17.城への潜入
明るい店内と街灯がつき出した薄暗い歩道、車道の車のライトはまだ目立たない。
カフェのガラスに薄っすらと映る自分たちの姿と後ろの店内の様子、そんな環境で、14~5m先の顔を判別できるのは、それだけよく見て気にかけているからだろう。
半年前に顎のラインまで切った髪が今は首の中ほどにまで伸びていて、その髪を後ろ部分だけ括って、届かなかった横の髪がフワッと内側によって、歩く度に揺れている。
色素の薄い瞳までは確認できなかったが、顔立ち、背格好を見てすぐにリーダーだと確信した。
隣に並ぶ人物はタクトの方に背中を向けているので顔はわからないが、誰かと二人で歩いているリーダーを見て胸の内がかなりざわついている。
キヨカが椅子から立ち上がり、カウンターに左手をついて体を支えるように身を乗り出して、もう一方の手でガラスに指を突きつけてタクトに聞いた。
「知ってる人なの?
今のあの人の名前?
明るい色のスーツを着た彼と一緒に歩いている、あのロングの茶髪の美人!」
そんな、大きな声で叫ぶキヨカに店内から驚きの目が注がれたが、それよりキヨカの口から出た女性の容姿に一瞬の混乱。
思わず、両手に持ったトレーを落としそうになり、グッと力を入れた。
反対車線側の歩道を歩くリーダー達の周りを見ると、その前方に長い茶髪の女性とその横を歩いているスーツ姿の男性に気がついた。
男性は車道側の茶髪の女性の方を向いてしきりに何か喋っているので顔はわかるが、茶髪の女性は真っすぐ進行方向を見ているため、横顔しか確認できない。
「ああ、茶髪の美人?と歩いている人。
その茶髪の人と一緒に歩いてる明るい色のスーツを着た男がキヨカが言ってた人?」
キヨカの方を見ると、反対車線側の歩道を歩く二人の行き先を目で追っている。
持っていたトレーを席の前において、椅子を引いて座わりながら背負ってきた黒いリュックを足元の荷物入れにいれた。
そうすると、隣に立ったままのキヨカの腰より上くらいまで伸びた髪が目に入った。
そう言えば、リーダーも以前はこのくらいの髪の長さをしていたな、と、見当違いなことを考えていたら、上からキヨカの強い視線を感じて我に返った。
キヨカの表情は少しだけ険しくなっている。
「そうよ。
彼と歩いている女の人のこと知ってるの?」
タクトは首を軽く振って答える。
「いや、多分、知らない。
この暗さでよく見えなかっただけで、俺の勘違いだった。」
トレーから白いコーヒーカップを手に取って、ガラスの向こうの二人を見たが、その後ろからリーダーたちが一定間隔で後をつけているようにも見える。
とりあえず、今は何も言わない方が良いだろう。
少しずつ外が暗くなり、店内から外の様子が見えづらくなってきて、ガラスに映る自分たちの姿形がある程度わかるようになってきた。
目を凝らして見ていると、リーダーの隣を歩く人物は背格好からチーム内のテスターのような気がしてきた。
タクトはすぐに追って確かめたい衝動に駆られるが、その口実を思いつかない。
気を取り直して、コーヒーカップをトレーに戻すと、荷物入れからリュックをとり、その中から1冊の本を取り出した。
「はい。言ってた本。
読むのに時間がかかったから、遅くなってごめん。」
キヨカの前に置くと、キヨカもストンと諦めたように椅子に腰を落として本の表紙に目を向けた。
「ありがとう。
どう?
面白かった?
相変わらず絵が奇麗よね。」
元の明るい調子に戻ったキヨカが、本を手に取って表紙、裏表紙と交互に見ている。
「うん。
まぁ、俺としては推しが後半中頃に少ししか出てこなかったのが残念だったから、1巻の方が好きかな。」
本の表紙を見ながらキヨカがタクトに聞いた。
「そっかぁ。
この本、返した方がいい?」
「俺はもう読まないと思うからあげるよ。」
「でも、その、この本返す時に、前に言った返事改めて考えてくれないかな?」
「付き合うってことだったら、ごめん。
さっきの彼と女性が歩いているのを見てあんな態度とってるってことは、彼の方が好きなんでしょ?」
キヨカは下を向いて黙り込んだ。
「小説だったら、当て馬になるのもやぶさかではないんだけど、リアルだとちょっときついかな。
それに、キヨカが言っていたように、俺、しっかりしてて、一見、厳しそうで、優しくて、頑張り屋な、瞳の色素が薄い人が好きみたいだ。」
タクトは先ほどリーダーを見かけた時の胸のざわつきを思い出していた。
「そうなの?
なんだ、そうなんだ。
じゃ、だめかな。
じゃぁ、これ返す。
私、本当は、男性のハーレム系の話って好きじゃないから。」
そう言うキヨカは泣きそうな顔をしていたが、タクトは気づかないふりをして、差し出された小説を受け取り、カフェを出た。
歩きながらたタクトは、リーダーにメッセージを入れようとして、止め、また入れようとして、結局、その日リーダーに連絡を入れることはできなかった。
--------
本体の方に修正プログラム込みのプログラムをロードし直し、アラームを6時間にセットすると、パソコンにイメージキャラクターの選択肢が現れた。
「選択できるのか、猫にしてみよう。
モフモフ系流行ってるし、かわいいな。」
選択すると、三毛猫のキャラクターが表示され、パソコンの中でシステムのセットの仕方を にゃんにゃん 言いながら説明してくれた。
三毛猫が被って見せるように、両手でキャリングケース部分を持ち、内側のイヤーパッドを左右の耳にあてる。
アイマスク型のスコープをスライドさせ、こちらも固定すると、いつものように微弱な振動を感じる。
「ゲーム装着完了だニャン、異常なし!
いつでもゲームスタートして大丈夫だニャン。
いってらっしゃい ニャン!」
「ゲームスタート」
初回と同様に、システムから文字と曲が認識できるか確認が入るので、それに応じる。
動作確認まで終了すると、次のメッセージが表示された。
<<ポイントがあります。ポイントを選択しますか?>>
<<はじめから>>
<<セーブポイント1婚姻の選択前>>
<<-----:------>>
<<セーブポイント99最後の前>>
「セーブポイント99最後の前 を選択する。」
<<セーブポイント99最後の前 をロードします。>>
<<よろしいですか?>>
「ロード」
タクトの目論見通り、タクト陛下の治める国はひどい有様になっていた。
無駄な工事と森林伐採が続き、宰相をはじめとした一部の貴族の懐は潤っているが、国の各領地民は困窮していた。
森林伐採での獣害対策のため、動物たちは無駄に殺され、食肉を手に入れることが困難になった。
自然破壊による影響も測り知れず、干ばつで干上がる川がある一方で、大雨による土砂災害が発生し領地に甚大な被害をもたらす。
そんな中であちこちの国に戦争を仕掛けて敗れては、国民が諸外国に捕虜として捕まっていく。
捕まっていくというのは語弊があり、パンひとつを取り合い、殺し合いする国の多くの兵は軍を脱走し自ら志願して捕虜になっていく。
荒れ果てた国には何の魅力もなく、近隣諸国はタクト陛下の国との交流を一切絶ち、東西南北の国境は連なる相手国の軍で警備された。
「タクト陛下、ブランシュ姫の国がわが国に属国になるように勧めてきております。
何たる無礼な、今、あちらの国を偵察するべく人を送っております。
返答はお待ちいただくように願います。」
宰相はそう言うと、王の謁見の間の豪華な王座に座るタクト陛下の隣に立って、腰を折った。
その手には、たった今、隣国の使者から受け取った書状が、破れんばかりに握りしめられていた。
その隣国の使者たちは、陛下の座る王座から階段をおりた先、謁見の間の中央あたりで十数名の兵に囲まれている。
白髪老齢の使者が3人、その後ろに赤茶の髪をした20代くらいの若者が二人、全員正座でそのまま体を前倒しにされ、肩と頭を押さえつけられている。
老齢の使者の足が奇麗に正座できていることを宰相はじめ誰も疑問に思っていない。
タクト陛下は使者たちを見て、上がりそうになる頬を必死でこらえている。
「そうだな、宰相の言うように、しばらく返答は保留にしておこう。
コホンッ。
ブランはブランで、準備があるだろうし。」
領地は荒れ、作物は育たず、鉱山もすべて自然災害に破壊され、パン一つを奪い合うために人々が殺し合いをする。
そんなまったく旨味のない国を属国にしてやるという親切な使者を送ってきたのは、隣国に逃げてその立場を確かなものにしたブランの情けだ。
「陛下、向こう とは?」
隣に立つ宰相が訝しげに、タクト陛下の顔を覗き込んできた。
「あ、ああ。
あれ、認識したのか。」
うっかりNPCが反応するワードを言ってしまったようで、ここはうまく切り抜けなければゲームクリア直前でゲームオーバーになる可能性が高くなってしまう。
「ホソウクラン侯爵の長女が、今、私との再婚式の準備をしているんだろう?
向こうの準備が整って、式を挙げて落ちつくまで、待ってもらうことにしようということだ。」
宰相の提案で、交通、食糧、衣服などで功績をあげたホソウクラン伯爵、スイーツクラン伯爵、カイコクラン伯爵は、家格を上げ今や侯爵となっていた。
一番若いホソウクラン侯爵の、今年20歳になる長女を長く空いている王妃にと宰相がタクト陛下を丸め込んだのだ。
タクト陛下のその言葉を聞いた若い使者の一人が、いきなり頭を上げそうになっため、兵士に殴られている。
それを見たタクト陛下が目を細めて思いっきり嫌な顔をしたのに宰相が気づき、兵に声をかけた。
「何をしている。
陛下の前で血をみせるな。
地下牢に連れていけ。
ああ、そうだな、一応隣国の使者だから、貴賓牢の方に入れておけ。」
宰相が大きく手を振り兵に合図をすると、兵たちは5人の使者たちの両手を後ろ手に縛り、手や肩を押さえつけながら連れていった。
「再婚式でしたね。
ええ、もちろん、ブランシュ妃の時とは比べ物にならないくらい豪華な式を用意しておりますとも。」
王都に居を構え、贅沢をしている宰相と3つの侯爵家はその権威を誇るために、豪華な式を用意しようとしていた。
そんな宰相は、影では、まだこの国の王位継承権を持っている隣国にいる王子に頻繁に刺客を送っている。
王位継承権のある王子が死んで、ホソウクラン侯爵の長女が王妃になり子を産めば、さらに宰相やホソウクラン侯爵らの天下となるからだ。
「宰相、謁見は終わったな。
他に仕事はあるか?
無ければ、部屋で休みたいのだが?」
タクト陛下が王座のひじ掛けに両手を添えて立ち上がると、周りの兵士たちが一斉に頭を垂れた。
「もちろん、後はお任せください。
おい、陛下を寝室までお連れしろ!」
王座の後ろに控えていた兵士が、頭を上げてタクト陛下を先導して謁見の間から去っていった。
タクト陛下は、謁見の間から執務室のある別棟を通り抜け、王族専用の居住区まで兵士に周りを警護されながら私室に入った。
私室に控えていた専用のメイドに寝支度を整えてもらい、すぐに寝室のベッドで横になる。
横になったまま手を振ると、メイドと兵士が寝室から退室し、持ち場に戻っていった。
「はー、やっと誰もいなくなったな。」
ゲームも終盤に差し掛かると、宰相に四六時中警護という名の見張りをつけられて、まったく自由に動くことができなくなる。
「視点変更」
変更先は、貴賓牢だ。
1つの牢に一緒に入れられた二人の若者が小さな声でこそこそと話している。
「ブラン、何立ち上がろうとしてたんだ。
無駄に抵抗しない約束だっただろう!」
「すまない、スカイ。
父上が再婚するようなことを言ったので、思わず驚いて。」
隣国の使者を装ったブランとスカイの会話が聞こえて、タクトはほくそ笑んだ。
15歳で城を逃げ出してから、ブランシュのところで一所懸命に頑張っていブランの姿を、もちろんタクトは視点変更を使ってみていた。
そして、隣国からの使者として、本日乗り込んでくることも把握済みだった。
隣の貴賓牢には老齢の使者が3人まとめて入れられているが、二つの牢の前にはそれぞれ1人づつ見張りの兵がついているだけだった。
老齢の使者の牢の前に立つ甲冑の兵士が、バイザーをバシネットの上に持ち上げて中の老齢の使者に顔をみせながら声をかけた。
「もう大丈夫だ。
この貴賓牢全体の見張りは、私たち二人だけなので変装を解いてもらって構わない。」
それは、ブランシュ妃が国外追放になった原因を作った、悪役令息物の小説のヒロインの攻略対象の1人にそっくりな青い髪色の元近衛騎士だった。
ブランとスカイの前にいた甲冑の兵士も同様にバイザーをバシネットの上に持ち上げて顔をみせた。
青い髪色の攻略対象の悪友の顔をした元近衛騎士だ。
それを見ていたタクトは当時の自分の苦労を偲んでいた。
「そうそう、この二人を城に留めるのに苦労したんだ。
宰相が死刑とか言い出すから、何とか、平の兵からやり直す降格処分に落ち着かせるのが大変だった。
この二人がいないと、この貴賓牢から抜け出すための協力者がこの城からいなくなるからな。」
老齢の姿の変装を解く3人の男のうち2人の顔を見てタクトはため息をついた。
「やっと帰ってきたな。
名もなき従者たち。
待ってたんだ。」




