『試練』
ムカデみたいな魔物をぶった切ってから、三十分ほどの時間が経過した。
俺達は戦闘中だった第一陣と合流し、挟み撃ちをする形で参戦。
冒険者たちは今も怒号と共に魔物へ攻撃を仕掛け、傷つけては傷つけられ、殺しては殺される血みどろの戦いを続けていた。
もはやこの場で無傷なのは俺とリン達の三人、後は白金級冒険者のエルキスに、第一陣のリーダーらしき男だけ。
軽傷程度で済んでいる冒険者なら結構いるが、それでも息が上がっているヤツが殆ど。
久しぶりのこのヒリついた空気感。なんだか異世界ファンタジーって感じがして嫌いじゃない。
特に、目の前に命の危機が迫っているせいか誰も俺の事を気にしないのが良い。
「『火の精霊よ!敵を焼き尽くす炎を!』」
「大事に大事に取っておいた魔道具の矢、大盤振る舞いよ!」
「これで―――十六!!」
メイが魔法を唱え、リンが短剣で魔物の急所を抉り、クィラが二人を弓で援護する。
三人に最も合った戦い方だろう、と俺達が教えた戦い方を、彼女達は忠実に守っていた。
「っ、リン!後ろ!」
「しまっ―――」
「させねェよォ!!」
気配も姿も消してリンの背後に迫っていた魔物を、同じく気配を消して接近した俺が切り捨てる。
蟲系魔物特有の緑色の体液を撒き散らしながら、魔物は重力に従って崩れ落ちた。
「あ、ありがとうございます……」
「礼は要らねェよ。怪我はしてねェな?」
「は、はい。おかげさまで……」
『狂乱』発動中ながらも優しい声音を意識しているのだが、どうにもリンと目が合わない。
そりゃまぁ、『三大恐怖』の『狂戦士』だもんな。ビビッて当然か。
「お前ら全員で、今何匹だ?」
「わ、私は十七匹で……」
「私は三十一」
「私が殺した判定は六匹……まぁ、援護に徹してたし仕方ないわね。倒してる魔物の難易度的に、合計五十四匹でも……」
少し顔を顰めるクィラ。予想報酬は銀貨数十枚程度。彼女達の冒険者ランクを考えれば途轍もない稼ぎだが、借金を考えればまだまだである。
「幸い、魔物は次から次へと湧いて出る……けど、体力も魔力も弓も、いつまでも持たない」
「どうする、リン。一旦引く?」
「まだ動けるし、大丈夫。それに、今は一分一秒でも惜しいし……」
三人の視線が魔物の群れへと向かう。
さながら黒い波のように見える魔物の群れ。今もなお血塗れ、傷だらけで戦っている冒険者たちによって歩み事態は抑え気味になっている物の、一向に減ったように見えない数の暴力。
力強い発言をした直後ながら、彼女達は示し合わせたかのように二、三歩後退った。
「殆どが二束三文の雑魚な上、偶に出てくる強い奴らは他の奴らが取っちまう……このままじゃ借金返す所じゃねェなァ」
「えっ、なんで借金の事を?」
「―――あ、あー。依頼の時にな、アイツから聞かされた。ほら、お前らに魔物を殺した稼ぎを分けるーみたいな話があったろ。アレはその、借金の事を知っているけど隠しておいて欲しいって言うアイツの頼みが……」
普通に油断してボロを出し、慌てて支離滅裂な言い訳を展開した俺だったが、そんな俺を庇うようなタイミングで、群れの中から勢いよく巨大な影がこちらへと飛び出してきた。
「っと危ねェな」
攻撃を防ぐ程度の力で剣を振るい、魔物を弾く。
噂をすれば、というヤツだ。他の冒険者たちに取られてばかりだった、金になる強い魔物が態々俺達の目の前に来てくれたらしい。
空中で姿勢を直し、綺麗に着地したその魔物は、他の雑魚とは比べ物にならない凄まじい殺気を放つ。
貴族のような美しい金髪の髪を生やした、女性の上半身―――を持つ蜘蛛。
アラクネだ。
「終焉蟲の配下は他のどの蟲系魔物とも違うって聞くが……ハハハッ、まぁ良いだろ。アラクネはアラクネで金になる。―――それに、お前らでも殺せるレベルの相手だ。俺が保証してやる。安心して行ってこい」
「ッ!!?えっ、あ、アラクネを!?」
「推奨ランク、白金級の魔物なのに……?」
アラクネ。『刃糸の祝福』が手に入る『試練』を与える魔物。
『試練』を与えて来る魔物なだけあって希少だし、強い。―――が、他の『試練』を与えて来る魔物と比べれば断然弱い。
その癖貰える『祝福』がとても優秀だから、コイツはこの三人に倒してもらいたい。
と言っても、複数人で倒した所で止めを刺したヤツしか『祝福』はもらえないんだけど。
驚愕と困惑に、アラクネがすぐ近くに居るにも関わらず視線をこちらへ向けて来るクィラとメイ。
だが俺が安心させるような一言を言うよりも前に、リンが前へ出た。
「―――リン?」
「出来る、って言われたなら……やってみる価値、あると思う。だって、このままじゃいつまで経っても借金返せないし。それに―――」
短剣を逆手に構え、腰を落とす。
魔力を滾らせ強化を行い、万全の状態で、彼女は続けた。
「弱いままは、嫌だし。ここで逃げたらきっと、この先も強くなれないって思ったから」
なんなら私一人でも戦う、とまで言おうとして、彼女は背後から殴られる。
結構容赦なく彼女の頭を殴ったクィラは、呆れたように溜息を吐く。
「アンタにそこまで言われて、じゃあ後ろで黙って応援してます、なんて出来るわけないでしょ。元々お金が必要になったのは私のせいなんだし」
「……それに、今度こそ観光オンリーでビットリアに行きたい」
「クィラ、メイ……!!」
「―――話は終わりか?」
リンが感激した所で、律義に待ってくれていたアラクネが声をかけてくる。
穏やかな声音でありながら、しかし殺気はそのままの彼女に、リン達の表情がすぐさま険しくなった。
「貴様ら三人は『祝福』を持たぬようだ。ならば、この戦いは『試練』となる。―――我を殺してみよ。我に殺される前にな」
言い終わると同時に、透明な刃が全方位から襲い掛かる。
言ってしまえば、あまりに唐突な―――だが、いずれは来ただろう『試練』が、今始まる。
※―――
「『風の精霊よ、我らを守り給え』!」
メイの魔法がアラクネの糸を逸らす。
束になっていない状態の刃糸は風の魔法で軌道を変える事が出来ると知っていたからこその、咄嗟の判断。
仮に火の魔法で燃やそうとした場合、糸は全く影響を受けることなく彼女達を切り裂いていただろう。
「『魔力変換』」
糸が地面に叩きつけられると同時、今まで体を覆う余力を残した強化程度にしか使っていなかった魔力を全て魔法へ回す。
発動するのは、己の生命エネルギーを魔力に変換する魔法。
通常の魔力量では発動できない本命の魔法の為の下準備。
「―――『絶影』!!」
魔力が爆発を起こしたかのように増大したかと思えば、今度は急激に減少。
さらには、彼女の姿が跡形も無く消えた。
「うそ、古代魔法!?」
思わずクィラが驚く。
そう。リンが使ったのは古代魔法。
精霊との契約を破棄してまで手に入れた、ジン直伝の魔法。
『絶影』は『狂乱の祝福』を手に入れる前に彼が愛用していた魔法であり、その効果は完全な気配遮断。
例えその姿を見られた状態であろうとも、発動してしまえばそこに居たという事さえ認識できなくなる最高の隠密魔法。
リンは誰の目にも映らないまま、アラクネに肉薄する。
そして逆手に持ったナイフを躊躇なく振るい、その首を引き裂いた。
「獲った!」
魔法を解除しつつ勢いよく後退した彼女は、つい油断してクィラ達の方を向く。
「っ、リン!しゃがんで!!」
しかし鬼気迫る様子で怒鳴られ、疑問を抱く前に素早くしゃがみ込む。
するとその頭上を、まさに彼女の頭部があった部分を糸の束が薙ぎ払った。
後一瞬遅ければ、と冷や汗を流し、彼女はさらに後退。
クィラ達の居る場所にへたり込み、大きく息を吐く。
「……首、切ったはずだったんだけど」
「アラクネは上半身と下半身が別々の生き物。だから、上を殺しただけだと終わらない……だとか」
「さ、先に言ってよぉ」
「前に本で読んだ程度だったし忘れてた。けど、さっきの魔法が有効なのは確か―――ッ、『水の精霊よ氷の盾を』!」
アラクネは首から緑色の液体をダクダクと流す上半身を雑に動かし、糸の束を振るう。
言葉の途中で瞬時に詠唱を行い攻撃を防ぐが、氷の盾は簡単に砕かれ、衝撃に三人は地面を転がった。
「……上半身が無くなれば力も半減……って言おうと思ったのに」
「寧ろ強くなってないかしら」
「そ、それに私、しばらく『絶影』使えなくって………」
「「えっ??」」
ズドンッ!!と糸の束が三人のすぐ近くに叩きつけられる。
今更威嚇?と三人が同時に疑問に思ったのも束の間、すぐさま全く見当違いな場所に糸の束が叩きつけられた。
「……見えて、無いの?」
「上半身が目の役割を担ってた……とか?」
今までとは比べ物にならない頻度で、しかし見当違いな場所ばかりを叩き続ける。
地面が揺れ、体の内側まで響くような轟音に襲われながら、彼女達は止めを刺す作戦を話し合う。
「あの魔法が使えないなら、私とメイで攻撃のチャンスを作るしかないわね」
「一応、切り札がある。ソレを切って、クィラが残りの魔道具の矢を全部使い切る覚悟で使ってくれれば、リンが攻撃するチャンスを作れる……けど」
「あの下半身、どうやって倒せば良いの……?」
三人の視線がアラクネへと向かう。
見た目は女性の上半身が生えている点を除けばただの巨大な蜘蛛……なのだが、頭部と思しき部分が全く動いていない。というか、少し注目すれば顔に見える物が模様でしか無く、飾りである事が簡単にわかる。
「取り敢えず頭部っぽい部分を刺す……とか」
「言っておくけど、チャンスは作れて一回。取り敢えずはできれば辞めて欲しい」
「矢も実際、そこまで残ってないし……」
「え、えぇぇぇ……」
リンが情けない声を漏らすと同時、彼女達の真上に糸の束が振り上げられる。
素早くその場を離脱する三人だが、傷一つ無いもののバラバラになってしまった。
「じゃあ取り敢えず、リンは回避しつつ待機!私達が出来る限りダメージ与えておくから、その間に弱点っぽい所見つけておいて!」
それだけ言うと、クィラもメイもアラクネを攻撃する事に専念し始める。
一人残されたリンは、少しの間呆然として、しかしすぐに気を取り直してアラクネを注視する。
今振り回されている糸の束は、首がちぎれかかっている女性の上半身が持っている。両手でしっかりと束を握り、鞭のように、しかし狙いだけは乱雑に振るわれていて―――。
(あれっ?)
時折自分にも振るわれる鞭を躱しながら、ふと気づく。
上半身は倒した物と思っていたが、実際には倒せていないのではないか?という事に。
腕を動かすのではなく上半身全体を動かす事で攻撃していた為に気づかなかったが、冷静に考えれば脱力しきった手で糸の束を握るなんて不可能だ。
なら、アラクネは上半身は既に倒した物だと思い込ませようとしている。リンはそう考えた。
「つまり本当の弱点は、まだ上半身のどこかに―――きゃぁっ!?」
思考が深まったが故に油断し、攻撃が掠る。もう半歩ばかり前に出ていれば右半身が潰れていただろう一撃に、彼女は全身の毛穴から汗が噴き出るのを感じた。
しかし、アラクネ攻略に一歩近づいた事に変わりはない。
上半身と下半身は別の生き物らしいが、どちらかが完全に死ねば流石に弱体化は免れないはずだ。
(普通に考えれば脳か心臓だけど……喉で死ななかった時点で人と弱点が同じとは限らない訳だし……)
でもこれくらいしか思いつかない。魔力も使えるようになったし、一旦試そう。
今までの彼女であれば確実に踏み出せなかったであろう一歩を、とても軽い調子で踏み出す。
余った魔力を元に『絶影』を発動し、クィラの矢とメイの魔法、アラクネの乱雑な攻撃を搔い潜りながら接近。
そして両手に持ったナイフをそれぞれ頭部と心臓部に突き刺し、腹部を蹴り飛ばす―――!
「なんて、上手く行くと思ったのか?」
「えっ」
『絶影』の効果はまだ切れていない。にも関わらずアラクネは脱力しきっていた上半身を起こし、リンと目を合わせる。
(あ、やばい死んだここから生き残る方法無理無理無理死にたくない死にたくない何が失敗だったなんで見えて頼みの綱のノガミは周りの魔物狩りで間に合わなさそうあーあなんで戦うなんて言っちゃったんだ私――――)
時の流れが鈍化したように感じる。走馬灯にも似た思考の濁流が微かに、間近に迫った死への恐怖心を和らげるが微々たる差。
どうしようも無いこの状況に諦めきった彼女は、しかし最後の最後で、縋る様に名前を呟く。
「ジンさん……っ」
硬く瞼を閉じる。
一秒と経たず、頭部が吹き飛ばされるか体が潰されるかして死ぬ。その未来はもう覆しようがないモノだとわかっているからこそ彼女は抵抗せず、
だからこそ困惑した。
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