最強の助っ人
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さて。シシリア村で色々と、本当に色々とあったあの日から、早一週間。
私達三人は、目の前に濃密な死の気配をひしひしと感じつつ、馬車に揺られていた。
行き先は亜人連邦加盟国第二国。採掘と武器の国、ドワーフ国だ。
行く理由は勿論、ドワーフ国に現れた『滅びを運ぶ終焉蟲』―――の、取り巻きの討伐依頼を受ける為。
私の仲間であり幼馴染でもあるクィラが結婚詐欺に遭って作って来た大量の借金を、返済する為。
ジンさんの発言通り大規模依頼は結構すぐに発表され、冒険者たちは挙ってドワーフ国を目指し王都を立っていった。
それは私達もそうだし、他の支部の冒険者たちもそうだろう。
じゃあ、死の気配を感じて俯いているのは、死地に赴く恐怖のせい?と思ったら大間違い。
死地に赴く恐怖なんかよりも、今私達三人の真向かいに座り、窓の外を鼻歌混じりに眺めている『彼』の方がよっぽど恐ろしい。
「……おッ、見えて来たぞ。精霊大樹」
楽しそうに語り掛けて来るが、表情は道化師のような仮面に隠されて全くわからない。
聞き覚えがあるような、しかし記憶と今耳にしている音が上手く一致しない不思議な声。
隣の席に立てかけられた、どこにでも売っているような無骨な剣。
私達の師匠的存在であり、私が絶賛片思い中の暗殺者、ジンさんが呼んだ『助っ人』。
夜の闇のような外套に身を包んだその姿は、誰がどう見てもアレだった。
というか、馬車と一緒に現れた彼は、開口一番そう名乗った。
――――俺は『狂戦士』だ、と。
「そう緊張しなくても、俺ァ別にお前らを取って食ったりなんかしねーぞ?」
「……あ、あはは。い、いえ。ただの馬車酔いで……」
「ま、そういう事にしたいってんならそれでも別に良いけどさ」
それだけ言って、彼は再び黙り込む。
と言っても不機嫌そうな雰囲気は無い。ただ静かに、窓の外の景色を楽しんでいるだけのようだ。
実際、亜人連邦の領内はどこも緑豊かな素敵な場所である。旅をするなら亜人連邦へ行け、という言葉だってあるくらいだ。
特に今見えている精霊大樹は、亜人連邦一番の観光スポットであり、亜人たちの心の拠り所。
精霊たちが今なお育てているというソレは、遠くから見るだけでも凄まじい生命力を感じさせてくる。
これが本当にただの旅行で、同行者無し……或いは家族か、ジンさんガルムさんだった場合、身を乗り出して凄い凄いと楽しめたのだろう。
だが悲しいかな。行く理由は観光よりも金稼ぎメイン(命懸け)な上、何ならここが死地そのもの。
目の前に『狂戦士』が座っている状態での馬車旅なんて、処刑直前の罪人気分しか味わえない。
「……あっ、あの!ひ、一つお聞きしたい事が、ありまして」
「ばっ、ばかっ!死にたいの!?」
「……どーぞ」
しばらく沈黙が続いた後、クィラが硬く瞼を閉じて俯きながら声を張り上げた。
私は声を発した時点で殺されると危惧していたが、ノガミは特に不快そうにするでもなく、どこか投げやり気味な声色で続きを促した。
「ど、どうして私達に、着いてきてくれることに……なったんですか?」
「そりゃァお前らが―――じゃねェ、アイツが依頼してきたからな。元々終焉蟲関係の依頼もあったし、ついでに受けてやった」
「……ち、因みに、依頼内容は?」
「守秘義務だ………と言いてェ所だが、アイツから許可も降りてるからな、教えてやるよ。『三人を無傷で生還させ、尚且つ戦闘中に殺した魔物の稼ぎは三人に渡せ』とのことだ」
だから殺したりしねェよ、依頼だからな。
笑いの混じった声で語り、彼は私達の方へと顔を向けた。
真正面から見ると、やっぱり恐ろしい仮面だ。
死の危険が無い、と言われても、本能がこの場から逃げるようにと警鐘を鳴らし続けている感覚がする。
―――けど、喋っても良いなら、この際だし……!!
「あ、あの。私からも良いですか?」
「一々許可取んなくて良ーよ」
「……えっと………あの時はありがとうございました!」
深々と頭を下げた私を見て、彼は気の抜けた声を出した。
少し目を向けると、不思議そうに首を傾げている姿が見える。
多分、覚えていないだろう。
あの時の私達は、正直おまけみたいな物だったし忘れられていて当然、ともいえるんだけど……けど、何はともあれ一度『助けてもらった』のだ。
最低限のお礼くらいはしておきたい。
……まぁ、頭下げただけで殺されるかもって思ってたから(ノガミは人を理由無く殺すと思っていたから)今まで何も言えなかったんだけど。
「……私からも、ありがとうございました。ガルムのおまけだったとは思うけど、黒影から助けてもらって」
「あー、アレか」
メイが少し遅れて頭を下げると、そこで思い出したのか彼は納得したように何度か頷いた。
「その件に関しちゃ、どういたしまして。けど、あの程度の危険でビビってた癖に、なんだって終焉蟲の討伐依頼なんか受ける事にしたんだ?」
言葉に詰まる。
確かに、彼の目には私達が怯えているように見えただろう。
だが、あの時は黒影と名乗る暗殺者集団に怯えていたのではなく、寧ろ私達を守ってくれたノガミを恐れていた――――なんて、馬鹿正直に話すのは流石に気が引ける。
かといって誤魔化すついでに討伐に参加する理由を話そうにも「仲間が結婚詐欺に遭って作った借金を一緒に返済しなきゃいけなくなったので」は恥ずかしいし情けない。
何なら一度は許し、一週間という時を経て薄れかけていた怒りが再燃しそうになった。
……取り敢えず黙りっぱなしは不味いだろうという事で、言葉を濁して説明した。
どうしても金を稼がなければならない。稼がなくても死ぬなら、稼いで生き延びる可能性に賭けたかった、と。
話を聞き終えた彼が何を考えたのかは到底わからない。
ただ彼は地震の胸元を握り拳でドンと叩き、隣の席に立てかけていた剣をもう片方の手で軽く掲げ、言ってのけた。
「なんにせよ、仕事なんだ。必ず成功させてやっから、大船に乗ったつもりで居な!ヒャハハハッ!!」
その笑い声は頼もしく、そして漏らしてしまいそうなくらい怖かった。
※―――
「こっ、こちらの魔道具を付けた状態で戦闘していただければ、殺した魔物の大体の強さと数が記録されますので、換金の際はこちらを受付までお持ちください。リタイアの際も同様です」
「……ありがとうございます」
ペンダント型の魔道具を四人分手渡される。
営業スマイルとお淑やかな態度を維持しつつもどこか怯えが隠せない様子の受付嬢さんは、落ち着かない様子でチラチラと私の背後……腕を組んで静かに立っているノガミを確認していた。
うん、まぁ、気になるよね。
なんならギルドの中に入った瞬間、ノガミを見た人全員ギョッとしてたもんね。
気になるどころか信じられないよね。
私からペンダントを受け取ったノガミが、受付嬢さんに質問をする。
「俺、冒険者じゃねェけど、貰っていいのか?」
「ぼ、冒険者ギルドが出している依頼は、登録している冒険者ではなくとも受ける事は可能ですので」
「へェ」
「ヒィッ!!す、すみませんっ、お気に召さなかったのなら謝罪いたします!!ですのでどうか、どうか殺さないで―――」
「機嫌なんざ悪くした覚えねェンだがなァ」
涙をボロボロ流し、勢いよく地面に頭を叩きつけて謝罪する受付嬢さんに、ノガミは剣を握るでもなく頬を掻く。
本物かどうか定かでは無かったからこそ対応する事が出来たが、いざ話してみると恐怖心が爆発してしまったのだろう。
ガタガタと震えながらずっと頭を下げ続けている受付嬢さんに、私は心の底から同情した。
ごめんなさい、私達が助っ人なんか頼んだせいで、意図せずこんな事に。
本当ならジンさんが来るはずだったんです。こんな、筋骨隆々の男達ですらテーブルの影に隠れるような地獄絵図が作られる予定では無かったんです。
「と、取り敢えずさっさと行きま―――しょう。い、行きませんか?行かせていただきた」
「なんでどんどんへりくだってくンだよ。行くってんなら良いぞ。第一陣とやらはもう行っちまったんだろ?なら第二陣に滑り込ませてもらおうじゃねェか」
踵を返し、出口へと向かうノガミ。
彼の言う通り、既に終焉蟲討伐は始まっている。
今は第一陣が戦闘を開始し、ギルドの指示通り『人型四種の活動域から遠ざけるように』戦っている筈だ。
受付嬢さんの話によれば第二陣の出発がもうすぐとの事なので、歩く速度は気持ち早めである。
……ノガミがギルドを出たあたりで中の冒険者達が安心したようなため息を吐いたのは、聞かなかった事にしよう。
第二陣の集合場所は終焉蟲が確認された森の入り口。街の外。
開けっぱなしの門を通り抜けると、肌がピリつくような緊張感を放つ集団がすぐに見つかった。
受付嬢さんと同じスーツを着た人が、私たちに気づいたらしく手を振ってくる。
「冒険者の方ですね?今なら第二陣に編成可能ですので、こちらへ来てください!」
「あ、はい。でも、受付はもう済ませてあるんですが……」
「いつ誰が戦場へ向かって、誰が帰ってきていないのかを確認する為の物ですので。この紙に皆さんのお名前をお願いします」
代筆も可能ですよ。と付け足しながら差し出された紙には、大量の名前が所狭しと書かれていた。
ちょうど私達四人の名前を書いたら埋まりきるだろう。
そういえば、私達は全員文字書けるけど、ノガミはどうなんだろう。
チラ、と彼に視線を向けると、先に書けと言われたように感じたのか、私からペンを取り、スラスラと名前を書いた。
とても綺麗な字だった。
「えっと、偽名は可能ですけど……あ、あはは、随分と熱心なファン……というか、ノガミ教の信者さんですかね?」
「いやァ、俺は………ま、うん。偽名みたいなモンだしソレで良いわ」
暗殺ギルドから与えられた名前は、確かに偽名と言えるだろう。
だが彼が本当のノガミとは思っていないらしい彼女は、どこかホッとした様子で、それでも彼の格好だけでも怖いのか、少し引き攣った笑みのまま私たちの名前記入を待つ。
全員が書き終えると、奥の方に並んでくださいと指示をして、私たちがソレに従って最後尾に並ぶと、彼女は咳払いを一つして声を張り上げた。
「ではグループリーダー、エルキスさんの指示に従って行動を開始してください!」
鎧姿の男性が前に出る。
ギリギリ見えたその姿は、冒険者であれば誰でも知っている物だった。
「『白金の栄光』エルキス・サラザール……!?」
「嘘だろ、本物か……?」
白金の一。私達でも目指せる領域の頂点。
白金級冒険者の中で、多分最も知名度の高い男。
隣のクィラが「きゃーイケメン!」と叫ぶくらいには顔が良い茶髪の彼は、確かどこかの洞窟で手に入れたと自伝に書いていた、派手な装飾の大剣を掲げた。
「行こう!冒険者たち!大いなる夢が君達を待っている!」
言うや否や、彼は森へと歩み始めた。
冒険者達は、勿論私達も、緊張と高揚の入り混じった空気を纏って、その後に続く。
……そうして歩き続ける事一時間ちょっと。
突然大地震が私達を襲い、そしてソレは現れた。
黒い体に大量の足。ウネウネと蠢きながら木々を薙ぎ倒し進む、巨大なムカデ。
「っ、全員退避しろ!終焉蟲の取り巻きの中でも、コイツは危険だ!白金級でも無ければ相手にならない!」
エルキスさんが叫ぶが、遅い、
だって、ムカデは他の冒険者達を跳ね飛ばし、切り裂き、一直線に私達の居る方まで―――。
「危ねェヤツだな」
恐怖から目を固く閉じていた私の耳に、何かが激しくぶつかる音が聞こえた。
ゆっくりと目を開くと、私たちの前にはノガミが剣を片手に立っており、少し視線を動かすと真っ二つになったムカデの死体がそれぞれ木に激突しているのがわかった。
「一応聞くが怪我は無ェよな?」
「あ……は、はい」
「わ、私も」
「助かっ……た?」
「当然よォ!俺ァ仕事はきっちりこなす男だからなァ。無事にお前らを家に帰すまでは誰にも傷つけさせねェぜ」
頼もしい言葉に、威風堂々とした佇まい。
だが続く笑い声はやっぱりとっても恐ろしく、私の体は、無意識のうちに震えてしまうのだった。
【一方その頃】
ノガミが、つまりはジンがリン達に同行できるのは、学園が夏休みを迎えたからだ。
だが事情を知るガルムはともかく、ジン=ノガミという事を知らない彼の家族や現在雇われメイドとなっているシアンたちに「ノガミとして冒険者の女の子達の護衛やって来るから家空けるね」とは言えない。
かといってなんの理由も無しに、それも恋人を放って「帰省は無しで」と言えるワケも無く、仕方なくジンは影武者を使う事にした。
いつも通り、カルマに頼ったのである。
「お茶持ってきてくれない?」
「かしこまりました」
恭しく頭を下げて、シアンが部屋を出ていく。
ジン……の姿をしたカルマは、足音が遠ざかっていくのを確認し、深く深くため息を吐いた。
「はぁ……あのメイド、命令してない間ずっと傍に居るのかよ。家政婦ギルドのメイドって、普通は依頼主のすぐそばには居ないモンなんじゃねぇのか?」
「多分、ジンに依頼主を二度も殺されたのを反省してるんじゃねぇの?最初からずっと近くに居れば殺されないって」
「真正面から挑んで負けたんだから、居る居ないは関係ないと思うけどな」
仰向けにベッドで横たわりながら、ガルムは気の抜けた声で話す。
長期休暇ですることも無く(アステリア王立学園では長期休業課題のような物は出ない)その上本物のジンが居ない事で色々と溜まっており、虚脱感に襲われているのだ。
なおシアンを始めとした今のジンが偽物だと知らない人達は、ガルムが急にジンと距離を取り始めた事で「倦怠期か?」と邪推している。
これ以上特に何を話すでもなく、二人はそれぞれボケーっとする事を続ける。
因みに先程会話に参加していなかった物の、カルマと一緒にギザドア邸へと帰って(?)来たダインスレイヴが、窓の外をなんの意味も無く眺めている。
そんな脱力しきった部屋に、シアンが戻って来た。
とても綺麗な動作でポットから紅茶を注ぎ、一切音を立てずにカルマのすぐそばの机に置く。
流石は家政婦ギルド一の女、とカルマが感心の声を漏らした所で、シアンはガルムの方を向いた。
「ガルム様。お手紙が届いていました」
「手紙ぃ?ジンからか?」
「はははっ、おいおい俺はここに居るだろー?んな回りくどいサプライズしないぞ」
「あー……そうだな、そうだった」
手紙を受け取り、仰向けのまま封を切る。
中身に適当な視線を向けた彼女は、少し経つと勢いよく体を起こした。
「―――なぁ、この手紙、本物か?」
「はい。先程届けられたと、使用人が」
「………シェンディリアに行くぞ。カル……ジンもレイヴも準備しとけ」
「え、なんで急に?」
カルマの問いかけに、彼女は手紙を突きつけて、極めて簡単に答えた。
「勇者召喚に立ち会えるんだとさ」