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エピローグ 平穏な日常との出会い

最終話です。

「ねーヒロ。なんでまだ校舎裏なの? もう触覚の一方通行は治ったんだし、教室で食べて良くない?」

「クーラー、苦手なんだよ。それにまだちょっと視線がキツイし」

「そういえばヒロ、昔から暑い暑い言いながら冷房は嫌がってたもんね」

 数日後の昼休み。寛と有無は校舎裏で弁当をつついていた。


 あの日。有無が泣き崩れる中。

「宵闇特急」

 寛は、静かに呼んだ。

「あら、御津寛君。初めて私の名前を呼んでくれましたね」

「照れんなキモい」

 ぽっと赤くした両頬を手のひらではさむ宵闇特急に、寛は冷たくツッコミを入れた。

「宵闇特急。今、何分だ」

「12分ちょっとです」

 平然と口にされる、残酷な答え。

「……そうか」

「いやあ、残念でしたねぇ。頑張ったんですけどねぇ」

「……宵闇特急。一つ、可能性の話をして良いか」

「ほほう。聞くだけ聞きましょうか」

 宵闇特急は愉しげな笑みで寛の話を催促する。

「お前は、才能の再分配をすることで願いを叶えているんだよな。……片方を増やせば、もう片方を減らす。それってつまり、人の才能は、その総量自体に個人差はあれど生涯一定ってことなんだよな」

「そうですね」

「で、その中で部分的に増やしたり減らしたり調整している、と。……それ、複数人単位でできないか?」

「……つまり、どういうことです?」

 少しの間を置き、寛の真意を尋ねてくる。その表情は先までと全く変わらず、それがかえって不気味に思えた。

「俺のプラスの才能と、ゆうなのマイナスの才能――記憶の一方通行と俺たち家族の記憶から消えた分を持って行ってくれ」

「いいですよ」

 あっさりと、本当にあっさりと了承した。あまりにも即答だったものだから、寛は聞き間違いかとすら思ってしまった。

「……ほんとうに、いいのか?」

「疑り深いですね。もっとこう、『このとっても良い人っぽい人が言うなら本当なんだろう』とか思ってください」

「胸に手を当てて自分のやってきたこと思い出せ」

「胸に手を当てるとその小ささを否応なしに理解させられるので嫌です」

「神様がそんな小さいことで悩んでんじゃねえよ」

「小さいから悩んでいるんです!」

 何故こんなことで熱くなっているのかとか、そもそも神様なんだからそれくらい自分の力でどうにかできないのかとか、いろいろツッコミたかったが、それを始めるとキリがなさそうだったからぐっとこらえた。

「それじゃあ、俺のイケメンとゆうなの記憶に関するマイナスの才能を全部もってってくれよ」

「あー。でもそれだと、少し玉穂有無さんの方が大きいですね。イケメンなのだけだと、等価にはならないです」

「……チッ」

 それは、寛が一番危惧していたことだった。単純な数で見ても、寛のプラスが一回なのに対して有無のマイナスは二回なのだ。うまく勢いで押せないかと思っていたが、ダメだったようだ。

 さて、では代わりに、何の才能を差し出すか。きちんと寛の口から分かりやすく間違いがないように提示しなければ、下手すれば、触覚どころか視覚や聴覚まで一方通行にされかねない。

 と、そういった風に考え始めると、宵闇特急はポンと手を打って言った。

「ああ、そういえば、御津寛君は、触覚の一方通行がありましたね」

「……あるけど」

「あれはマイナスの才能のはずだったんですが、今回、その力でかなり時間短縮でき、屋上についた時点では10分以内でしたから、実質プラスみたいなところありますね」

「……は?」

「というわけで、イケメンな分と触覚の一方通行を合わせるとピッタリ足りるんですけど、どうします?」

「……………………………………………じゃあ、それで」

 あまりに都合の良い展開に、何か罠が隠されているんじゃないかとしばらく思案したが、どれだけ考えてもその罠が見つからない。かといってこのチャンスを逃すのもアホらしいと思い、逡巡の末に宵闇特急の提案を飲むことにした。


「そういうゆうなはクーラー平気なのに、なんでこっちで食ってるんだよ。お前なら友達なんていっぱいいるだろ?」

「いないよ。みんな10日しかあたしの記憶を保てなかったから、あんまり記憶に残らないようにしてたの。今は友達作れるけど、せっかくヒロがあたしのことを思い出してくれたんだから、しばらくは兄妹水入らず過ごしたいんだよ」

 結局、宵闇特急の提案した通りになった。有無は記憶の一方通行が元に戻り、寛や両親にも記憶が戻った。この一年と少しの間の記憶の空白にはごくごく平和で無難な記憶が埋められていた。そして寛の顔も触覚も通常通りに戻った。おかげで今では半袖の夏服に袖を通し、手袋もアルコールもマスクもない、ごくごく一般的な男子高校生となった。

 なんだかあまりにご都合主義なハッピーエンドで、文句の一つでも言ってやりたかったが、よく考えたら文句を言うべきことなど一つもなかった。自分にとって都合が良いならば、わざわざつついてやることもない。

「御津君に玉穂さん。遅くなってごめんなさい。少し、仕事に手間取ってしまったわ」

 兄妹水入らず弁当を食べていたところに、サンドイッチを手に瞳が現れた。

「呼んでないです」

「あら玉穂さん。冷たいことを言うわね」

「あたしは御津ですー。御津優菜なんですー」

 つーんとそっぽを向く。

 瞳は「つれないわねぇ」と苦笑した。

「会長さん。お疲れ様です。相変わらず大変そうですね」

「ええ。それなりに。でも、やっぱり私はこういう生き方しかできないから。仕方ないわ」

 寛の隣に腰を下ろし、サンドイッチの袋を開ける。

「そういえば御津君。今日、うちに来ない? でんきが会いたがってるのよ。先日のお礼も兼ねて、またごはん食べていかない?」

「んー。いいですよ」

 少しだけ今日の予定を考え、特に予定が入っていたわけでもないから了承した。

 すると、隣でひたすら弁当を食べていた有無が身を乗り出してきた。

「え、ダメだよ今日はあたしヒロんち行こうと思ってたのに! 来週あたりからヒロんちで一緒に暮らすから、その下見をするつもりだったのに!」

「一緒に暮らすって話も含めて初耳なんだけど」

「心の中で何度もメッセージ送ってたよ?」

「ちゃんと口でしろ」

「やだ、口でしろなんてエッチ」

「そのネタはもういい」

 疲れたようにツッコミを入れる寛の隣から、瞳が相変わらず人好きのする笑みで割って入ってきた。

「玉穂さん……いえ、御津さん。もしよかったら、あなたも来ない?」

「え……んん。どうしよ。いやでも敵を知ることもまた必要だよね……」

 ぶつぶつと呟く。もう敵じゃないだろ、とツッコミたかったが、独り言相手に突っ込むのも少し違うような気がした。

「ていうか会長さん、生徒会や合唱部は大丈夫なんですか?」

「んー、大丈夫じゃないわね。でも、でんきは何より大切だし、それはみんなわかってくれるもの。なんとか、みんなにサポートしてもらってるわ」

「会長さん、少し変わりましたね」

 以前までの瞳だったら、周囲の誰かにサポートしてもらうなど考えもしなかっただろう。彼女は今きょとんと首を傾げているが、間違いなく考え方は柔軟になった。一人で背負い込むことが、結果的にでんきにも背負わせることになってしまっていたことを、心のどこかで理解できたのだろう。

「よしっ、決めた! あたし、三葉先輩の家行きます! 現地調査です! 穴掘ってやりますよ!」

 有無はぐっと両手を握って決意表明する。

「それはボーリング調査だ。地質調べてどうするんだよ」

「おっ、ボウリングいいねぇ。あたしは幼いころから玉転がしの名手として近所でも評判だったからね」

「あらボウリングなら私も得意よ? 遊びに行くときはぜひ私も呼んでね」

「三葉先輩はダメですー。あたしとヒロのデートなんですー」

「ええ、デートっていうなら、妹である御津さんより私のほうが適任じゃないかしら」

「そんなことないです! ヒロと一緒に過ごした時間はあたしが一番長いんです!」

「でも私(の妹)はつい最近御津君と同じ布団で添い寝した仲なのよ?」

「なっ!? あ、あたしだって子供のころは毎日一緒の布団で……」

「最後に一緒の布団で寝たのはいつかしら?」

「……小学、四年生」

「あらあらずいぶん昔の話じゃない。これは、私(の妹)の勝ちね」

「ぐぬぬ……」

「あーもう、二人ともストップ」

 悔しげに歯噛みする有無と、他人の実績で勝ち誇る瞳。本当は放置しておきたかったが、この醜い争いの間でご飯を食べるというのもあまりにもあんまりだったから、仕方なく仲裁に入る。

「今度、土曜日。ジャスコのボウリング場に13時集合。三人で遊びましょう。もしでんきちゃんも来たいって言うようでしたら、一緒に連れてきてください」

 妥協案を提示すると、有無と瞳は数秒間うなった後、はぁ、と息をついた。

「まぁ、ヒロが言うなら……」

「御津君がそう言うなら、仕方ないわね」

「ちょっと、三葉先輩マネしないでくださいよ」

「あら、この程度の言葉でマネと言うだなんて、まるで昨今流行のパクリ騒動みたいよ」

「パクリって騒がれるのが嫌だったら先に出せばいいんですー。あたしが先輩より先に言った時点であたしのほうが有利なんですー」

「なによそのトンデモ理論」

「先輩は頭が硬すぎなんですよ。あたしのこの柔軟剤を惜しみなく使ったやわらか頭を見習ってほしいですね」

「御津さんの脳細胞がだいぶ死滅しているのはそのせいだったのね」

「なんですかそれ! 馬鹿にしてますか!? あたしはこれでも天才美少女だってクラスでももっぱらの評判なんですよ?」

「あまりの成績の悪さについて、生徒会のほうにまで通知が来ているのだけれど」

 寛の仲裁などなかったかのように、彼を挟んで生産性のない言い争いを続ける二人。

「もう知らん……」

 それでも、案外仲は良いように見える不思議。だから寛は、二人を放置して黙々と弁当を食べ始めた。

 くぅ~、疲れました! これにて終了です!!


 はい、とにかく、本当にこれで終了になります。総文量95000字程度ということで、思ったより当初の予定通りの文量に収まったなぁと少し驚いています。

 しかし95000字を書くのに実に2か月半、プロット制作期間まで含めると実に3か月半という、とても長い時間かかりました。当初の予定では8月末には終わらせる予定だったんですけどね・・・。小説を書き始めて8年目。さまざまな技術力が着実に身についてきている実感はあるのですが、執筆速度だけはほとんど変わっていないです。困ったもんです。

 とまぁプロを目指すにはまだまだ頼りない点が多いですが、とりあえずようやく長編二作目を無事完成させることができてよかったです。一作目を半分以上改稿したのが二作あるので、四作目と呼べなくもないですが、まぁあれらは新作とは呼べないのでやっぱり二作目だと思います。もっと書かなきゃ……。

 もともとあとがきでは本作の書き始めた動機だったり裏話だったりいろいろ書くつもりだったのですが、結構ツイッターに書いてしまった部分もあり、本編書き上げたらなんかあとがきモチベが下がってしまったのもあり、ここらへんで筆を置こうかなって思います。またいつかツイッターで気まぐれに裏話を書くかもしれないので、運が良ければそちらのほうでどうぞ。

 ちなみに本作はちょいちょい手直しして10月末のチャレンジカップかHJに出すつもりです。うまいこと上まで行って編集者がついたらうれしいな(甘い見通し)。

 新作の予定は今のところ立っていません。いい加減真剣に大学卒業に向けて頑張らなきゃいけないので、しばらくはネタ探しやプロットづくりをのんびりやっていくような感じかなって考えてます。


 長い間お付き合いいただき、本当にありがとうございました。読んでくださった皆様のコメントやブクマが本当に励みになりました。またいつか、再びここで筆を執ると思います。その時はまた、よろしくお願いします。

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