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お菓子の国のアマレッティ  作者: 永瀬さらさ
愛しています、旦那様
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第22話「奥様の帰省」

 王城の中でもとびきり煌びやかに作られているのが舞踏場だ。混じりけのない白の大理石の上を、くるくると舞うドレスの花が咲く。談笑とグラスを鳴らす硝子の音に混じって、ゆったりとしたワルツが窓の外にまで流れ出す。

(久し振りです……変わってないわ。いいえ、もっと豪華になりました)

 嫌な思い出しかない筈なのに、今のアマレッティの胸には懐かしさでいっぱいだった。ここで微笑んでいる自分だけが、昔の光景と当て嵌まらない。人と目が合っても、笑顔で答えられるのだ。

「ご機嫌よう、皆様。お久し振りです」

 愛らしいリボンをいくつもあしらった綿菓子のようなドレスでふんわりと挨拶をする第二王女の姿に、昔を知る人物達は皆ぎょっと身を引いた。その後で、しどろもどろの挨拶を返す。

 この日の為に新調された純白のドレスは、胸元と裾に細かい透かしの入ったレースを幾重にも重ねた豪奢なものだった。胡桃色の髪に白い花飾りをいくつも飾られたアマレッティは、煌びやかに着飾った貴婦人達の中でも一際輝いている。

 ただ、その事にアマレッティ自身は全く気付いてはいなかった。

(もうすぐオルレアン様に会える!)

 アマレッティの心中はこれだけに支配されていた。

 そしてもう一人、会いたい人物の姿をアマレッティはきょろきょろ辺りを見回しながら探し歩く。だが、アマレッティが発見される方が早かった。

「アマレッティ!」

 懐かしい呼び声に、アマレッティはぱっと顔を上げた。

「お姉様! レジーナお姉様お久し振りです、アマレッティです……!」

「ええ私の可愛いアマレッティ! よく帰ってきたわね」

 レジーナは躊躇なくアマレッティを抱き締める。レジーナの結い上げたられた残り髪が首筋に当たり、くすぐったさにアマレッティは身じろぎして笑った。

「すぐに会いに来れなくてごめんなさい。長旅だったでしょう? なのにいきなり舞踏会に出席するだなんて」

「平気です、お姉様。ずうっと座りっぱなしでしたから動いてる方が楽で……その、人前に出るのはどきどきしますけど……」

「あら! さっき見ていたけれど立派なファーストレディだったわ、アマレッティ。貴方を見た時の貴族連中の顔ったら! 変わったわね、アマレッティ」

 真紅で染められた細身のドレスを上品に着こなしたレジーナは、同じ蜂蜜色の瞳で優しくアマレッティを見る。そこに映る自分の姿を、アマレッティは何故だか不思議に思った。

「私、変わったんでしょうか」

「ええ。相変わらずほっぺはぷにぷにだけれど、とっても綺麗になったわ」

 頬摺りされて笑い声を立てた後で、アマレッティはちょっと唇を尖らせる。

「でもお姉様は、驚いていらっしゃらないみたいです……」

「そりゃあ私は貴方のお姉様ですもの。何でもお見通しよ」

 ふふんと艶やかに微笑んだ姉は、舞踏会でも一番の花だ。誰もがその花の蜜を一滴でも分けて欲しいと、蜜蜂のように姉に群がる。

 アマレッティはいつも、遠くの壁際からぽつんと見ているだけだった。

「それにしても元気そうで良かった」

 レジーナがアマレッティの腰を抱いて、そっと舞踏場の中央から人気の少ない壁際へと移動した。

「お手紙、読んでいるわ。いつも有り難うアマレッティ」

「そ、そうです! お姉様、何故お返事を一度も下さらなかったのですか……!?」

 目を潤ませたアマレッティを、レジーナは光が注ぎ込む窓際で優しく叱り付ける。

「泣いては駄目よアマレッティ、お化粧が台無しになってしまうでしょう。それに返事をしなかったのには、ちゃんと理由があるのよ」

「理由……。そ、そうなんですか。じゃあ、仕方ないです……」

 しゅんと肩を落としたアマレッティに、レジーナが苦笑いを浮かべる。

「……そうやって疑問を持たずに素直に飲み込んでしまうのは、きっと私のせいね」

「え……」

「難しい話は後にしましょう、アマレッティ。今は貴方の土産話が聞きたいわ。そうね、あのクソガキの話でも」

「相変わらずべたべたと、気持ち悪い姉妹だな」

 まだ成長期を終えていない、子供っぽい声がアマレッティの背後から投げかけられた。

 懐かしい声に、アマレッティはドレスの裾を摘んで振り向く。

「まあ、チェルト君! お久し振りです、お元気でしたか? ヴァリエさんも、博覧祭の剣術トーナメントで優勝したと聞きました。おめでとう御座います。流石ですね」

「――っ……」

 笑顔で挨拶をしたのに、チェルトはぽかんと口を開けて止まってしまった。その斜め後ろに控える背の高いヴァリエも、目を擦っている。

「……? あの、どうかなさいました?」

 チェルトはアマレッティやレジーナと同じ、胡桃色の髪に蜂蜜色の目をしている。下に広がる貝のような髪型はアマレッティの記憶のままだ。だがアマレッティより低かった身長は同じくらいにまで伸びていた。ヴァリエの方は見慣れた紺色の詰め襟という騎士団の正装で、剣を携えている姿も変わりない。

「見惚れている暇があるなら何か言ってみたらどうなのかしら、このお子様は」

「え?」

「なっ違う! 誰がこんなブスに見惚れるか、あまりに期待外れで吃驚しただけだ!」

 まだまだ小柄な身体で、鼻白んだレジーナに力一杯チェルトが怒鳴り返した。

「な、何だよ白くて。まるでお化けじゃないか、気味が悪い!」

「お化け……」

「そうだ! お前にはセンスってもんがないんだ、昔っからな。僕を見習えよ。なあそう思わないか、ヴァリエ」

「ええ、その通りでありますチェルト坊ちゃま!」

 自慢げに笑うチェルトは、ひらひらしたフリルを袖口にも首元にも豪勢に詰め込んだ、白のタキシードを着ていた。ぽんと、アマレッティはその姿に両手を叩く。

「はい、チェルト君は相変わらずお祭りみたいに賑やかな格好です」

「そうだろうそうだろう! イメージは天翔る白馬なんだ」

「褒められてないと思うのだけれど……相変わらず会話が成り立つのね……」

 ぼそりとレジーナが呟いたが、調子を取り戻したチェルトはご機嫌でアマレッティにふふんと前髪を掻き上げて見せた。

「それに比べて何だお前は」

「あ、これはオルレアン様が……その、花嫁衣装をモチーフにして用意して下さったドレスなんです……」

「あら」

「んなっ」

 ぽうっと頬を赤く染めたアマレッティに、チェルトが拳を握り締めて怒鳴った。

「に、似合ってないぞお前には!」

「似合っていない……」

「そ、そうだよ! 白いだけで全然綺麗じゃないしお前の顔がまず駄目だ! しかも何だよその低い靴! そんなのここじゃ流行んないんだぞ、ださい! 田舎に行ってますます馬鹿になったんじゃないのか!?」

 アマレッティはそれを異国の言葉のように聞いた後で、ちょっと残念そうに溜め息を吐いた。何か捲し立てようと口を開きかけたまま、チェルトが眉を寄せる。

「何だよ生意気に、僕を見て溜め息なんて」

「ごめんなさい……物足りないんです……」

「は?」

「もうちょっと……何ていうか、もっと蔑みを込めて、足蹴にするみたいに上品に言ってみて下さいチェルト君」

「はあ!? あ、足蹴にする上品って何だ!?」

 チェルトが慌てて腹心の部下であるヴァリエに振り向いて尋ねる。

「す、すみません私にも分かりかねます……」

「何だよ役立たず! っていうか僕に口答えするなよ、アマレッティの癖に!」

「違います、オルレアン様はそんな程度じゃありません……!」

「何の話だ!? それに――それに、オルレアンってお前っ」

「――僕の妻に何か用か?」

 頭より身体が先に反応した。ぴんと全身を立て、アマレッティは五感の全てを使いその存在を感じ取る。

 落ち着き払った冷たい声、正確に刻まれる足音、雰囲気が物怖じする気配。

 万感の思いを込めて、アマレッティは振り返る。その人はやはり、この世の全てを見下すような高慢な灰青の瞳で、気高い微笑みを浮かべていた。

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