48 第10章:追撃部隊(陸竜騎兵)の誘き寄せ
第10章 第4節
崩落した数千トンの巨岩と土砂が創り出した「岩の密室」。その暗闇の深淵で、私の冷酷な処理作業は順調に進んでいるかに見えた。
岩の隙間に挟み込まれ、身動きを完全に奪われた陸竜と騎兵たちを、黒磁の短剣で一人また一人と機械的に屠っていく。抵抗すら許されない一方的な屠殺。
しかし、死角に追い詰められた野獣が最後に見せる不確定要素を、私は排除しきれていたわけではなかった。
「うおおおぁぁぁぁっ! 死ねぇぇぇ、化け物めがぁぁっ!!」
崩落の最奥、巨岩の重圧によって右半身を潰されながらも奇跡的に魔導槍を保持していた騎兵隊長——胸甲に二本鎌の紋章を刻んだあの男が、狂乱の叫びとともに長大な魔導槍の柄を力任せに振り抜いてきた。
狭い岩の隙間。足場は血と破片で濡れ、回避の余裕は数センチすら存在しない。
ガキィィィンッ!!
魔導槍の鋭利な突起が、私の右脇腹を深々と穿ち、そのまま背後にある巨岩の表面へと私を刺し貫いて縫い付けた。
「ガハッ……!?」
口から血の泡が吹き出す。
激痛。全神経が焼きちぎれるような、狂気的な灼熱の痛みが脳髄をダイレクトに貫いた。
「ハハハハっ! 捕まえたぞ、泥鼠が!」
騎兵隊長が血塗れの顔を歪め、狂喜の叫びを上げる。
「おい! 踏み潰せ! 喰い殺せ、ドルザ!!」
隊長が跨がる最後の一頭——体長八メートルを超える巨大な漆黒の陸竜が、主の叫びに呼応して咆哮を上げた。崩落の圧迫を力任せに跳ね返し、巨大な顎が狭い岩の隙間を押し広げながら、私の頭部と上半身へ向けて開かれた。
ガチィィィンッ!!!!!
陸竜の巨大な顎が、私の左肩から胸郭にかけてを丸ごと力任せに噛み砕いた。
骨が引き砕かれる鈍い破砕音。
鋳鉄すら容易に噛み砕く陸竜の噛み合わせの圧力(咬合力)が、私の鎖骨、肋骨、そして肩関節を容赦なくペチャンコに潰していく。左肺が破裂し、内臓の生々しい感触と激痛が全神経を暴走させた。
5年前、母が陸竜の巨足の下でペチャンコに押し潰されたあの瞬間の感触と、全く同じ物理的破壊。
「カハッ……ごふっ……!」
普通の人間の人間であれば、この瞬間、ショック死によって意識を完全に閉ざすか、あまりの恐怖と激痛に耐えかねて悲鳴を上げ、絶望の中に死んでいくだろう。
しかし——。
この脳髄を刺し貫く地獄の激痛こそが、私にとっての最大の「覚醒信号」だった。
(痛覚は遮断しない……! 切り裂かれた皮膚の範囲、砕かれた骨の位置、そして——)
私は血走った右目で、至近距離に迫る陸竜の巨大な頭部を冷ややかに捉えた。
陸竜の巨大な顎が私の左肩を噛み砕いたことで、相手の最も強力な武器は、私の肉体と骨に深々と食い込んだまま「密着固定」されていた。自ら逃げ場を失い、私の至近距離へと巨大な頭部を晒し続けることになったのだ。
(ハメ完了……!)
私は狂気的な激痛に耐えながら、体内で「肉体再生」の異能を全開で部分解放した。
バキバキバキバキッ……!!!!!
噛み砕かれた私の左肩の骨と筋肉が、極限の密度で急速に復元・肥大化し始めた。
陸竜の太い歯の隙間、肉の噛み合わせの内部で、私の再生する肉体と骨が「万力」以上の圧力をもって相手の歯と顎を強引に挟み込み、ロックしたのだ。
「グ……ガッ……!?」
陸竜が異変に気づき、噛み砕いた私の肉体を食いちぎって引き剥がそうと、巨大な頭部を激しく振った。
だが、抜けない。
私の再生する骨と肉が、陸竜の歯と噛み合わせを完全に「噛み合わせて固定」してしまったのだ。相手の巨大な噛み合わせの力が強ければ強いほど、私の自傷再生による噛み戻しの圧力も跳ね上がり、両者の肉体は解けることのない一つの構造体へと変貌した。
「な……何だと!? 陸竜の顎が……解けんだと!?」
槍で私を縫い付けていた騎兵隊長が、恐怖に顔をひきつらせた。
「お前たちの物理的威力がどれほど大きかろうと……」
私は口から血を垂れ流しながら、壊れた右腕で陸竜の巨大な頭部を抱き寄せた。
「……私の自傷再生の方程式の前には、ただの『固定具』に過ぎん」
私は右手の短剣を投げ捨てた。
この極限の密着状態において、短剣の刺突すら生ぬるい。
私は血走った目を剥き出し、陸竜の巨大な頭部の側面——分厚い角質鱗が途切れ、頸動脈と極薄の生体粘膜が露出している「喉元(喉頭部)」へ向けて、自らの「人間の歯」を剥き出しにして食らいついた。
ガチリッ……!!
「グガァァァァァァァァッ!!!!??」
陸竜が、今まで聞いたこともないような狂乱の悲鳴を上げた。
人間の歯で陸竜の皮膚を食いちぎる。
狂気の沙汰に見えるその行動の裏には、物理化学的計算が存在していた。
私の口内には、先ほど太腿の傷から溢れ出させ、あらかじめ口内に含んでいた「過剰な再生魔力を帯びた自らの血液」が満ちていた。
人間の歯で陸竜の喉元の薄い粘膜を破り、その傷口へ向けて、私自身の濃縮された再生血を力任せに流し込んだのだ。
バリバリバリバリッ……!!
陸竜の喉元の傷口から流し込まれた私の血液が、陸竜の体内で爆発的な「過剰生体反応」を引き起こした。
高密度の再生魔力が、陸竜の繊細な呼吸器と頸部の神経系を直撃する。細胞が狂ったように異常増殖を起こし、喉の内部が肉の腫瘍によって一瞬で埋まり、頸動脈が暴走する圧力によって内側から破裂していった。
「グガッ……ゴボッ……!?」
八メートルの巨体が、喉の奥から大量の血の泡を噴き出し、狂ったように巨体を痙攣させた。
「ドルザ!? ドルザぁぁぁっ! 何が起きている!?」
騎兵隊長が狂乱して叫ぶ。
陸竜の体内で細胞が崩壊し、巨体が力を失って崩れ落ちていく。
その寸前、私は陸竜の喉元に噛みついたまま、その分厚い頸動脈を歯で力任せに引きちぎった。
ド黒い熱い血が、私の顔面と全身に豪快に降り注ぐ。
バキッ!!
陸竜の顎の力が弛緩した瞬間、私は自らの左肩を力任せに引き抜き、右脇腹を刺し貫いていた魔導槍の柄を、肉体を滑らせて強引に引き抜いた。
ズブブッ……!
「はぁっ……はぁっ……!」
全身を駆け巡る絶望的な激痛。
しかし、自傷再生の異能が暴走するように傷口を塞ぎ、破裂した左肺が瞬時に復元され、折れた肋骨が噛み合っていく。
全身を陸竜の血と自らの血で濡らした私は、崩れ落ちた陸竜の頭部を踏み台にし、呆然と立ち尽くす騎兵隊長の目の前へと舞い戻った。
「な……な……怪物……悪魔……!」
騎兵隊長の手から、魔導槍がガタリと滑り落ちた。
5年前、我が家を崩壊させ、父の城を踏みにじり、母をペチャンコに押し潰した最強の騎兵隊長。
その男が今、血の海の中で再生し、死んだ目で自分を見つめる十五歳の少年の前で、ガタガタと全身を激しく震わせていた。
「お前たちが私からすべてを奪ったあの日……」
私はゆっくりと歩み寄り、転がっていた黒磁の短剣を拾い上げた。
「私は人間であることをやめた。……人間をただの肉と臓物の袋として処理する、死に損ないの棺となった」
「ひ……ひぃぃぃっ! 助けてくれ! ヴァルター大佐の命令だったんだ! 俺は……俺は指示に従っただけで——」
「命乞いは不要だ」
シュッ。
短剣を一閃。
騎兵隊長の首筋から鮮血が走り、彼の叫びは永遠に途絶えた。
崩落した岩の密室の中に、静寂が戻ってきた。
最強と謳われた陸竜騎兵隊全十二騎の全滅。
現代の物理・化学知識で作った多重トラップ、建築破壊ロジック、そして己の肉体を噛ませて陸竜の喉元に食らいつく狂気の自傷再生戦術。その全てが噛み合わさった、完璧なハメ殺しの結末だった。
「……お見事です、レヴナント様」
崩落の岩の隙間から、シルヴァが静かに姿を現した。
彼女の瞳には、かつてないほどの激しい畏怖と、絶対的な服従の光が宿っていた。
全身に陸竜の血を浴び、再生したばかりの身体で佇む私は、冷ややかに黒磁の短剣の血を拭った。
激痛を殺意へと変換し、自らの肉体すらも罠の材料へと変える暗殺者レヴナント。
仇敵たちの首を狩るための爪は、いまや一国の最精鋭部隊すら呑み込む絶対の死神として、その漆黒の輝きを増していたのだった。




