11 視察と事件
「ジェイド、あれはジェイドの万年筆の雰囲気に似ていないか?」
道に立ち並ぶ露店を見ていると、ガラスのアクセサリーを扱うお店を見つけた。色とりどりのガラスのアクセサリーが並んでいてとても綺麗だ。店主は頭に薄汚れた布を巻き、ヨレヨレとした襟口の服を着て、袖口を腕まくりしてこの繊細なアクセサリーとは真逆のような身なりの若い男性だった。
「ガラスアクセサリーを扱っているようですね……」
ここまで歩いて来た感じ、ここの商品は少しお高いようであまり人はいなかった。
(少し高めの物を売るなら、もう少し身なりを整えた方が信頼されそうだけど……)
そんなことを思っていると、男性が軽い感じで声をかけてきた。
「お? いらっしゃい!! 好きな子へのプレゼントにどうだい? イイ感じだろ? これでも結構ギリギリの値段でさぁ~~赤字一歩手前……それなのに、売れない……悲しい……」
店主が言うように物はかなりいいので、売り方を変えれば確かに売れそうではある。
露店で売るには向かない商品だと思えた。
「好きな子へのプレゼントか……」
ランベール殿下が声を上げた。
私はランベール殿下の呟きが意外で思わず殿下の顔を見つめてしまった。
(……好きな子……その言葉に反応するってことは、ランベール殿下にはもしかして好きな人がいるのかな?)
なぜだろう、少しだけ胸に黒いモヤがかかった気がした。
だが、12歳と言えば好きな人がいることも普通だ。
それなのになぜ、私は暗い気持ちになったのだろうか?
好きな人がいるなら教えてほしかったと薄情だと思ったのだろうか?
それとも、自分は全く恋愛とは無縁の状況なので羨ましく思ったのだろうか?
ランベール殿下との時間を他の人に取られそうに感じて寂しく思ったのだろうか?
いずれにしてもとても我儘で自己中心的な思いなのでそのことは考えないことにした。
私が自分の醜い感情にフタをしようとしていると、店主がニヤリと笑って私たちを見た。
「ふっふっふ~~お兄さんたちみんな綺麗な顔だしモテるでしょう?」
アルフレッド殿下が首を傾けた。
「モテるとはどういう意味だ?」
店主は驚いた後に笑いながら言った。
「あはは、悪い。最近王都に来たのかい? モテるっていうのは……そうだな……人に好かれやすいって感じだと思ってる。あ、待てよ? 猫に囲まれてたヤツが『モテるな~~』って言われてたから、生き物に好かれやすいってことかもしれない。まぁ、俺も最近戻って来たからそこまで詳しくはないんだけど……ははは~~使ってみたかった? って感じ?」
ランベール殿下が不思議そうに尋ねた。
「どこに行っていたのだ?」
「ああ、俺はダリア国で修行してこの国に戻ってきたばかりなんだ。裏通りに工房がある。好きな子へのプレゼントしたい時には相談に来てくれよ。最近貴族様からも注文を受けたんだぜ!! おかげですごっく助かった。貴族様、感謝だぜ!!」
ダリア国は確か、この国の北に位置する国だと思う。
商品を見る限りかなり腕は良さそうだ。
(この人のお店の名前知りたいな……)
私がお店の名前を尋ねようとするとランベール殿下が口を開いた。
「なるほど……では貴族を相手に商売をしてはどうだ?」
店主はしゅんと肩を落とした。
「お兄さん、俺みたいなヤツが貴族様に繋がりなんてあるわけないだろう? 先日来て下さったお貴族様も、なんでも鉱石関係の方みたいで色んな工房を回っている方だって言ってたからな~~」
アルフレッド殿下が口を開いた。
「なるほど、確かに貴族の多くは既存の商人に目利きを任せている家ばかりだ。新参者が渡りをつけるのは困難かもしれないな……だが、裏通りの工房まで視察するような熱心な者がいるのか……」
アルフレッド殿下が考え込んでしまった後に、ランベール殿下が口を開いた。
「店主。工房の名前は何だ?」
店主は眉を寄せながら答えた。
「店の名前?? そんな物考えたこともないな。25番通りの裏のガラス工房だ。俺はトミーっていうんだ。トミーのガラス工房って言えばわかると思うぜ」
貴族が通うような高級な店には名前があるが、一般的には店に名前を付けることはないのかもしれない。
「25番通りの裏か……名前はトミーだな」
アルフレッド殿下が呟いた。アルフレッド殿下が覚えたのであれば安心だ。
三人でガラス工房の店主と話をしていた時だった。
近くで声が聞こえた。
「泥棒!! 誰か~~!!」
アルフレッド殿下とランベール殿下は瞬時に顔を上げると辺りを見回した。
「あいつか!!」
そしてランベール殿下が走り出した。
「待て、ランベール!!」
そしてアルフレッド殿下もランベール殿下を追って走り出した。
私も当然アルフレッド殿下と一緒に走り出した。
人波をぬうように、ランベール殿下の背中を追ってひたすら走る。
露店が並ぶ道を抜けて、市民が憩う広場を抜けて……
そして気が付けば、人気のない場所に来ていた。朽ち果てた家屋に、汚れた道、壊れて投げ捨てられた道具。
(この辺りは、マズイ!!)
明らかにこの辺りは治安の悪い地域だろう。
「しまった、ランベール!!」
アルフレッド殿下が遠くを見ながら声を上げた。アルフレッド殿下の視線の先を見ると、ランベール殿下が数人に囲まれていた。
ランベール殿下はナイフを出した男に向かって腰に下げていた護身用の木刀を構えていた。
私たちくらいの年齢の子供が剣を持っていると不審なので、木刀を持っていたのだ。もちろん短剣が木刀の中に仕込んであるので、木刀が折れるとこはない。
「俺たちだけでこの人数を捕らえることは無理だ。ジェイド、私は憲兵を呼んで来る」
アルフレッド殿下は、状況を見てすぐに広間へ向かって走った。
「わかりました!!」
私は全力でランベール殿下の元に走った。
そして、ランベール殿下を囲んでいた男たちの背後から近づき、短剣の仕込んである木刀を振り上げた。
――いいか、何かあったらここを狙え。
これまで団長デニスからの剣術修行で聞いていた、人体の急所を狙う。
「ぐわっ!!」
どさりと、人が地面に倒れた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
自分の息を吐く声がやけに大きく耳に入る。
全身に心臓があるように身体全体で脈を打っている。
足は震えるし、人を攻撃した腕には電流が走ったような鋭い痛みを感じて、木刀を掴んでいるのがやっとだ。
(う……人を攻撃すると……自分も……痛いんだ……知らなかった……)
人を攻撃した反動での痛みと、本物のナイフが目の前にある恐怖。
怖い
逃げたい
怖い
逃げたい
私の心の中には恐怖が渦巻いていたが、心とは裏腹に身体は逃げることを選択しなかった。
「何者だ!!」
ランベール殿下を囲んでいた男たちが、一斉にこちらを見て声を上げた。
「ジェイド!! バカ、逃げろ!!」
ランベール殿下が真っ青になりながら叫んでいた。
足は震えるし、怖くて吐きそうだし、正直すぐにでも逃げたい。
「バカは、そっちです!! 逃げる時は一緒に決まってるでしょうが!!」
元々ランベール殿下を囲んでいたのは5人で、デニス隊長の指導のおかげで一人が地面に倒れたのであと4人。
向こうは二人ずつ攻撃することにしたようだ。
(あの二人はランベール殿下に任せて、こっちの二人に集中しよう!!)
私は、木刀を握りしめて二人への攻撃の機会を待っていると、先に一人がナイフを構えて向かってきた。
「うわっ!!」
直前で避けてナイフの男を交わしたが、もう一人の男性に利き手ではない方の腕を攻撃された。
「ガキが!!」
その瞬間、私の着ていたお忍び服が破れて、カランと何かが飛び出したと同時に鮮血が見えた。
焼けるような痛みと共に真っ赤に染まる服。
「くっ!!」
(しまった。腕……やられた……)
痛む腕を気にする暇もない。
「すばしっこいヤツめ!!」
男が再び私に向かって来た。
もう、団長に教えてもらった剣の形を保つことはできない……
だが……
絶対に……負けられない!!
(どうする? 考えろ、考えろ。右手はまだ生きてる!!)
私は懸命に攻撃を避けながら反撃方法を考えた。
絶対絶命の状況だというのに、私の頭は意外と冷静に機能していた。
(ナイフさえなければ……とりあえず死なないんじゃない?)
殴られれば絶対に痛いに決まっている。
だが、ナイフで刺されたりしなければ生きられるのではないだろうか?
捕まえるのはあきらめて、逃げることを意識を向けよう。
(ナイフさえなんとかすればいい!!)
「これで、お遊びは終わりだ!!」
逃げ場がなくなりそうになり追い詰められた時、男がナイフを振り上げた。
(ナイフを無効化、ナイフを無効化……もう、これしかない!!)
私は木刀を右手に持ち、テニスボールを打つように構えた。木刀はラケットほど接地面は多くはないけれど、何度も何度もラケットを振って練習していた。
感覚は覚えている。
男の手がずっと見てきた黄色のボールとダブって見えた。
(絶対に決める!! ダウンザライン!!)
私はおもいっきり木刀をラケットのように振りぬいた。
「ぐわっ!!」
木刀は男の手に命中して、男の手からナイフが落ちて地面に転がる。
私はそれを素早く、遠くに蹴り捨てた。
「こいつ……素人のくせに!!」
確かに剣は素人かもしれない。だが、テニスは小学5年生から高校卒業まで続けた。
何度も何度も素振りをして、鋭いサーブを打つために、コートの四隅を狙えるようになるように毎日毎日練習した。
そんなテニスで培った精神力とコントロールは、今の私を助ける唯一武器。
私はもう一人の男のナイフを持った方の男も拳を狙った。
「当てる!!」
木刀は無事に男の拳に命中してナイフが地面に転がり落ちた。
そして、そのナイフは……
「ジェイド!!」
憲兵を呼んで来てくれたアルフレッド殿下たちの前まで滑るように移動した。
(アルフレッド殿下が……来てくれた……)
ほっとした私は左腕の痛みを思い出して顔を歪めたのだった。
《注意》
このお話は、テニスをケンカに利用することを推奨しているわけではありません。
様々な経験が自分を助けてくれるよ、という感じのことを表現したかったに過ぎません。
スポーツはルールを守って楽しむことを推奨しております。
たぬきち25番




