12 王子たちの後悔と決意
ランベールは、自分の行動を心から悔いていた。
盗人を捕まえるためとはいえ、今の自分の状況を何も考えずに走り出したためにアルフレッドとジェイドを危険に巻き込んでしまった。
ランベールは町外れまで盗人を追い詰めたが、どうやら男には他に仲間がいたようで、気が付けば五人の男性に取り囲まれてしまった。
思えば訓練の時はいつも一対一、しかもお互いに対等な条件での訓練しか経験がなかった。だから、騎士団でもかなり腕が立つと言われているデニス隊長に指導を受けているが、複数人でしかもナイフを持った五人組みを相手にすることなど無謀過ぎたのだ。
ジェイドが来てくれなければ確実に自分の命はなかっただろう。
――ランベール!!
ジェイドのおかげで自分一人で相手をする人数は減ったが、それでも二人の男たちの攻撃を防ぐのはかなり大変だった。アルフレッドが憲兵と共に現れた時。これまで感じたこともないほど安堵した。
ランベールの方が広場に近い位置で戦っていたので、先に憲兵に賊が取り押さえられた。
目の前の男たちが憲兵に取り押さえられる姿を見て、ランベールは辺りを見渡した。
(ジェイドは? 無事か!?)
ランベールは必死で辺りを見回した。そして少し離れた路地の前でアルフレッドの声が聞こえた。
「ジェイド!!」
どうやらジェイドはここから追い詰められて路地まで逃げたようだった。憲兵の姿も見えるが、彼の無事をいち早く確認したかった。
「ジェイド!!」
ランベールも立ち上がって、走ろうとした時だった。
「これ……は……」
足元に陽の光を浴びて輝く美しい青色が見えた。
ランベールは地面に膝をつけて、その光を集める物を手に取り顔を歪めた。
――私の誕生日に兄がくれたのです。どうです? 素敵でしょう?
ジェイドの弾んだ声と嬉しそうな顔を思い出す。
(これは……ジェイドが兄から貰ったと言っていた万年筆……)
万年筆は、ガラス部分が割れて砕けてしまっていた。
インクが流れて道を汚している。
ランベールは胸のポケットから真っ白に洗われしっかりとノリが付けてあるハンカチを取り出すと、砕けた万年筆の欠片を集めた。
そして大切にポケットに入れた後に、地面にインクではない赤い染みがあることに気付いた。
(赤い染み……? これは、なんだ?)
咄嗟に赤い染みの正体がわからずに考えて顔を上げた。
その瞬間、恐怖で全身の血液が冷たくなって行くのを感じた。
「もしかして!!」
顔を上げると、憲兵に支えられて鮮血に染まったジェイドの姿が見えた。
「ジェイドォォ~~~!!」
ランベールはこけそうになりながらも必死でジェイドの元に走ったのだった。
◇
「ジェイド!? ケガをしたのか!?」
憲兵に賊の男たちが囚われた後に、アルフレッド殿下の泣きそうな声が聞こえて、痛む腕を押さえながら顔を上げて返事をした。
「……はい」
服が切れて傷口が見えているし、血で赤く染まっているので誤魔化すことはできない。
私が返事をしている横で、憲兵がアルフレッド殿下に向かって声を上げた。
「殿下、少々失礼します、まずはご友人の応急処置が先です」
「ああ」
アルフレッド殿下はすぐに私から離れた。
私は駆けつけた憲兵から応急処置をしてもらった。
「このまま病院にお連れいたします」
憲兵に支えられて、私が路地を抜けるとこっちを見ながら不安そうな顔をしているランベールが見えた。
「よかった……ランベール殿下は無事だった……」
思わず呟くと、側についてくれていたアルフレッド殿下が「ああ。無事だ。ジェイドのおかけでだ」と涙を流していた。
「ジェイドォォ~~~!!」
私の名前を呼びながら必死で走るランベール殿下を見てさらに安堵した。
「走れるのなら、ケガもなさそう……」
そして私はランベール殿下が無事だったことに心からほっとして、そのまま抱き上げられて近くの病院に運び込まれたのだった。
◆
町の小さな古びた病院の待合室に、ここには大変不釣り合いの高貴な二人組が座り、重苦しい雰囲気で診察室を見つめていた。待合室の椅子は壊れてしまいそうなほどガタガタと揺れ、壁には染みや汚れが目立つ。
そんな場所で二人組の一人、アルフレッドが重い口を開いた。
「私の責任だ……お忍びで町に行こうなどと言ったから……」
するともう一人、隣に座っていた男ランベールが悔しそうに口を開いた。
「いや……視察だけなら危険はなかった……私が何も考えずに走り出したから……フレッドやジェイドの安全が第一だったのに……」
その後、重い沈黙が二人の間を支配した。
窓の外では楽しそうに駆けまわる子供たちの声が聞こえていた。普段ではなんとも思わないであろう元気そうな声に妙に罪悪感を搔き立てられた。
沈黙を破ったのは、ランベールだった。
「ジェイドがいなかったら……私は生きてはいなかったかもしれない」
それを聞いたアルフレッドが顔を上げて泣き出しそうな顔でランベールを見た。
言葉にはできない。
――後悔と言う感情に吞み込まれる。
しばらくランベールを見つめた後に、アルフレッドがゆっくりと口を開いた。
「もしもジェイドがケガのせいで生活に支障があるようなら……私は生涯ジェイドを側近や秘書……どんな形でも側に置くつもりだ」
するとランベールが凄い勢いで立ち上がり、その反動でギシギシと言っていた脆い椅子が壊れた。
だがそんなことを気にする余裕もないほど、ランベールは必死な顔で言った。
「俺がジェイドの側にいる!! ……生涯……ジェイドの側に……悪いがそれだけは……フレッドにも譲れない……だって……どう考えても……俺のせいだ……」
アルフレッドを見下ろしながら、必死な形相のランベールを見てアルフレッドは驚いていた。
いつも穏やかで冷静なランベールのこんなに必死な姿は、彼の両親が事故で亡くなったと告げた時でさえ……見たことがなかった。
アルフレッドは驚きながらも慌てて口を開いた。
「そんなことはない……私だって同罪だ!! 私にだって……責任がある……」
ランベールは、はっとしたように小声で言った。
「悪い。だが……フレッドは王族だ。側に置く者を自分で決められるとは限らない」
アルフレッドは眉を寄せながら立ち上がると、ランベールを睨みながら言った。
「何度も言うが、ランベール。お前だって王族だ。私の弟なのだからな!! いつになったら私の弟だと……家族なのだと自覚するのだ!?」
ランベールはアルフレッドから視線を逸らしながら「……そんなつもりで言ったのではない。悪い……」と呟いた。
そんなつもりで言ったのではない、ランベールはアルフレッドにそう言ったが、ランベールはいつも自分と距離がある。両親が他界し、国王であるアルフレッドの父に引き取られてからランベールは……全く笑わなくなった。
それがアルフレッドにはどうしようもなく寂しいと思えた。
だから、ランベールが少しだけでも一緒に話をしたと言って楽しそうな表情が見れたジェイドを城に呼んだのだ。少しでもランベールが、昔のように笑ってくれるように……
ジェイドは不思議な男だった。
弱そうに見えて、とても強い。
だからつい本音も言えるし、立場を忘れて、甘えてしまうのだ……
今では、アルフレッドもジェイドとランベールと三人で過ごす時間を何よりも大切だと思っていた。
アルフレッドはランベールを見ながら言った。
「当面の間……二人でジェイドの側にいよう。それにジェイドだってやりたいことや、夢があるかもしれない」
ランベールは静かに頷いた後に言った。
「そう……だな……ジェイドの意思を尊重しよう……だが、ジェイドが自分の意思で俺たちの側を離れるまでは……一緒いにいる」
「ああ」
二人は頷き合った後に、再び病室を見つめたのだった。




