは違い、内側の真ん中あたりに信号を送るための円錐状の突起ががあるが、耳の内部には当たっていないため気にならない。
ピー、ピッ、ピッ、ピッ。
ヘッドホンのセットを認識して、パソコンの画面が切り替わり、スコープをセットする旨のメッセージが表示された。
ヘッド部分に上げてあったアイマスク型のスコープを目を瞑って瞼の上にスライドさせ、こちらも固定する。
頭頂部のヘッドセット、両耳のヘッドホン、瞼の上のスコープから微弱な振動を感じる。
各部位へのアクセス信号が発信されているらしい。
ピー、ピッ、ピッ、ピッ。
タクトには見えないが、ゲーム機装着完了のメッセージが画面に表示されている。
「お、多少、体の向きを変えても、ズレなくしっかり装着できてるな。」
タクトは頭を左右に動かし、体の向きを変えた。
「パソコンとの通信が切れたら、30秒間通信を呼びかけ、だめなら強制ログアウトだったな。
さて、最初の課題の最短ルートのバッドエンドを、普通に目指すか。」
タクトは、ゆったりとソファにもたれ直し、「ゲームスタート」と声に出した。
すぐ目の前にオープニングロールが現れる。
目を閉じているので、瞼の裏に白い大きな文字が書かれているように見える。
それが、だんだん距離を取って遠く小さくなっていく。
その文字を見ていると、内側に引き込まれるような感覚を覚えた。
真っ暗な空間に、白い文字が浮かび上がりスクロールされている。
スクロールに合わせて、オープニング曲が流れている。
すでにゲームに引き込まれたタクトは、真っ暗な空間に自分が立っていることを自覚していた。
「オープニング曲、俺の作った曲に決まったのか?
それとも試用か。
俺としては、もう1つの方が、このゲームとあってるような気がするけど。」
<<この文字が読め、曲が聴こえているかを確認します>>
オープニングロールの最後に、柔らかい蛍光色のような白い文字でメッセージが表示されている。
<<両手を頭の上で組んでください>>
文字の通りに両手を頭の上にあげ、そのまま頭上で両腕を組んでみた。
「「そのまま、3回両足でジャンプしてください」」
今度は音声メッセージが流れてきたので、そのままジャンプをする。
<<文字認識、音認識、動作コントロールが確認できました>>
文字が点滅しながら消えていった。
「「あなたの名前はレッドスターです。名前を変更しますか?」」
システム的な音で、デフォルトの名前を告げられたので、即答した。
「チェンジで。」
タクトはシキのセンスのなさを思い出した。
「あいつやっぱりセンスないな。
デフォルトネームは変更するように言っておこう。」
「「では、あなたの名前を教えてください」」
「タクト」
そう答えるとシステムがもう一度問い返してきた。
「「あなたの名前は タクト です。名前を変更しますか?」」
名前は二回まで変更可能で、名前として使用できないのは、キーワードに設定された単語だけだ。
「変更しない」
「「このゲームは、プレイヤーの思考と言語によって制御されます。
言葉でキーワードを唱えながら、キーワードの動作を思考してください。」」
システム音がそう説明すると、また、白い文字が浮かび上がってきた。
<<「セーブ」と言葉を発しながら、このポイントの保存をすることを思う>>
<<「視点変更」と発しながら、現在地を上から見渡すことをイメージする>>
<<視点変更は、現在足をつけている点を基点として、距離を決め、上下左右あらゆる方向に視点を変更できます>>
<<空から、基点にいる自分を含めて眺めることが可能です>>
「「キーワードの使い方を練習しますか?」」
キーワードはすべて覚えてるため、時間をかけないことを優先した。
「スキップ」
タクトがそう答えると、次の文字が表示される。
<<ゲームスタートします>>
文字が点滅して消えると同時に、足元から光が差し込み、その光は徐々に広がって、床が見え、辺りの様子が変わっていった。
そこは、中世ヨーロッパの王族の部屋のように豪華な場所だった。
目線より上の方に、感覚的には2mくらい前に文字がプロットされる。
<<ここはこの国の王子であるあなたの執務室です>>
<<あなたは、やがてこの世界の君主となりますが、主人公ではありません>>
<<この世界の主人公は、いずれ生まれるあなたの息子です>>
「俺君主の息子が主人公ね。
何でプレーヤーを主人公にしないんだ。
あの黒縁メガネ。」
ぼやきつつも、次にプロットされた文字を読んでいく。
<<主人公が生まれる前のあなたの行動によって、次のいずれかの君主のタイプが割り付けられます>>
<<良い君主、自己満足な君主、優柔不断な君主、暴君です。>>
タクトは、ゲーム開始前に読んだバインダーの内容を思い出していた。
「その結果が、世界の滅亡、弱肉強食の世界、殺戮の世界、平民統治の平和な世界、と、なるわけだ。」
<<あなたの選択により、主人公の生まれ、育ち、性格、そして、世界のエンディングが変わります>>
<<主人公が大人になる未来で平和な世界となるエンディングを目指してください>>
「今回は最短のバッドエンドを目指す予定だ。」
タクトにはここで宣言することに意味がないことはわかっているが、何となく答えていた。
<<もう一度、メッセージを確認する場合、「再確認」と言ってください>>
「いや、もういい。」
メッセージの表示が終了した。
消えた文字の向こうの壁に、大きな姿見があるのに気づき、その前まで行った。
「お、赤茶の髪か。」
少し長めの前髪をかき上げて、姿見に映った自分の容姿を確認した。
瞳の色は薄いグレーで、歳は18歳の設定なので、年相応の健康な肌の色をしている。
襟元を少し開けた白いシャツ、黒いズボンに黒い靴、王子のわりにはラフな格好だ。
「日本流じゃないから、部屋の中でも靴を履いているのか。」
足元のふわっとした柔らかな絨毯には、豪華に動植物の詩集がほどこしてある。
日本人としては靴で踏んで歩くことに申し訳なさを感じた。
窓から離れた場所にマホガニー素材のように黒く高級そうな執務机があり、窓を背に座る位置に椅子があった。
こちらも、背もたれに彫られた装飾が上品で美しい高級そうな椅子だった。
「王子の執務室ね、ここから始まるのか。
豪華な絨毯といい、高級そうな執務机といい、見覚えのある部屋だな。」
プログラムには、置いてある家具、その配置、人物が移動できる範囲、ドアの開く角度、建物の素材、強度等々の指定はあったが、そのイメージの指定はなかった。
無い代わりに、情報を与えてそこに返すイメージを取得するような、何重ものコーディングがされていた。
タクトは部屋を見回して、息をのんだ。
「こういうことか。
この部屋は、俺が最近読んだ小説に出てくる悪役令息の部屋のイメージそのままだ。」
今度は体ごとぐるっと1回転し部屋を観察する。
「ゲームシステムに俺の頭の中の情報を組み合わせただけの世界。
ローカル思考で、ゲーム世界の構築か。
面白いな。
俺に情報が増える分だけ、このゲームの幅も広がる可能性がある。
プレイ人数が1人、な訳だ。」
タクトは妙に納得した。
「誰も脳内シェアなんて、したくないしな。
だから、あいつの書くプログラムは、面白い。」
自分の顔がにやけているのがわかるくらいには、愉快な気持ちだった。
期待しながら執務机に近づき、その執務机に乱雑に置かれている書類を見て肩を落とした。
「あー、徹夜での仕事明けからのスタートという設定だった。」
黒い高級な椅子の背を片手で持ち後ろに引いて座ると一番上にある書面に目を落とした。
「この書類読んでサインするまで、ストーリーが展開しないんだったか。
この内容知らないでゲームスタートしてたら、ここだけで時間とるとこだったな。」
数枚の紙を手に取り、1枚ずつ順に読んでいく。
貴族の爵位、人数、貴族間の問題、平民の立場、人数、暮らしの問題、等々が書かれていて、書面の最後にはサインの欄がある。
執務机の上には、インク壺に刺さったままの羽ペンが置いてあった。
「確か、良い君主になると、最初は国の平和を維持して、人口を増加させるんだったな。
この場合は、人口が増えすぎてしまって駄目になる。
貴族の怠惰と平民人口過密による自然破壊からの、自然災害による世界の滅亡ってストーリーだったか。」
タクトは、羽ペンをインクツボから垂直に取り出し、インクがペン先から数滴インクツボに落ちるのを待った。
「自己満足な君主だと、自分を持ち上げる貴族を贔屓して、そいつらが腐った貴族となる。
ご機嫌取りの家令や貴族の甘言に惑わされたあげく、無理な増税の末、隣国に戦争を仕掛けることになる、と。
そこからが弱肉強食の世界。
どちらもエンディングまで同じくらいの時間がかかりそうだな。」
ペン先からインクが落ちなくなったのを確認し、1枚目の紙のサイン欄に自分の名前を書いた。
「やっぱり、一番早いのは、優柔不断な君主になって、さっさと家令に騙されて、落ちぶれるルートかな。
プレイヤーにとっても、主人公にとっても、バッドエンドのルート。」
さらに紙をめくり、サインを続ける。
「プレーヤーにとっては全部バッドエンドか。
最短ルートのバッドエンド、どうコントロールしようか。」
考えながら机に肘をつき、頬を抑える。
タクトは自分の頬の肌触りに違和感を覚えて、ハッとした。
「うわ、自分の頬が柔らかい。
さすが、十代設定スタート!」