第20話「旦那様の独白」
車輪が小石でも踏みつけたのか、がたんと大きく馬車が揺れた。灰青の瞳を猫のように開いて、オルレアンは自分が両足両腕を組んだままの格好でうたた寝していた事を自覚する。
「――あと、どれくらいだ」
「三時間ほどで御座いますよ」
長距離の移動は、眠っていても疲労が取れない。しかも時間ぎりぎりだ。
くあっと小さく欠伸をしたオルレアンは、緩慢な瞼を擦り、真正面に座る家令に尋ねる。
「――あの馬鹿はもう着いた頃か」
「そうでしょうな。しっかりなさいませ坊ちゃま。二ヶ月ぶりに会う奥様に愛想を尽かされますぞ」
「はっあの馬鹿が僕に愛想を尽かすだと?」
笑い飛ばしたオルレアンに、ラムは重ねた年を見せつけるかのように鷹揚に頷いた。
「二ヶ月ですぞ。いやはや、分かっております。火災のフォローが大変でしたからな。醜聞は恐ろしい。危機管理を徹底して見直し、勿論新作菓子の企画、営業も手を抜かず、元々アマレッティ様の教育に時間を使いすぎて詰まりまくっていたスケジュールをメディシス王国博覧祭へ向かう為に更にぎゅうぎゅうに押し込んで、いやこの二ヶ月の坊ちゃんは鬼のような働きっぷりで御座いました。奥様を二ヶ月、放っておかれるのも無理はない……」
「何が言いたい」
「まずは土下座からが宜しいかと。プレゼントはご用意されましたか」
「するか!」
「そのような事ではいつまでも坊ちゃま扱いせざるを得ませんな。爺はいつになれば坊ちゃまを旦那様、ヴァロア公爵様とお呼びできるようになるのやら」
年寄りの長い話にこめかみを引きつらせていたオルレアンは、完全に覚醒した顔で言い返す。
「もうすぐだ。そうすればあの馬鹿に指輪だって贈ってやれる」
王都フロレンティアの中央に聳え立つ堀で囲まれた巨大な王城が、馬車の中から流れる景色に混じり始めていた。メディシス王国は古い歴史を持つ国だ。その歴史の中には平等革命の火種を抱えた分の政治腐敗や汚職も刻まれているし、今は財政難で決して裕福とは言えない。だがメディシス王国の民は自国を愛し、誇っている。長い時間の流れがそれを作ってきたのだ。
王制崩壊の波を回避し、隣国とは違う道を模索するこの国は、この博覧祭からまた歴史を作ろうとしている。
黄金でできた鐘を抱く天を摩す王城は、大きな時計で戻らない時を刻み続けていた。




