ハニーベリーの誓い
王廷の最高会議場である「御前会議」。
重々しい沈黙が流れる中、老臣たちはこぞって不満の声を上げていた。
「王太子殿下、シルフィード伯爵令嬢との交際、ましてや婚約など断じて認められませぬ!」
「次期王妃には公爵家の令嬢が相応しい。あのような地味な令嬢では、我が国の威信に関わります!」
居並ぶ貴族たちの痛烈な批判を、レイアは傍聴席の最前列で、拳を握りしめて耐えていた。隣ではクロエがいつでも魔導書を叩きつけられるよう(?)に冷ややかな目で老臣たちを睨んでいる。
そんな老臣たちの前に、一歩踏み出したのはリヒャルトだった。
彼は腰の漆黒の剣を、カツンと大理石の床に突き立て、ホール全体を凍りつかせるような冷徹な声で言い放った。
「――静粛に。老臣たちよ、勘違いするな」
真紅の瞳が、反対派の貴族たちを冷酷に射抜く。
「私がレイアを妃に迎えるのは、彼女の家柄や魔力が欲しいからではない。私が彼女を欲したのだ。もしこれ以上、私の選択に異議を唱え、彼女を不当に貶める者がいるならば、私は今この場で王位継承権を放棄し、一人の騎士として彼女と共に国を出る」
「な、何と……! 王位を放棄するだと!? 正気ですか殿下!」
騒然とする会議場。レイアも「リヒャルト様、そこまで……っ!」と衝撃で立ち上がりかける。
しかし、その緊迫した空気を破ったのは、玉座から聞こえてきた――盛大な「吹き出し笑い」だった。
「ぷっ……! はははは! おいおいリヒャルト、お前、そこまで言うか! 普段は鉄仮面みたいに澄まし顔のくせに、いざとなったら国ごと放り出して愛の逃避行か! いやあ、傑作だな!」
豪快に笑い声を上げたのは、リヒャルトの父親である国王陛下だった。威厳ある髭を蓄えているものの、その瞳は完全に「バカ息子をからかう父親」のそれである。
「貴族諸君、聞いたかね? うちの息子、レイア嬢に骨抜きにされて、もう国政どころじゃないらしいぞ。ここでレイア嬢を追い出したら、我が国は明日から優秀な次期国王を失うわけだ。……困るなぁ、私は早く隠居して釣りに行きたいのに」
「あ、貴方、真面目な会議の最中ですよ」
そう言って上品に扇で口元を隠しながらも、隣の王妃殿下もまた、楽しそうに目を細めていた。
「しかし、リヒャルト。あなたのその『激重な愛』には、母親としても少し引いてしまいますわね。レイアさん、こんなに偏屈で愛想のない息子を、よくぞ好きになってくださいました。本当にありがとう」
王妃殿下は玉座から立ち上がると、傍聴席にいるレイアに向けて、慈愛に満ちた、そして最高に美しい微笑みを向けた。
「あの夜のダンスパーティーで、あなたがリヒャルトの胸に顔を埋めているのを見て、私は確信いたしました。この氷の息子の心を溶かせるのは、あなたしかいないと。シルフィード伯爵家が力不足などと、誰が言わせるものですか。王家の名において、私があなたの後ろ盾になりますわ」
「王妃殿下……! 国王陛下……!」
レイアは驚きと、胸に込み上げる温かい涙で視界が滲んだ。
リヒャルトの一方的な暴走ではなく、国王も王妃も、レイアの素直さや、リヒャルトを想う強い気持ちを認め、心から大切に思ってくれていたのだ。
老臣たちは、王家三人が完全にレイアの味方であること、そして何より「ここで反対したら王太子が本当に国を捨てて失踪する」という恐怖を理解し、ガタガタと震えながら一斉に平伏した。
「リヒャルト、お前もそこまで愛しているなら、絶対にレイア嬢を悲しませるんじゃないぞ。いいな?」
国王がニヤリと笑う。
「……言われずとも、そのつもりだ。父上、母上、感謝する」
リヒャルトは耳の裏を少し赤くしながらも、堂々と胸を張った。そして、傍聴席のレイアへと真っ直ぐに歩み寄り、大勢の貴族たちの前で、彼女の手を優しく、でもしっかりと握りしめた。
王家の大きな愛と祝福に包まれながら、レイアはもう何も怖くないと、リヒャルトの手を強く握り返すのだった。
それから数年後。
学園を卒業し、数々の試練を乗り越えた二人の、盛大な結婚式が執り行われた。
王都中が歓声と祝福の光に包まれる中、式を終えた二人は、お忍びの魔法で懐かしい「下町の噴水広場」へと足を運んでいた。
レイアは純白のウェディングドレス。リヒャルトは最高級の正装を纏っているが、周囲には幻惑の魔法がかけられ、平民たちにはただの身分の高い新婚夫婦にしか見えないようになっている。
「ふふ、やっぱりここが一番落ち着きますわね、リヒャルト様」
レイアは噴水の縁に腰掛け、幸せそうに微笑んだ。その手には、親友のクロエ(現在は王宮魔導師)が「お祝いよ」と手配してくれた、いつもの店の焼き立てのハニーベリータルトが二つ握られている。
「……お前は相変わらず、王妃になっても下町の菓子が一番なのだな」
リヒャルトは呆れたようにため息をつきながらも、愛おしそうにレイアの隣に腰掛けた。
レイアはタルトを一つ、リヒャルトの口元へと差し出す。
「ほら、一口どうぞ? 今日は宮廷の高級料理ばかりで、お腹が空いているでしょう?」
「……ふん。ならば、成分分析をしてやろう」
リヒャルトは不敵に笑うと、レイアの手から直接、タルトをがぶりと大きく齧った。
サクッ、と小気味良い音が響く。
「どうですか?」
「……生地の焼き加減が甘い。ベリーの酸味も強すぎる。だが――」
リヒャルトはモグモグと咀嚼したあと、レイアの蜂蜜色の髪にそっと触れ、優しく引き寄せた。
「お前と共に食べるこれは……世界中のどの宮廷菓子よりも、格別だ」
「……っ」
ストレートすぎる彼の言葉に、レイアは顔を真っ赤に染めた。数年経っても、彼のこの破壊力抜群の愛情表現には慣れそうにない。
「あ、ありがとうございます……。私も、リヒャルト様と食べるタルトが一番大好きですわ」
レイアが照れ隠しに自分のタルトを頬張ると、リヒャルトはその愛らしい横顔を見つめ、彼女にしか見せない、極上の優しい微笑みを浮かべた。
夕暮れの光が、二人を黄金色に包み込んでいく。
始まりは最悪の衝突と、不器用すぎる嫌がらせの空回り。けれど、幾多の波乱を経て繋がった二人の手は、もう二度と、生涯離れることはなかった。
ここまでお読みいただきどうもありがとうございました。
明日から、後日談2話と番外編1話を更新します。




