10.それぞれの関係
小説を読んでいるうちに寝てしまったようで、気がつくと寝転がっていたカウチの下に本が落ちていた。
「2巻には今のところブランシュ姫は出てきてないな。
人物紹介には、小さいけど載っていたから、出ては来るだろうけど。」
落とした小説を拾い、最初の数ページをめくる。
「どこまで読んだかな。
あ、間違えた。
ブランシュという名前は、テストゲームの姫の名前だった。
ブランシュ、か。
シキにしてはまともな名前をつけたな。」
考えていると、大きなあくびが出てくる。
「転寝しただけかと思ったら、結構寝てたんだな。
ゲームじゃあるまいし、目を閉じて開けたら6時間経ってるなんて。
カウチソファの座り心地の良さというか、寝心地の良さも考えもんかな。」
ページをめくっていた手を止めて、本をローテブルに置く。
「シャワーでも浴びて、目を覚ますか。」
浴室から出て、すっきりした頭を拭きながらリビングに戻ると、スマホのメッセージを確認した。
他メンバーのスケジュール微調整のオートメッセージがいくつかと、元カノからのメッセージが入っていた。
(いつ会える?)
そのメッセージを見て、タクトは前回のミーティング後のことを思い出した。
ーーーーー
「リーダー、えっと、話いいですか?
時間まだありますか?」
ミーティングが終わり、シキやトウリ、他メンバーが部屋から出ていく中、タクトは席を立たず、プロジェクターの電源を落としているリーダーに話しかけた。
「いいよ。」
リーダーはプロジェクトの電源が落ちるのを確認しながら、軽く返事を返してきた。
「有難うございます。」
タクトがお礼を言うと、プロジェクトの電源が切れたのを確認したリーダーは、持っていた資料をテーブルにトントンと当てて揃えていた。
肩にかからない長さの髪をうなじの上で1つに括っているが、全体がそこまで長くないため、顔横の髪は括る部分まで届かず、そのまま首の中ごろまで落ちていて、ふわっと内側に顔を包んでいる。
「最近、ハニートラップの話題って、でてますか?」
少し下を向いているため、横髪で顔が隠れていて表情はわからなかったが、書類を揃える手が止まった。
「この間話した元カノが、どうもそんな感じだったらしいです。
と言っても、そこまで大げさなものではないと思うんですが。」
リーダーはタクトの隣に椅子を引き寄せ近づけて座ると真顔で話の続きを促した。
「話してみて。」
話を続けようとすると、ミーティングルームのドアをノックする音がした。
リーダーが、タクトに、「ちょっと待って」と早口で言うとドアに向けて声をかけた。
「どうぞ。」
入ってきたのは、先ほど出ていったメンバーの一人で、このプロジェクトではシキのグループに入っているプログラマーだ。
「どうしたの、アオバ。」
リーダーが声をかけると、アオバはミーティングルームの扉を後ろ手に閉めて入ってきた。
「あの、タクトさんが残っているみたいなんで、ちょっと気になることがあって。」
「俺?」
そう言うと、円卓のタクトとリーダーの座る反対側に立って話し始めた。
「ミーティング前に、みんなでお昼を食べに行った時、タクトさんを見かけて、、」
話していて、言いにくいことがあるのか、顔を横に逸らした。
一瞬、グッと喉が詰まったタクトだったが、何とか取り繕う。
「あー、うん。
知ってる。
さっき、シキに聞いたから。
限定メニューやってたから、みんなで食べに行ったんだろう?」
シキと同じような黒メガネをかけているアオバが、ホッとした様子でメガネを抑えた。
「はい。
そのときに、タクトさんと一緒にいた女の子、僕、見覚えがあって。」
「「えっ」」
タクトとリーダーの声が思わず被る。
「この会社に入る前に、1年くらい前に、バイトで入ってたシステム会社の人と連れ立って歩いているのを見たことがあるんです。
付き合っている男の人を変えるので有名な人らしくて、印象に残っていたので。
その人と歩いていたのがタクトさんと一緒にいた女の子だったと思います。」
「システム会社の人?
ゲーム会社とかじゃなくて?」
「はい。
タクトさんとシキさんは仲がいいから、シキさんのトラブルにつながると嫌だなと思って。
僕、シキさんがいたからこの会社に入ったので。」
熱く語り出したアオバをリーダーが遮った。
「あー、うん。
アオバのその気持ちはよくわかっているから。
私は天然記念物を、公に出すつもりは無いから、トラブルに発展する前に止めるよ。
大丈夫。」
「俺もこのプロジェクトのメインプログラマーの顔バレをする気は無いよ。
シキも目立つの嫌がるし。
彼女には、シキの顔見られたけど、音楽関係の友だちだって言っといたから。」
タクトのその発言にアオバは驚き、円卓のテーブルに両手をドンッとついた。
「え!顔、見られたんですか?
駄目じゃないですか。」
「大丈夫だから。」
「何が大丈夫なんですか!」
仕方が無いので、タクトは二人に彼女とのやり取りを一通り話した。
「ふっふふっふふっ、はっははははっ」
リーダーが抑えた笑いから、抑えきれなくなったようで、笑い声をあげた。
「悪い。
まさか、子どもの話が嘘だなんて。」
そして、色素の薄い瞳から、わずかに出た涙を手で拭いながら、謝ってきた。
「嘘って、タクトさんがフラれた話は僕も聞きましたけど。
とりあえず、シキさんを見られたといっても、顔が分かるか分からないかの離れた場所から少し見られただけなんですね。
よかった。」
アオバは前者の話にはまったく興味を示さず、後者の様子にだけ安堵の様子を見せた。
「とりあえず、シキさんには関係なさそうなので、僕は仕事に戻りますね。」
そう言うと、さっさとミーティングルームから出ていった。
「言うだけ言って、まあいいけど。
そう言えば、トウリに聞きました。
俺が彼女にフラれた話が出回ってるっていうことは。」
笑っていたリーダーは、落ち着きを取り戻し、頭一つ背の高いタクトの顔を真っすぐに見上げた。
「そうみたい、だけど、私は誰にも話してないから。
グループメンバーの個人情報を迂闊にところかまわず話したりもしないから。」
「個人情報って、、、。
誤解してないので大丈夫ですよ。
トウリは、噂がホントか聞いてきただけなので、その時に状況を聞きました。
あんなうるさい場所でも興味のあることばが耳に入るカクテルパーティ効果って、ホント耳ざとい人多いですよね。」
「トウリか。
相変わらず、ちょい嫌なことを引き受ける子だな。」
リーダーは腕を組み椅子の背にもたれながら、仕方なさげに言っている。
「嫌なこと??」
「そう。
知りたくもないことを聞かされたとき、それを教えた人間に悪印象を持つこともあるよね。
それを承知で、タクトに聞いてくれたんだと思う。
私が広めたと思われる前に、先手を打ってくれたんだなぁ、きっと。」
「え、ああ、そうか。
別にトウリに聞かれても、なんとも思わなかったですけど、そういえば、聞いた瞬間はリーダーから何らかの形で広がったのかと思いました。」
「普通、一人にしか話していなければ、その人から広まったと思うのは当たり前で。
だから、それを見越して、タクトに噂について聞いて、みんなが知っている理由を教えたんだと思う。
トウリは、わざわざ噂されている本人に、興味本位にそんなことを聞く子ではないでしょう?」
「そうですけど、それとは別に、リーダーが意図的に広めるとはこれっぽっちも思いませんでしたよ。」
タクトは焦って言い訳をした。
「ありがとう。」
焦ったタクトを見て、リーダーは笑いながら礼を言った。
ーーーーー
と、そんなやりとりがあったのだ。
「システム会社と繋がっているんだったら、尚更、俺じゃなくてプログラマー狙いかな?
まあ、いいか。
聞くだけ、聞いてみよう。
おかげで、あまり笑わないリーダーの笑いも取れたし。」
タクトは彼女にメッセージを送信した。
「さて、続きをやるか。」
ゲームをスタートさせ、セーブポイントの選択を行う。
今回は最大時間の6時間を設定している。
<<ポイントがあります。ポイントを選択しますか?>>
<<はじめから>>
<<セーブポイント1婚姻の選択前>>
<<セーブポイント2西の森の選択前>>
<<セーブポイント3婚姻の1カ月前>>
<<セーブポイント4婚約式の18日前>>
<<セーブポイント5婚約式の16日前>>
<<セーブポイント6婚約式の2週間前>>
「セーブポイント6婚約式の2週間前 を選択する。」
<<セーブポイント6婚約式の2週間前 をロードします。>>
<<よろしいですか?>>
「ロード」
足元から光が広がり、前回のセーブ時の状況が再現され、執務室で書類の山に埋もれていた。
この後は、婚約式の衣装合わせと、婚姻式の衣装合わせだ。
急いでいるのと、陛下の容態が安定しないため披露宴は行わない。
これは、宰相や他の貴族たちの意見を反映したものだ。
執務室を、二人の従者や、書類を持ち込む各部署の担当者が行ったり来たりしている。
前回の1週間で、少しずつ家令たちが怪しい行動を始めていたので様子を伺うことにした。
「視点変更」
執務室の外側から、それぞれの部屋の窓を確認する。
隣の棟にある私室付近の窓が見える位置まで、視野を広げる。
私室の階下にある広間には、カイコクラン伯爵から納品された色とりどりの上等な布が所狭しと置かれている。
その広間の隣では、もくもくと仕立て屋が布を切り縫いし、お針子たちは模様を縫い付けていた。
先に出来上がったドレスをメイドたちがブランシュ姫に確認し、いつ、どこで、どのドレスを着るのか話し合っているようだ。
ブランシュ姫の専属メイドの一人がドレスのある部屋とその隣室とを行ったり来たりしている。
隣室には様々な宝石が運び込まれていて、その宝石からドレスにあいそうなものを選んでは持ち運んで、もう一人のメイドに渡していた。
宝石を渡された綿菓子のようにふわっとしたピンク色の髪のメイドが、大きなサファイアのついた首飾りを箱から出してブランシュ姫に見せている。
ドレスに何があうかを見繕っているようだ。
ブランシュ姫のいる部屋の扉の前には、二人の近衛騎士の姿も見えた。
「俺の執務室では、甲冑の兵士が警備しているのに、姫の方には近衛騎士がついている。
こうやってフラグを立てているのか。」
さらに、1階にある厨房にスイーツクラン伯爵から納品された果物や菓子類があり、そこに他の貴族から納品された肉や酒なども運び込まれていた。
厨房からでてきたレアリアがお盆に茶器を乗せて、ポニーテールにした後ろ髪を揺らしながら歩いているのが見えた。
外側から見ているので、途中、途中の窓越しに見えているが、階段を上り、執務室に向かっているようだ。
「殿下、お疲れのようですね。
お茶を用意させましたので、少し休憩を取られてはいかがですか?」
金色の髪を後ろに括った従者が声をかけてきて、視点が執務室に戻った。
「そうするか。」
そういうと一つ大きく伸びをした。
書類は内容を確認せずサインをして、右から左に流しているだけだが、ほとんど減っていない。
声をかけてきた従者の方を見ると笑顔だが、かなり疲れているのがわかる。
執務室の扉が叩かれると、短髪の従者が扉を開けた。
そこには、両手で茶器を持ったレアリアがおり、ドアをノックしたのは兵士らしく、レアリアは兵士にお礼を言っていた。
雰囲気はよさそうで、二人はうまくいっているようだ。
扉の前で短髪の従者が茶器を受け取ると、準備していたワゴンにのせてお茶の準備に取り掛かっていた。
こちらの従者もかなり疲れているのがわかる。
休みなしで働いている上に、夜は王子の私室に隣接する部屋に交代で控えている設定なので、もうしばらくしたら限界が来るだろう。
「従者たちが仕分けた書類を確認もせず、サインだけして右から左に通しているような王子によく献身的に使えてくれると思うよ。」
ティーカップをタクト殿下の前に置きながら短髪の従者はにっこりと笑った。
二人の従者は、うつろな目の下にクマがあっても、見目麗しいことには変わりはなかった。




