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91.《回想 10》救出劇

 ルウが大剣を構え、エデルたちの乗せられた荷台に飛び込んできた。


 どん、と轟音が響く。なにが起きたのかにわかにはわからなかった。

 だが、あっと思ったときにはつながれていた少女たち全員がバラバラに放り出され、山道から坂のほうへ転がり落ちていくのが見えた。

 一瞬、ルウの「しまった」という顔が見えた気がした。


「ルウ、このバカ野郎! オルドー、子どもたちを……!」

「わかってる!」


 ルウではない別の誰かがこちらに向かって飛び込んでくる。しかしそれよりも早く、なんとかしなきゃ、と思ったエデルの暴走のほうが早かった。

 ゾラたちが地面に叩きつけられる。それだけは避けたかった。エデルも、自身がなにをしようとしたのか説明できない。とにかく仲間の少女たちを助けたい一心で、己の内側に在る(・・)力を放出したのである。


「なんだ、この魔力量は……!?」


 それからはもう、エデルには記憶がない。

 ただ、意識の片隅で、ルウが来てくれたことにひどく安堵を覚えたのだった。




 *




 辺り一帯に突風が吹き荒れる。魔力で押さえても耐えきれない。ふっ飛ばされそうになると、ルウの襟首を掴んだ人があった。

 アドラス・ダユンだ。

 年が明ける前に街で出会い、知り合いになった老傭兵団の団長である。ここのところルウがエデルを置いて出かけていたのは、アドラスたちに用があったからだった。計画していたことがあったが、まだ実行に移せる段階ではなくて、だからエデルにも他の仲間たちにも伏せていた。気を持たせたくなかったのだ。


 だが昨夜、エデルたちがいつまでも戻ってこないことに痺れを切らし、ルウは堪らずアドラスを頼った。誘拐されたのではないかと相談したとき、アドラスと彼の仲間であるオルドー・マーシュロウたちは、ルウの言葉を子どもの戯言だとか心配しすぎだとか軽んじたりしなかった。ひとりの人間として真剣に取り合ってくれたアドラスこそが、仲間の進路を託しても良いと思える唯一の大人だったのだ。


 ルウが飛ばされないように襟首を掴んだアドラスも、立っているだけで限界のようだった。

 この突風は自然的なものではない。魔力を帯びている。誰かの風魔法が発動したのだとはわかるが、それにしてもめちゃくちゃで無秩序な、意思を持たない自然そのもののような荒れ方だった。


 風は上昇気流だ。ルウのような子どもでは、とても立っていられない。浮き上がって吹き飛ばされてしまいそうだったが、馬や誘拐犯たちが吹き飛ばされるさなかに同じように空を飛ぶ子どもたちを見て唐突に理解した。

 ゾラたちが落ちないように助けたかったのか、と。


 彼女たちを助けたかったのは誰か。オルドーの魔法が間に合ったのか。

 目も開けていられないような突風の中、ルウは魔力の出どころに目を凝らす。


 尋常でない魔力量だった。白々層(はくはくそう)に住まう竜系獣魔(じゅうま)でさえ、これほどの強大な魔力は持ち得ない。だとしたら、オルドーでもない。彼は魔道士だが、ルウが接してきた限りでは特異な魔力を持っているわけではなかった。


 では、誰が。

 ルウはじっとその中心を見つめる。そして灰色の髪が風に揺らめいているのを見つけ、驚愕した。


「エディ!!」


 このとんでもない魔力量の主はエデルだった。

 彼女は幼い。魔力の扱い方も知らないどころか、自身には魔力はほとんどないものだと思いこんでいたし、ルウもそうだと思っていた。なにせ、魔力探知ができないのである。

 魔力探知ができないのなら、当然魔力はごくごく微量しかないはずなのだ。だのに、この魔力量は一体なんだ。


 エデルの魔粒子(まりゅうし)の濃さに、灰色のくるくると巻いた髪が、青みがかった銀色に発光し始めている。

 髪だけではない。エデルの全身が白く光を帯びていた。

 彼女のまとう魔粒子が膨大で濃密すぎて、可視化され始めているのである。


 獣魔の中でもっとも魔力量が多いと言われている竜系獣魔の一種にこの現象が見られるが、人間でこんなことはあるはずがない。――だが、とルウの脳裏に答えが浮かぶ。


 エデルの魔力には不可解な点があった。通常の魔鉱石(まこうせき)に魔力を溜めようとすると壊してしまうところ。そして、子どもたちが全員で魔力を溜めても足りなかったストーブの魔力をひとりで賄い、魔力切れどころか疲弊すらしていなかったところ。

 魔力量が膨大すぎるからそういう現象が起きていたのだ、と考えると、すべての答えが出る。


 だが、人間では持ち得ないほど魔力の放出はまずい。ただ放出するだけなら周囲に被害が出るだけだが、今のエデルは無自覚に魔術式を組み上げようとしている。ゾラとユーフェイ、ヘイティ、そしてサリュアを助けたいと思う気持ちがそうさせているのだろうが、あの尋常でない魔力量がエデルの小さな体を巡っているのだとしたら――。


 唐突に嵐が止んだ。


「わっ!」

「きゃあ!!」


 ゾラたちが地面に落ちる。だがエデルの風魔法で浮いていたおかげで、誰もが大きな怪我には至らなかったようだ。


 その中心にいたエデルは。


 ルウが目を向けると、春の空のような澄んだ碧の目が、茫洋と虚空を見つめていた。エデルの白い顔の中心から赤いものが垂れる。鼻血だ。静かに流れ出したそれは、しかし留まるところを知らず滔々と地面に流れ落ち――エデルはそのまま、ばったりと倒れ込んだのだった。


「エディ!! ――くそっ!」


 周囲は凄まじい惨状だった。

 吹っ飛んでバラバラになった馬車の荷台、浮き上がって木の枝にしがみつき、そのまま降りられなくなった男たち、ひっくり返って暴れる馬。


 アドラスたち傭兵団は風が止むと同時にそれらを捕らえるために動き始めたが、ルウには誘拐犯などどうでも良かった。

 ルウはエデルたちを助けたかっただけだ。

 倒れたエデルに駆け寄ると、彼女たちを助けに向かっていたオルドーがエデルを抱き上げるところだった。


「オルドー、エディが……!」

「わかってる。大方魔力酔いに見えるが、あまり良くないな。こっちは私がなんとかするから、おまえはまずふっ飛ばした子たちを助けてこい。ちゃんと謝れよ」


 言われて周囲を見やると、近くにゾラたちが転がっている。みんな地面に叩きつけられたようだが、自力で起き上がっているところだった。


「ゾラ、ユーフェイ。大丈夫か?」

「ったた……。あたしは平気。ユーフェイは?」

「あたしも大丈夫。ルウ、来てくれたのね」

「ああ。おまえたちが帰ってこないから誘拐されたのかと思って……。ヘイティ、サリュア、無事だな。遅くなってすまなかった」

「ルウー……」


 ヘイティとサリュアはルウに起こされると、ようやく助け出されたのだと理解して泣き出した。

 ゾラとユーフェイより年下のふたりは、誘拐されている間もずっと泣いていたのである。この先どうなるのかと絶望しきっていたのだろう。


 泣きぬれたふたりに抱きつかれ、ルウはちょっと困った顔をしたものの、おずおずとヘイティとサリュアを抱きしめた。ふたりにとって、見知ったルウが助けに来てくれた安心感は大きかったのだろうと思ったのだ。

 ゾラとユーフェイも抱き合って涙を拭っている。年上のふたりだって怖かったに違いない。つくづく遅くなったことが悔やまれた。


「ふっ飛ばして悪かった。おまえたちの姿が見えて、本当に誘拐されてるとわかったら我を忘れてしまって」


 ルウが謝ると、ゾラはすんと鼻をすすりながらもいつもの調子で恨み言を口にした。


「あんな急に剣なんか振り回しちゃって、ほんとびっくりしたんだから。あたしたちが殺されるんじゃないかって思ったよ」

「すまん……」

「でも助けてくれたでしょ? すごかったね、あの風。もしかして魔法?」


 ユーフェイに尋ねられ、ルウはどう答えたものかと悩んだ。


「ああ……それは、」

「ルウ」


 オルドーが腕にエデルを抱いたままこちらにやってくる。

 ゾラたちが身構えた。

 見知らぬ大人の男に攫われたばかりなのだ。また別の知らない大人が現れたら警戒もするだろう。


 ルウは慌てて執り成した。


「身構えなくて良い。この人は俺の知り合いだ」

「知り合い? ルウの?」

「どこで?」

「ルウの仲間か? 初めまして。私はオルドー・マーシュロウ。ベルディスの街に拠点を構える傭兵団のひとりだ」


 オルドーは膝をつき、ゾラに対して丁寧に挨拶をした。

 ベルディスというのはルウたちが活動していた街の名前である。あそこは都市部というほど大きな街ではないが、彼らのような傭兵団が拠点を構えるほどの規模があったのだ。


「お嬢さんの名前を教えてくれるか?」

「……ゾラ」

「ユーフェイです」


 まだ警戒心に満ちたゾラと、ルウの知り合いならと一応は丁寧な態度を取ったユーフェイにオルドーはにこりと笑った。

 彼の穏やかな笑みは人を安心させる。


「そうか。ゾラ、ユーフェイ。大変だったね。あとのことは我々が引き受けるからもう安心してくれ。それからそっちの……」


 ルウに抱きついているふたりがようよう顔を上げ、警戒心もあらわにオルドーを見やる。ルウから「大丈夫だから」と促されれば、嗚咽混じりにどちらも自身の名前を告げた。


「ヘイティとサリュアか。良い名だね」


 よろしく、と手を差し出したオルドーの反対の腕には、ぐったりと力をなくしたエデルが抱かれている。

 顔は真っ白で血の気がなく、口と鼻の周りは血まみれで真っ赤に染まっていた。


 一応オルドーが手当てをしたように見えるが、ぴくりとも動かない小さな体がどうなってしまったのか、少女たちは恐る恐るエデルを見つめた。


「あの、エディは……」

「ああ、あの騒ぎで怪我をしたようだ。すぐに治癒はしたが、目覚めるまでにはしばらくかかるだろう」

「大丈夫なんですか?」

「もちろん。でもしばらくは様子を見ていなければならないから、君たちに怪我がないようならあちらのおじさんのところへ行っていなさい。彼が私たちのリーダーのアドラス・ダユンだよ」


 ゾラたちはエデルへ視線を向けながらも、オルドーのやさしい声に促されてアドラスたちのもとへ歩いていく。

 オルドーは誤魔化したが、ルウはエデルが倒れた原因を知っている。ただ休ませればどうにかなるものだとは到底思えず、厳しい顔でオルドーに尋ねた。


「オルドー、エディは……」

「彼女たちにはああ言ったが、残念ながら治癒魔法を受け付けない。呼吸は安定しているからこのまま連れ帰って他の仲間にも診てもらうしかないな」

「そんな……」


 誘拐は未遂に防げたのに、まさかエデルが自身の魔法でこんな重症を負うとは思っても見なかった。

 ルウが顔を曇らせると、オルドーも難しい顔をしてルウを見やったのである。


「それより、こんな特異な体質の子どもがいることをなぜ先に言わなかった?」

「知らなかったんだ。うそじゃない。確かにいくつか不可解なところはあったけど、そもそもエディは俺じゃあ魔力探知ができなかったんだ。俺には感知出来ないほどの微量な魔力しか持っていないものだとばかり……」


 オルドーはぐったりと意識をなくす小さな子どもに目をやり、それから息をつく。


「話はベルディスの街に戻ってから詳しく聞こう。……これは単純に全員を孤児院に預けるだけじゃ済まない話になりそうだ」


 ルウにもまだオルドーに聞きたいこと、話したいことはたくさんあったが、ひとまずうなずいて、後始末をするアドラスのもとへと戻ったのだった。

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