72話
コスプレ対決ではなく、格闘物になっちゃうのか?
どうぞお立ち合い下さいませ~。
「ブッタよ、こちらから行かせてもらう!」
張り詰めた空気の中、先に動いたのはアラベスクカズキの方だった。
ふたりの舞闘士はしばらく無言で対峙していたのだが、その間に結構な数のギャラリーがぐるり周りを囲って来ていた。
そろそろ動きが欲しいなという絶妙のタイミングでカズキが打って出たのだ。
「うおおおっ!」
素早く数歩前に出て、右の拳を大きく突き出す。
「フッ」
ブッタは半歩横に上体を反らせ、最小の動きで難なくかわす。
アラベスクカズキは、主人公に殴りかかって避けられたチンピラの如くつんのめった。
が、もちろんこれは見せかけ。
カズキは勢いそのままにクルリ反転、踏み込んだ右足を軸に後ろ姿から側面を見せる。
そこから上半身を沈ませ、左踵を相手の顔面へと突き出した。
半ば逆立ちのように体を倒し、下から上への速く強烈な蹴りを放ったのだ。
しかしブッタは鼻先で、それすらも簡単に避けてしまう。
「「「おお~っ」」」
まるでダンスの様な攻守の動きに、観衆からは感嘆が漏れる。
「フン、カズキよ。そよ風だな」
「ぬかせ」
カズキは素早く跳び退き、前と同じ距離をとる。
おわあああ、正しくカズキとブッタだよ~っ。
実物……いや、実写版だああっ。
僕は食い入るように2人を見詰めた。
「成る程、回し蹴りだと寸止めしにくいから突き上げたのか」
「でしょ、でしょ、これは名シーンの再現でスッて」
すぐ後ろの人が大きい声で喋っている。
「うん、その様だな」
「そうッスよ、揉め事ナンかじゃないッスよ」
声の感じで大人の男性だと思う。
おじさんと、もう片方は若そうだ。
何でこう、おじさんの会話って声大きいのかな?
(もう! こんないい所で邪魔しないでよ)
そう思い、僕はチラリ振り返った。
警備員が2人居た。
「ああああああ、あの、これはデモンストレーションでして……」
横のなつきも同じく気付いて、即、対応する。
「く、組手なんです。本気じゃないんです。経験者なんです!」
僕も弁明する。
「らしいねえ。
実にいい動きだよ2人とも。空手?」
「いえ、たしか古武術とか」
おじさん警備員の反応は柔らかい。
僕は心の中で胸を撫で下ろす。
どうやら格闘技好きな人らしい。
「おおっ、佐藤さんも古武術じゃなかったスか?」
「やめろよ鈴木、俺のはそんな大層な物じゃない。
一応柔術だが……言っても誰も知らんよ」
中年警備員佐藤さんは格闘技経験者の様だ。
若くて軽そうな鈴木さんは後輩の警備員みたい。
おじさんの方は40代位で温厚な顔立ち。でもがっちりした体つき。
その先輩警備員佐藤さんは僕らに体を向けると、
「ここはブース外でみんなのスペースだけど、そんなに厳しくしてないからね。
暴力行為とかじゃなさそうだから大丈夫だよ」
と言ってくれた。
いい人だ。
「すん止めと言ってましたので、暴力は振るわないと……」
僕は念押しとばかりにそう言うと……
バキッ!
アラベスクの聖衣の肩当てが吹き飛び、カタカタと床に乾いた音を響かせる。
自ら後ろに跳んだカズキの元居た場所には、片足を斜めに上げた状態のブッタ。
「蹴りとは、こう舞うのだ」
「むうっ」
ひええええええ!
当てちゃってるよ、この人。
すん止めって言ってたじゃないかあっ。
「こ、これは」「そ、その……」
僕となつきは恐る恐る警備員のおじさんを見た。
現行犯逮捕、じゃなく、強制終了?
心配する僕らに、だがおじさんは微笑んでくれている。
「ははは、女の子には刺激が強いか。
寸止めとは言っても全く当てない訳じゃないんだ」
「「えっ?」」
「今のは相手が受け流すのを分かって当てている。
寸止めはダメージを当てないって事なんだ」
「「「おおーっ」」」
説明を聞いて、周りの人間が思わず声を漏らす。
見るとおじさんはその反応にご満悦といった感じ。
解説が好きなのだろう。
正直、普段の生活ではウザいタイプだけど、今は実に助かります。
僕もなつきも格闘技は、ちんぷんかんぷん。
ここで詳しい解説を貰えるというのは、僕にもコスプレ部にもありがたい。
でもおじさん、僕となつきは女じゃないですよ。
舞闘場では軽く数度の応酬があり、またも離れ2人は先程と同じ間合いをとる。
「それにしても、あまり古武術って感じじゃないな。
どちらかと言えば、ボクシングや空手みたいな……」
舞闘士のバトルを観ながら解説おじさんが呟いた。
そういえば最初、空手の経験者かと聞いてた様な。
「古武術とは違うんですか?」
なつきがおじさんに質問する。
なつき、おじさん、喜んじゃうよ。
まあ、僕も知りたいけど。
「うん、俺のは柔術だからちょっと違うかも知らんが。
ああいう派手な殴り合いというのはね」
おじさん、やはり嬉しそう。
「古武術は戦場の組討が元になってるだろうからね。
本当はもっと地味なんだよ」
「組み打ちって、組んで打ち合うんスか?」
と鈴木さんも聞いてきた。
「組討ってのはな、相手を組み伏せて首を掻き切る事だよ。
鎧兜を着込んだ武将は得物だけでは討ち取りにくいんだ。
止めを刺す半分以上は、押さえ付けて、鎧通しでこう首を」
「おえ~っ」
おじさんは待ってましたとばかりに身振りを付けて力説したが、返ってきたのは車に轢かれた蛙みたいな声でした。
僕らもちょっと鈴木さんに近い感想。
でも今やってんの古武術とは違うんだろうなあ。舞闘士だし。
バキイイイ!
またもや大きな衝撃音が会場に響く。
見れば2人、先刻の変則回し蹴りをお互いに放ち、高く足を上げて交差した状態で静止している。
「フン、カズキよ。舞闘士に一度見た舞は通用せん!」
「む、むうっ」
キャッ、キャアアアアーー!
もう古武術やら蘊蓄やらはどうでもいい。
カズキ、ブッタ、本物だああ~。
「ブッタ……一番仏に近き男。
やはりお前には、この命棄てねば勝てん!」
「ほう、勝つ気でいるのか、カズキよ」
2人飛び退って距離を取るが、カズキは今までより1メートル、2メートルとさらに下がる。
そしてピタリ動きを止めると、深い呼吸音を響かせた。
「むむっ、空気が変わった。仕掛けるぞっ!」
おじさんもノリノリだった。
平川君がやたらとむうっ、むうっ、とうるさいですが、これはカズキの真似をしてるのです。
彼なりに役に近付けているようです。
不器用ですけど。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
次話もどうか、よろしくお願いいたします。




