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母と娘

 カイルと結婚して数年が経った。

 その間にカイルはお父様から国王の座を譲られ、そしてカイルの妃であった私は必然的に王妃となったのだ。

 そして王妃となった私は、それまで以上に責任が付いて回る公務が増え、慣れないながらも色んな人に助けられつつなんとか王妃の役割をこなす事が出来たのだった。

 そうして慌ただしい日々を数年過ごしている内に、なんとか王妃としての役割も慣れ精神的にも時間的にも余裕が出てきた今、私は久し振りに小説を書き始めている。

 まあ正確には、自叙伝と言った方が正しいのかもしれない。

 何故ならこの小説は、私がこの自分の書いた小説の世界に入ってしまってからの出来事を書いているからだ。

 私は突然この世界に転移してからの事を、一つ一つ思い出しながらゆっくりノートに綴っている。

 ただその時に思っていた気持ちも書いているので、他の人に読まれると凄く恥ずかしいから、私以外誰にも読めない日本語で書いていたのだ。

 そうして今は私室の机に向かいながら、あのカイルが街の視察に出ている時に頭から花瓶の水を被ってしまった部分を書いている。

 私はその部分を書きながら、ふと濡れたカイルの頭に花が一輪刺さっている間抜けな姿を思い出し、思わず口を手で押さえながら吹き出してしまった。


「くくっ・・・あの時のカイル・・・今思い出しても面白すぎ!!」


 そう私は笑いを堪えながら呟き、書いていた手が止まってしまったのだ。


「あ~もう駄目だ・・・笑いが治まらないから、今日はもうここまでにしよう!」


 私はそう言ってペンを置き、開いていたノートを閉じる。

 するとその時、部屋の扉がゆっくり開く音が聞こえ私はその扉の方に振り向いた。

 するとそこには、肩まで伸びた黒髪に綺麗な碧眼の可愛らしい小さな女の子が、扉から顔を覗かせこちらの様子を伺っていたのだ。

 私はその女の子を見てふわりと微笑む。


「いらっしゃい、マリカ」

「おかあしゃま!」


 そのマリカと呼んだ女の子は、私が声を掛けた事で満面の笑顔になって私の下に駆けてきた。

 そして椅子に座っている私の足に、マリカは嬉しそうに抱き着いてきたので、私もそんなマリカを微笑みながら頭を優しく撫でてあげたのだ。

 このマリカと呼んだ女の子は、私とカイルの娘でこの国の第一王女である。

 私はその愛しい娘を優しく見つめていると、その小さな手で一冊のノートを持っている事に気が付く。


「あら?マリカ、それどうしたの?」

「えっとね~えっとね~マリカ、おはなしかいたからおかあしゃまにみてもらいにきたの!」

「お話?」

「うん!」


 そう嬉しそうにマリカは返事をすると、笑顔で持っていたノートを私に手渡してきた。

 私はそのノートを受け取りパラリと中を見ると、拙い字であるがちゃんとした物語が書かれていたのだ。


「これをマリカが書いたの?」

「うん!おかあしゃまがいつもおはなしかいているから、マリカもかいてみたの!」

「そっか・・・やっぱり私の娘だね」


 そう私は嬉しくなって笑顔になり、マリカの書いたお話を読む事にした。

 その内容はまだ幼い子が考えた物なので、よくあるお姫様が王子様に出会って恋をして、そしてそのお姫様が悪者に拐われれしまうがそれを王子様が助けてハッピーエンドになるお話だったのだ。

 しかし今年4歳になったばかりの娘が書いた話にしては、親の贔屓目を抜きにしてもしっかりと書かれていたので、これは将来素晴らしい物語を書ける子に成長しそうだと、私は今から凄く楽しみになったのだった。


「ふふ・・・もしかしてマリカは、このお姫様になりたいのかな?」

「ううん!マリカはね、そのふたりをみてたいの!」

「・・・・」


 マリカはそう言って、頬を上気させながらニッコリと笑って見せてくる。


ああ・・・間違いなく私の娘だ。


 そう私は実感し、頬を引きつらせながらマリカの頭を撫でたのだ。


「そっか・・・ああでも、もしかしたらマリカがこのお話の中に入って、そこで運命の人と出会うかもね」

「うんめいのしと?」

「ふふ、そうよ。もしかしたら、マリカの旦那様になる人かもね」


 キョトンとした顔で見てくるマリカを、私は含み笑いを溢しながらそう言ったその時ーー。


「マリカは誰にもやらん!!」


 そんな不機嫌そうな声が扉の付近から聞こえ、私は呆れた表情でその声のした方に視線を向けた。


「カイル・・・」


 そこには私の旦那様でありこの国の王でもあるカイルが、腕を組み眉間に深い皺を作りながらとても不機嫌そうに立っていたのだ。


「・・・マリカ、お嫁に行くのか?」


 そしてカイルとは違うそんな悲しそうな声を出してきたのが、カイルの横に立っている男の子だった。


「ふふ、まだ行かないわよ。それよりも、ライルはお父様と一緒に来たのね」

「うん、お父様がお母様の所に行くって言ってたから、僕も付いてきたんだ」


 そう言って私にニッコリと笑顔を見せてきたのは、私とカイルの息子でありマリカの兄でもある、ライルと言う名のこの国の第一王子であったのだ。

 そのライルはつい最近11歳になり、まだまだ成長途中であるが身長はカイルの腰ぐらいまである。

 さらにその髪はサラサラの金髪、瞳は綺麗な黒色の瞳。

 そしてその面立ちはどこかカイルに似ていて、将来がとても楽しみな美少年であるのだ。


「おとうしゃま!おにいしゃま!」


 マリカはそう嬉しそうに二人を呼ぶと、トコトコと一生懸命小さな足で二人の下に走って行った。

 それをライルは顔を綻ばせながら、手を広げてマリカを受け入れたのだ。

 するとマリカはライルに抱きしめられ、嬉しそうにキャッキャとはしゃいだ声を上げている。

 そんなマリカを見ながらライルは笑顔になり、もっと喜ばせようとその小さい体でマリカを抱き上げようとしていた。

 しかしいくら体が最近大きくなってきたとは言え、4歳の妹を抱き上げるにはまだまだ力が足りず、マリカを少し浮かせた状態のまま後ろに倒れそうになってしまう。


「危ない!」


 私はそう叫んで慌てて椅子から立ち上がると同時に、後ろに倒れそうになっていたライルの背中をカイルが手で支えてくれたのだ。

 その様子に、私はホッと胸を撫で下ろす。

 そうしてカイルの支えでなんとか体勢を戻したライルの腕から、今度はカイルがマリカを抱き上げたのだ。


「・・・早くお父様ぐらいに大きくなりたい」


 ライルはそう呟いて、マリカを片腕で軽々と抱き上げているカイルを見上げる。

 するとそんなライルに、カイルが空いてる方の手で頭をクシャと乱暴に撫でたのだ。


「すぐに大きくなる」

「・・・うん」


 私はそんな二人を、微笑ましく見つめていたのだった。


「ねえねえおとうしゃま、マリカはうんめいのしとにいつあえるの?」

「・・・そんなのはいない!」

「しょうなの?でもおかあしゃまが・・・」


 そう言って不思議そうな顔で、マリカが私を見てきたのだ。

 するとその視線を追ってカイルが私を見つめ、そして突き刺すような眼差しに変わった。


ひーー!!今では完全に娘溺愛してるから、その視線が怖いよーーー!!


 私はそう心の中で叫びながら、背中に冷や汗をかいて視線をさ迷わせていたのだ。


「サクラ・・・マリカに変な事を教えるな」

「へ、変な事では無いと思うんだけど・・・」

「サクラ!」

「っ!・・・あ、そうだ!マリカ、お父様の事どう思う?」

「おとうしゃま?」

「うん、そうよ」

「だいしゅき!!」

「っ!!」


 マリカはカイルの腕の中で、満面の笑顔でそう叫びカイルの首に抱き着く。

 するとそのマリカの言葉と行動に、カイルは言葉を詰まらせ顔をマリカから反らしてしまった。

 しかしよくよく見ると、そのカイルの口の端がピクピクと動いているのが見えたので、どうやら嬉しいのを必死に堪えているようだ。

 私はそのカイルの様子を見て、心の中でよし!っとガッツポーズを取っていたのだった。


「・・・マリカ、僕は?」

「おにいしゃまも、だいしゅき!!」


 そのマリカの笑顔に、ライルも嬉しそうに笑顔になったのだ。


「ふふ、ライルも良かったわね。でも・・・ライルの大好きは別の人にあるもんね」

「え?」


 その私の一言に、ライルはとても驚いた顔で私を見てきた。

 そしてその言葉を聞いたカイルも、不思議そうな顔で私とカイルを見比べ、全く話が分からないでいるマリカはキョトンとしていたのだ。


「私、知ってるのよ?最近シルバとアイラの娘さんである、メリッサちゃんと仲良くしてるって事」

「っ!!」


 私の言葉に、ライルは一気に顔を赤く染め動揺し始める。


「確か・・・ライルとは二つ年下の、二人に良く似た美少女だったわよね」

「な、な、何でお母様がその事を!!」

「ふふ、二人が仲良く手を繋いで、中庭を散歩しているの見掛けたからよ」

「っ!だ、誰もいないのを確認していたのに・・・」

「それに・・・たまに城内にある、メリッサちゃんの家に遊びに行ってるのも知ってるわよ」

「ど、ど、どうしてそれを!」

「ふふ、内緒」


 そう言って私は、片目を瞑り口に人差し指を当てて笑ったのだ。

 実はこの情報は、ロイやミランダからの情報ではあったのだが、これを教えてしまってはこれからライルは二人を警戒して、面白い情報を得られないと思い黙っておく事にしたのだった。


「・・・そうか。ライルは、シルバの娘と恋仲だったのか」

「お、お父様!恋仲って!まだ僕達は友達同士で・・・」

「だが、好きなのだろ?」

「っ!!そ、それは・・・」

「ふむ・・・確かシルバの娘には、決まった婚約者はいなかったはずだ・・・よし、俺が口添えして二人を婚約させてやろう」

「なっ!」


 そうしてカイルは一人納得したような顔で頷き、今すぐ実行しようとマリカを降ろし踵を返そうとする。

 しかしそれを、ライルが慌てて呼び止めた。


「ちょっお父様!待ってよ!メリッサの気持ちもまだ確かめてないのに、勝手にそんな事しないで!!」

「しかし、こう言う事は早めの方が良いと思うぞ?ぐずぐずしていると、他の男に持っていかれるかもしれんからな」

「そ、そうかもしれないけど!・・・でも、メリッサとは時間を掛けてゆっくり仲良くなりたいんだ。それにまだ・・・好きだと伝えてないし・・・もし婚約するにしても、僕から言うからお父様は何もしないで!」

「・・・分かった。お前がそう言うなら、俺は何もしない。・・・頑張れよ」

「うん!」


 カイルの言葉に、ライルは真剣な表情で力強く頷いたのだ。


「じゃあ僕、これからメリッサと会う約束があるからもう行くね!」

「おにいしゃま!マリカもいきたい!」

「・・・よし!マリカをメリッサに紹介してあげるよ」


 そうライルは笑顔で言うと、マリカの小さな手を握って二人で部屋から出ていった。

 私はそんな二人の姿を、微笑ましく見送っていたのだ。

 しかしその時、私はふとマリカのノートを持ったままだった事に気が付く。


「あら、返すの忘れてた。まあ、後でミランダに届けて貰おう」


 そう微笑みながら呟き、じっとマリカのノートを見つめる。


「・・・それは、マリカが欲しいと言ってねだっていたノートだな」


 そんな声が近くから聞こえ私が横を見上げると、いつの間に来ていたのかカイルがじっと私の持っているノートを見つめながら立っていたのだ。


「・・・マリカはそれに何を?」

「ふふ、お話を書いてきてくれたんだよ」

「お話?」

「そう。マリカが考えて書いた物語」


 そう言って私は、パラリと中をカイルに見せてあげた。


「・・・ほぉ、さすが俺の娘だ。あの歳で、ここまでの話が書けるとは」

「そうでしょ?正直将来が楽しみ!」

「ああ、きっと賢く美しい娘に成長するだろう」

「そうね。そして、良い人と巡り合ってくれれば良いんだけど・・・」

「・・・それは無くて良い」

「も~そんな事言っても、いつかその時が来たら覚悟しないと駄目だよ!」

「・・・・」


 私の言葉に、カイルは苦い顔で横を向いてしまったのだ。

 そんなカイルに私は苦笑しながら、持っていたノートを机に置きまだ横を向いているカイルにぎゅっと抱き着いた。


「大丈夫。私は一生カイルと一緒にいるから・・・寂しく無いよ」

「サクラ・・・」


 カイルはそんな私を見て苦笑いを溢し、そしてカイルからも私をぎゅっと抱きしめてくれたのだ。


「カイル・・・私は今凄く幸せだよ。そして、今もこれからもずっとカイルの事好きでいるからね」

「サクラ・・・俺も好きだ。愛している」

「・・・私も愛してる」


 そうして私達は、そっとお互い顔を寄せ合いそして口づけを交わす。


私、カイルと出会えて本当に良かった!


 そうカイルの熱い口づけを受けながら、幸せな気分に浸っていたのだった。

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