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前編

今回もハッピーエンド短編です!

創世の女神は、世界を己の綺羅星の針と太陽の糸で縫い上げて、作り上げた。

そんな創生神話は全世界共通と言っていいくらいのもので、この国でも、裁縫は貴ばれている。そのため、花嫁選びの基準として、裁縫上手という物が第一条件と言われるほどである。

この基準は王族でも変わらず、齢十八の王子の誕生日に、国中にとある御触れが出されたくらいだった。


「国一番の裁縫上手を、第一王子の正妃とする。最も素晴らしい婚礼衣装を仕立てた娘を、第一王子の正妃とする!!」


この御触れに国中のうら若き乙女たちは沸きあがり、皆己の技量で最高峰の物を作り上げようとした。

裁縫の得意ではない乙女たちは、こっそりと人を雇い、それを作り上げて、何としてでもこの幸運をつかもうとしたのである。

男爵令嬢のリラは、自分の腕だけで、このお触れに挑戦していた。

デザイン画を作り、予算の限りの上等な布地や糸を買い込み、寝る間も惜しんで制作にあたっていたわけだった。

どうしても、王子様の妃になりたかったのだ。

その理由はもう十年以上前にさかのぼり、王子様の特別な七歳の年に、王宮の園遊会で、王子様と少しだけ話した出来事が、忘れられない思い出だったからである。

王子様は綺麗な金髪に、柔らかな青い瞳の色の白い少年だったが、中身はやんちゃな子供そのもので、でも優しい気性だった。

そのため、運悪く引率の叔父夫婦とはぐれたリラが、園遊会の植え込みの陰で心細くて泣いていた時に、お話をしてくれたのだ。

創世神話を楽しそうに話してくれて、リラの涙が止まった頃に、濡らしたハンカチを貸してくれて、彼は笑ってこう言ったのだ。


「泣かないでよ。ねえ、また君と会える日が来るかな? 来るんだったら、その時まで、このハンカチを預かっておいてくれないかな」


「どうして?」


「ふふ、秘密」


にやっとした笑顔の王子様は、リラの叔父夫婦が近付いてくると同時に、慌てた侍従が走ってきたため、そちらに踵を返し、リラにもう一度笑いかけた。


「約束だよ。また会おうね。その時にハンカチを返してね」


「うん!」


……たぶんそれが、リラの初恋だったのだ。優しくて茶目っ気のある王子様。約束のハンカチ。忘れられない甘く優しい記憶になった日だった。


それからのリラは、もともと素質はあると言われていた裁縫の腕を、一生懸命に磨き続けたのだ。

裁縫上手の女の子には、創世の女神様が微笑んでくれるかもしれない、と夢を見て。

そしてお触れが出されたのだ。ハンカチを返すチャンスであり、お礼をちゃんと言う事が出来るかもしれないチャンスでもあった。

そして、好きな人と結婚できるかもしれない、夢のようなお触れだ。

それゆえリラは、本当に寝る間も惜しんで、目の下に色の濃い隈をつくって、食事も寝る事も忘れて、婚礼衣装に取り組んだのだ。

そして、婚礼衣装を王宮に持って行く日の前の夜に、やっと、やっとリラは納得のいく婚礼衣装を縫い上げ、王宮に持って行く前に仮眠をとり、よれよれの見た目を何とかしようと思って、倒れるように眠ってしまったのだ。

……リラは寝不足で油断していたのだ。まさかあんな事をされる日が来るなんて、さすがに思っていなかったのだから。

目を覚ますととっくに空は暗くなっていて、王宮に婚礼衣装を持っていくには遅すぎる時間だった。だがまだぎりぎりに間に合う。今日の十二時の鐘が鳴る前に、持って行けばいいのだ。

リラは慌てて立ち上がり、そして……トルソーにかけていた、自分の渾身の婚礼衣装が、花嫁の物も、花婿の物もない事に気が付いた。


「え、え、えっ!?」


自分は何か間違えたのか。リラは部屋中を探し回り、もしかして両親が馬車にもう運び入れたのかと思い、階段を無作法ながらも駆け下りて、両親のいるだろう居室のドアを叩いた。


「お父様、お母様! いらっしゃいますか!!」


「リラお嬢様? 男爵様と男爵夫人様は、とっくにベルお嬢様を連れて、王宮に向いましたよ」


「……え?」


使用人が、いぶかる声でそう言ったため、リラは固まった。

あの、裁縫の出来ない姉が、王宮に向かった?

そう。リラには年子の姉がいて、この姉は不器用そのもので、更に不真面目で努力が嫌いという、裁縫の練習なんてしない人だった。

そんな姉のベルは、リラの事を根暗だの地味だの貧乏くさいだのと、散々にけなす人で、裁縫自体も


「あんなちまちました事は、使用人にやらせておけばいいのよ! 私みたいな美人は、にっこり微笑めば皆喜んで働いてくれるんだから!」


何て言う人で、その姉が王宮になんで……

リラは固まったまましばし考えた物の、使用人は感心したようにこう言った。


「それにしても、ベルお嬢様は裁縫がお嫌いだとおっしゃっていたのに、あんなに見事な婚礼衣装を仕立てられる技術をお持ちだったんですね! 私、感激しました。真っ白な布の中で、淡い虹色の刺繍がたっぷり施されて……でもその刺繍は光のもとではきらめくんですよ! それにスタイルのなんて素晴らしい事。あんな洗練されたデザインは、長年ここで働いている私の弟の仕立て屋も、見た事がないと絶賛していました!」


「……」


淡い虹色の刺繍。それはリラが、寝る間も惜しんで刺繍糸を何本もより合わせて、色さえ自分で調整して仕上げた渾身の刺繍だった。

光の下で煌くように、特別な蚕の糸までより合わせた、根気強い作業の元出来上がったものである。


「リラお嬢様は、お造りにならなかったんですよね? ベルお嬢様に、リラお嬢様は王子様との結婚なんて恐れ多いから作らない、と言ったと聞いています」


足元ががらがらと崩れ落ちるような気分になった。

それと同時に、どうしてこうなる事に思い至らなかったのだろう、と馬鹿な自分を責めたかった。

姉のベルは、いつでもリラの大事なものを、自分を正当化して奪っていくのだ。

でも、いつも、リラの作ったものを


「貧乏くさいわね。あんたの性根がにじんでるわぁ、こんなの絶対に欲しくないわよ!」


なんて言っていたから、作った婚礼衣装まで奪い取るなんて、予想できなかったのだ。

どんなにきれいな物を作っても、姉はいつでもそう言って、リラを侮辱し続けていたのだから。

しかし、そのろくでもない性質を、ベルは使用人の前でも、両親の前でも絶対に見せない。

いつでも優しく慈愛にあふれた姉という仮面で覆い、子供の頃のリラが理不尽に泣くと、


「リラは少し……甘えすぎだわ。ちょっと正しい事をしただけで、自分の言うように物事が運ばないと、すぐ泣くんだもの」


そう、いかにも心配している姉だという顔で、リラの味方を減らしていったのだから。

口の上手なベルに勝てるわけもなかった幼いリラは、泣いてもわめいても両親に話しても、大事なものは帰ってこないし、自分が悪いという風になるものだから、今までいろいろなものを諦めて来ていた。

でも。

この婚礼衣装だけは、諦めたくなかったのに。

こんな事想定しなかったから、婚礼衣装のはしに、サイン代わりの刺繍何て入れてない。

それがなければ、自作だと証明は出来ないだろう。

まだ体に残る疲労と、絶望で目の前が真っ暗になりそうになったリラは、でも、と一つだけの希望に縋った。

姉が妃になるなら、王宮に行く。何でも奪う姉が、家からいなくなるのだ。

少しはましな環境になるかも……と夢を見たのである。


とにかく、今は体を清めて、もう一度寝て考えよう。寝不足は判断を狂わせるのだから。

リラは使用人に、風呂の手伝いを頼み、身を清めた後、今度は部屋の長椅子ではなく寝台に寝転がり、目を閉じたのだった。





「聞いてちょうだい、リラ! 名誉な事に、ベルが国一番の裁縫上手だって認められたのよ!」


あくる日、食卓で母が興奮気味に話しかけてきた。男爵夫人の母は、心底うれしそうにこう言う。


「裁縫の練習をしなさいって言ってたかいがあったわ! ベルを王子様の妃にさせられるなんてなんて名誉な事かしら」


「私も鼻が高い。ベルは作っている所は見せないが、出来上がった物は皆感心する腕前だったからな」


「ふふふ、お父様もお母様も、ほめ過ぎですわ」


食卓での三人の会話に、リラは問いかけた。


「おめでとうございます。お父様もお母様もお姉様も、昨晩はきっとたくさんの人たちからうらやましがられたんでしょうね」


「無論だ。特にベルをよこせと言っていた伯爵家の人間たちは、悔しそうでな! あんな奴らにうちの美しいベルを差し出せるか。といつも思っていたんだからな」


「お友達皆に、お祝いされたのよ」


「私も。皆におめでとうって言ってもらえましたわ」


父も母もベルも、嬉しそうな顔を隠さない。この調子なら聞いても大丈夫そうだ。

リラは問いかける事にした。


「お姉様はいつ、王宮に入り、婚礼の準備を行うのですか?」


「王族の結婚式は、毎回創世女神の祝祭の日と決まっているんだ。色々な手順をベルも覚えなければならないから、三日後には王宮に向かう事になっている」


父男爵が答える。三日後か、と思ったリラは、ベルの言ったこの一言で凍り付いた。


「ねえお父様、リラも連れて行っていいでしょう? リラはお友達も少なくて、国の乙女たちが皆頑張っていた婚礼衣装づくりもしない子ですもの。王宮で磨かれて、花嫁修業をした方がリラのためですわ」


「そうね、それがいいわ」


「確かに、部屋にこもりっきりだったのに、リラは何も作らなかったのだからな」


「わ、わたしは……」


リラが引きつった声でそれを否定したくても、ベルはいつもの視線をリラに向けて来て、リラは何も言えなかった。

その視線とは、

≪黙っていないとあなたの大事なものをたっぷり壊してあげる≫

という脅しの視線で、これに逆らうと大事な物は本当に壊されてきた過去があるため、リラは黙るほかなかったのだった。



そして、ベルのお付きの者として、リラは王宮に向かう羽目になったのである。

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