20 第5章:暗殺ギルド
第5章 第1節
暗殺ギルドの地下施設——古代結界に護られた密室の訓練場で行われた「第一の選別戦」は、凄惨な血の匂いを残して幕を閉じた。同期の半数が命を落とし、生き残った者たちは互いを疑心暗鬼の目で睨み合いながら、より一層過酷な訓練へと駆り出されてという。私たちはもはや人間ではなく、ギルドの指令に忠実に従う「消耗品の暗殺人形」としての地位を強制的に与えられていた。
日々の訓練は、肉体を極限まで痛めつけるものの連続だった。短剣による刺突、毒物の耐性実験、高所からの飛び降り、そして過酷な体術の反復。全身にあざが絶えず、常に筋肉のあちこちが断裂し、骨に微細なひびが入ったような鈍い痛みがつきまとっていた。
しかし、私は戦闘中や訓練の最中、周囲に指導官や他の同期の目が光っている場所では、自分の肉体に起きている異変を一切表に出さなかった。
暗殺ギルドにおいて「弱み」を見せることは、そのまま「処分対象」になることを意味する。もし私が隠された異能を持っていることが発覚すれば、ギルドの上層部に関東の実験動物として解剖されるか、あるいは他国の追手が血眼になって探している「血」の持ち主であることが露見し、より面倒な政争の渦に巻き込まれることになる。だからこそ、私はどれほど激しい痛みを伴う傷を負おうとも、歯を食いしばって表情を消し、平然としているふりを取り繕っていた。
その異変が私の肉体で完全に露見したのは、周囲の目が途絶えた、夜更けの独房の中でのことだった。
青白く明滅する魔導ランプの光が届かない、石造りの狭い独房の闇。
硬い石畳の床の上にマット一枚を敷いただけの簡素な寝台に横たわったとき、日中の訓練で受けた無数の傷や内出血の痛みが、一気に津波のように押し寄せてきた。右の肋骨は折れ曲がり、左腕の筋肉は過度な投擲訓練によって繊維が引き裂かれ、皮膚の表面には無数の切り傷や毒によるただれが広がっている。
「……くっ……」
独房の隅で、私は痛みに身悶えしながら低い息を漏らした。
誰もいない。指導官の監視の目もなく、あの三十八番の少女すらも自分の独房にいる。完全に一人きりの密室。
その孤独と静寂の中で、私は自分の肉体の内部で奇妙な変化が起きていることに気づいた。
全身の傷口から、淡く、しかし禍々しいほど生々しい光の粒子が滲み出してきたのだ。
それは一般的な魔導士が使う慈愛に満ちた治療魔法の光ではない。もっと泥臭く、強制力に満ちた、呪いに近い治癒の波動だった。
——次の瞬間、私の体内で、文字通りの「地獄」が始まった。
パキッ、バキバキバキッ……!!
不気味な音を立てて、折れ曲がっていた右肋骨が勝手に砕け散り、そして再び凄まじい速度で組み直されていく。引き裂かれていた筋肉の繊維が、まるで意思を持った虫のように激しくうねりながら縫い合わされ、皮膚の裂け目が強引に塞がれていく。
「が、あぁぁぁぁっ……!? ぐっ……あぁ……っ!!」
あまりの激痛に、私は声を殺すために自分の腕を歯で強く噛みしめた。
熱い鉄の味が口の中に広がる。痛みは肉体の外側から来るものではない。骨の髄から、神経の根元から、細胞の一個一個が強引に引き裂かれ、そして引き伸ばされて無理やり接着されるような、意識が白濁するほどの拒絶反応だった。
一般的な「回復魔法」という言葉から連想されるような、心地よい温もりや安らぎなど一片も存在しない。
それは癒やしではなく、肉体を無理やり「正常な形にリセットする」という名の、あまりにも暴力的な自己修復の呪いだった。治癒の光が強まるたびに、私の脳裏には焼け付くような灼熱感と、全身の神経が焼き切れるような激痛が走り抜ける。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……くそっ……!」
数分間の悶絶の末、光がスーッと消え失せた。
私は冷や汗で全身をグシャグシャに濡らし、石畳の上に崩れ落ちるように突っ伏した。荒い息を整えながら自分の身体を確認する。あんなにも激しく軋んでいた肋骨の痛みは嘘のように消え失せ、裂けていた皮膚は完全に滑らかな状態へと戻っていた。
我が家系——かつて辺境を治めていた伯爵家に代々流れていた血統の異能、「肉体再生」の力が、この暗殺ギルドの地下深くで覚醒した瞬間だった。
しかし、私はその奇跡的な治癒力に対して、喜びや安堵の感情を抱くことは微塵もなかった。
あるのは、冷徹なまでの分析と、自身の肉体に刻まれた「呪い」に対する乾いた冷笑だけだった。
(なるほど……これが、他国が喉から手が出るほど欲しがり、我が家系が滅ぼされる原因となった「血」の正体か)
死なない。どんなに傷つけられ、内臓を破壊され、肉体がズタズタになろうとも、この異能さえあれば何度でも元の状態へと引き戻される。
一見すれば、これ以上ない最強のチート能力に見えるかもしれない。だが、その代償として支払う「痛み」があまりにも狂気的だった。麻痺することのない激痛が、肉体が修復されるたびに脳髄の奥底まで直接叩き込まれる。痛みを感じなくなるわけではない。むしろ、痛覚そのものが増幅され、自分が「生きている」というよりも「壊れては直される機械のパーツ」として強制的に維持されているような、底知れぬ気色の悪さを伴っていた。
(戦闘中は絶対に使うまい。こんな狂った痛みを露出させたら、それだけで精神が崩壊するか、あるいは周囲に怪物として気味悪がられる)
私は血の滲んだ唇を拭い、暗闇の中で冷たく目を光らせた。
この回復魔導の力は、誰にも見せてはならない。ギルドの指導官にも、同居する少女にも、一切の秘密にしておくべきだ。
しかし、同時にこの能力は、今後の過酷な殺し合いや、いつか果たすべき復讐の旅路において、私を無敵の存在へと押し上げるための「最強の切り札」になり得る。敵に致命傷を与えられても、私は死なない。相手の刃を自分の肉体であえて受け止め、その隙に致命的な反撃を叩き込む「自傷再生の戦闘理論」の構想が、私の脳裏で静かに、しかし確かな手応えを持って組み上がり始めていた。
冷たい石の感触を背中に感じながら、私は再び独房の闇に身を沈めた。
痛みで火照る肉体を抱えながら、私の瞳は、この理不尽な世界をすべてハメ殺すための冷酷な光を、暗闇の中で静かに、そして鋭く放ち続けていたのだった。




