70話
ああ、今日、平成が終わります。
この作品世界の翌年から始まる平成がです。
何か胸を風が吹いてくなあ。
僕となつきはダイヤ先輩の指示に従って、稲月高校演劇部のブースを偵察する事となった。
形的には部長命令みたいなものだが、元々僕は個人でも行こうとは思っていたのだ。
それに今日、ダイヤ先輩は漫研部長ではありませんから。
横暴な先輩の命令って事で。
チラと、隣を歩くなつきを見る。
不安気で、あまりいい表情ではない。
やはりなつきにとって、ともかちゃんは特別な存在なのだろう。
好きとか嫌いとか、お互いの恋人がどうだのとか、そういう物とは違う感覚なのかもしれない。
「もう燐光寺もいないんだからさ、仲良く交流できないのかな」
僕は素直な気持ちを口にしてみる。
僕としては、ともかちゃんと競うより、一緒に楽しめた方が嬉しいのだけれど。
「うん。
僕も別に稲月高校の人とわざわざ対立したくはない、けど」
「けど?」
「楽しく競い合う事が出来ればな、とは思うかな」
前向きな意見を言っているのに、そんな淋しそうな顔をしては。
そうだよね、ダイヤ先輩達の関係もあるし、そう簡単にはいかないのかな。
あれこれ考えながら前を進んでいると……
僕らのブースから反対側というか、会場案内図だと中心点を挟んだ向かい側。
丁度そんな位置に当たる場所に、ちょっとした人だかりが出来ていた。
もうこの時間ーーお昼も2時を過ぎてくると、数時間前の熱狂はすっかり醒めて大人しくなる。
通路も空いてきて、さっきからなつきとも並んで歩いている。
それがそこの空間だけ、時間を少し巻き戻した様になっている。
「通路いっぱいにならないで下さい」
あっ!
お客の整理をしている子に見覚えがある。
「あの女の子、確か……」
なつきも気付いたらしい。
「うん、稲高の1年部員だ」
どうやらこの混雑は、稲月高校演劇部が原因らしい。
目に付いたとき、何となくそんな気はしたんだ。
おそらく稲高というよりも、ともかちゃんが原因なのだろう。
「ミチヨ、あれ」
なつきが僕の腕を掴んだ。
ああっ、僕も気付いた。
人垣の隙間から見えた稲高のブース。
長机の奥に簡単なセットが作ってある。
人形劇みたいな囲いを、カーテン2枚で閉じている。
そのカーテンは岩を描いていると、分かっている人にはイメージ出来る程度の完成度。
でも今ここに集まっている連中は、僕らを含め皆それが何か分かってしまう。
「「天の岩戸だ!」」
これは天馬の作中で、岩戸に引き籠った女神に出てもらう為、天馬と舞龍が舞闘を行う。
激しい演舞の末、閉じられた岩から光が漏れだし……
遂に姿を現した志織さんは、女神の聖衣に身を包んでいた。
志織さんがアマテラスとして威を示す、作品前半で屈指の名シーンなのだ。
ブースに置いてあるラジカセから、天馬のサウンドトラックの1曲が流れる。
舞闘士の舞闘シーンでよく流れる曲だ。
するとブース脇の十字路に、天馬と舞龍のコスプレをした稲高演劇部員が飛び出す。
2人の部員は舞闘の曲に合わせて、戦闘を彷彿させるダンスを披露する。
「こ、これって、舞台やってるんじゃ……」
そう、これは舞台だと思う。
前回稲高と競った時、燐光寺に圧倒されたのは演技力だった。
聖教皇になりきった燐光寺の役者の力に完敗したのだ。
ともかちゃんの自信はこれだったんだ。
ダンスを終えた2人は天の岩戸を見つめ、
「おおっ、岩戸が!」
と台詞をはいた。
皆が稲高ブースのカーテンに注目すると。
ゴゴゴゴゴゴ……
まるでそんな効果音が着いている様な雰囲気で、ゆっくりと扉を模したカーテンが開かれる。
そしてそこに立っていたのはーー
神々しい……
作品世界から抜け出し神のオーラを放つ、八重洲ともか演じるアマテラス志織だった。
今日で平成が終わりだというので、あわてて更新しました。
もうちょっと足りない分は次話にて、って感じです。
すみません。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
次話もどうか、よろしくお願いいたします。




