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89.《回想 8》誰よりも頼りにしている

 それから、子どもたちの集団のボスはガルスルからルウに取って代わったように思えたが、実際にはそう簡単に入れ替わったりはしなかった。

 そもそも明確に誰がリーダーだとか、誰がボスだとか決めていたわけではないのだ。ただなんとなく、年長者で、抜けることなく集団に残り続け、この暮らしのことをよく知っているガルスルが取りまとめ役になっていただけなのである。


 ルウの言い分には説得力があったし、実際、彼に従っていれば、ガルスルに従うよりずっと効率よく生活していけるようになった。だが、ガルスルにもルウにはないものを持っている。〝この暮らし〟に特化した知識だ。

 食料がどのくらいになったらどの程度確保しなければいけない。どんな天気になったらどこに気をつけなければいけない。なにが必要ならどこへ、気をつけるべき点はなんなのか。

 街のこの人物には要注意、あるいはこの人物なら助けになってくれる。ゴミの山のこいつには気をつけろ、あいつが近づいてきたらどうしろ。誰と誰がつながっていて、誰に反抗的な態度を取ったらいけないのか、または最悪の場合、街の誰に頼れば良いのか。あの人は寄り添おうとする態度は取るけれど、結局あてにはならない――など、子どもたちだけで生き延びていくためのすべての知識は、長くここで生き延びてきたガルスルだけが培ってきたものなのだ。


 子どもたちの信頼は完全にルウに傾いたが、ルウ自身はガルスルを除け者にしたりしなかった。

 ルウが誰かに意見を求めたいとき、真っ先にガルスルを頼る。

 あれだけの喧嘩をしたあとなのに、と誰もが訝ったし、なによりガルスル自身が一番不気味に思った。だが、直接そのことをルウに尋ねても、彼はやっぱり、金の眼を静かに瞬いてなんでもないことのように言うのだ。


「ガルスルの知識が一番役に立つ。それに、なにかあってもおまえなら俺で御しきれる」

「一言余計なんだよ」


 下に見るような発言は気に入らなかったが、ほかでもないルウがガルスルを対等に扱うので、他の子どもたちからガルスルの評価が下がるようなことはなかったのである。

 結果、子どもたちはガルスルとルウのふたりをリーダーとして、より盤石に今日を生きるために働くようになったのだった。


 もちろん、それだけでうまく収まったわけではなかった。

 ヘイティとサリュアが〝狩り〟をやりたくないと言い出したのである。


 これは当然だった。

 あんな真実を聞かされて、それでも呑気に危険を冒したいとは思わないだろう。唯一、わかっていなかったのはエデルくらいだ。けれどもエデルはルウの言うことならなんでも正しいと思っていたから、ルウがやらないほうが良いというのなら、理屈はわからずともそうなのだろうな、と納得していた。


 一方、ゾラとユーフェイは今まで通り〝狩り〟をしても良いと言った。彼女たちはヘイティたちより年上である分、自分たちがやらなければならないことに責任感を持っていたのだ。


「今のところは、まだあたしたちに実害はないんだし……気をつけながらやるんじゃだめなの? どんな人に気をつければ良いのか注意すればなんとかなるんじゃないかな……」


 実際、子どもたちが〝狩り〟をしてくる中で、一番成果を上げているのはゾラとユーフェイだ。ルウはやめたほうが良いとは言ったが、それに代わって同じだけ成果を上げられる安全な方法は思いつかない。彼女たちの活躍の場がなくなってしまうと、みんなが立ち行かなくなるのも事実だった。

 だからルウが護衛代わりにゾラたちについていくことにして、これまでの〝狩り〟は続行することになったのだった。


「おまえが戦力から抜けてゾラたちの護衛に回るほうが手痛いんだけどな」

「それは言っても始まらないだろ。他にいい方法が見つかるまでの辛抱だ」


 ルウはヘイティとサリュアには無理に〝狩り〟をやらせなかった。代わりに、ルウがどこからか作ってきた伝手で、街の人を手伝う仕事に向かわせたのである。


 これはほとんど実入りがなかった。


 仕事の内容はさまざまだ。

 多くは働きに出ているその家の者たちに代わり、家のことをする。掃除、炊事、洗濯――ときには幼子の子守までさせられた。一日へとへとになるまで働いて、一人分程度の食料がもらえるのみである。とても全員分には満たなかった。

 その上、雇った人によっては家のものを盗むんじゃないかと疑われ、なにもしていないのに追い払われることもあった。そういうときは当然、何の対価ももらえないままだ。


 割に合わないとヘイティとサリュアはすぐに音を上げたが、ゾラたちのような〝狩り〟をしたくないのならそうするしかない。ルウにも、彼女たちが安全に仕事をするならそれくらいしかやり方を思いつけなかったのである。


 エデルはなんでもやるとやる気を見せていたが、結局はルウにくっついて行くだけが主な仕事となった。

 ルウと手をつなぎ、ゾラとユーフェイがやることを遠くから見ているだけ。エデルは自分だけ役に立っていないと不貞腐れたが、実際のところ、これでもエデルはかなり貢献(・・)していた。


 ルウと手をつないで街にいれば、まず浮浪児だとは思われない。十代の少年と幼い妹だと思われる。それだけで街の人たちからの風当たりは和らいだし、ゾラとユーフェイを遠くから見守るにあたって、監視している仲間だと気づかれにくかったから、ふたりに近づく危ない人間を簡単にあぶり出せた。


 それに、エデルは愛想が良い。いつもにこにことしているし、とびきり幼い容貌とあって、ルウと手をつないでいると実に微笑ましい兄妹のように見えるのだ。

 賑わった露店をふたりで歩いているだけでいろいろなものを恵んでもらえる。その場で食べられるものも多かったから、エデルの空腹はだいぶ改善した。

 みんなで食べるご飯はそんなにもらえなくても、ルウと一緒ならほとんど譲ってもらえる。ルウにもひもじい思いはしてほしくなかったから、エデルは半分にしようともちかけるのだが、たいていはルウは遠慮した。そんなことをしなくても、エデルほど幼ければ一度に食べられる量にも限界がある。ルウには、エデルの食べきれない分をもらうだけで十分だったのだ。


 それでも、寒さだけは如何ともしがたかった。

 季節は既に真冬に差し掛かっている。エデルのおかげでストーブが使えるようになったとはいえ、当のエデルはいつも一番遠くで眠らざるを得なかった。


 ルウが来てからは、今日こそ死ぬんだろうなと予感する日はぐっと少なくなったが、その日は久しぶりに死を間近に感じていた。

 朝からずっと雪が降っていたのだ。


 ストーブから遠くになるほど寒さで目が覚める。

 子どもたちは数時間おきに他の子を起こし、場所を入れ替えて眠った。そうしないと、一晩ストーブから一番遠かった誰かが凍え死ぬ。寝不足になってもそのくらいしないと夜を越せない寒さだった。


 ルウがいるから、エデルもその輪の中に入れてもらえている。だがエデルは他の子よりずっと幼く、身体も小さい。数時間に一度ストーブに当たるくらいでは保ちそうになかった。

 眠れなくて震えていると、暗闇の中で誰かが動く気配がした。せっかくストーブの近くにいたのに、エデルのほうへやってくる。トイレにでも行くのだろうかとじっと息を潜めていると、その影がエデルのすぐ横、一番外側に座り直したのだった。


「眠れないか」


 隣に横たわった人影がひっそりと声を落としてくる。

 ルウだ。

 いつもならエデルは寒くないと答えたはずだった。

 ストーブはひとつしかなく、順番で暖まっているのだから仕方がない。エデルがわがままを言うわけにはいかなかったし、頑是ないことを言って誰かの機嫌を損ねるのが怖かった。なのにどうしてか、ルウの前だとうまくなんでもないふりができない。


「……さむい」


 訴えたところでどうにかなるわけではないのに。

 ルウだって同じところで眠っているのだから、寒いに違いないのに。


 エデルは本音をこぼしてから後悔した。わがままを口にしてルウに嫌われてしまうのがなによりも恐ろしい。幼いエデルが頼れる人は彼しかいないのだ。

 ぎゅっと丸まって「なんでもない」と言い直そうとすると、ふんわりと暖かくなる。なんだろう、と思うと、ルウが後ろから抱きしめてくれていた。


「無理をするな。おまえは一番魔力がほとんどない。一番小さいからかもしれないが……。それじゃあ体温調節もできないだろう」

「まりょく……?」


 寒いことと魔力の有無に何の関係があるのだろう。

 気になって、エデルはルウの腕の中でもぞもぞと寝返りを打って彼と向き合った。


「魔力がないとさむいの? なんで?」

「人は無意識に自分の持ってる魔力で暑さや寒さから身を守っているんだ。意識してやってることじゃないから、みんな気づいていないが。だが、魔力が少ないとうまく外気を遮断できない」

「……?」


 エデルには言葉が難しすぎる。困った顔をすると、ルウが空気だけで微笑んだ気配がした。


「エディには難しかったな。そうだな……。エディはみんなより魔力が少ない。みんなより子どもだからだ」

「でも、ストーブはわたしがつけるよ」

「そうなのか?」


 本当に驚いたような声が降ってきた。

 そういえば、エデルが毎日夕方にストーブをつけるとき、ルウはいつもガルスルと一緒に出かけてしまっている。だから見たことがなかったのかもしれない。


「ストーブはね、ちょっとまえにオッカがひろってきたの。ライクが大きな魔鉱石(まこうせき)をもってきてね、それでつくんだっていってね、でもみんなが魔力をこめたけどつかなかったの。わたしね、魔鉱石いっぱいこわしちゃうからね、おかあさんもみんなもわたしのことがきらいなの。だからね、いらない魔鉱石なられんしゅうできるでしょ? それでやってみたらついたの」

「…………」

「ルウ? ねちゃったの?」


 ぽん、と頭を撫でられる。どうやらまだ起きているらしい。しかし、降ってきた独り言のような疑問にエデルはさっと青ざめた。


「……魔鉱石を壊す?」

「あ、あのね、こわそうとしたんじゃないんだよ。こわれちゃって……。わざとじゃないの。でも、魔鉱石はみんなのだいじなものだから……」

「シー……」


 なんとか弁明しようとしたから、声が大きくなってしまったようだった。ルウに宥められ、エデルはぱっと口元を押さえる。


「……ごめんなさい」

「いや。魔鉱石を壊してしまったのなら、それはきっとガルスルたちはものすごく怒っただろう」

「うん……。わたしが悪いことをしたから……」

「わざとじゃなかったんだろう? ならエディのせいじゃない。誰でも失敗くらいするさ。……だが、魔鉱石は壊してしまって、ストーブほどの大量の魔力消費を必要とする緑魔鉱石(りょくまこうせき)はエディひとりで賄える、というのは変だな。……エディはストーブに魔力を溜めたあと、疲れたり具合が悪くなったりしないか?」

「しないよ」

「……なら良いが」


 ルウはまた黙ってしまう。もしかしてもう眠る寸前で、エデルと会話するのも億劫なのではないかと思えてきた。ならばもう、エデルも黙っていたほうが良いのだろう。

 そう思って、たくさん口からこぼれ出そうになる質問を押し殺していたが、ルウはふたたびエデルの背を抱き込んでもぞもぞと動いた。

 そうすると、より距離が縮まる。ルウのそばは暖かく、次第に凝っていた身体がほぐれていくのがわかる。


「エディの魔力の件は明日考えよう。俺が魔力探知をする限り、おまえに魔力が感じられないのは確かだ。とすると、体温調整もできていないはずだからな。今日からは眠るときは俺のそばにいろ。そうすれば凍え死ぬことはないはずだ」

「……ルウのそばにいていいの?」

「じゃないと真面目に死ぬぞ。エディは魔力が少ない人と同じなんだ。魔力が少ない人は、今日みたいな寒い日はみんなよりもっと寒さを感じてしまいやすいんだ。だからエディはみんなより寒くて当然なんだよ」


 わかるか、とやさしく問われてうなずく。同時に、なんだか無性に泣きたくなった。

 そうか。エデルが寒いと感じるのは、仕方のないことなのか。みんなより寒くて当然だったのか。エデルがわがままだから、我慢ができないから、寒いと思っているわけではなかったのか――。


 幼心に腑に落ちて、本当にころりと涙があふれてきた。

 こんな大変な夜中にルウを起こしてしまって、その上泣いていることなど知られたくはない。エデルが泣いたら、みんなエデルのことが嫌いになるのだ。母親のように、鬱陶しがって怒ったり殴ったりするのだ。だから、絶対に泣いていると気づかれてはならない。


 エデルは目の前のルウの大きな胸元にぎゅっと抱きついた。 

 ルウは何も言わない。ただ温かい身体にエデルを抱き込み、寝かしつけるように穏やかに背を撫でてくれるだけだった。


 エデルが眠りにつくまで、やさしい手は慰め続けてくれたのである。




 *




 エデルはこの冬を生きて越すことができた。ぜんぶルウのおかげだ。

 あの夜以降も寒さに眠れない日はたくさんあったが、いつでもルウがそばにいてエデルを暖めてくれた。

 次第に寒さに凍える日が少なくなってきたときは、もうしばらくは死に怯えなくても良いのかと安堵する一方、もうルウがそばで眠ってくれなくなるのではないかと残念にも思ったのだが、今のところ、まだ毎晩エデルはルウと一緒に眠っている。


 そうして雪も融け、作物も市場に出回るようになり、みんなが精力的に活動し始める季節になった頃だった。


 ――ゾラとユーフェイ、そしてふたりと同じ〝狩り〟に戻っていたヘイティとサリュア、そしてエデルを含めた少女五人が誘拐された。

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