17.「バリバリの海賊よ!」
にっくき新型コロナウィルス……。
あいにく生きていますよ^^
とりあえず保守age……じゃなくて次話投稿。2年もの間ほったらかしにしてて気になってたんです。
三〇分としないうちに、烈子は船上の人となっていた。デッキの手すりにつかまり、夜風に素肌を撫でられるがままにしていた。
渡船のエンジン音と、凪いだ海を切り裂く心地いい音色。
右に本州、左に向島の街灯りを見ながら、渡船は尾道水道を突き進む。
もうすぐ舞島が見えてくるはずだ。こうして船に揺られると、驚くほど近い。
近いくせに、なかなか想いは届かないものだ。会いたいときに会えない。
烈子はうしろをふり返った。
操舵室で舵をあやつるシルエットがあった。くわえ煙草だ。煙がちぎれ飛んでいた。
あの頼もしい女将さんのおかげで平静を取り戻していた。
その人は窓から顔を斜めに突き出した。たちまちソバージュをかけた髪が乱れた。エンジン音に負けじと大声を張りあげる。
「じきに到着するよ、お嬢ちゃん! だからメソメソ泣かないの! 島に着いたら一気にけしかけちまいな!」
タオル男が紹介してくれた渡船を持ち主は、荒くれの元漁師をイメージしていたのだが、現れたのは気っ風のいい四十前後の魅力的な女性だった。
ぴちぴちのジーンズにタンクトップ姿。胸が大きく張り出していた。腰のくびれなど烈子に比べれば別世界の住人みたいだ。
陸に戻れば、料亭の女将なんだという。さっきまで髪をうしろに束ねて、着物を着つけていたとは信じがたい。
烈子はその点を聞いた。
「料亭は夕方からオープン。まだ営業時間内だったんだけど、とっつぁんの依頼とあれば仕方ない。ホント、渡船は、昼間限定のアルバイトなんだけど」と、村上 ちはると名乗った彼女は舵を手にしたまま言った。「釣り客を乗せて絶好のポイントへ連れてってあげるの。そのかわり、釣った魚の余分なのをタダでわけてもらうわけ。新鮮な食材をゲットできるんだから、この仕事も本業につながるってこと!」
「助かります。私のために来ていただいて」
「いいってこと!」と、ちはるは前方を見据えたまま言った。
「しかし、船の運転が様になってますね。惚れ惚れしちゃいます!」
「でしょ? あたし、船に乗ると人格変わるの。村上水軍の末裔だから。バリバリの海賊よ!」
「納得です。瀬戸内ならではですね」
烈子は舞島について話題を変えた。
「当たり前じゃあない。中村 是孝が島守をしてる、例の島。いかがわしい島。尾道市役所観光課の、とんだ企画倒れね」
と、ちはるは顎を突き出して言った。細いメンソールの煙草を吸い込み、蒸気機関車みたいに煙を吐いた。
「いかがわしい?」
「そ。胡散臭すぎる島」ちはるは、尾道水道を真っすぐ進ませながら断言した。左手に向島の張り出した岬が迫ってきた。白い円柱が立っているのが見えた。牛ノ浦灯台だ。「毎回、とっつぁんに頼まれるわけじゃないけど、こうして夜中に瀬戸内を行き来することもあるの。あたし、いっぺん、舞島でおかしな光景を見ちゃったのよ。あれを見た日にゃあ、あんた、中村 是孝に思いを寄せるのはよしなさいって助言したくもなるわよ」
「おかしな光景?」
「あんまり係わり合いにならない方がいいと思うんだけど。でも、お嬢ちゃんの顔つき見てると、なかなかきついことも言えない。いちど現実を直視したらいいわ。だから上陸したらけしかけちまいな。そしてあいつの正体を暴くの!」
右手に本州の港が続いている。小さな漁船がずらりと並び、眠りについていた。
広島国税局 尾道税務署と法務局 尾道支局の建物がぼんやり浮かんでいた。まったくといっていいほど人気がなかった。
やがて向島をすぎ、岩子島が見えてきた。それを突っ切れば、舞島はすぐそこだ。
◆◆◆◆◆
丼を伏せたような舞島は、周囲八〇〇平方メートルあるかないかくらいのサイズである。
島の縁には丈の低い木々が生い茂り、頭ひとつ抜きん出て例の小屋が見えた。灯りが灯っているのがかろうじて見えた。
まわりには岩礁が潜んでいるので、安易に近づくのは危険だと、ちはるは言った。
渡船はいったんぐるりと西側へまわり込み、窪んだ構造になった荒磯に近づいた。
意外だった。
すでに磯にはモーター付きのボートが舫ってあった。二隻もだ。
船外機は二馬力のもので、ちょっとした釣りで使われるものだ。
「なんだ、中村 是孝は船持ちなの」と、ちはる。
そんなはずはない。是孝は船は持っていないと言っていたはずだ。知り合いの漁師に送り迎えしてもらっていたはずだ。烈子は眉をひそめた。
磯にギリギリまで迫ると、意を決してジャンプした。
なんとか海に落ちずにすんだ。
こうして、なんとか舞島におり立った烈子。はじめて島に足を踏み入れたことに、軽い昂奮を憶えた。
船をふり返った。ちはるは絶妙のテクニックで岩礁の間に停泊させている。
「ありがとう。また日をあらためてお礼しに行きますので!」と、烈子。
操舵室から村上 ちはるは上半身を出した。腕組みしたまま、
「ホントに行ってしまっていいのかい? 帰りはどうするのさ? あの男といい仲になれたら送迎してくれるだろうけど、じゃなかったら、帰るに帰れなくなって泣きを見る目になるよ。さすがにとんぼ返りして迎えにくるのも迷惑なんだけど!」
「あんなお父さんのもとにいたくないんです。私がいなくなることで、お母さんと喧嘩せずにすむなら仕方ありません。……言っておきますけど、今回ばかりは、私の決意は固いんです」
「なにがあったか知らないけどさ。いまごろ心配してるよー?」と、ちはるは寂しげに言った。きっと彼女だって、烈子と同世代か、年下ぐらいの娘か息子がいるにちがいない。「ま、なんにしたって、お嬢ちゃんがここに来たいって言ったんだから、あいつとしゃべるなり抱かれるなりして納得なさい。そして現実を見ること!」
「はい。ご忠告ありがとうございます! ありがとうございます!」
「はいはい」
と、ちはるは手を振って、去っていった。




