僕 2002
律の向こうに、父ちゃんを見る事はある。
僕がサッカーを好きになったのは、たぶん必然だった。
子どもの頃から、家にはいつもサッカーボールが転がっていた。遊び道具といえばボールしか思い出せない。母方のジジババは「ディズニーの英会話を買ったのに」とか、「仮面ライダーなんとかが好きだった」とか言うけど、正直ほとんど覚えていない。そのたびにジジババは少しがっかりする。でも結局、僕がサッカーを続けているだけで嬉しいらしい。ジジババもサッカーが好きだから、それだけで十分孝行なんだろう。
もっとも、僕が地元の(じゃない方の)クラブに入ると報告した時、「そっちか!」と叫んだのは、ジジババもかあちゃんと同じだった。地元には二つのJクラブがある。とうちゃんがいた方じゃない方に決まったのだから無理もない。でも、僕からしたらジジババくらいは褒めてくれてもいいんじゃない?と、思う。
かあちゃんがとうちゃんと結婚すると言った時も、ジジババは最初こそ「早い!」と反対しかけたらしい。でも、相手が地元Jクラブの選手だと知った瞬間、あっさり手放した。
「モデルでもアナウンサーでもないのに。なんてありがたい」
ジジは本気でそう言っていた。
あの事故以来、ジジババはスタジアムに来なくなった。試合前に泣き出すから、かあちゃんに「来るな」と止められたらしい。僕を連れて普通にサッカーを観に行くかあちゃんとは違って、ジジババには、まず悲しみが先に来てしまうんだろう。
じゃあ、かあちゃんはどんな気持ちでスタジアムにいたんだろう。
サポーターの中には、事故で亡くなった選手の家族だと気づく人もいたらしい。観戦前、知らない人に挨拶されているかあちゃんを、僕も何度か見たことがある。むしろ周りの方が感情を露わにしていたのかもしれない。
でも、かあちゃんは、その頃の話をあまりしない。僕もあまり覚えていない。ただ、泣いてるかあちゃんは見たことがなかった。
2002年の日韓ワールドカップのことも、正直、試合内容はほとんど覚えていない。
でも、空気は覚えている。
いつも赤い街が青かった。
テレビをつければサッカーをやっていて、知らない人同士が「負けられない戦い」の話をしていた。かあちゃんも、ずっと浮かれていた。「こんな日が来るなんて」と何度も言ってた気がする。
普段はクラブチームの話ばかりするのに、その時だけは代表戦になるとソワソワして、僕に小さなユニフォームを着せた。
トルシエとか、中田とか、ベッカムとか、そういう名前だけが頭に残っている。
それから、小野伸二。
かあちゃんの叫び声が怖かった。その時、僕はまだ小さくて、「ワールドカップ」がどれだけ特別なのかは分かっていなかった。でも、かあちゃんが楽しそうなのは分かった。知らない人とハイタッチして、泣いて、笑って、また試合を観て。
あの時だけは、「事故で旦那を亡くした人」としてじゃなく、「サッカー好きの人」として生きていた気がする。
律も家に来て、一緒に試合を観ていた。
負けた時は、二人とも本気で悔しがっていた。
なのに、試合が終わると、
「いやー、でも日本サッカー変わったな!」
と嬉しそうに語り始める。
サッカーって不思議だ。
負けても、次を信じられる。
終わっても、また始まると思える。
たぶん、かあちゃんたちは、そうやってサッカーに救われてきたんだと思う。
律は、とうちゃんの親友だ。
「サッカー」となると、いつの間にか現れる都合のいい大人だった。別に遊んでくれるわけじゃない。仕事はサッカーコーチのくせに、練習に付き合ってくれるわけでもない。
ただ、W杯のチケットを取ってくれたり、「サッカーボール使っていい公園リスト」をくれたり、「キーパーになった祝いだ」と言って、オリバー・カーン仕様のキーパーグローブをくれたりする。本当に僕にとって都合のいい大人だ。
絶対に「かあちゃんを狙ってるわけじゃない」絶妙な距離感を保っていた。だから、安心して好きだった。
律は、とうちゃんが運ばれた病院でも、葬式でも、ずっと泣いていたらしい。そのことをかあちゃんにからかわれると、律は逆に、
「お前は五人まとめての葬式を泣かずに終わらせた鉄の女だろ」
と言い返していた。
律はバカだから、ときどき言っちゃいけないことを言う。僕にも
「お前の生まれた年って、家族が五人亡くなって、とうちゃんのチームも降格したんだよなー」
その瞬間、律はかあちゃんに頭をスコーンと叩かれる。
「いてっ! なんだよ!」
いや、わかれよ。お前、ただのいじめっ子だぞ。
別に僕は、自分を不幸な人間だと思って育ったわけじゃない。悪魔の子だなんて考えたこともない。
でも、自分の代わりに、何かが失われていったような感覚はある。
もらえなかったものが、最初からたくさんあった感覚はある。
律は、そういうことを無神経に言葉にしてしまう。そして毎回、かあちゃんに殴られる。
だけど、大人になった今なら、少しだけわかる。
律はたぶん、それを「背負え」って言っていたんだと思う。
みんなの思いを背負って生きろって。
もちろん、律はバカだから、そこまで深く考えてなかった可能性もある。でも、僕が勝手にいい方向へ解釈してやってるんだから感謝してほしい。
大人になるとわかる。
背負うものって、自分で選ぶだけじゃない。
気づいた時には、もう背中に乗っている。
重い日もある。逃げたくなる日もある。
でも、それでも前に進くしかない時がある。
たぶん僕にとって、それがサッカーなんだと思う。そして、
とうちゃんとかあちゃんの延長戦のゴールを守ることなんだと思う。
明日につづく




