074●決戦
夜が明ける。ボレリア軍が布陣を完了している。
我らも戦闘態勢に入っている。
最後の力を振り絞って、閣下のお役に立つ!
不思議に、国家や帝王陛下のためという気持ちにはならない。
だが、同じことだ。
やっと対戦するのだ。
我らの底力を、今こそ見せてやる。
行くぞ!
冬の風が吹く中、両軍は対峙する。
剣士が間合いを計るように。
緊張感が走る。
最前衛を務めるヴァルターの兵は、体力こそ十分ではないものの、
気迫がボレリア軍を圧する。
まさに両軍が激突しようとした、その時、
ラベリアの後方でそれが起きた。
「おい、後ろに食いものが届いたぞ。水もある!」
「やっとか。間が悪いな。前衛は戦闘に入るぞ。」
「もう、わたしは戦えん。この状態では、剣も振れん。」
「帝王陛下は、やはり戦われるおつもりか?」
「ヴァルター将軍は不敗だ。我らが出るまでもあるまい。」
「そうだな、やつならボレリアなど蹴散らすに違いない。」
「わたしは一時的に、後方機動する。すでに話を聞きつけた兵が、動いている。」
「そうだな。あくまで一時的だ。物資を受け取り、すぐに戻ってくればよいのだ。」
それは誰かが呟いた、儚い希望だったかもしれない。
あるいは、戦略的に’誰か’が流した噂だったかもしれない。
しかし、極限状態にあった親衛隊は、さらに極限状態にある前衛を置いて、後退を始めた。
その流れを止める事ができるものは、最早、誰もいなかった。
帝王でさえも。
突撃の号令を発しようとしたヴァルターに、知らせが入る。
彼の後背を守る帝王親衛隊が、雪崩を打つが如く退却を始めている、と。
ヴァルターが唸る。
振り上げようとした手が止まる。
これまでか。
後詰に兵がおらんのか。我が一軍のみでは、戦えん。
兵数もボレリアが優勢となる。
このままでは、全滅を免れまい。
出来ること、
それは、唯、一つのみだ。
ヴァルターは自軍に座れと命じた。
忠実な彼の仲間である兵は、突然の指示にもすぐさま従う。
ヴァルターは、それを確かめると、静かに単騎、ボレリア軍に進んだ。
「ヴァルター将軍だ!」
「猛将、不敗の将軍が来た!」
「何かあるぞ!単騎で来るとは、何かある!」
ざわめくボレリア軍に力強い声が飛ぶ。
「静まれ!よく見よ!敵兵は座している。我らが行く。全軍、座れ!」
ウィルフレッド子爵だ、という兵の声があがる。
彼らは見た。
子爵とラベンダー伯、さらに続く4人の剣士たちの姿を。
戦場のなだらかな高みで、それぞれが馬を降りる。
ヴァルターが大声で言う。
「幸いなるかな、今、ここであなたに会えるとは!勝敗は決した!だが、我々はこのまま剣を投げ出すことはせん!わしと一騎打ちするものはおらぬか!見事にわしを討ち取れば、無条件に降伏しよう!」
将軍は司令官であり、一兵士ではない。
しかし、彼の努力と才能は、老齢をものともせず、
個人としての戦闘能力をも達人の域に達せさせている。
まるで、相手の攻撃がわかるかのような神業。
誰もが知っていた。
将軍の言葉に、ロイが前に出ようとしている。
だめ。だめだ。これは、わたしの戦いだ。
右手で彼を制する。
将軍と会ったことがある。
豪胆な名将だ。思慮も深い。
長年、我が国に攻め入る先陣を切ってきた男。
込み上げる。熱いものが込み上げる。抑えきれない。鼓動が高まる。
わたしだ。わたしがやるのだ。
積年の戦いに終止符を打つのは、わたししかいない!
誰だ!わたしの肩を掴むのは!
ロイ?ロイだ。
見上げる。視線が合う。
君の眼が険しい。お願いだ。行かせてほしい・・・。
君がため息をつく。
そっとわたしの頬に手を当ててくる。
じっと見つめ合う。・・・ああっ、そうか。
怒りや感情に縛られて行くな、ということなのだな。
アリス・ファインがいる。
やはり、わたしを見つめている。
思い出す。あの剣の指導を受けた日々。
そうだ。呼吸だ。深く吸って・・・止めて・・・ゆっくりと吐く・・・。
心の波が収まっていく。・・・ああ、そうだ、そうだったな。
ロイの微笑が穏やかにわたしを包む。
君が言う。
「行っておいで。ウィルフレッ’ド’。その兄上の剣と共に。わたしの心と共に。」




