第266話 挑発スナイパー
ラビちゃんを倒したのがシノハさん……?
じゃあ僕、地下3階でシノハさんと入れ違いになったのか。
それよりいま、お粗末って……ラビちゃんが??
「アレで大怪盗なんて笑わせるね。出会ってすぐに倒せたよ。所詮はコソ泥、戦士じゃない。この舞台には相応しくない道化だった」
これは挑発。
わかっている。わかってはいるけど……!
『言われっぱなしかい?』
ロゼッタさんからの通信だ。
「……聞いてたんですか」
『通信が繋ぎっぱなしだったからね。それで、君は言われて終わりかなぁ?』
ロゼッタさん……。
『相手は激情タイプだ。君が思いつく最大の挑発で呼吸を乱せ。挑発も戦術だ』
言いたいことはわかる。けど、怖い。
『君が悪口を言えないタイプなのは知っている。それはとても素晴らしいことだ』
ロゼッタさんは諭すように言う。
『でもね。友人を悪く言われて黙っているなんて、それはとても悲しいことだよ』
怒っている人は怖い。なのに、わざわざ自分から相手を怒らせるなんて……。
で、でも、ラビちゃんを馬鹿にされたままなのは許せない。
『材料はあるのだろう?』
ミフネさんに脅されて、僕が意気消沈していた時、救ってくれたのはラビちゃんだ。そのラビちゃんに対し悪口を吐かれて、黙っていちゃダメだ。
「わかり、ました……」
通信が切れた。
「さっきからなにをボソボソ言ってるの? もっと大きな声で話してくれない?」
頑張れ僕。大切な人のために――
「あ、諦めた人間がよく言えますね」
僕が言うと、シノハさんの眉がピクリと動いた。
ビビるな。突っ切れ……!
「ぼぼ、僕、シノハさんの動画をいっぱい見ました。でも、メインで見たのはこの世界のログじゃない。僕がメインで見たのは、あなたの現実の試合やインタビュー動画です」
内面を見るならば仮想世界の姿ではなく、現実の姿を見た方が確実。
僕はこの人の内面にこそ隙があると思った。だから内面の研究に時間を使った。
「ボクサーとしての私を見たってことね。それで、私がなにを諦めたって?」
こ、声怖い! もう、半分ぐらい怒っている気がするぅ……!
「し、シノハさんは色々なインタビューでピーさんのことを褒めてました。憧れているんでしょうね」
「愛している。それがなにさ?」
「でもあなたはピーさんに憧れるあまり、あの人に挑戦することを諦めた。違いますか?」
「はぁ?」
「階級変えてますよね。逃げたんじゃないんですか?」
シノハさんは当初ライト級だった。けど、ピーさんに直接対決で負けてから2階級下げてフェザー級になった。わざわざ適正ギリギリの階級になった。
「アンタ……!」
「ピーさんからは年々突き放されているようですね。当然です。ピーさんは……あくまで僕の印象では、自分を脅かすような狂犬が好きなタイプ。負け犬には用が無い」
「黙れ」
僕がシノハさんに確実に勝てると思っているのは強さの問題じゃない。心持ちの問題だ。
この人には飢えが無い。
才能はある。努力の積み方も上手い。素質で言えば、間違いなくこの世界でも一線級。
それでも、この人に怖さが無いのは上位の人達が持っている飢えが無いから。
ペテルさんと違って進むために飢えを捨てたわけじゃない。逃げるために飢えを捨てた人。だから、怖く無い。人間としては怖いけど、戦士としては怖く無い。
「あなたはピーさんに打ちのめされ、横に立つことを諦め、屈する道を選んだ。その結果、真っすぐな強さは失われ、世界には届かなくなった」
「うるさい……」
「下手な挑発もやめた方がいいです。本来のあなたはそういうスタイルでは無かったはずです」
「黙れ……!」
「あなたなら僕よりわかっているはずだ。ピーさんがどういう人間を好むかを……」
「うるさいってんだよ!!」
「わかっていながら、追いかけることを辞めた。自信が無いから」
「このっ……!!!」
ピーさんに好かれたいなら、ピーさんに挑戦するべきだった。
なのにこの人はそうしなかった。
ピーさんを好きな気持ちより、ピーさんを恐れる気持ちの方が強いから。
そんな心持ちじゃ、絶対にピーさんと一緒に歩くことはできない。
「ラビちゃんは諦めません。何度敗北しても立ち上がり、確実に目標へと走っていく。あ、あなたとは違います。憧れを諦めの理由には使いません! あなたが――」
足が震える。涙がこみ上げる。
頑張れ僕。勇気を出せ。勝つために、友達のために……!
「ラビちゃんを、ば、ばばば……馬鹿にするな……!」
パン! とシノハさんは拳を合わせる。きっとアレが、心を落ち着かせるルーティーンなんだろう。でも、そのルーティーンをしても、怒りの形相は消えない。
「ここまでキレたのはいつぶりだろうね。その減らず口、ぶち抜いてやるよ!!!」
シノハさんはなんの策も無く突進してくる。
僕は後ろへ飛びながら、アステリズムで囲い込む。もうバックアイは無いから、後ろからの射撃には対応できないはず。
シノハさんはバックアイの死角をカバーするために首を左右に振る。背後も素早く首振りで確認し、包囲射撃をステップで避けて、ほとんど速度を緩めず接近してくる。
(上手い! 首振りで死角をゼロにしている。だけど)
誘導は完了した。
いま僕の前にはシノハさん、シノハさんの背後には僕が乗ってきたエレベーターがある。
あのエレベーターの中にはアステリズムを3基残してある。奇襲に使うために。
僕は1度エレベーター外にあるアステリズムを全て自分の傍まで戻す。シノハさんは首振りをやめて、僕に視線を集中させる。
「来て」
エレベーター内のアステリズムを操作し、エレベーターの内ボタンを押してエレベーターを開かせる。
3基のアステリズムがエレベーターから飛び出す。シノハさんは歯を見せて笑う。
「それを待っていた……!」
シノハさんは後ろを振り返り、迎撃態勢に入る。
(エレベーターに隠していたのは読まれてたみたい。でも関係ない)
シノハさんは自分に迫る物体を見て、動きをフリーズさせた。
「白い、布……?」
エレベーターから出てきたアステリズム3基はそれぞれ小麦粉塗れの布を被っている。小麦粉も布も地下2階の倉庫から拝借したものだ。
アレはエレベーターを利用している時に待ち伏せ対策に使ったデコイ。まさかこんな形で使うことになるとはね。
(さぁ、3つの内ハズレは1つ。どう処理しますか? シノハさん)
【デコイの使い方】
エレベーターが目的の階に着く→まず布を被ったアステリズムを飛び出させる→待ち伏せがあったらアステリズムが撃たれるため、待ち伏せを確認できる→もしアステリズムに反応が無くても、念のためデコイバルーンも飛ばす。
ただの揺さぶりですね。
地上に来た時にやってなかったのは逃した3人を早く撃ちたくて気持ちが逸り、やるのを忘れていたため。ただのポカである。





