はじめての……
目当ての店に着いたのか、ユキはお箸やお皿を売っている生活用品店の前で立ち止まる。
「ここにはよく世話になっているんだ」
「そうなのですね」
ナツはユキに続いて入店する。
店主らしき天狗の顔をした男に、ユキは「俺だ」とこっそり顔につけていた布を外して挨拶した。
「これはこれはユキ様でしたか。どうぞ奥へ」
天狗男は、ユキとナツを奥の個室へと誘った。
「今日はどうされたのですか?」
真っ赤な顔をした天狗男は、ユキに問いかける。
「茶碗や箸など一式揃えたいのだ」
「お屋敷のもの一式ですか」
「いや……その……妻のものだ」
(つ、妻!?)
「妻!? ああ、お隣の美しい方は奥様でしたか」
天狗男がツッコむタイミングでナツも心の中で復唱した。
急に恥ずかしくなり全身が熱くなる。
「それでは夫婦茶碗や夫婦箸をお見せしますね。お気に召すものを一式お持ちくださいませ」
天狗男は、そう言って柄や模様が入ったものや、シンプルな色違いのものなどを机の上に並べた。
「どれがいい?」
「私が選んで良いのですか?」
「ああ、お前と俺のものだからな。お前が選べ」
「……はい」
(綺麗な茶碗や箸……どれも素敵で選べないわ)
「奥様、お手に取ってみますか」
天狗男がやさしくナツに声をかける。
「よろしいのですか」
「はい、もちろんです」
天狗男は茶碗を手に持ち、ナツに手渡した。
黄色い天の川が流れる藍色の茶碗だ。
「綺麗……」
ナツは手に持った瞬間、「これだ」と思った。
ユキはナツの顔を見て、それに決めたのだなと察知した。
「この藍色の茶碗と箸のセットを頼む。湯呑みもあればそれも」
「旦那様はこちらでよろしいのですか。他にもたくさん……」
「お前はそれが気に入ったのだろう?」
「はい!」
ナツが満面の笑みでユキに答えると「気に入ったものがあってよかった」とユキはやさしく返事をした。
◇◆◇
帰り道。
ナツは、購入した茶碗が入った木箱を大事に抱えていた。
ユキが持つと言っても、家まで私が持ち帰りたいとナツが聞かなかった。
ユキは少々頑固なところがあるナツの一面を知って、それもまた愛おしいと思った。
お屋敷の玄関前。
ナツはユキに改めて御礼を言いたくなった。
「旦那様、今日はありがとうございました」
「ああ」
「街の賑やかな様子がとても楽しくて……そしてお茶碗もお箸も湯呑みも……すごく嬉しいです」
「そうか」
「毎日大切に使いますね」
「ああ、俺も一生大事に使おう」
(一生……)
一年後、この家を出ていかなければいけない不安がナツに押し寄せる。
今はよくしてもらっているけれど、愛し合わなければこの家を出て行くことになる。
ナツは、この一週間、毎晩おやすみとやさしく言ってくれて、ナツを気遣ってくれるユキに惹かれていた。
だが、ナツはユキがたまたま七夕婚の相手として橋にいた花嫁を一年世話してくれているだけだとわかっていた。
ナツの寂しそうな顔に気づいたユキは、
「どうした?」
とナツに体を寄せる。
「いえ……なんでもありません。茶碗と箸は今晩から使えるように準備しますね」
ナツは足早に台所へと向かった。
◇◆◇
寝室で髪をとかしながら、ナツはぼうっとしていた。
ナツは、買い物から帰ってきてから上の空だ。
それはユキが発した「一生」という言葉が気がかりだったからで、一年後にこの家を出ていかなければならないという悲しみがナツの心に棘のように刺さった。
(こんな素敵な人たちのお屋敷を出て行くことになるのはとても寂しいことだわ……)
ナツは、この屋敷にきてから周りの人のあたたかさに支えられていた。
福田家にいたときの苦しみが癒やされて、この家の人々のことを大好きになった。
「おい、寝るぞ」
ユキの声にハッとすると、自分の顔に涙が伝っていることに気づく。
「どうした!?」
ユキが気づいてナツに駆け寄った。
「いえ……なんでもなくて……」
「なんでもなくないだろう」
「……」
「何があったのだ? 夕飯の時から様子がおかしいとは思っていたが……ゆっくりでいいから話してみろ」
ユキがやさしくナツの涙を拭う。
(私は旦那様のことが好きなんだわ。そして、この家にずっといたいと思っている。でも……旦那様はどう思っているのかわからない……)
ナツは、ユキのことを慕っていることに気づいたのだ。
ユキが手を握ってくれて、手の方に視線を移すと自分の左手がアザで覆われていることを改めて認識する。
(でも、旦那様に気持ちを伝えて負担に思わせるわけにいかないわ。私はアザものだもの……。今でもよくしてもらっているのだからこれ以上のことを望むなんて……)
「今日、旦那様から贈り物をいただいて嬉しかったのです」
ナツはそう言って微笑んだ。
すると、ユキの顔がナツの顔に近づいてきて、そっと口と口が当たる。
(……え?)
ナツは一瞬のことでわけがわからず、固まってしまった。
(口づけされた……?)
「悪い……我慢ができなかった」
「え……?」
「嫌な思いをさせたな。忘れてくれ」
ユキは背中を向けて、自分の布団へと移動する。
「待ってください。嫌なんかじゃない……です」
ナツはそう言って後ろからユキに抱きついた。
(……どうしよう。思わず抱きついてしまったわ)
ユキは驚き、ゆっくりとナツの手を解く。
そして、ナツの方を向き、
「ナツ……目を閉じろ」
と再び顔を近づけた。
ナツにとってはじめてと二回目の口づけをされた日となった。




