12.優柔不断君主なフラグ
「もう昼だな。
食事をしてから、執務室に行って書類仕事の続きをする。
食事をこちらに運んでくれ。」
タクトは、宰相から一歩離れて、扉付近にいたメイドに声をかけた。
「では、私はこれで。」
宰相は王子の私室から出ていき、先ほどタクト殿下に声をかけられたメイドが廊下で忙し気に動いている。
食事が配膳されるのを待つべく、私室のテーブルにつくと、いつものキーワードを唱えた。
「視点変更」
気にかける必要はないと言われても、ここは見逃せないところだった。
視点の先は、もちろん二人の従者がいる地下牢だ。
二人の従者が入っているのは、犯罪者が入るような石畳にベッドと排泄用のバケツがあるような粗末な牢ではなかった。
王子の従者だった二人は、もちろんそれなりの身分がある。
双子の彼らは、上に三人の兄がいる由緒正しい貴族の家の四男、五男の令息たちだ。
だからだろうか、従者たちは、窓に格子が嵌っている以外、客室と言っても違和感のない貴賓用の牢の中に入れられていた。
高い場所に光取りの窓があり、まったくの地下でもない。
シンプルだがよく磨かれた木製の家具がおかれていて、その高い場所にある光取りの窓からの少ない光でも光沢を帯びている。
牢から廊下に出る扉には、胸から頭くらいまでの高さの格子がはめ込まれており、その前に甲冑を着た兵士が見張りに立っている。
その前を別の兵士が巡回している。
廊下の幅が4mくらいと広く、廊下沿いに貴賓牢が3部屋並んでいる。
廊下の反対側にも貴賓牢が3部屋並んでいるので、6部屋あり、従者が入っている部屋以外は空のようだ。
貴賓牢の中で、アンティーク調の木製のテーブルに、二人は向かい合わせで座っていた。
「殿下は、変わられてしまいましたね。」
金髪を後ろで括った従者が目を伏せて小さくため息を吐いた。
「そうだね。
今のタクト殿下では、私たちをこの牢から出そうと尽力されることはないだろう。
最近は特に、人任せにすることが多くなっていたから、恐らく、宰相に丸め込まれてしまうと思う。」
金色の前髪をかき上げながら短髪の従者が答えていた。
二人とも目の下のクマが昨日よりひどくなっているようだ。
「明け方いきなり兵士を伴った宰相が控室に入ってきてた時には驚きました。」
「抵抗する間もなく、何が何だか分からないまま、あっという間にここに連れてこられてしまった。
殿下の愛馬に毒を持った疑いがあると告げられた時は、さらに驚いた。」
二人の従者が今朝の様子を語り合った。
「明け方?
ベッドで眼を瞑ればすぐ次の日になるし、徹夜しなければ気がつかないイベント設定だったのか。」
タクトは思わず声を出したが、もちろん二人の従者には聞こえていない。
視線は二人の従者がいる貴賓牢の天井の位置だが、声を出しているのは私室のテーブルについているタクト自身となる。
声を聞けるとしたら、タクト殿下の私室に入ってきた誰かだろう。
「私たちはどうなるのでしょうか?」
金髪を後ろで括っていた従者が、髪を括っていたグレーの細い組み紐を引いて、解いた。
髪がはらりと落ち、組み紐をひっぱった拍子に金の髪が肩越しに揺れている。
解いた組み紐を持った両手をテーブルの上に広げると、金の短髪の従者もそれをじっと見た。
「子どもの頃に殿下からいただいた組み紐だね。」
金色で短髪の従者は、片手を伸ばすとそっと組み紐の上に手を被せ、悲しそうに微笑んだ。
長髪の従者が苦笑いをしている。
「子どもの頃に、殿下のグレーの瞳が兵士の甲冑の色のようでかっこいいと言ったことがあって。
そうしたら、次の日にこれをくれたんですよ。
褒めてくれて嬉しかったからって。」
「そうそう。
そんな裏設定だった。
子どもの頃のストーリーがない分、思い出の中の○○、みたいな後付けストーリーが結構あるんだよね。
この辺で思い出のムービーとか流れてほしいな。
要望してみようかな?
プレイヤーがイメージを持っていないものだから難しいかな?
この二人の子どもの頃なんて、絶対可愛いと思うんだけど。」
タクトは二人の従者の悲しげな様子とは裏腹に、楽し気に要望を考えた。
短髪の従者はさらに疲れた様子で顔を下に向け、被せていた手を引くと、両肘をテーブルについてそのまま両手で顔を覆った。
「私たちはきっと、追放されるだろう。
罰はあるだろうが、すぐに殿下の婚約式と婚姻式があるから、罰の実行前に恩赦のような形で王都外へ。」
「そうなると、爵位も関係なく、平民として生きていくことになりそうですね。」
「それが、宰相の狙いだろう。
殿下の味方をなくして、傀儡として利用したいのだと思う。
今の殿下であれば、その方が幸せかもしれない。」
長髪の従者も組み紐を握りしめて頷いている。
「そうですね。
私たちも、もう限界でしたし、いずれは宰相の思うままになっていたのでしょう。」
従者たちは二人とも黙り込んでしまった。
そこでタクトが視点を戻すと、メイドが朝食を運んできたところだった。
運ばれてきた朝食の皿がテーブルに並べられる。
「このゲームのこのルートでは豪華な食事はあきらめた方がよさそうだ。」
パンにハムエッグ、少しの生野菜とスープにジュースを食べ、飲み終えると、執務室に向かった。
いつもいる従者がいるはずもなく、いつもは従者に出してもらう印象を自分で金庫から取り出した。
一般の書類はサインだけでいいが、陛下に許可のいる書類には、印象が必要だ。
それを持って、一人で重厚な執務机に向かい、書類を前にサインを始めてすぐだった。
トントン、と執務室の扉をノックする音が聞こえた。
何も言わずにいると、勝手に兵士が扉を開けたようで、宰相と近衛騎士が数人入ってきた。
宰相は相変わらずにこやかな顔をつくり、執務机の横に大股で近寄った。
「タクト殿下、
もう、2日後には婚約式です!
その1週間後には婚姻式がございます。
執務をしている場合ではありません。
式の段取りを再度ご説明いたしますので、大広間の方に行きましょう。」
「あ、ああ?
大広間に行くのか?」
「はい。
ブランシュ姫もお待ちです。」
近衛騎士に促され、椅子を引かれながら立つと、すぐに宰相が背中に手を伸ばしてきた。
そのまま押されるように、宰相が今入ってきたばかりの扉から廊下に出た。
横に宰相、後ろに数人の近衛騎士、その後ろには甲冑の兵士までついてきている。
何が何でも大広間に行かされるということだろう。
大広間に行くと大きな大理石の丸いテーブルに、ブランシュ姫が座っていた。
その後ろにメイドが一人控えているが、ピンクのふわっとした髪のメイドはいない。
ブランシュ姫のメイドの後ろには、青い髪の近衛騎士も控えている。
ブランシュ姫は気がついていないようだが、その近衛騎士はブランシュ姫の後ろ姿に熱いまなざしを向けている。
「ブランシュ姫のお隣にお座りください。」
宰相がまた背を押しながら中央の席にタクトを案内した。
椅子に座ると、目の前に城から大聖堂までの大きな地図が広げられている。
「では、説明を始めてくれ。」
宰相が周りにいる城勤めの貴族たちに声をかけると、説明が始まった。
「準備は明日から始めます。
ブランシュ姫は明日のうちに大聖堂に入っていただき、そこで神官様から婚約式の前の儀式を受けていただきます。」
長い説明が始まり、ブランシュ姫をそれを真剣に聞いている。
「聞くだけ無駄だな。」
タクトは、この婚約式からダイジェストにムービーが展開され、プレイヤーは何もすることがないことを知っている。
することを強いて言えば、そのダイジェストの中で、腹黒宰相であるとか、近衛騎士であるとかが怪しい動作をみせるので、それを見逃さずに察知することである。
だが、それは一般プレイヤーの話で、テストプレーヤーにはスキップしても何ら問題ない個所だ。
何せダイジェストムービーなので。
「殿下、退屈ですか?」
油断してあくびが出そうなタクト殿下に、隣のブランシュ姫が首をコテンと可愛く傾げて声をかけてきた。
「か、(かわいい)
いえ、とんでもない。
緊張しているだけです。」
最初のセリフを何とか抑えて、取り繕いながらできるだけ落ち着いた声を出せたと思った。
「ふふっ。
私も緊張しております。
ですが、頑張りますね。
タクト殿下や、この国にきて、この国のシキタリ、ルールを教えていただいた方のためにも。」
背筋を伸ばして、しっかりとした口調で答えるブランシュ姫をタクト殿下は好ましく見ていたが、その後ろから刺さるような視線も感じていた。
「ブランシュ姫が奇麗で、しっかりしていて、可愛いのは同意する。
頑張る姿勢も好ましいと思う。
だけど、近衛騎士のくせに、そこまで態度に出したらまずいだろう。
そうやって、フラグを強化していくのはいいとしても。」
後ろを見なくても刺すような視線の相手が、青い髪をした近衛騎士であることを承知しているタクトは、拳を軽く口に当て、一人喋りながら、うんうん、と頷いた。
「有難うございます。
殿下のご期待に沿えるように頑張りますね。」
ブランシュ姫の笑顔が輝かしい。
「では、次の説明に入ります。」
明日から、婚約式、婚姻式終了までの段取りの説明はまだまだ続いている。
「視点変更」
タクトは視点を、自分の執務室に変更した。
すると、ピンクの頭のブランシュ姫の専属のはずのメイドが執務室の観音扉の片方をそっと開けて中をのぞいているのが見えた。
いつもなら、扉の前には兵士がいるはずだが、何故かいない。
メイドは中に入ると、真っすぐに執務机に近づいていき、書類の積まれた執務机をぐるっと回った。
「あった。
これだわ。」
エプロンドレスのポケットから、黒い凹凸のある10cmくらいの棒を出すと、執務机の上に置いていある物と見比べた。
「同じだわ。
この印象とすり替えれば、ばれないって言われたもの。」
執務机にあった印象をエプロンドレスの下のスカートのポケットに入れ、持ってきた偽物の印象を執務机の本物があった場所に置いた。
「なんだ。
こんな簡単なことなんじゃない。
これで、今のお給料の10倍もらえるなんて、楽な仕事だわ。」
メイドは、入ってきた観音扉から、そっと廊下を伺い、誰もいないことを確認して出て行った。
執務室から出たメイドは、そのまま厨房に向かった。
厨房では、急遽決まった大広間の説明会のために殿下や貴族たちの夕食が準備されているところだった。
ただでさえ、客人が多く忙しいときに、ピンクの頭のメイドが一人増えたからと言っても誰も気にしていない。
それどころか、ずっとここにいましたと言わんばかりに手伝いを始めていた。
そうやって、「家令・貴族による反逆」のフラグが立ち終わり、婚約式・婚姻式のダイジェストムービーが終る頃には、ゲームの中でプレイヤーは「優柔不断な君主」ルートを確立する。
「と、その前に。」
「セーブ」
<セーブポイント7を作成しました。説明を付け加えますか?>
「説明を付け加える。
大広間の説明会」
<セーブポイント7、大広間の説明会を作成しました。ゲームを続けますか?>
「続ける」




