第1話 記憶の中の香り
「ふふ、いけない人ね」
「自分だって、楽しんでいるんだろう?」
月明りの中、まるでそこだけにスポットライトが当たっているかのように、ガゼボでいちゃついている男女が良く見えた。
(うわぁ〜っっ!!)
そんな光景を陰で覗き見ていた私、ルナディア・カルテノ。
先日デビュタントデビューしたばかりの子爵令嬢。
今夜は招待された夜会に出席していた。
けれど人込みに酔ってしまい気分を変えたくて庭園にやってきた。
そんな中で私は、その迷惑なカップルを目撃中。
(なんでこういう人たちって場所を考えないんだろう。どれだけ自分たちの世界に入っちゃってるわけ?)
…と思いながらも、私は目を覆っている両手の隙間からその様子を窺っていた。
(ま、このままここにいても仕方ないか)
私は呆れながらもそっとその場から離れようとした時、一瞬風がふわりと通りすぎた。すると鼻に突くねっとりとしたあの二人の匂いの中に、微かに感じた爽やかな香り。
…私は……この香りを知っている…
『ルナ!』
可愛らしい男の子の声。
ズキン!
「あっ…くっ」
左から右に突き刺さるような突然の頭痛。
私はふらつきながらも廻廊へと辿り着き、備え付けてある休憩用の長椅子に腰を下ろした。
「……うぅっ…」
人気のない廻廊。
助けを呼びたくても、誰もいない。
声を出すのさえしんどい。
その間も、容赦なく私の頭の中で鐘が鳴っている。
音が広がらないように頭を押さえても、どんどん鈍い痛みが広がっていった。
それと同時に、見知らぬ風景がランダムに頭の中に流れ込み始める。
「な…に…これ……っ」
『大丈夫だよっ 足が付くから暴れないでっ』
『ルナ、おまえは僕の初めての友達だっ』
『おいで、こっちだよっ』
『ルナ、僕の牛乳飲んでくれる? 嫌いなんだ』
『また猫にやられたのか~? 犬のくせに~っ あはは』
『ルナ、大好きだよ! ずっと一緒だよ!』
私は一生懸命、彼の後を追いかける。
きらきらの金髪に、きらきらの青い瞳の男の子を。
知らない風景のはずなのに、私は知っている。
切なくなるほどの大切な想い出…
大好きな大好きな友達。
ずっと一緒にいたかった。
大切な……
「アーティー……」
泣きながら愛しい人の名を呼ぶ。
そう…私はかつて黒い犬だった。




