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お菓子の国のアマレッティ  作者: 永瀬さらさ
愛しています、旦那様
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第25話「旦那様とお姉様」

 オルレアンが寝泊まりするのはアマレッティの自室だという事で、アマレッティは大はしゃぎで王宮を案内した。とはいえ、奥に引きこもりがちで行動範囲が狭かったアマレッティの王宮案内は、オルレアンに駄目出しと罵倒をもらっただけで終わった。それでもアマレッティはご満悦だ。

「オルレアン様……ラムさんもお連れにならなかったんですか?」

「ああ」

 王都フロレンティアにいつもの使用人達は付いてきていない。オルレアンの命令で、アマレッティも全く知らない使用人達に囲まれて、ここまで運ばれてきた。全く不便はなかったが、少し寂しさを感じる。

「お姉様、いつ来られるんでしょう……」

 うとうととしながら、寝台に横になったアマレッティは呟く。ソファで座っていたかったのだが、船を漕ぎ出した所でオルレアンに怒鳴り飛ばされ、寝台に移動しなければシュークリームちゃんを惨殺するという殺害予告を受けた。アマレッティは従う他ない。

(ああ、とっても安心です……でもお姉様を待たないと……)

 日付がもう変わりそうな時刻にも関わらず、アマレッティが滅多に使わなかった机の上で、オルレアンは仕事をしていた。簡単な雑務を暇潰しに持ってきたのだと言う。オルレアンらしい。

 その背中を見ているだけでアマレッティは満足する。

(お姉様にスパイの事を言わないといけません……オルレアン様の指輪の事も……)

 甘やかされることに慣れたアマレッティの意識はそれ以上思考することから逃げて、姉の訪問を待たずに途切れた。



 燭台だけを持って現れた女王の訪問にも、オルレアンは振り向かなかった。もうすぐこの面倒なだけの書類のチェックが終わるのだ、やってしまいたい。

 そんなオルレアンの非礼を、いやオルレアンの存在自体に気を向けず、レジーナは寝間着姿でアマレッティの寝台を覗き込む。

「あらあら、やっぱりもう眠っているわね。アマレッティが帰ってきているというのにあの話が長い大臣、いっそクビにしてしまおうかしら……」

「妹に会える時間が短くなっただけで国を傾ける気か」

「誰も想うことなく国を治める者は自滅するわ、必ずね」

 くだらない前菜の会話が一旦途切れた所で、オルレアンはペンを置く。レジーナはアマレッティが寝息を立てる寝台の縁に、腰を下ろした。

 椅子から立ち上がったオルレアンは、挑戦的なレジーナの蜂蜜色の目を、冷淡に見据える。

「その大事な妹を、何故求婚もしていない僕に寄越した」

「私なりの協力よ。メディシス王家の姫君が嫁いできたって事で貴方側で指輪を狙っている連中に対して良い目眩ましにもなったでしょう?」

 オルレアンは薄明かりの中ですうっと目だけを細めた。

 レジーナの思惑通り、決して悪人になれないが野心に弱い小心者の叔父は、馬車の盗難を調査すべく右往左往しているとの報告を受けている。後一ヶ月は大人しいだろう。変に首を突っ込まれてもややこしいだけなので、確かに助かっている。

「じゃあ担保だと吹き込んだりスパイめいた事をさせたのは何故だ?」

「この子、素直な良い子でしょう」

「妹自慢を聞いている時間はないんだが」

「でもそれは、自分に自信がなくてすぐ失敗するって怖がっているからなのよ」

 オルレアンはレジーナと同じように、寝台の上ですやすやと眠るアマレッティを見た。

「私がいい奥さんになりなさいと言えばこの子はお姉様に言われたからそうする、で終わり。それじゃいつまで経っても何も変わらないわ。スパイって要は観察するって事でしょう。貴方を判断する材料を自分で集めさせて、自分がどうなりたいのか考えさせたかったのよ。それに貴方ならこの子の根性を叩き直すだろうと思って当てにさせてもらったわ」

「躾を押しつけられた僕は良い迷惑だ。自分で決めろとお前が言えば良かっただろう」

「あら、駄目よ。私が自分で決めなさいと言った所で、私に言われたから自分で決めるだけだわこの子は」

 ふうっとオルレアンは肩から息を吐き出した。揺らめく蝋燭の火に照らされながら、レジーナは面白そうに足を組んだ。

「もう質問は終わりかしら?」

「借金の返済はいつになるんだ? 妹を取り返したくないのか」

「嫌なことを思い出させるガキね!」

 憤然としたレジーナは、アマレッティを輿入れさせた事で借金をなかったものにしようとしている周囲と違い、返済を諦めていない。もしオルレアンが妹を不幸にしようものなら、この女は何をしてでもあの莫大な借金を利息まで耳を揃えて用意し、妹を取り戻すだろう。

(それをしないのは今の所、妹の夫として僕が合格だからとでも? くだらない)

 そんな事、レジーナに決められる事ではない。大体、一度自分のものになったものを手放す気はオルレアンにはないのだ。

「おおよその筋書きは分かった、あの出来損ない王子を見てな。指輪の行方を突き止めたら借金をなかった事にしてやってもいいと言ったのに、何故お前が指輪でなくこの馬鹿を嫁にこさせたのか不思議だったんだ。お前はヴァロア公爵の地位なんかに興味がない筈だし、指輪を持っている相手を庇うなんて真似をしている訳もないしな」

「私もそれなりに複雑なのよ。でもほら、ついかっとなってやってしまう事ってあるじゃない」

 冷たい視線を投げるオルレアンに、レジーナは表面だけアマレッティによく似たふんわりとした微笑を浮かべる。

「だってねえ、働きもしない馬鹿ガキに指輪の在処を教えて欲しければお前の妹を寄越せって言われたら、いらっとするでしょう?」

 相槌も返さないオルレアンの前で、レジーナは悩ましい姉の愚痴を続ける。

「姉としてあの子の輿入れはもっと盛大に祝いたかったのに、何せ輿入れ先がヴァロア公爵、しかも指輪を狙っている連中の隙を突いてでしょう? 横槍が入ってもややこしいし、気付かれないよう急いだせいで何にもできなかったわ。花嫁衣装だって選んであげたかった。勿論、男だって死ぬほど吟味したかったわ。まあでも、まだお相手が十一歳なら当分子供もできない。床を一緒にしていないなら婚姻は無効よ、いつだって取り返せると思って」

「……何が言いたい」

「私はヴァロア公爵にあの子を嫁がせたのよ、坊や。借金の担保だっていうのは、そういう事」

 紅をさしていない唇に人差し指を当て、レジーナが捕食者の笑みを浮かべた。じじじと、蝋燭が音を立てて燃え尽きようとしている。

「臆病でなかなか出てこない相手を釣る餌として、私があの子を配置しただけだと思っているの? それは間違いだわ」

 片眉を吊り上げたオルレアンに向けて、レジーナが人差し指を突き立てる。

「アマレッティを幸せにできる男が勝つわ。だから頑張って頂戴」

「何故この馬鹿を挟んだ対決みたいな構図にするんだ」

「そういう風に仕組んだんだもの、私が。どっちが勝っても私は損はしない。私が貴方とあえて戦わないのは、アマレッティの手紙を読んで決めた事よ。感謝しなさいこの子に」

 レジーナがふと、手元に眠るアマレッティの寝顔に目を落とした。その目に移る色を、オルレアンは知っている。母親の、慈愛に満ちた目だ。

「そう、浮気なんかしたら私が承知しないわ。放ったらかしにされたアマレッティの手紙が可哀想で可哀想で……何度返事を出そうと思ったか」

「出せば良かっただろう」

「でも出せないわ。この子がどうするのか結果が出るまでは。なのにお前は仕事仕事と、もう少しアマレッティを気遣いなさい」

 完璧に小姑の口調になっているレジーナにげんなりして、オルレアンは椅子に座り直した。構っていられない。

「ちょっと聞いてるの、この坊やが。アマレッティを泣かせたら私は全力でお前の敵に回るわよ」

「そうして欲しいくらいだ。僕も是非お前と決別したい」

「私もよ。ああ、でもアマレッティは仲良くして欲しいって言うのよねぇ……だから大分ヒントをあげたのよ、感謝なさい」

「ああ、感謝の証に後三年以内にお前を叔母さんにしてやろう。めでたい話だろう?」

 的確に急所を突いたオルレアンに、初めてレジーナの顔が大きく攣った。


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