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お菓子の国のアマレッティ  作者: 永瀬さらさ
愛しています、旦那様
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第23話「旦那様との再会」

「オルレアン様っ……!」

「待て」

 全身を駆け巡った感激のままに抱きつこうとしたアマレッティに、オルレアンは鋭く言い放った。ぴくんと耳を立てたアマレッティはその場に留まり、こくこくと頷く。久し振りの返事も忘れなかった。

「分かりました、オルレアン様……!」

「それでいい。――ご挨拶が遅れました、オルレアン・ヴァロアですレジーナ女王。それとも義姉上と?」

 蕩けるような甘い笑みを下から浮かべたオルレアンに、レジーナは同じくらい優美な微笑みを返す。

「親しみを込めてお義姉様とお呼びになって、オルレアン。妹と仲良くやっているようで何よりです」

「ええ、楽しませて頂いてます。気を遣って頂かなくても僕のことはヴァロア公爵で結構ですよ、義姉上」

「まあ、気を遣ってなんかいないわオルレアン。目線が下にあると話をしやすくて良いわね」

「それは良かった。いつも肩や腰や首や全身が凝っておられるだろうなと常々僕は心配していたのです、義姉上」

 噛み合っているようで合っていない会話が笑顔の下でなされていた。久し振りに見るオルレアンの姿に興奮していたアマレッティもちょっと身を引く。チェルトも些か不穏な空気を感じ取ったようだが、すぐに負けじと声を張り上げた。

「ぼっ僕はチェルトだ! チェルト・メディシス! お前がオルレアンか! ふん、何だよ小さなガキじゃないか!」

 一気に捲し立てたチェルトを、オルレアンは綺麗に無視してレジーナに話しかけた。

「素晴らしい花嫁を頂いたお礼を申し上げたいとずっと思っておりました。博覧祭の間にでも、義姉上とメディシス王国の未来について語り合いたいものです」

「そうね。とても忙しいのでお茶はご遠慮させて頂くわ。十分くらいなら時間がとれると思うけれど如何かしら?」

「光栄ですが、五分で結構ですよ」

「ぼ、僕を無視するなよおい!」

「アマレッティ、貴方も自分のお部屋で待ってなさい。遅くなるかもしれないけれど、後で久し振りにお茶をしましょうね。もうお姉様はいかないと」

「は、はいお姉様。お待ちしてます」

「だから僕を無視するなって!」

 アマレッティの頬にそっとキスをして、レジーナは優雅にドレスの裾を引きながら舞踏場の中央に戻っていく。

 アマレッティはその美しい後ろ姿を見送って、感嘆の溜め息を吐いた。

「相変わらずお姉様は立ち振る舞いが素敵です……」

「――ふん! 同じ姉妹とは思えない出来の差だな。お前はダンスも踊れないし」

 さり気なく隣に立ったチェルトを、アマレッティは見上げた。

「分かったらさっさと部屋に引きこもったらどうだ、お前にはそれがお似合いな――」

「おい、手だ。一曲は踊っておかないと周りがうるさい」

「はい」

 オルレアンがすっと差し出した手に、アマレッティは笑顔で手を乗せる。久し振りの感触に、全身がシロップのような幸福感に浸った。

(ああ、オルレアン様です)

 首元を白いフリルと水仙の花であしらい、黒の上着をきっちり着こなしたオルレアンは、白いリボンだけを纏った上品な黒猫だ。するりと滑り出すような足取りに、気取られた貴族達が自ら道を開く。チェルトが慌てた声を上げた。

「ちょっ……だから僕を無視するな! こいつにダンスなんか無理に決まってる、知らないのか馬鹿め!」

 ぴたりと、オルレアンの足が止まった。アマレッティも手を重ねたまま、オルレアンの弱者をいたぶる強者の微笑を拝む。

「――成る程、チェルト君とやらは随分、僕の妻が気になるようだ」

「なっ……そんな、言いがかりだ!」

「好きな子を虐めるなんて、まるで子供のすることだ。どうせなら首輪をつけて鎖に繋いで、眠る暇もない程毎晩激しく虐めてやれば良かったものを」

 チェルトは顔色を赤から青に変えた。唇が震えている。

「ア……アマレッティ、お前……そ、そんな事をされているのかっ」

「え? 毎晩ではないですけど……や、優しい日もあるんですよ」

「おっお前っ! 僕とじゃなく、こんな――」

 自分より頭一つ分は身長の高いチェルトを、オルレアンは斜め下から嘲笑う。

「お子様め」

「!!」

「チェ、チェルト坊ちゃま……! お気を確かに、誰か水を!」

 子供にお子様呼ばわりされ目を回したチェルトを、ヴァリエが抱き留める。オルレアンは鼻で笑って、背を向けた。その背に、ヴァリエの低い一言が叩き付けられる。

「あさましい菓子屋風情が、身を弁えろ」

「……」

 殺気めいたものを背中に感じたアマレッティは反射的に振り向いた。

(……気のせいでしょうか)

 主君を侮辱されたとヴァリエが怒るのは当然の流れだ。だがアマレッティが全身で反応しそうになった殺意は、その怒りと釣り合わない気がした。

「気にするな」

 ヴァリエは既にチェルトの介抱に向かい、アマレッティ達の方を見ていない。

 オルレアンはそんなヴァリエに一瞥をくれただけでそう言い捨て、アマレッティの手を引いて歩き出す。

「でも……」

「それよりも僕の妻らしくしゃんとしろ」

 後ろ髪を引かれる思いだったアマレッティは、オルレアンの忠告に周囲の目を思い出す。

 あれが新しいヴァロア公爵だと、扇の後ろで囁く声が聞こえた。まあ、あんな子供がと好奇心丸出しで冷やかす目も感じる。

(そうです。オルレアン様は、ここは初めてなんでした。私、しっかりしなくては)

 音楽が一つ区切れた所で、上手く中央に進み出たアマレッティとオルレアンは向かい合わせになる。久し振りに向き合うオルレアンは、少し目線の高さが違った。

 吃驚したアマレッティは、まじまじとオルレアンの頭の上を見る。

「オルレアン様……背が伸びました?」

「身長の話をしたな」

「ひっいえ、何でもないです……!」

 口を噤んだアマレッティに、オルレアンは素っ気なくこの年で縮む訳がないだろうと答える。何だか可笑しくて、アマレッティは笑ってしまった。

「何を笑っている、折檻されたいか」

「い、いえっ。その……オルレアン様がいるなあって」

「博覧祭で会えると言った。僕は約束を守る男だ」

 そうだった。

 じんと熱くなった目頭を瞬きで冷やそうとするアマレッティの腰を、オルレアンが抱き寄せる。

 軽やかなウィンナーワルツが、三拍子を刻んで流れ出した。


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