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ドラゴンマスクより  作者: 福本 美憂


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13/25

僕 2002

律の向こうに、父ちゃんを見る事はある。

  僕がサッカーを好きになったのは、たぶん必然だった。


 子どもの頃から、家にはいつもサッカーボールが転がっていた。遊び道具といえばボールしか思い出せない。母方のジジババは「ディズニーの英会話を買ったのに」とか、「仮面ライダーなんとかが好きだった」とか言うけど、正直ほとんど覚えていない。そのたびにジジババは少しがっかりする。でも結局、僕がサッカーを続けているだけで嬉しいらしい。ジジババもサッカーが好きだから、それだけで十分孝行なんだろう。

 もっとも、僕が地元の(じゃない方の)クラブに入ると報告した時、「そっちか!」と叫んだのは、ジジババもかあちゃんと同じだった。地元には二つのJクラブがある。とうちゃんがいた方じゃない方に決まったのだから無理もない。でも、僕からしたらジジババくらいは褒めてくれてもいいんじゃない?と、思う。


 かあちゃんがとうちゃんと結婚すると言った時も、ジジババは最初こそ「早い!」と反対しかけたらしい。でも、相手が地元Jクラブの選手だと知った瞬間、あっさり手放した。


「モデルでもアナウンサーでもないのに。なんてありがたい」

 ジジは本気でそう言っていた。


 あの事故以来、ジジババはスタジアムに来なくなった。試合前に泣き出すから、かあちゃんに「来るな」と止められたらしい。僕を連れて普通にサッカーを観に行くかあちゃんとは違って、ジジババには、まず悲しみが先に来てしまうんだろう。


 じゃあ、かあちゃんはどんな気持ちでスタジアムにいたんだろう。


 サポーターの中には、事故で亡くなった選手の家族だと気づく人もいたらしい。観戦前、知らない人に挨拶されているかあちゃんを、僕も何度か見たことがある。むしろ周りの方が感情を露わにしていたのかもしれない。


 でも、かあちゃんは、その頃の話をあまりしない。僕もあまり覚えていない。ただ、泣いてるかあちゃんは見たことがなかった。


 2002年の日韓ワールドカップのことも、正直、試合内容はほとんど覚えていない。


 でも、空気は覚えている。

 いつも赤い街が青かった。


 テレビをつければサッカーをやっていて、知らない人同士が「負けられない戦い」の話をしていた。かあちゃんも、ずっと浮かれていた。「こんな日が来るなんて」と何度も言ってた気がする。


 普段はクラブチームの話ばかりするのに、その時だけは代表戦になるとソワソワして、僕に小さなユニフォームを着せた。


 トルシエとか、中田とか、ベッカムとか、そういう名前だけが頭に残っている。

 それから、小野伸二。

 かあちゃんの叫び声が怖かった。その時、僕はまだ小さくて、「ワールドカップ」がどれだけ特別なのかは分かっていなかった。でも、かあちゃんが楽しそうなのは分かった。知らない人とハイタッチして、泣いて、笑って、また試合を観て。


 あの時だけは、「事故で旦那を亡くした人」としてじゃなく、「サッカー好きの人」として生きていた気がする。


 律も家に来て、一緒に試合を観ていた。

 負けた時は、二人とも本気で悔しがっていた。

 なのに、試合が終わると、


「いやー、でも日本サッカー変わったな!」

 と嬉しそうに語り始める。


 サッカーって不思議だ。

 負けても、次を信じられる。

 終わっても、また始まると思える。


 たぶん、かあちゃんたちは、そうやってサッカーに救われてきたんだと思う。


 律は、とうちゃんの親友だ。


 「サッカー」となると、いつの間にか現れる都合のいい大人だった。別に遊んでくれるわけじゃない。仕事はサッカーコーチのくせに、練習に付き合ってくれるわけでもない。


 ただ、W杯のチケットを取ってくれたり、「サッカーボール使っていい公園リスト」をくれたり、「キーパーになった祝いだ」と言って、オリバー・カーン仕様のキーパーグローブをくれたりする。本当に僕にとって都合のいい大人だ。


 絶対に「かあちゃんを狙ってるわけじゃない」絶妙な距離感を保っていた。だから、安心して好きだった。


 律は、とうちゃんが運ばれた病院でも、葬式でも、ずっと泣いていたらしい。そのことをかあちゃんにからかわれると、律は逆に、

「お前は五人まとめての葬式を泣かずに終わらせた鉄の女だろ」

 と言い返していた。


 律はバカだから、ときどき言っちゃいけないことを言う。僕にも


「お前の生まれた年って、家族が五人亡くなって、とうちゃんのチームも降格したんだよなー」


 その瞬間、律はかあちゃんに頭をスコーンと叩かれる。


「いてっ! なんだよ!」


 いや、わかれよ。お前、ただのいじめっ子だぞ。


 別に僕は、自分を不幸な人間だと思って育ったわけじゃない。悪魔の子だなんて考えたこともない。


 でも、自分の代わりに、何かが失われていったような感覚はある。

 もらえなかったものが、最初からたくさんあった感覚はある。


 律は、そういうことを無神経に言葉にしてしまう。そして毎回、かあちゃんに殴られる。


 だけど、大人になった今なら、少しだけわかる。


 律はたぶん、それを「背負え」って言っていたんだと思う。


 みんなの思いを背負って生きろって。


 もちろん、律はバカだから、そこまで深く考えてなかった可能性もある。でも、僕が勝手にいい方向へ解釈してやってるんだから感謝してほしい。


 大人になるとわかる。

 背負うものって、自分で選ぶだけじゃない。

 気づいた時には、もう背中に乗っている。

 重い日もある。逃げたくなる日もある。

 でも、それでも前に進くしかない時がある。


 たぶん僕にとって、それがサッカーなんだと思う。そして、

とうちゃんとかあちゃんの延長戦のゴールを守ることなんだと思う。


                     明日につづく

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