瑠(るぅ) 2025
W杯で優勝しても、女子サッカーの環境は厳しい。
サッカーが好きすぎて、仕事に集中できない。
試合前なんて最悪だ。パソコンの画面を見ながら、頭の中ではフォーメーションを組んでいる。
兄の影響だった。
小さい頃から、兄のサッカーについて回っていた。グラウンドの隅でボールを蹴って、真似して、覚えて、「女の子だから」なんて言葉を無視して同じチームに入った。
後で知った。
それ、澤穂希とほとんど同じだった。
でも違ったのは、その先だ。
兄は、どんどん上に行った。
何もかもすっとばして、海外に向かった。
気づけば、テレビの向こう側みたいな場所にいた。
私はそこには行けなかった。
ボールだけが残った。
悔しかった。
だから練習した。
足は早い。それが強み。正直に言えば、恐ろしく気が強い。
削られたら削り返した。
泥だらけの手でユニフォームを掴まれた時は、その泥を相手の顔に塗り返してレッドカードをもらった。これは、母校で今も語り継がれているらしい。
相手チームの監督には怒鳴られた。
「フェアプレイ精神はないのか!」
でも、あの時の私には「やられたら、やり返す」が正義だった。
私は昔からサッカーで負けるのは嫌だった。
いつだって、やらない選択肢はない。
負けたくなくて、大学までサッカーを続けた。
でも、プロにはなれなかった。
女子サッカーは、男子みたいに「下に行けば続けられる」世界じゃない。
やめたら終わる。
だから、この県リーグのチームに来た。高校の時の同級生に誘われたのがきっかけだった。
「瑠なら、まだやるでしょ」
その一言で来た。実際、その通りだった。私にはサッカーしかなかった。ここで、サッカーを続ける覚悟を持ってこのチームにきたのだ。楽しくて仕方なかった。
でも、直ぐに女子チームの現実を知ることになる。部活と違って、社会人の女子チームは続けること自体が難しいのだ。
仕事。
結婚。
出産。
子育て。
介護。
男より、女の方がサッカーを諦める理由が多い。
「また戻るね」
そう言って戻って来なかった選手を何人も見た。
その年、リーグ開幕前、うちのチームの登録人数は8人だった。
8人いれば、試合は成立する。でも、成立するだけだ。試合にはならない。
11人相手に、8人で90分走る。
体力だけでなくメンタルも削られる。
勝てる相手に人数が足りないだけで翻弄されるのは、死んでも嫌だ。誰でもいいからサッカーする人間が欲しかった。スターなんかいらない。壁でいい。ゴール前に立ってくれるだけでいい。
「サッカーしたい」つて人が欲しかった。
そんな時、監督の律に、ゲームコントロールのバイトを頼まれた。初心者クラスの試合。最初は気乗りしなかった。でも、人探しになるかもしれないと思って行った。律は雇われ監督なので、自分のビジネスであるサッカー教室から、選手を引き抜いたりしない。
そこで、彼女を見た。正直、最初は笑いそうになった。
走れてない。
蹴れてない。
フォームも変。
なのに、目だけが本気だった。
その目が、少し嫌だった。
サッカーを始めたばかりの人間の目じゃない。
ああいう目は、サッカーにハマる。
人生を、生活を
持っていかれる。
でも、
これ以上上手くなるわけがない。
人数が欲しかった。だから誘った。
壁でいいと思った。最初は、本当にそれだけだった。多くは望まない。
はずだったのに、
練習が始まると、私は毎回イライラした。
「走れよ!」
「そこ動けよ!」
「もっとちゃんとパス出せよ!それじゃ、取られる!」
だって、私はサッカーがしたい。
ちゃんとしたサッカーがしたいのだ。
なのに、彼女は、足も遅いくせに必死に走って、息を切らして、足を痛めて、それでもついてくる。追いつかないのに。意味が分からなかった。
そんなので、サッカーやってるつもりになるなよ。
一生懸命なのは分かる。
でも、一生懸命だけじゃ勝てないんだよ。勝てなきゃ、サッカーは苦しい。
そんなことも知らないくせに。
でも。
練習後、誰よりボロボロになりながら、彼女はグラウンド整備をしていた。
誰もいなくなったピッチで、一人、ラインを踏み直していた。
その姿を見た時、私は少しだけ、自分が嫌になった。
明日につづく




