16.失敗の選択
「セーブ」
<セーブポイント99を作成しました。説明を付け加えますか?>
「説明を付け加える。
最後の前」
タクトは白い文字の前で、セーブポイントの説明を付け加えた。
当初の予定でこのテストにかかる期間を2カ月と見積もっていたが、その通り、セーブポイント1の保存日から99の保存日まで8週間となっており、スケジュールは順調だった。
<セーブポイント99、最後の前を作成しました。ゲームを続けますか?>
「ログアウト」
感覚が戻ったので、寝転がっていた体勢からカウチに座り直し、いつものように、アイマスクをヘッドセットの上に戻し、両手でキャリングケース部分を持ってヘッドセットを外しテーブルの上においた。
ローテーブルの上のパソコンを引き寄せ、表示されているウィンドウのメッセージをクリックする。
しばらく待つが珍しくシキからの反応がなかった。
同じローテーブルの上に置いていたスマホをみると、待ち受け画面に、いくつかのスケジュールのメッセージ表示されていて、その中に今日の日時と白花という名前があった。
「そういえば、白花に本を渡す約束、今日の夜だったな。」
ゲームスタート前に、タクトはシキに今日は予定があるからサーバーにデータがアップされても連絡しないようにとメッセージを送っていたのを思い出した。
元カノであるキヨカから(いつ会える?)とのメッセージに次の日の日時を指定して返信を送るとすぐにOKの返信が返ってきた。
そして、翌日会った彼女にアオバの名は明かさずに、システム会社の人と一緒にいるのを見た人がいることを伝えると、彼女はあっさりとプログラマー狙いでタクトに近づいたことを認めたのだ。
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「怒らないよね?
ね?
実は、あのビルに出入りしている人だったら誰でもよかったの。
タクトは背が高くてかっこよかったし、優しそうで私の好みだったから、ちょうどいいかなって思って。」
テーブルに向かい合わせに座る彼女から聞いた話では、出会いから何から演出していたらしい。
顎の下で両手を組んで、頼んだコーヒーが冷めていくのを見ながら、彼女の話を聞いていたタクトは、付き合う前に会社近くのコンビニや街中で小さなトラブルに巻き込まれていた彼女を何度も見かけた訳を悟った。
「コンビニで、子どもが押した棚から落ちた箱入りのお菓子を拾うの手伝ったりしてたよね。
俺もそれ見て思わず手伝ったけど。
それも演出?」
「そう、ちっちゃい子どもが欲しそうなものを手の届くか届かないかのとこに置いて、タイミングを見て手伝うふりしてお菓子落したの。」
手を胸の前で忙しなく組み替えて、上目遣いで自分を見上げる彼女を見て、タクトはどういう表情をしていいか分からなかった。
1,2回の偶然から、彼女が「お礼をしたいので」と、お茶するようになって、名前を聞いて好感を抱いて、小説の話などをして可愛いと思ったのは確かだった。
だから、彼女から付き合って欲しいと言われて断らなかったのだ。
それを演出だと聞いて、どんな顔をしたらいいのか分からなかったが、1つ分かったことはあった。
「あ、そう言うことか。
そんな感じで優し気でしっかりしている的なアピールを受けた、から。
だから、俺はキヨカのこと、しっかりした人だと思ってたんだ。
子どもがいるって言われても信じてしまうくらいには。
なるほど、そうか。」
顎を乗せていた手に今度は額を乗せて、目を閉じた。
実際には、しっかりどころか、深くモノを考えていないように思える人なのに、付き合うことになった経緯に何故惑わされたのかを考えてへこんでいた。
「俺の目、くもってる。」
そんなタクトを目の前にしながらも、キヨカは遠慮がちにではあるが話しかけ続ける。
「あのね。
それとは別に、また、付き合ってくれないかな?
その、さっきも言ったけど、タクト、私の好みなの。
最初は、見た目で背が高くてかっこよくてと思ってたけど、付き合うと、やっぱり優しくしてくれて嬉しかったの。
ざ、罪悪感だって、一応あったのよ。
それで、本気度を確かめたくなってしまって、それで、」
タクトは半年付き合っていたし、本気になってくれたのなら別に断る理由は無いのかとも思って顔をあげたが、彼女の顔を見た途端、脳裏に涙を浮かべた瞳の薄いグレーの色がよぎった。
「ごめん。
キヨカは俺の好みじゃ無かったみたいだ。」
いつもなら、そんな直球な言葉を使わないタクトは、自分の口から出た言葉に驚いた。
そもそも、今まで思っていた人格とまるで違うので、好みじゃ無いというのは本音ではあるのだが。
「えー、タクト、何それ。
優しくない!」
キヨカが上目遣いから一転して、強く非難めいた目を向けてきたので、タクトは内心めんどくさいことになったと思いながら、頭の中でキヨカをなだめる言葉を探してみたが、うまく探し出せなかった。
非難めいた目をしていたキヨカが、そんな困っているタクトを見てふっと思い付いた表情をした。
「タクトの好みって、やっぱり、しっかりして一見厳しそうで優しくて頑張り屋な瞳がグレーの人でしょ?」
先ほどとは打って変わった自信たっぷりのどや顔でタクトの好みをスラスラと言い切ったあと、ウィンクまでつけてきている。
逆にタクトはさっき脳裏に浮かんだ薄いグレーの瞳が再度よぎって内心焦っていたのだが、焦りを隠して困った顔をそのままに聞き返してみた。
「えっと、なんでそんな好みだと思った?」
「だって、私が勧めた悪役令息の小説に出てくる登場人物の一人の悪役令嬢の子をすごく気に入ってたじゃない。
その子の性格と容姿が好みってことでしょう。」
「え、ああ、そうか。
キヨカが進めてくれた小説、確かに面白かったし、その話もよくしたよね。
うん、俺は悪役令嬢推しだということを確かに言ったね。
うん、リアルでも、好み、かも?」
タクト自身、何故ここまで自分が焦っているのか分からないまま、答えたのだが、そんなタクトの態度にキヨカがさらに笑顔を増した。
「ギモンケイ?
あっ!リアルで具体的に誰か思いついたの!?
だれだれだれ?」
興奮した様子でテーブルに身を乗り出して迫って来るキヨカとは逆に、タクトは反射的に体を椅子の背もたれに預けてのけ反らせてしまった。
「(俺にも)周りにも迷惑だから、少し声のボリュームを落してもらいたいんだけど。
あと、きちんと座ってくれるとありがたいんだけど。」
そう言うと、のけぞらせた背をもとに戻しながら、さらに両手でキヨカの肩を押し返して椅子に座らせた。
また、身を乗り出されても困るので、キヨカの両肩に手を置いて押さえた状態で、聞こうと思ったことを聞いてみた。
「俺とつき合うとかいう前に、その、相談してた人と付き合ってるんじゃないの?
俺、二股かけられてた?」
キヨカは少し顔を赤らめながら、両肩にあてられている手に自分の手を添えて殊勝な顔をした。
「ううん。
付き合ってない。」
首を横に2、3回振った後、真面目な顔をタクトに向けて続けた。
「ハード制御のプログラムやソフトウェアのプログラムとか、あのビルにすごいプログラマーが出入りしてるらしいから、
その中の誰か一人でもいいから名前だけでも聞き出せたら付き合ってくれるって言われて。
だから、二股じゃない。」
「ああ、なるほど。」
添えられた手から自分の両手をそっと抜き取ると、タクトも椅子に座り直して、冷めたコーヒーを飲んでみた。
「まだ、付き合う前だから、二股ではなかった。
と、言いたいのかな。」
冷めて苦みを増したコーヒーで冷静さを少し取り戻し、落ち着いた声が出せた。
いっそ、二股と言ってくれたらそれで終わらせられたのだが、期待した答えではないことにがっかりしていた。
そのタクトの答えをポジティブに捉えたキヨカは目をキラキラしながら語り出した。
「そうなの。
私二股とかしないから、大丈夫。
ただ彼はすごい人で、私が憧れてただけで、それに、悪い人でもないの。
彼は、システムを作った人に憧れてて、一度会ってみたいって、それだけだって言ってた。
できればヘッドハンティングしたいけど、無理なら、自分が転職してもいいって。
だから、彼には全然悪気はないの。」
続けてもう一口飲んだコーヒーを吹き出しそうになるのを我慢して、何とか飲み込んだ。
「はっ?
ああ、そういう?」
タクトの脳裏には、シキを盲目に慕うアオバの顔が浮かんだ。
とりあえず、どちらにしろ、シキに近づけてはいけない人種だというのは理解したが、それを彼女に言う気はない。
「ごめん。
鵜呑みにはできないかな。」
自分を慕う女性を利用して名前を知ろうとするのは如何なものかとも思う。
が、それよりもこんな不毛な会話を早く終わらせたいという思いがかなり強くなってきた。
「そうよね。
タクトは彼のこと知らないものね。」
「その人と、付き合いたいんだよね?
だから、彼の言うことを聞いて、俺に近づいたんだよね?」
会話に疲れを感じたタクトは、自分では無く、その彼に好意を持っているということを言って欲しいと思いつつ話を振ってみた。
「んー。
どうかな。
今は、望み薄そうなの。
タクトとだったら、小説の話で盛り上がったりして楽しいけど、彼はそういうとこないし。
タクトの好みは分かったから、好みに合うように努力するから、どうかな?」
キヨカに話を戻されて、焦ったタクトは逃亡を試みることにした。
「あー。
そうだ、勧めてくれた小説の2巻、読んでしまったからあげるよ。」
「本当!」
「今度渡すから、スケジュール見て、開いてる日を連絡するね。」
「分かった。
楽しみにしてる。」
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という訳で、小説を渡す日が今日だった。
早く切り上げたくなったとはいえ、また会う約束をしてしまったのは、失敗だった。
待ち合わせの場所は、キヨカにスパイのようなことを頼んだ男のいるシステム会社の近くのカフェにした。
とりあえず敵情視察とまではいかないが、どんな会社の人間なのかを知っておくことに損は無いと考えたからだ。
待ち合わせたカフェの外観は下側が木製の壁で上がガラス張りになっており、外側に向けられたカウンター席の一番奥にキヨカが座っているのが見えた。
カフェに入り、レジでコーヒーを頼むとセルフサービスのトレーに乗せ、キヨカが座っている隣の席の後ろに立った。
「待たせてごめん。」
時間には十分間に合ったが後から来たのでとりあえず、挨拶のフレーズを言ったが、それに返答はなかった。
キヨカが外側に気を取られていたからだ。
その視線の先は、舗道の先の車道2列からその反対車線の車道2列の広い道路を越えて、更に向こうの舗道を歩く男女の姿を見ているようだった。
「彼、私にプログラマーの名前を聞いてきてって言った彼が、美人と歩いてる。」
遠い舗道を見たまま話すキヨカの視線を追って、車道の向こう側の舗道を見ると、すれちがう人々の中に歩いている男女二人が確かにいる。
遠くてよくわからない、と思いたかったが、女性の方は知っている顔だった。
「り、、、
蒔白さん?」
リーダーと言おうとして、キヨカに聞かれるのはまずいと思い、思わず名前を呼んでしまった。
やっぱり、今日の待ち合わせは大失敗だったと思った。




