七.過去 琴神冬子の視点
「ふうん、この世のものでないモノが見える、わけですか」
「信じてくれるの?」
青白い頬をした彼は、それからも何度か私に声をかけるようになった。他の人のように腫れ物の如く扱って欲しかったのに、無駄にデリカシーのない彼は逐一話しかける。無視すればいいのに、私は彼の言葉に一々、反応してしまった。
なんだか癪に障って、私は休み時間の度に教室の外に出て、人気のない階段に腰を下ろすようになる。
けれど、その都度に偶然通りかかる彼は、私を見つけると、寄ってくる。
そんなやりとりが、生活の一部になりつつあった時、私は誰にも言ってはいけない(そんな条件はないけれど自分で決めていた)秘密を、彼に口にしてしまった。邪まなものと私の関係を……。
「そう言えば、最近琴神さんの言ってた噂を聞きましたよ。あなた、邪視を持ってるんですってね」
「じゃし?」
「人を見ただけで呪う力。邪眼とも言いますか」
「そんなのじゃないよ……」
私は、自分の見えるものについて説明した。馬鹿だ。そんなことを力説したら、余計に変な目で見られるのに。
しかし彼は最後まで聞いて、そして納得したのだ。
「なるほど、そういう事情でしたか」
「信じて、くれるの……?」
「僕には見えないのだから信じようがないです」
少し、寂しくなった。
「そう」
「でも、理由がわかってよかったです」
「理由って何?」
「琴神さんがいつもこの世を見るのさえ嫌というような眼をしている理由です」
「信じようがないってさっき言ったじゃない」
「ええ、僕にはそれの真偽は確かめられないです。けれどここで問題なのは別にその『邪まなもの』ってのがあるかどうかじゃないですから」
何?
「問題は、琴神さんにとっては、それは視えていて、吐き気を催すくらい気持ち悪いものだってことでしょう」
そう、なのだろうか。しかし、そういわれると、そんな気がしてくる。
「解決法はないものですか」
「おばあちゃんが教えてくれた」
それは心の闇にとりつくから、決して、そんな部分を表にしてはいけない。楽しい気持ちを持っていなさいって。でも、無理だった。おばあちゃんは、あれが見えてないからそんなこと言えた。見えてたら、気持ち悪くて、怖くて、泣きそうになる。だから、私は表情なんていらない。睨みつけることが、私の武器なんだから。
「解決はできないけれど、そうか。対処法しかないのか」
何故、納得している?
彼は、平然とした顔のまま、私に確認した。
「今も、その『邪まなもの』が視えているんですね? 多分、僕の後ろくらいに」
私は、平然を装って答えた。
「そうだよ」
眼を、伏せた。視えてないふりを続けながら、気付いてないふりを続けながら。
「なんでわかったの」
「いや、突然いつもみたいな眼つきして、急に僕に説明始めましたから。きっと自分に怖くないって言い聞かせているんだろうなあと思いまして」
「どうして、私に話かけたの?」
顔をあげた。ただ彼の顔だけを視た。
そこにあった無表情には同情も、憐憫も、嫌悪もなかったのだと思う。
それは、自分を守る為に笑顔を見せたおばあちゃんと、同じことをしているように見えて。
「琴神さん、あなたが僕のことどう思ってるのか知りませんが、別に僕あなたのこと大して好きでも嫌いでもないんですよ。だから、そんな心配は多分、無駄です。僕にとっては、ただのクラスメイト。あなたがちょっと心配になっただけです」
……。
「あなたは、変な人よね」
「その台詞は鏡を見て言ってください」
「いやよ、鏡の中には、あれが写りやすいもの」
「いや、そういう返し方をされても……」
「ねえ、一つ訊いていい? あなた、どうして敬語なの? 同学年でしょ」
「そういうキャラクターだとでも思ってください。おかげでクラスの皆からも浮いている自覚はあるのですが」
苦笑いする彼を見ていると、ふと思う。
私は、不幸じゃないのかもしれない。




