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写ガール 〜神谷結衣の純愛恋写  作者: 瀬賀 王詞
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第1章 8 写真部伝統のフォトバトル 

 五月から既に部活の練習は厳しくなっていた。

 野球部は、六月末から始まる県大会に向けて朝練があったし、昼もミーティングが組まれた。甲子園への道が近くなり、学校は盛り上がりを見せていた。

 内村の失態で沢木が結衣に近づいたことは、当然結衣の口から佐和子と栞には伝わらず、結衣が内村のことを全く話さなくなった訳を、二人は必死に考えた。

「内村には、結衣がその気あること言ったでしょ。だから、結構見てるよ、結衣のこと。でも、結衣は素っ気ないのよね」

「真逆になったわけね。展開としては面白い……」

「まずいでしょ、どう考えても。また結衣が殻に閉じこもったらさ」

 佐和子は大きくため息をついた。

「結衣、どうしたんだろうね……」栞はピッチャーの投球フォームをしながら言った。「別に、暗いわけじゃないのよね。前の元気な子は元気な子、なんだけど。内村との恋はきれいさっぱり忘れたような感じ……」

「内村が、結衣が沢木さんを好きだって勘違いしたじゃん。それ、サッカー部の友達にゆったって」

「大丈夫よ。その友達が沢木さんにそのこと言ったって確証はないんだし。それに沢木さん、いくら結衣だってさ、結衣はまだ子どもっぽいしさ、相手になんかしないよ。沢木さんカノジョいるんだもん、ああ、くやしいっ!」

 佐和子が珍しく感情的になって言った。

「その、沢木さんのカノジョってさ、カノジョたち、なんでしょ?」

「なにが言いたいわけ? 栞……」

「佐和子って、しっかりもんなのにさ、恋愛対象だけは、わたし理解できないわ。沢木さん、イケメンだけど、性格悪いでしょ?」

「『たで食う虫も好き好き』って言うでしょ。ほっといてくれない?」

「なによ、その呪文!」

「わたしのことより結衣よ……」

「内村をもっとけしかければ?」

「デートさせること、できないかしら……」

「内村に言わせればいいのよ」

「栞の意見に賛成するわ。あとは結衣をひっぱり出せばいいわけだ」

「デートをプロデュースか。おもしろそ」


 結衣は、内村が頻繁に視線を向けるのを不思議に思っていた。結衣としては、避けたい視線だった。内村の心境の変化も理解できなかったし、沢木に自分のことを話したことも疑惑としてあった。ただ、恋心はお線香の煙のようにくすぶっており、坊主頭の内村と、元徳寺の御本尊の顔を重ねると、不思議と胸の鼓動が高鳴る。爆発したい何かが心のなかにあるのを感じた。

 放課後の部活。

 写真部は、寺院撮影のフォトバトルの準備をした。フォトバトルは明日土曜日にある。水橋玲奈が結衣に近寄ってきた。

「写真、内村くんに渡した。約束通り、わたしも『営業』やめるから」

 それだけ言って、水橋は離れた。

 結衣は、いつ渡したのか聞きたかったが、見送った。内村が自分の写真を見ている。想像して、顔を赤くした。

 まどか部長が部員を集め、明日のフォトバトルについて説明を始めた。プロカメラマンの胡桃沢誠も来るらしい。どうしてプロが呼べるのかといえば、伝統ある写真部には寄付などでお金が集まる。部費も他の部より高い。現像機があるのも、写真部出身の社長がいるからだ。フォトバトルは、プロだけでなく一般の人も来る。部員だけのイベントにとどまらないらしい。一年生は茶菓などの接待があった。まどか部長が一年生を集めてさらに説明、準備に入った。二年生は看板の準備をした。三年生だけが、部員全員の写真をイベントルームに掲示する作業をした。三年生だけが、フォトバトルの前に全作品を前もって見ることができる。

 

 土曜日のフォトバトル。

 『栄翔高校写真部 第一回フォトバトル・寺院撮影』の看板が校門に立てられた。プロカメラマン胡桃沢誠は、つるぴか頭の持ち主だった。まさか寺院撮影ということで合わせたわけではないだろうが、校長室に案内された胡桃沢氏の笑顔が苦笑いに見えた。

 結衣たち一年は来賓客に湯茶を出し、一般客を案内した。一般客は、イベントホールの写真作品を眺めている。部員の保護者や親戚がいるのだろう。結衣の父と母は、娘が知らせていないので、その姿はない。

 写真作品は、部員が撮影したものから一枚を選び、顧問の雨宮先生にデータで渡す。写真がだれの作品なのか知っているのは雨宮先生だけだ。こんなことをするのは、作品に投票するためだ。部員はもちろん、来賓、一般客が一人一票を投じ、一番を決める。胡桃沢先生の特別賞もあるらしい。結衣は、(ここまでするんだ)と驚いた。さすがに高校は中学とスケールが違うし、伝統部はやることが際だっている。

 一年生は当然二・三年生が受賞すると考えている。しかし一年生が一番になる可能性はある。写真の評価は様々だし、写真には偶然の所産物といった傾向がある。シャッターチャンスをものにした者が勝つ。もし、自分の写真が最優秀賞、審査員特別賞をとったら先輩に目を付けられる。一年生には、こんな不安も多少はある。

 結衣には、そんな不安はなかった。自分の写真が選ばれることはないと信じている。

 フォトバトルは十時にスタート。イベント室の椅子には百名近い人数が座った。写真部二十五名の写真が四つ切りサイズでパネルに掲示されている。結衣たち一年生と二年生は初めて見た。どれがだれの写真なのかわからない。ただ、各自は自分の写真がどこにあるか確認するのみだった。聞いたところによると、掲示場所はアト・ランダムに決めたらしい。部長班、副部長班にも分けられていない。

 篠田副部長が進行を務めた。大人もいるなかで、堂々の司会ぶりに結衣は感心した。

 撮影日、撮影場所等の報告があってから、すぐに投票は始まった。投票時間は十分。わりと短い。写真は寺院や仏像を写したものだから、似た構図が多い。その中から一番を選ぶわけだから、直感で投票するしかない。投票は、写真の下にピンを刺す。赤が来賓、黄色が一般、白は部員と色分けされている。ほぼ全員の写真にピンが刺さった。時間となり、一同は着席した。投票が多かった写真について意見を述べる。上位五位までが入賞。プロカメラマンの胡桃沢氏から批評がもらえる。

 結衣の写真には五票入った。百人が二十五作品に投票するのだから、平均の四票は上回った。一番得票数が多かったのは二十三票。寺院とそぼふる雨を撮した写真だった。投票した人が、投票した理由を述べ、だれの作品か、撮影者が挙手して立ち上がる。簡単にいえば句会と同じだった。最優秀作品は、二年生森啓太の作品だった。二位、三位と同じように続く。五位に水橋玲奈が入った。まどか部長は三位だった。

 胡桃沢氏が特別賞を発表したとき、結衣は驚いた。リボン付のピンが、結衣の写真の下に収まった。

 結衣が撮したのは御本尊の顔のアップだった。ちょうど内村の顔と重なった後に撮した、お釈迦様が笑って見えた一枚。

「二十五枚のなかで、まず目に飛び込んでくるのはこの写真です。見てください、仏像の顔のアップのど迫力」胡桃沢氏は言った。

 仏像のアップは他にも三点あった。しかし、結衣の写真より明るさ、輝度が劣っていた。明るさが作る陰翳の度合いも違った。

「他にもありますが、この一枚だけ明らかに違いますね。陰翳によって、お釈迦様に表情が浮かんで見える。わたしには、これはお釈迦様、つまり仏像の写真ではなくて、つまり単にモノを撮したんじゃない、生きた人を撮した写真……そんなふうに感じたんです」 さすがにプロの写真家だと臨席した一同は思った。いわれてみれば、そのとおりだとうなずく姿が見られた。

「顔だけのアップを撮るのには勇気が要りますね。顔だけだから、単調な写真になる。顔だけを写すからには、被写体に表情がなければならない、その表情を作るのは、被写体だけじゃない……撮影するカメラマンも、表情作りに荷担するんだという、気持ち、心情がなければならない」

 胡桃沢氏は、熱く語った。

 最後に部員が全員整列し、まどか部長がお礼の言葉を述べた。十一時過ぎには閉会。来賓、一般は帰った。写真部は片付けを始めた。入賞した作品と特別賞は校長室・職員室前の掲示板に展示された。水橋が「神谷さん、おめでとう。さすがね」と言った。 片付けが終わってからミーティングがあり、まどか部長が反省点を述べていた。

「総じてレベルが低くなったと、ある先輩から言われたので、もっとがんばろうよ、みんな」と檄を飛ばした。

 雨宮先生は「みんな、ごくろうさん」と言っただけだった。

 ミーティングが終わりかけるタイミングを見て、結衣は「あのう……」と手を挙げた。

「なあに? 神谷さん」まどか部長が言った。

「ひとつ、お詫びしたいことがあるので、いいですか?」

「いいけど?」

 結衣は部員の前に出て、頭を下げて言った。

「実は、わたしが撮影した写真のことですが……」

 結衣は、特別賞を受賞した作品が、土曜日の写真撮影中の写真ではなく、翌日曜日に個人的に出かけて撮影した写真であること。当日は読経会というものがあって、本堂の照明がきれいだったことなどを話した。

「本当ならフォトバトルのなかで弁解すればよかったんですが、タイミングがわかりませんで……ごめんなさい。特別賞は取消をお願いします……」

 結衣は下がった。

 部員から特に反応はなかった。

「ということですが……みんな、なにか意見ありますか?」

 まどか部長が一同に問いかけた。

「正直に言ったから許す」

 三年生の部員が言うとみんな笑った。

「同じ、仏像のアップを撮った他の三人はどう?」まどか部長が言った。

「大丈夫です」

「オッケイです」

「結衣ちゃんには負けました」  

 まどか部長がまとめに入ろうとすると、水橋玲奈が手を挙げた。

「いいですか? 一年、水橋です」

 一同は水橋に向き直った。

「いいよ、どうぞ」

「わたしは、やっぱり、フェアじゃないと思います。写真部の活動として、お寺に行って撮影時間を設けたわけですから、そのなかで撮った写真で競うべきだと思います。一時間の時間設定もしたし。以上です」

 水橋が言い終わると、一同はまどか先輩を見た。

「部長の御意見をどうぞ」副部長が言った。

「えーとね」まどか先輩は少し考えた。「まず、水橋さんは、いい意見をいってくれた。みんながナアナアな雰囲気で、このことをさっさと解決しようとしているところに、いい意味で水を差した」

 三年生が笑った。

「わたしたち先輩の失敗として、『撮影規定』みたいなものがないことが、そもそも問題かな? このフォトバトルに出品する作品は、部活動中に撮影したものに限る、みたいな規定がさ、水橋さん、残念ながら、ないんですよ。もちろん、不文律というのがあるから、特に規定は設けないけれども、部活動中に撮影した写真に限るという、確認はしておいてよかったかもね。それは、部長の責任……雨宮先生、お助けください」

 三年生はまた笑った。

 結衣は特別賞を受賞したことによって、撮影条件が違うことを自覚した。罪の意識を感じてみんなに告白したが、よく笑う写真部の先輩に、気分が和らいだ。

 雨宮先生は立ち上がった。

「そうだね。結論から言うと、『特別賞』は胡桃沢氏が決めたものだから、我々写真部で受賞者を変更することはできないね。どうしてもというなら、また胡桃沢氏に来てもらわないといけない。受賞は神谷、そのままが妥当だろう。おそらく神谷は自分が受賞するなんて考えていなかった。だから撮影条件など意識しなかったんだろう。

 しかし、そもそもだ。撮影条件をフェアにという考え方はどうだろう? 写真部にはカメラが二十台あるが、個人のカメラを使用してもいいことになってる。三年の大屋が使ってるカメラが一番性能がいい。フェアにというなら、使うカメラだってそろえた方がよさそうだ。

 それと撮影活動のことだけど……。きみたちはカメラマンとして、いい写真を撮りたいはずだ。いい写真を撮る条件として、シャッターチャンスを逃さないことが第一、これはきみたちもよくわかっているはず。画像は一瞬を撮す。そのときを逃したらもうチャンスはない。つまり、写真部は、いつでも、どこでも撮影活動をしていい。伝統ある栄翔高校写真部は、学校でカメラを携行していいことになってる。これは、この理念があるからだ。

 先週行った寺院撮影は、許可が必要なために時間を区切ったに過ぎない。写真部の理念から言えば、毎日が撮影活動、写真を好きに撮っていいんだ。むしろ神谷を褒めるべきだ。日曜日にわざわざ写真を撮りに行った。だから幸運にも撮影条件に恵まれたんだろう。やっぱりカメラを愛する者が、カメラに愛される……そういうことじゃないかな?」

 部員は拍手をした。結衣は気恥ずかしさで顔を赤らめた。水橋は口を結んだ。

「ただ、水橋にもお礼を言いたい。いい意見を言ってくれた。フェアであるか否か、先生も考えさせられたよ。神谷のことは、写真部の理念からよしとしてくれ。いいか、水橋」

「はい……」水橋は返事をしてうなずいた。

 拍手が起こった。

「ありがとう、水橋。最後にひとつ業務連絡。今日来てくれた胡桃沢氏のブログにお礼の言葉をみんな入れといてくれ。よろしく。以上」

 雨宮先生は、まどか部長に目配せをした。

「雨宮先生、ありがとうございます。さて、わたしからもひとつ連絡です。そろそろ体育系部活では県大会予選が始まるんだけど、取材分担を来週するので、どの部を取材したいか希望があったら言ってください。以上、解散します」

 部員が一斉に動いた。

 結衣は水橋になにか言おうと振り向いたが、水橋は、結衣の視線を跳ね返すように背を向けて出口に向かった。俯く結衣にまどか部長が抱きついた。

「おめでとう! 特別賞」

「あ、ありがとうございます……」

 結衣の視線の先を見てまどか部長は言った。

「気にしない、気にしない。賞は、取ったもん勝ちだよ。世の中、甘くないんだからさ。撮影条件をいっしょにしようなんてナンセンス」

 結衣は、まどか部長の言うことが正しいように思えてきた。

「三年生はそれがわかっているから、なんにも言わないの。それがどうしたって感じなのよ。アンフェアなこと、今までやってきたしね」

「そうなんですか?」結衣は訊いた。

「そうよ」鸚鵡返しにまどか部長は言った。

 溜飲が下がった、というべきか、結衣は喉のつっかえがとれた気持ちになった。

「ところでまどか部長。特別賞って有り難いものなんですか?」

「最優秀賞か特別賞を三回取ると、奨励金がもらえるの」

「奨励金?」

「簡単に言うと賞金よ」

「いくらですか?」

「十万円」

「十万!」結衣は目を丸くした。

「結衣ちゃんはさ、一年生のときすでに一回だから、可能性あるよ」

「まどか部長、早く教えてください。そのこと知ってたら懺悔なんかしなかったのに……」

 まどか部長は笑って言った。

「入部式のときにちゃんと言ったってば。たまには一緒にランチでもしない? 結衣ちゃん」

「まどか先輩のおごりなら」


 楽しそうに帰るふたりを、遠目に睨む水橋の姿があった。


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