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048●備えあれば

ウィルフレッドは、濡れた窓越しに灰色の空を見つめていた。

雨は止む気配を見せず、すでに三日が過ぎていた。

大気は怒りをぶつけるように唸り、地面は水に飲まれていく。


「君の言った通りだ・・・。」

‘彼’は静かに呟いた。

ロイの予測は、いつも冷静で正確だ。

だが、今回はその正しさが胸を締めつける。これは、災害になる。

そう確信し、ウィルは机に広げた地図に目を落とした。避難経路、物資の集積所、仮設住宅の配置・・・。そう、準備していた。だがこれで、本当に、すべての命を守れるのか?

王都ヴァルミラは、エンジェラムとの技術提携によって排水設備が整っている。

だが、地方は違った。護岸工事も途中だ。

何度も予算を要求し、工期の短縮を訴えた。

宮廷での諸侯・大臣の理解は進んだ。だが・・・。


「もっと早く、強く言うべきだったか・・・。」

後悔が込み上げる。しかし、今は振り返る暇などない。

避難勧告はすでに出された。行政の長や貴族たちが、住民を説得してくれた。

避難は始まっている。それだけが、救いだった。


「追加の救援隊を出せ。貴族たちにも支援体制に入らせろ。・・・もう動いている?さすがだ。ラベンダー伯爵には連絡済みだ。エンジェラムからの物資の補充と輸送を進めよ。私も現地へ向かう!」

その声には、迷いはなかった。

それは、もはや貴族としての責務ではなかった。

一人の人間としての、揺るぎない決意だった。


雨は容赦なく村に降り続く。現地採用のデニムは、ずぶ濡れになりながら、奔走していた。

避難勧告を出したとき、住民の多くは戸惑い、動こうとしなかった。

「家を離れるなんて・・・。」

降りしきる雨の中、水かさが増す川を不安気に見ながら、それでも彼ら彼女らはためらっていた。

「本当に危ないのか?」

その声に、デニムは何度も頭を下げ、言葉を尽くした。

「命が第一です。どうか、信じてください。」


ようやく住民たちは動き始めた。だが、デニム自身は村を離れられなかった。

最後の一人まで見届ける。それが、自分の責任だと思っていた。


「王都に使者を送れ。三人一組で行け。必ず無事に辿り着け。残った住人はいないな?残念だが、我々もここを撤収する準備に入るぞ。王都へ向かっている住民たちは、大丈夫だ!あのウィルフレッド・アンダーソン子爵が道中の安全と物資の提供を約束してくれているんだ!命が何より大切だ。涙を拭け。よくやった!行くぞ!」

行政代官の声に、デニムは思った。自分たちは、やるべきことをやったのだ、と。


若い母親のリナは、子どもを抱きしめながら、仮設の橋を渡っていた。

川は増水し、元の橋は流されていた。

だが、救援隊が何本もの橋を架け、誘導してくれている。

「もう少しだよ、がんばろうね」

冷えた体に、救援隊員が毛布を渡してくれた。雨を弾き、身体の水分を吸い取り、内側はすぐに乾く。

温かい。涙が出そうだった。


仮設住宅に着いたとき、リナは驚いた。

家族ごとに一棟、二部屋。’シャワー’というものから温かいお湯、清潔なトイレ、壁の’蛇口’から出る水。

子どもは歓声を上げ、光るボタンに目を輝かせた。

「お母さん、ここって・・・魔法のお家なの?」

「そうね。王都の人たちが、助けてくれてるのよ。」

後は遅れてくる夫を待つことにしよう。リナの心に希望が湧いた。


だが、仮設住宅はすぐに満杯になる。押し寄せる避難民は立ち尽くした。

「どうすれば・・・。えっ、ここに入っていいの?これ、貴族様のお屋敷じゃ・・・。」

「そのまま入れ。靴も体も泥だらけ?全く問題ない、構わん。気にするな。」

当主の言葉に、人々は涙をこぼした。

自分たちは見捨てられていない。

それだけで、胸がいっぱいになる。


晴れ間がのぞいたその日、王が慰問に訪れた。

抱えきれないお菓子を持って。

民は驚きの声をあげる。

「陛下が・・・王様が自ら・・・!」

王は笑顔で、子どもたち一人ひとりにキャンデイを渡しながら、頭を撫でる。

そんな時に、急な伝令が駆けつけた。

「ラベリアからも避難民が来ている?直ぐに受け入れよ。どこも満杯?余の城があるではないか。ウィルには事後通達でよい。全ての部屋を開放せよ。必要なら、謁見の間や、わたしの執務室も、だ!食糧、衣服、その他の物資も、惜しみなく与えよ。」

王の瞳には強い光が宿っていた。

「高価なものがある?構わぬ。人の命に代えられるものなど、どこにもない。王族の衣服であろうと、足りなければ使えばよい。ためらうな!」


それは、確かに大災害だった。

だが、その凄まじい物的損害にもかかわらず、死者は一人も出なかった。

復興は避難した民衆と兵士や貴族、全ての者たちで、迅速に進められた。

短期間での原状回復に、誰もが驚いた。

ウィルフレッドとロイを除いて。

ふたりにとって、それはただ、次への序章に過ぎなかった。

ところが、肝心のふたりに、その自覚はなかった。

この時には・・・。やれやれ。


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