後日談2「実家に帰らせていただきます・9」
状況は簡単だ。革命軍は今、真っ二つに割れている。
マリベルを旗頭にもう一度王政を復活させ、オルゴーニュを安定させようと考える穏健派。
もう一つは、あくまで貴族と王族を排し平等革命を推進する過激派だ。
アマレッティが代わりにさらわれたことですっかりしょげてしまったマリベルから、オルレアンは情報をすべて吐き出させた。
マリベルの殺害を目論み可愛い妻を誘拐したのが過激派で、マリベルを駒として使おうとしているのが穏健派。もちろん、中身はそう単純ではない。ヴァロア公爵家の押しかけ妻になるのは、完全にマリベルの独断だったわけだし、穏健派も信頼はできない。
そのうえでオルレアンがとった方針は一つ。
徹底的にその二つを争わせて、泥沼にして瓦解させてやることだ。ひとまず、マリベルを助けるという妻の判断は尊重して、うまくもっていってやるつもりではあるが。
「これはこれは義姉上。朝早くから人の屋敷の門を蹴っ飛ばしてお出ましとは、お元気で何よりですよ」
応接間の一番いいソファを一人で陣取って、レジーナ女王が美しく笑う。
「お子様は朝が遅いのね? まあ、よく寝た方がきっと背も伸びるでしょう」
「ああ、本日は特にいい夢を見たことを思い出しました」
「まあ、私に泣いて許しをこう夢かしら」
「お前を叔母さんにする夢だ」
「エロガキ、殺すわよ」
腹を探り合う殺意の深淵に、ラムが平然と割って入る。
「レジーナ様、旦那様。お飲み物をご用意しました」
一口、互いに紅茶を飲む。その一瞬にオルレアンは素早くレジーナを観察した。
(チェルト君がいないな)
しかも護衛すらつけていない。もちろん、ここで何かあったらオルレアンに責任をかぶせるつもりでそうしているのだろう。小さな嫌がらせだ。
「坊や。私は可愛い妹に会いに来たのだけれど、どこにいるのかしら?」
直球で切り出したレジーナに、にこりと笑い返した。
「ああ、申し訳ない。僕の可愛い妻は昨夜気絶させてしまったので、寝かせておいてやりたくて」
「あら可哀想に。私が看病したいわ」
「駄目ですよ。いくら姉とはいえ、妻の寝乱れた姿をお見せできません。あれは僕だけが見ていいものです」
「あらあら、わざとさっきから私を怒らせようとしてるわね。何か隠しているのかしら」
「妻を隠したいんですよ。僕は妻が本当に愛しくて、部屋から一歩も出したくないんです」
「監禁じゃないの」
「それが趣味ですが、まさか女王であるあなたが知らなかったとでも?」
柱時計の秒針の音が、静かな応接間に響く。
優雅に足を組み替えて、レジーナが質問を再開した。
「マリベル嬢と結婚したそうね? この国では重婚は禁じられているわ、アマレッティを返しなさい。それかマリベル嬢をこちらに引き渡しなさい」
「僕の女性関係にとやかく言っていいのは妻だけですが」
「坊やらしくないわね。マリベル嬢を私に差し出せば全部丸くおさめてあげるのに。何があなたをそうさせるのかしら?」
レジーナが豪華な長椅子の肘掛けにもたれかかって妖艶な笑みを浮かべる。オルレアンは喉の奥で笑い返した。
「妻のご機嫌取りですよ。この間、他愛ない喧嘩をしまして。あなたもご存知そうですが」
「ああ、実家に帰ると言われたやつね? ざまをみなさい」
「はは。だから屋敷に帰ってこなかったらどうなるのか教えてやろうと思って」
頬杖をついていたレジーナが少し眉をよせる。
「根に持っているのね」
「当然だ」
「まったく。いいわ、ならしばらく静観してあげましょう。オルゴーニュをいっそ侵略してやれば話は早いのだけれど」
「うちが最前線になるぞ。妹が可愛くないのか」
「だから私もここにしばらく滞在するわね」
「は?」
にっこりと笑い返されて、オルレアンは顔をしかめる。
「どうしてそうなった」
「オルゴーニュの革命軍を叩きつぶすなら、国境にあるこの公爵領が最前線。総指揮官の女王がいるのは不自然ではないでしょう?」
オルレアンの策がうまくいかなければ――すなわち、アマレッティが無事戻らなければ、オルゴーニュを徹底的に叩く。もちろん、ヴァロア公爵家を巻き込んで――そういう意味だ。
(いや、それだけじゃないな。大事な妹を見捨てるわけがない)
とすれば、狙っているのは革命軍がレジーナに接触してくる方だろうか。アマレッティの身柄を押さえているのは過激派だ。人質として接触してくる可能性は十分にある。穏健派がマリベルの身柄の安全と引き換えにアマレッティ救出を助成する交渉してくる可能性も高い。
そしてレジーナがアマレッティを救出したら、オルレアンに無理難題でも突き付けてくるだろう。あるいはアマレッティを返さない気かもしれない。
「小姑め」
「何か言って?」
「レジーナ!! ひ、ひどいじゃないか、僕を置いていくなんて!」
両開きの扉がばあんと威勢のいい音を立てて開く。現れたのは、頭にはっぱをひっつけ靴を泥で汚した、メディシス王家のもう一人の馬鹿だ。
「あらチェルト。よく辿り着いたわね、さすがだわ」
「えっ? そ、そうか。さすが僕だな! 人助けもしてしまったしな!」
「人助け?」
「ああ! 道に迷ってる人を案内してやったんだ」
胸を張るチェルトに、つとめて平静を装うとしていたオルレアンはぴくりとまなじりを動かした。レジーナも笑顔はそのまま、口調を低くして尋ね返す。
「道に、迷ってる人を、助けた?」
「そ、そうだ僕が迷ったわけじゃないぞ! 地図を持っていたから話しかけてみたんだ。そしたら迷ってるって言うから……僕が通ってきた裏の出口を教えてやった。花壇の中に隠れてる、秘密っぽい通路」
それは、使用人達が秘密裏に使うヴァロア公爵家の出入り口だ。オルレアンは立ち上がった。
「お前は奇跡的な馬鹿か! ラム、追え!」
「御意に」
「オルレアン様、大変だよどろぼーだよ!」
「は?」
ラムの出入りと入れ替わりに入ってきた拍子抜けの報告に、まばたく。
「オルレアン様の書斎! また火事になるところだったよー」
「またか。しかしマリベルの部屋じゃなくてか? あそこには……」
考え込んで、瞠目した。
婚姻証明書がある。アマレッティとの。
無言で床を蹴るように歩き出したオルレアンを、レジーナは目を細めて見送った。




