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写ガール 〜神谷結衣の純愛恋写  作者: 瀬賀 王詞
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第5章 1 野球部アメリカ遠征

 準備に三ヶ月を要し、アメリカ行きは二月に決まった。今回は留学と言うよりも、野球部遠征に近い形になった。十数人が三ヶ月留学は、学園が全費用を負担するには無理があった。二月一日から十日間、テネシーのチームと試合を組むことになった。

「ハイ! ユイ。久しぶり」サイモンさんから電話が入ったのは、一月だった。遠征中5試合の相手チーム探しを、サイモンさんに協力してもらった。

「ハイスクールチームと、3Aのチームを用意したよ。ジュニアチームも必要かい? 今のはジョウダンさ。最終日の試合には、ユイのご要望に応えて、ショウヘイがマウンドに上がるよ。ミラクルボールがほぼ復活してるから、ユイのチームに勝ち目はないね。ショウヘイのバックは、ジュニアチームで十分かもしれない。今のは、ジョークじゃない」

「ありがとう、サイモンさん」

「それで、コウシエンの話だが……。ショウヘイの腕はほぼ完治したと言っていいが、多少の不安はあるんだ。最終戦で結衣のチームが勝ったら、条件付きでオッケイしよう。それでいいかい?」

「わかりました……それでは、テネシーで……」

「再会を楽しみにしてるよ」

 結衣は、スーザンのことを訊こうとも思ったが、やめにした。


 野球部は、アメリカ遠征が決まるとモチベーションが上がり、練習には普段以上に熱が入った。昇平と対決すると決まったとき、部員から歓声が上がった。

 校内放送で名前を呼ばれ、校長室に行くと、理事長と校長、そして監督が座っていた。

「神谷さん……」校長が言った。「監督がお願いがあるらしいので……」

 結衣は、ソファに座った。監督の優れない表情を見て、結衣は思わず声を出した。

「どうかなさったんですか? 監督……」

「結衣ちゃん、こんなときに申し訳ない。あと一週間で、アメリカ遠征じゃというのに……」

「なにがです?」

「監督が、人間ドックにひっかかってな」理事長が説明した。「胃を、急遽手術することになった」

「そういうわけなんじゃ、すまんの……」

「大丈夫ですか?」

「ああ。手術をすればね、助かるそうだ」理事長が言った。

「よかった……」結衣は、ホッとした。しかし、野球遠征が気になった。「……遠征は、中止ですか?」

「そのことを、今話し合っとった。結論が出たんでな、聞いてもらおうと呼んだんじゃよ」

「理事長、中止ですか?」

「まあ、落ち着きなさい」校長は結衣をなだめた。

「中止には、せん……」理事長が言った。「今、監督に理解をしてもらった」

「理事長、わたしから言いましょう。わたしから、お願いするのが筋でしょう。結衣さん、わしはこんな状態だから、監督としてアメリカには行けない。そこで、監督代行をお願いしたい……」

「監督代行?」結衣はしばらく考えた。「いいと思います。それは、仕方ないと……どなたですか? 監督代行。理事長?」

「あんたじゃよ。結衣さん」監督は、ゆっくり言った。「結衣ちゃんに、監督代行をお願いしたい。本音を言えば、わしも行きたかった。昇平と、チームが戦うなんて、考えただけでもわくわくするからのう。わしは、もう遠征は中止にしてくださいと、お願いした。ところが、理事長は、なんとしても、連れて行きたいとおっしゃる……」

「監督不在で遠征は、確かに筋が通らん。わしもそう思う。じゃが、今回の遠征は、もう一つ目標があるからの。監督には、申し訳ないが、監督代行を推薦していただくよう、お願いした……」

 理事長は、監督に頭を下げた。

「代行なんか、無意味だというのがわしの考えなんじゃが……どうしてもというなら、神谷結衣さんにお願いしたいと、そう言った」

「監督? どうして、そうなるんですか?」

「監督の椅子をねらっている輩が何人かおるが、そんな連中にさせたらそのまま居座るかもしらん。結衣ちゃんは、言ってみれば安全牌。なに、主将の大丸がしっかりしとるし、ゲームはみんなでつくればええ。結衣ちゃんが監督代行だと、意外性があって面白い。あいつらも、ハッスルするだろうし」

「でも、高校野球ですよ。草野球じゃあるまいし、滅茶苦茶です」

「わしも、異論はないよ、神谷くん……」理事長が言うと、校長もうなずく。

「これは、きみのアイデアだった。だから、きみが監督をしてもいいと思いますよ」

「校長、代行ですよ、監督代行」監督は強調した。「でもな、結衣ちゃん、あんたは、去年の夏の甲子園を見てた。いろんなチームを見たと思う。うちの野球部と比べてみて、気づいたところがあったら、どんどん言ってくれ。チームを、壊してもかまわん。わしは、新しいチームを作るときは、いったん壊す主義なんじゃ。壊して、作り直す。結衣さん、あんたには、壊す役目をやってもらおう。それで、どうじゃ?」

「言ってみれば、リストラですね」

「そう……。リスはおとなしいが、いざとなればトラのように凶暴になる。今、あいつらはリスのように、まだ自分を出しとらん。殻を破って、トラのような闘志を燃やしてほしい。そのために、一回ぶち壊す」

「……」

 結衣の携帯電話の着信が鳴る。

「ごめんなさい、昇平くんからです」

「でなさい」理事長が言った。

「結衣さん、わしに替わってくれんか、あとで。昇平と話したい……」監督が言った。 結衣は、出発日と時刻を告げてから、監督に携帯電話を渡した。監督は懐かしそうな声で話した。アメリカに行けなくなったことも詫びた。最後に、なぜだかうれしそうに言った。

「それで、監督代行を立てた。だれじゃと思う? 理事長? 理事長に監督なんか任せられんよ。 監督代行はな、神谷結衣じゃ」

 昇平の驚く声が結衣たちにも聞こえた。監督は、笑いながら携帯電話を結衣に返した。

 昇平は、まだ笑っていた。その笑い声を聞いて、結衣は静かに闘志を燃やした。

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