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一般マッサージ師、女騎士団の専属になる  作者: 久喜崎


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第21話:究極の癒やしと勝ち筋

翌朝。白百合騎士団の女子寮の談話室は、お通夜のような重苦しい空気に包まれていた。

 リリヤとシエルの肩や腕には痛々しい包帯が巻かれ、団長のセレスと副団長のエストの顔にも明らかな疲労の影が落ちていた。


「アーヴィング子爵から、追加の密書が届いたわ。ヴァレラン侯爵が最近、ダミー会社を通じて旧市街の廃教会や古い洋館をいくつか買い占めていたそうよ」


 エストが卓上に複数枚の書類を置くが、誰の顔も晴れない。

 急進派がダミー会社で手に入れた怪しげな物件のリスト。本来なら喜ぶべき情報だが、スラムには似たような廃墟がごまんとある。昨夜の潜入捜査で手痛い敗北を喫し、戦力を削られた今の彼女たちにとって、その中から本命の拠点をしらみ潰しに当たる余力も時間もなかった。

 明日はいよいよ、騎士団存続とレオンの命運を懸けた『査問会議』の当日。

 状況は、完全に手詰まりだった。


「ごめん、セレス……。私とシエルがしくじったせいで……っ」

「謝るな、リリヤ。相手は騎士団の魔法を完封する『結界器』などという強力な魔導具まで持ち出してきたのだろう。限られた戦力で無事に帰還してくれた幸運に感謝すべきだ」


 セレスは穏やかに慰めるが、全員が心の底で絶望感を抱いていた。


「みなさーん! 朝ご飯できましたよー!」


 そこに、呑気で明るい声が響き渡った。

 両手いっぱいに巨大な鍋やお皿を抱えたレオンが、エプロン姿で談話室に現れる。

 香ばしく焼かれたパンの匂い、滋養強壮に満ちた特製スープの香り、彩り豊かなサラダ。食卓にあっという間にフルコースの朝食が並べられた。


「レ、レオン? 我々は今、深刻な会議を……」

「会議はしっかり食べて、休んでからにしてください。徹夜続きのセレスさんたちも、身体中ボロボロのリリヤさんたちも、今は絶対に無理しちゃダメです!」


 レオンの珍しく強引な態度に、彼女たちはあっけなく食卓へ座らされてしまう。

 温かい手料理を口にした瞬間、張り詰めていた緊張がほどけ、凝り固まっていた胃袋の底からじんわりと活力が湧き上がってくるのを感じた。


「ふぁぁ……レオンのご飯、やっぱり一番美味しい……」

「……ん。温かい」


 食事を終える頃には、談話室の重苦しい空気はすっかり和らいでいた。

 レオンは休む間もなく、「次はリリヤさんとシエルさんのケアの続きです」と二人をマッサージ台へ促す。


「昨日も応急処置をしましたが、毒煙を吸った後遺症で魔力回路がまだこわばっています。しっかりリンパと一緒に老廃物を流しますね」

「う、うん……あぁ、気持ちいい……っ」

「……ん……そこ、もっと」


 見事な手つきで深部の筋疲労をほぐしていくレオン。あまりの心地よさに、二人の口からはだらしない声が漏れる。

 しかし、彼女たちの髪や服に触れていたレオンの手が、ふと止まった。


「……あれ? この匂い……」

「どうしたんだ、レオン?」


 セレスが尋ねると、レオンは鼻をクンクンとさせながら、シエルの髪やリリヤの外套の匂いを嗅ぎ直した。


「リリヤさんたちが昨日浴びたという、特殊な毒煙を発生させる『香木』の話ですが……。この残り香、もしかして『紫夢の根』じゃありませんか?」

「『紫夢の根』……? 知らんな。どのようなものだ」


 セレスが首を傾げると、レオンはケアの専門家として真剣な顔で解説を始めた。


「魔力回路を麻痺させる特殊な薬効を持った稀少な植物です。マッサージ用の薬油を調合する時に少しだけ使うんですが……実はこれ、極端に湿度が高くて、日当たりの悪い場所に広大なスペースを持つ、特殊な地形でしか栽培できないデリケートな植物なんです。昨日潜入したただの倉庫で、そんなにバンバン燃やせるほど大量に保管できるはずがありません。恐らく、どこか別の場所で大量に育てて保管しているものを、わざわざ昨日だけ罠のために倉庫に持ち込んだんですよ」


 その言葉を聞いた瞬間、談話室の空気がピタリと静まり返った。

 シエルとリリヤがハッと目を見開く。


「……日当たりが悪い」

「……極端に湿度が高くて、広大な場所……!」


 そして、二人の呟きに呼応するように、エストが先ほど卓上に広げたアーヴィングからの物件リストの一枚を弾き出した。


「これよ……! 候補の中に一つだけ、旧王国時代に作られた広大な『地下墓地』と『水路』が手つかずのまま残されている『第4区画の廃教会』があるわ!」


 数ある候補の中から、すべての条件を満たすたった一つの地点が見事に炙り出された。

 急進派貴族との癒着を証明する裏帳簿も、新種のドラッグの元となる紫黒の薬草や『紫夢の根』の栽培施設も、そして圧倒的な武装を誇る敵の本陣も。

 すべては、その『廃教会』の地下に秘匿されているのだ。


「これよ……! これこそが、私たちの『勝ち筋』よ!」


 エストが眼鏡の奥の瞳をギラリと光らせる。

 ボロボロになっていたヒロインたちの目に、再び反撃の異常な闘志が宿り始めた。


「レオン。お前はまた、我々を救ってくれたな」

「えっ? 僕、何かすごいこと言いましたか!?」


 ポカンとしているレオンに、セレスが優しい、けれど力強い笑みを向ける。

 もはや絶望はない。目指すべき標的が決まったのだから。


「明日はいよいよ査問会議だ。私とエストは予定通り議会へ出向き、連中の理不尽な糾弾の的となる」

「その裏で、私たち強襲部隊が廃教会の地下へ突入し、敵の本拠地を物理的にぶっ潰して裏帳簿を押収する……!」


 リリヤが手の中で拳を握り締め、牙を剥き出しにして獰猛な笑みを浮かべる。シエルもまた、静かに深く頷いた。


 白百合騎士団――王都最強と謳われる女騎士たちが、ついに完全な形での逆転に向けて動き出した。

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