第十四話「魔法は永遠に…!それぞれの道へ!!」
キルスを抱いたまま自室に戻ったコルザは、どこか浮かない顔だった。
「あれ?話終わったのか?コルザ?」
既に部屋に戻っていた槍と顕影は、カードで遊びながら、コルザの方を向いた。
「う、うん。…あれ、陽奈ちゃんは?」
「お前の姉さんのとこ。…こっちに来たがってたけど、向こうへやったんだ。俺アイツ苦手なんだよ…」
陽奈の猛烈アタックに嫌気がさしていた槍は、ため息をついて言った。
コルザは微笑して槍を見ている。
「……で、どうなったんだ?花見さん、ここに残るって?」
槍の質問にコルザは首を横に振った。槍と顕影は顔を見合わせた。
「ほらな!俺の言った通りだろ!」
「まさか…。花見さんの性格なら、きっと魔法界の女王になると思ったのですが…」
二人は、愛莉のプリンセスへの行方をそれぞれ予想していたらしく、思っていた通りの結果になった槍は、得意気に顕影を見ていた。
「新志は?新志はなんて言ってた?」
槍にはそれが一番気になっていた事らしく、コルザに答えを急かした。
「新志君は、愛莉ちゃんがここに残ったら困るって…。愛莉ちゃんは、新志君がここに残るなら、自分も残るって…。でも、そんなことは出来ないから…」
コルザが笑顔を混じらせて意味深に話すのに、槍と顕影は先が気になって彼を見つめた。
「二人は、お互い無くてはならない存在だから。…僕は、固い絆で結ばれた二人を引き離すことは出来ないって言ったんだ。…そしたら、二人共、赤くなっちゃって…」
コルザは笑いながら言った。
「…そうか…ハハっ!新志のやつ、やるじゃないか!」
槍は安心したように笑い出した。
「…全く、僕たちはまだ小学生ですよ?新志君といい槍君といい、みんな破廉恥ですね!」
「うるせー」
文句をつける顕影に反発した槍だったが、どこか嬉しそうな表情だった。
「ありがとな。コルザ!」
新志と愛莉の仲を取り持ったコルザに、槍は礼を言った。
「新志君達には、お世話になったから、そのお礼なんだよ」
コルザは槍に笑顔を向けて言った。
その時、部屋の扉が開き、新志が勢いよく入って来た。
「コルザっ!!」
みんなは新志の方に顔を向けた。
「新志君、どうしたの?…愛莉ちゃんとの話、終わったの?」
「コルザから聞いたぞ!ちゃんと花見さんに気持ち伝えたのか?」
「なっ!?…破廉恥な…」
事情を知っている槍と顕影に、新志は顔を赤くして返した。
「ぼ、僕の事はいいんだよっ!!…それより、問題は君だ!!」
新志はコルザの方に身体を向けて言った。
「…え?」
新志の言ってることが理解出来ないコルザは、きょとんとして聞き返した。
「莉々さんだよ!!莉々さんに、ちゃんとコルザの気持ちを伝えなくちゃ!!」
唐突に莉々の名前が登場し、槍と顕影は意味が分からず、頭に「?」を浮かべていた。
だが、コルザは新志にそう言われると、視線を落として険しい顔をした。
「………」
コルザは抱いていたキルスを床に離し、新志から背くように、窓の方へと移動した。新志はめげずにその後を追った。
「…さっき話してくれた事…、僕、思い返してよく考えたんだ。コルザは、僕と愛莉ちゃんを羨ましいって言ってくれた。…それって、君が…。コルザが、莉々さんとそういうふうになれたらって思ってるからなんじゃないの?」
コルザはじっと窓の外を眺めている。新志は話を続けた。
「…僕ね、人間界で、莉々さんに同じ事を言われた時、勘違いして、僕らにヤキモチを焼いてるんだと思ってた。…でも、違ったんだ…。莉々さんは、君に会えて…、唯一心の内を話せる君と出会えて、僕らのような強い絆で結ばれるような関係になりたいって思っていたからなんだよ!!」
窓のカーテンに手を当てていたコルザは、それをギュッと強く握った。
「…ね?ね?コルザ?そうでしょ?君も、そう思うでしょ?」
新志はコルザのもとへ駆け寄って、彼の気持ちを急くように同意を求めた。
「……新志君…」
コルザは、駆け寄って来た新志の方に顔を向けた。
「……っ!?」
新志は、コルザが、どうにも切ない表情をしている事に驚いた。
「…どうしてそんな顔するの?君にだって、心が分かち合える、強い絆で結ばれる相手が見つかったんだよ?……なのに…」
新志の言葉を遮るように、コルザは首を横に振った。
「…よく考えてみて…。僕に力を与えたせいで、莉々さんには、今魔力が無いんだよ?…僕、そんな彼女にここに残って欲しいなんて、とてもじゃないけど言えないよ…」
当然、人間の莉々が魔法界に住むことなど、本人にとっても難しい事だが、そんなことをあの大王が許すはずがなかった。コルザはそのことも踏まえ、妃候補に莉々の名前を出さなかった。
新志はどうしても諦められず、莉々がここに残る方法を考えた。
「…で、でもっ!……あっ!そうだ!さっき愛莉ちゃんが言ってたみたいに、莉々さんの魔力を解放してあげたら…?」
「莉々さんは、魔力を根本から失ってるんだ。新志君みたいに、可能性を宿しているわけじゃないんだよ…」
「………」
諦めきれない新志だったが、他の方法が思い当たらず、下を向いて黙った。
「……それにね…」
コルザが新志に話しかけ、新志はパッと顔を上げて、コルザを見た。
「莉々さん…、このところ、僕を避けてるみたいなんだ…」
「…えっ?」
視線を落として寂しそうに言うコルザの顔を、新志はじっと見つめた。
「きっと、莉々さんも、分かってるんじゃないかな…。いずれ離れ離れになるんだから、今ここで親しくしたって、何の意味もないって…。……別れが辛くなるだけだろうって……」
コルザの言う事に、新志は目に涙を溜めて、とっさにコルザの肩を掴んだ。
「なんでそんな風に思うんだよっ!?…なんでっ…、なんで二人共、お互いの気持ちを隠したまま離れようとするんだよっ!?…そんなのおかしいよ…っ!!」
新志はコルザの肩を揺さぶって、泣きながら訴えた。コルザは辛そうに目を閉じて、新志に揺さぶられるがまま黙っている。
顕影は、新志を止めようとしたが、槍が察して、顕影の肩を掴んで止めた。
「…コルザは、僕と愛莉ちゃんとの距離を縮めてくれたじゃないか!僕らだけ幸せにして、自分はいいだなんて、そんなの僕が許さないっ!!…僕だって、コルザには幸せになって欲しいんだよ!!…僕だって…コルザの役に立ちたいんだよ…」
新志は涙を拭ってコルザに訴えた。コルザは、どこまでも自分の為に力を尽くしてくれようとする、切実な新志にかけがえのなさを感じ、敬意を表した目で彼を見つめていた。
「……コルザ……。…莉々さんの事…、好きなんでしょ…?」
新志は赤い目でコルザに聞いた。
コルザは、新志から視線を反らし、窓の外に目をやると、また視線を新志に戻して答えた。
「………うん。…好きだよ…。僕、莉々さんの事が好きだ」
コルザは頬を赤く染め、笑顔を込めて新志に答えた。
コルザの気持ちに確信が持てた新志は、嬉しそうに目を見開いて、コルザに最後の一押しをした。
「その気持ち、莉々さんに伝えるんだ!思っているだけじゃ駄目だよ!コルザは強くなったんだ!自分の気持ちを、ちゃんと言えるようになったじゃないか!!」
「……でも…」
コルザは、恥ずかしそうにためらいを見せた。
「莉々さんがなんと言おうと、それが君の気持ちなんだから!怖がっちゃ駄目だよ!失敗なんか恐れるな!!」
新志はガッツポーズを見せ、コルザに勇気を湧きあがらせた。
「…このまま別れたって、悔いが残るだけだろ?また心を閉ざすのか?」
話を聞いていた槍が、新志の後押しをするようにコルザに言った。
「やらないで後悔するより、やって後悔した方がいいってヤツですね」
顕影も槍に便乗して言った。
「お!お前にしては、いい事言うじゃないか!」
「その通りだよ!顕影君!!」
新志、槍、顕影は笑い合って、コルザの方を見た。
「…ありがとう。新志君…。槍君に顕影君も。僕…、莉々さんに気持ちを伝えてみるよ。彼女には、僕の気持ちを知ってもらいたいから…」
コルザは赤い顔で、うつむいてみんなに礼を言った。そんなコルザを見た新志は、とても嬉しそうな顔で彼を見ていた。
槍は「やるじゃないか」といった顔で、新志の腕を肘でつき、新志は槍の方に手を向けて、彼とハイタッチを交わした。
ジュセの部屋に戻った愛莉だったが、部屋には莉々がおらず、居場所を聞いて、庭へとを探しに来ていた。
「…あっ!」
愛莉は、ベンチに座って花を眺めている莉々を見つけ、そちらへ歩いて行った。
「こんなとこで何してんの?」
突然愛莉に声をかけられ、莉々はハッとして顔を上げた。
「…愛莉…」
「私もすーわろ!」
愛莉はピョンッと飛び跳ねて近づき、莉々の隣に座った。
「…プリンセスの話、断ったんだってね」
莉々が愛莉に話しかけた。
「うん!あ、コルザから聞いた?」
愛莉の問いに、莉々はコクンと頷いた。
「……いいの?」
「何が?」
「夢だったのに…」
「……だから、おばあちゃんのね」
莉々は愛莉の顔を見た。
「それはさ、おばあちゃんの願いであって、私の意思は別にあるんだって、ちゃんと分かった。…コルザがね、教えてくれたんだ!」
愛莉は笑顔で莉々に言った。
「…え?…コルザが?」
莉々は疑問に思って聞いた。
「うん。…私、とうとうプリンセスになれるってなった瞬間、嬉しくなかったの。…どっちかっていうと、不安だった。魔法界で暮らす自信ないし、ここにはみんないないし…」
愛莉は、視線を落として言った。そんな愛莉を見ていた莉々も、視線を落として、足元に咲く花を見つめた。
愛莉はチラッと莉々に目を向けた。
「……コルザってさ、本当に優しいよね」
莉々はハッとして視線を上げた。そんな莉々の様子を見た愛莉は、ニコッと笑って続けた。
「私思い切ってコルザに好きだって言っちゃった!」
「えっ!?」
莉々は驚いた顔で愛莉を見た。愛莉は立ち上がって続けた。
「…でもね、コルザの凄い所って、そんな私に、新志君の事が好きだって気付かせてくれるとこなんだよ!」
愛莉は恥ずかしそうに赤くなって、身体の後ろで指を組んで言った。
「…え?…新志君が好きって…?」
莉々の問いに、愛莉は頷いて答えた。
「私、気持ちをごまかすために、コルザの事、好きだって言ったんだ。…でも、そんなこと見透かされてた…。私と新志君を引き裂くようなことはしたくないって言ってくれた。私達は、互いに無くてはならない存在なんだって…」
恥ずかしさをごまかすように、愛莉は庭をピョンピョン跳ねながら話した。
「………」
莉々はそんな愛莉を見つめながら、黙って聞いていた。
「…コルザ、言ってたよ。私達に強い絆があることを教えてくれたのは、お姉ちゃんだって!」
愛莉は跳ねるのを止め、莉々の方へ振り返って言った。
「……っ」
莉々は黙って愛莉を見つめている。
愛莉は莉々の方へ歩み寄って、彼女の前に立った。
「私さ、回りくどいの嫌いだから、単刀直入に聞くけど……、お姉ちゃん、コルザの事、どう思ってるの?」
愛莉の問いに驚いた莉々は、顔を上げた。
「…ど、どうって…」
「…嫌い?…それとも好き?」
莉々は困って、うつむいてしまった。
「………」
愛莉は「はぁ」とため息をついて、くるっと背を向けた。
「お姉ちゃん、魔力がある時はあんなにかっこよかったのに…。魔力が無くなると、また前みたいに暗くなっちゃうんだね」
「………」
愛莉に言われ、莉々は目を閉じた。
「…そうなのよ…。私、駄目なの…」
愛莉は、ハッとして莉々の方を振り返った。
「…魔力が無いと、自信がなくなるの。…引っ込み思案な人見知りに戻っちゃって…。…コルザが話しかけて来てくれても…ろくに顔も見れない…」
「…お姉ちゃん…」
辛そうに話す莉々を愛莉は見つめた。
「…私がコルザと話していたのは、彼がドラゴンの姿の時だったから…、コルザの印象って、あの時のものが強いでしょう?…だから、元の姿に戻ったコルザと話そうとすると、すごく緊張してしまうの…」
莉々は、両手を胸に当て、ギュッと手を握った。
「…キルスを見て、なんとかあの時のコルザを思い出そうとするんだけど、やっぱり本物のドラゴンになっちゃってて、懐いてくれないのよ…」
莉々は目を開いて、寂しそうに言った。
莉々の話を聞いていた愛莉は、クスクス笑い出した。
「…?何が可笑しいの?」
莉々は、ハッと顔を上げて、愛莉に聞いた。
「…だってさぁ…アハハ!…それってコルザの事、大好きだって言ってるようなもんじゃん!!」
愛莉はお腹を抱えてまだ笑っている。
愛莉の言葉に、莉々は、かぁっと赤くなった。
「そ、そうじゃなくて!緊張してっ…!私、コルザとは話せないの!…だから、好きとかじゃ…」
莉々が必死で否定するのを、愛莉は立ち防いで返した。
「コルザはね、コルザのままなんだよ!ドラゴンの姿であろうと、今の姿であろうと、コルザはコルザなの!…お姉ちゃんの話を聞いてくれていた優しいコルザは、ちゃんと傍にいるのに、どうして逃げようとするの!?」
両手を腰に当て、愛莉は莉々を叱るように言った。莉々は、黙って愛莉を見上げている。
「…私、コルザなら、お姉ちゃんのこと、凄く大事にしてくれると思う。…コルザにだったら、安心してお姉ちゃんを任せられると思ってるよ」
「……愛莉…?」
いつもと違った優しい表情で自分を見つめる愛莉の目に、莉々はそこに何か深い意味があると感じて、じっと見つめた。
「……私達、離れ離れになっても、ずっと血のつながった姉妹だからね!」
愛莉は目に涙を溜めていた。
莉々は立ち上がって、不安そうに愛莉を見た。
「な、何を言うの?…愛莉…」
「これが、私がお姉ちゃんに出来る、たった一つのことなの!…お姉ちゃんは、幸せになるべきなの!魔力が無くなって、ずっと自分を抑えてたお姉ちゃんにも、心を癒してくれる相手が現れたんだから!…だからっ」
愛莉は涙をボロボロ流して莉々を説得した。
莉々の目にも涙が溢れ出し、何も言えずに涙だけが次々に流れ出した。
「…お姉ちゃんには、心配かけてばっかだったけど、妹として出来ることは、これしかないと思ってる…。お姉ちゃん、ここに残って、コルザの傍にいてあげてよ」
幼気な愛莉の願いに、莉々は答えることが出来ず、その場に泣き崩れてしまった。
「………」
愛莉は泣きながら、黙って莉々を見つめていた。
莉々との話を終えた愛莉は、トボトボとジュセの部屋へと向かっていた。
「あ!愛莉ちゃん!!」
向こうから声をかけ、駆けて来たのは新志だった。
「…新志君」
愛莉は先程の涙を新志に悟られないように、笑顔を見せた。
「どうだった?莉々さんの方は?」
新志は期待に満ちた目で、愛莉に聞いた。
「うん!バッチリ!!」
愛莉はオーケーサインを新志に見せて言った。新志は嬉しそうにガッツポーズをした。
「コルザの方は?」
愛莉は新志に聞いた。
「もちろんオッケーだよ!」
新志は嬉しそうに言った。
「コルザ、莉々さんの事心配してたけど、やっぱり莉々さんも、同じ気持ちだったんだね!」
新志の言葉に疑問を抱いた愛莉は、新志に聞いた。
「お姉ちゃんの事を心配って?」
「…うん。莉々さんが、コルザを避けてるみたいでさ。そのことを悩んでいたみたいなんだ」
新志の話を聞いた愛莉は、プッと噴出して、笑い出した。
「え?なに?」
新志は、愛莉の笑う理由が分からずに聞いた。
「実はね…」
愛莉は新志に耳打ちし、その理由を話した。
「ええっ!なんだ、そんなことだったの?」
理由が分かった新志は笑い出した。
「ね、おかしいでしょ!?」
愛莉も笑いながら言った。
「莉々さん、そんなにコルザの事を想ってたんだ…」
新志の心には、なんとか二人を幸せにしたいという気持ちが募っていた。
「あとは、二人に任せるしかないでしょ!」
愛莉は新志にウインクして言った。
「うん!そうだね!」
自分たちに出来るのはここまでだと、二人は満足気に笑い合って廊下を駆けて行った。
翌日。
以前の大広間に全員が集まっていた。
愛莉がプリンセスとして魔法界に残るかどうかの答えを、大王に伝えるために設けられた場で、みんなはそれを見守るために来ていたのだった。
城の行く末にも大いに関わるプリンセスが決まるという事で、ランバダやスヴァイ、ジュセも祭壇に並べられた椅子に座って、事の顛末を見守ろうとしていた。
ミト達臣従も主の隣に立ち、その様子を見守った。ランバダの隣には、新しく選ばれた巨漢な臣従が立っていた。
ジュセの隣にはパントラの姿はなく、彼は、大王と話をするコルザに付き添っているようだった。
新志達は、コルザが立つであろう広間の中央を見守るように、壁に沿って並び、大王とコルザが顔を合わせるのを待っていた。
「わ、私、ここにいていいのかな?」
愛莉は、不安そうに横にいる新志に話しかけた。
「大丈夫だよ!愛莉ちゃんが自分の意思で決めたんだから。コルザがちゃんと説明してくれるよ!」
新志は笑顔で愛莉に言った。
「…俺達場違いな気がするけど…。いいのか?」
槍は、祭壇の方の娘たちに目をやって言った。カラビーニア家の三姉妹は、みんな正装に着替え、煌びやかに着飾っている。
「気にすることないって!僕たちだって呼ばれたんだから、堂々と立っていたらいいんだよ!」
確かに場違いなことは新志も気付いていたが、この際仕方がないと思い、新志は槍に言い聞かせた。
「これはカラビーニア家の今後を決めるために設けられた席だから、あなた達は、そのままでいいのよ」
リィーズは、みんなを安心させるように言った。
「そうそう!着飾るのは、王族の人達だけでいいの!…それにしても、こんな席にも、お付きの女性を呼ぶのね…」
霊の姿で浮いているバラノアは、祭壇に置かれた三つの椅子を見て呆れた顔で言った。
中央の派手な装飾がある大きな椅子は大王が座るものとして、その両隣の椅子は、きっと側近の女性が座るものだと直感したからだった。
「………緊張する…」
広間の外の扉の前に立ったコルザは、深いため息をついて、横で服にブラシをかけているパントラに言った。
「気をしっかり持って!コルザ様!みんなも見守ってくれていますよ!」
パントラは、コルザの緊張を和らげようと励ました。
コルザは頷いて、前を向いた。
「…ご成功、お祈りしています…。では…」
パントラは、コルザにそう言うと、広間の扉をギィィッと開いた。
コルザは目の前に開ける、広間の様子を眺めた。
広間にいたみんなは、コルザの方に顔を向けた。
(…うわぁ…、こ、これは、凄いな…)
恐る恐る足を踏み入れ、注目の的となったコルザは、尚更緊張した様子を見せた。
部屋の中心まで来たコルザは立ち止まって、そこで大王が現れるのを待った。
大王の椅子を見つめると、「はぁ」っと深いため息をつき、周りの者からも彼が緊張しているのが分かるほどだった。
「……コルザ、大丈夫かなぁ?なんかガチガチに緊張してるみたいだけど…?」
愛莉はコルザの様子を心配して、新志に言った。
「…う、うん…。だ、大丈夫…かなぁ?」
新志もコルザの様子を見て、心配になり、じっと見つめていた。
「でも、アイツはいつも通りの格好だな」
槍はコルザの格好がいつもと変わらないことに、安心した様子で言った。
「…なによ。あんな格好でお父様の前に立つつもり?」
ランバダは、コルザの格好に文句をつけた。
「それに、あの緊張した様子!後継ぎなんかに到底見えないわね!…これはもしかしたら、お父様の気がかわるかもしれない!」
スヴァイはランバダにコソっと言った。
「………」
それを聞いていたミトと、少し向こうにいるジュセ、彼女のもとに戻って来たパントラが、ジロッと睨んで見ていた。
気持ちを落ち着かせようとしていたコルザは、何かを思いついて、くるっと身体の向きを変えた。
コルザはリィーズの所へ向かって歩き、彼女に話しかけた。
「…リィーズ様、お願いがあるのですが…」
リィーズは、コルザが来たことに驚いた様子で返した。
「…?何かしら?」
コルザは、みんなのいる方から目を背け、リィーズとバラノアに言った。
「こっちへ来てもらえますか?…バラノアも」
「え?私も?」
突然呼ばれたバラノアも、コルザに言われるがままについて行った。
みんなはその様子を不思議そうに見ている。
「……分かったわ!」
「任せて!」
リィーズとバラノアは、嬉しそうにコルザに返事をした。
「お願いします」
コルザは、リィーズ達にそう言うと、また、さっきの場所へと戻ろうとした。
「…コルザっ!」
すると、新志が呼びかけた。コルザは新志の方へ振り返った。
「なあに?新志君?」
コルザは笑顔で新志に聞いた。
「…あの…、大丈夫?…お父さんと、上手く話せる?」
新志は心配そうにコルザを見て聞いた。
「…大丈夫だよ。愛莉ちゃんの事は、ちゃんと話すから、安心して!」
コルザはニコッと笑顔を新志と愛莉に向けて言うと、先程の場所へと戻って行った。
先程より緊張が解れた様子のコルザを見て、新志と愛莉は安心し、笑顔で顔を見合った。
祭壇の横の扉が開き、大王が姿を現した。城の者は立ち上がり、大王にお辞儀をした。
コルザはその場で立膝を付いて、頭を下げた。
「よい!そんなにかしこまった場ではないのだからな!!楽にしろ!!」
大王はそう言って、みんなに頭を上げさせた。
祭壇の椅子まで来ると、大王は両側に連れた側近の女性を先に椅子に座らせ、それを見届けた後に自分も腰を下ろした。
大王は目の前にいる、立膝を付いたままのコルザに言った。
「……私に話しがあると聞いた。お前の妃の事だとは察しがつくが…。この城の今後に関わることだからな…。良き知らせだと期待しているぞ」
大王の言葉を聞き、愛莉は不安を募らせ、横にいる新志の服の袖をギュッと握った。
コルザはゆっくり頭を下げて大王に話し出した。
「…お話とはまさしくそのことです。…ですが、まず、後継ぎを僕に選んで下さったこと…、この場を借りて、お礼を申し上げたく思います」
礼儀を重んじる姿勢を見せることに、大王は感心してコルザを見つめた。
ランバダとスヴァイは、面白くなさそうにそれを見ていた。ジュセとパントラは、コルザの姿を嬉しそうに見つめている。
「……よいのだ。後継ぎは以前から決まっていた事…」
「………」
大王は、いつまでも自分にかしこまった態度を示すコルザに言った。
「顔を上げろ。楽にすればいい」
「……はい」
コルザは顔を上げ、立ち上がった。
「ところで、愛莉ちゃんは?何故、隅っこにいる?」
大王は愛莉の方に目をやり、愛莉に話しかけた。愛莉はビクッと反応すると、新志の後ろに隠れた。
「父様!!」
コルザはとっさに大王に話しかけた。大王はコルザの方へ目を向けた。
「愛莉ちゃんは…。愛莉ちゃんは、僕の妃にはなりません!彼女は、人間界へ帰ることを望んでいます!」
大王は、ギロッとコルザを睨んだ。コルザはめげずに続けた。
「僕は、嫌がる彼女を無理やり引き留めたくはありません!愛莉ちゃんは、人間界で暮らす方がずっと幸せなんです!みんなと…大好きな人と一緒にいる方が!!」
コルザは大王の理解を得る為、必死に訴えた。
「……では、お前はどうするのだ?」
「……え?」
睨んだまま聞く大王に、コルザは聞き返した。
「魔力を補ってもらう相手もいないまま、私の座を引き継ぐつもりか?…私も甘く見られたものだ…。この地位は、そのように安易な考えだけで手に入るものではないっ!!」
立ち上がった大王はマントを翻して、コルザに背中を向けた。
「………っ!?」
悲痛な表情で、大王を見つめるコルザは、しばらく考えると、うつむいて話し出した。
「………僕だって…。僕だって心に決めた人はいないわけじゃない…」
大王は、尖った耳をピクッと動かして、コルザの方に顔を向けた。
「…いずれ、僕も自分の力で相手を見つけるつもりです…」
コルザは顔を上げて、大王に向かって言った。
「でも、愛莉ちゃんは違うんだ!!…彼女は妃になる人じゃないっ!このまま人間界へ返してあげて下さい…っ!みんなと一緒に…っ!」
コルザの強い訴えに、大王は身体をコルザの方に戻した。
「……お前自身が見つける……か…」
大王は呟いた。
「いつになることやら、分からんな」
大王は、笑ってコルザに言った。コルザは大王の顔を見つめた。
「…愛莉ちゃん。無理を言ってすまなかった。ひどく、悩ませたみたいだな」
大王は、愛莉をコルザの妃にすることは諦めたようで、愛莉の方を向いて謝った。
「い、いいえっ!こちらこそ、すみません…」
愛莉は新志の後ろで、頭を下げて言った。
「…良い話が聞けると思ったが…。期待はずれであったか…」
大王は残念そうに、その場を去ろうとした。
コルザは、慌てて大王を引き留めた。
「と、父様っ!…実は、父様からも、お礼を申し上げてもらいたい人がいるんです!」
「……?」
コルザの言葉に、大王は疑問の表情を浮かべた。
「バーロンとの戦いで、分裂した心が壊されそうになった時、僕を救ってくれた…。僕の命の恩人なんです!」
「……お前の…恩人…?新志君ではないのか…?」
大王の問いにコルザは答えた。
「新志君達には、とてもお世話になりました…。だけど、もう一人、僕に魔力を与えてまで自身を犠牲にしてくれた人がいるんです…」
コルザは、リィーズとバラノアの方に振り返り、合図をした。
リィーズとバラノアはコルザに頷いて返し、横にいる莉々の背中に手を当てた。
「さ、莉々。行きましょう!」
リィーズとバラノアに誘導された莉々は、驚いて彼女たちの顔を見た。
「えっ!?ええっ!?…ま、待って…っ!!わ、私は、何も…っ!!」
莉々は慌てて大王の前に行くのを拒んだが、リィーズ達に連れて行かれるがままに、コルザの隣へと移動した。
リィーズ達は一歩後ろに下がって、莉々を見守った。
莉々は恥ずかしそうにコルザを見た。コルザは莉々に優しい笑みを向けている。
「………」
莉々は赤くなって顔を背けた。
「…この者が、お前の命の恩人か…?」
「そうです。莉々さんです。リィーズ様のお孫さんで、バラノアの姪御さん。そして、愛莉ちゃんのお姉さんです」
「……ほう…」
大王は、莉々をしばらくじっと見た。莉々の魔力を読み取ろうとしているようだ。
「…お前の言う通り、魔力を全てお前に与えたようだな」
大王に言われ、コルザは頷いた。
「……顔を上げろ」
大王は、ずっと顔を伏せている莉々に言った。
「………」
莉々は、躊躇した様子を見せた。
「おねえちゃんっ!ガンバ!」
「莉々さんっ!」
見守っている新志達は、小さな声で莉々にエールを送った。
「…莉々…」
「ファイトよ!」
リィーズとバラノアも、心配そうに莉々を見つめている。
「……莉々さん」
コルザは莉々に歩み寄って声をかけた。
莉々はチラッとコルザに目をやった。コルザは微笑んで、黙って頷いた。
「………」
莉々はゆっくり顔を上げ、大王に目をやった。
大王は、莉々の顔を見ると、目を見開き、莉々の方へ数歩前に出た。
「……バラノアに似ているな…。…美しい……!」
そう言うと、大王は、莉々の前に躍り出て、躊躇する間もない彼女の手を握った。
「そなた、私の妃とならんか!?」
大王の発言に、その場にいる全員は驚きのあまり声を失った。
ランバダ、スヴァイは驚いて椅子から立ち上がった。
「……え…」
「う、うっそ……」
「…あのスケベおやじ…」
「救いようがありませんね…」
「こ、こういう展開!?」
陽奈、愛莉、槍、顕影、新志は、膝をガクッと落としてあっけに取られていた。
「……お父様…」
おでこに手を当ててうなだれるジュセを、パントラは慌てて心配した。
「………っ」
「莉々を嫁にだなんてっ!!何考えてんのよっ!?恥を知りなさいっ!!」
言葉を失うリィーズの横で、バラノアは怒り狂っていた。
「大王様!私達を差し置いて、それはありませんわ!!」
「そうですわ!!これじゃあ、私達、何の為にいるんだか、分からないじゃありませんの!!」
側近の女性たちも立ち上がって、次々に大王に抗議した。
言葉を失って、訳が分からなくなっている莉々の横で、コルザはこぶしを握り締めて震えていた。
「莉々さんは駄目だっっ!!」
そう叫ぶと、コルザは大王から莉々を引き離し、彼女の前に立った。
大王と莉々は驚いた顔でコルザを見ている。
「…父様、僕は、命の恩人である莉々さんに、お礼を申し上げて欲しいと言っているんです!」
コルザにキッと睨まれ、大王は一歩下がった。
「…何をそんなに怒っている…。冗談ではないか」
大王はコルザの気をなだめようとした。だが逆なでしたようで、コルザは大王に怒鳴った。
「冗談で莉々さんの気持ちをもてあそばないで下さいっ!莉々さん、怖がって怯えてるじゃないですか!?」
大王は、震えている莉々に気付いた。大王は咳払いをして、身なりを整えた。
「…すまん。コルザの恩人に悪い事をした…。莉々といったな。…自身を犠牲にして、コルザに魔力を与えてくれた事、ほんに感謝する」
莉々は、震える身体を抑えながら、首を横に振って返した。
「……何か、要望はあるか?…礼として、何か好きな物をやるぞ…?」
大王は莉々に気を使って聞いた。だが、莉々は首を横に振って返すだけだった。
コルザは申し訳なさそうに莉々の方に歩み寄って、彼女に聞いた。
「…莉々さん、本当にいいの?何か望みを言ってくれていいんですよ…?」
「………」
莉々は、コルザと目を合わすことなく、黙ってうなずいた。
コルザも視線を落とし、諦めて、リィーズ達に莉々の事を任せようと、そちらに身体を向けた。
「……わ…、わ…たし……」
すると、莉々がコルザに何かを伝えたそうに、口を開いた。
コルザはハッとして、身体を莉々の方に戻した。
「……?なに…?」
コルザは、莉々に微笑んで聞いた。
「……私…。コルザに……」
莉々は、勇気を出して、胸の内を話そうとしているようだった。
「………」
そんな莉々の気持ちを察して、コルザは莉々をじっと見つめていた。
「…お姉ちゃん…。まさか…」
愛莉には莉々の言おうとしていることが分かり、驚いて前に出た。
新志達もそれを察し、愛莉同様に前に出ると、コルザにジェスチャーを与え出した。
(コルザーっ!!莉々さんに気持ちを伝えるなら、今がチャンスだぞーっ!!)
新志、愛莉、槍が何か伝えたそうにしているのに気付いたコルザは、頭に「?」を浮かべてそちらに目をやった。
(コルザーっ!!告白しろーっ!!)
新志達は、今がチャンスだと言わんばかりに、莉々を指さして、コルザに訴えた。
「えっ…!ええっ!?」
新志達の伝えたがっていることが分かったコルザは、顔を赤くして、莉々に目をやった。
まさかこの場で莉々に気持ちを伝えることになるとは、予想していなかったようで、コルザは困った様子で、莉々から顔を背けた。
「ああっ!コルザ、何してんのっ!?」
「今言わないでどうするんだよっ!!」
愛莉と槍は、戸惑うコルザをじれったく感じた。
「…分かる気もするな…。好きだって気持ちを伝えるなんて、簡単そうで、凄く難しいんだ…。でも、コルザには、今しかチャンスが無いんだ!コルザっ!頑張れっ!!勇気を出すんだ!!」
新志は必死にコルザにエールを送った。
祭壇で見ているジュセは、新志達のコルザへの気持ちをありがたく思い、黙って見守っていた。
「………」
コルザは、莉々にどう切り出すべきか考えていた。莉々は、恥ずかしそうにコルザから顔を背けている。
(…あっ!そうだっ!!)
コルザは何かを思いつき、辺りを見渡した。
(……いたっ!)
コルザは目的のものを見つけると、口に指を当て、「ピィー」っと口笛を鳴らした。
広間の天井で眠っていたキルスが目を覚まし、羽を広げて、コルザの所へ飛んできた。
コルザは腕を出して、キルスを捕まらせた。
「………」
莉々はその様子を不思議そうにじっと見ている。
コルザは莉々の前まで歩き、キルスを差し出した。
「………?」
莉々は不思議そうにキルスとコルザを見つめた。
「キルスを抱いていて」
笑顔のコルザに言われ、莉々は黙ってコルザからキルスを受け取った。
コルザは身をかがめて、莉々に視線を合わせて言った。
「今から僕が話す事、キルスに入った僕が言っているものだと思って聞いてね?」
「…えっ?」
莉々は困惑してコルザを見たが、コルザは莉々の後ろに隠れ、背を向けて彼女からは見えないようにした。
「なるほどっ!!」
「さっすがっ!!」
新志と愛莉は納得して、互いを見合った。莉々にとってコルザの印象は、ドラゴンになっていた時のものが強く残っていると、コルザは新志から聞いていたようで、この方法をとっさに思いついたようだった。
コルザは莉々を背にして話し出した。
「…僕、莉々さんにずっと言いたかったことがあるんです。ずっと…。ずっとあなたにお礼が言いたかった。…僕の身体を元に戻してくれたことはもちろんですが…、あなたがバラノアの力を借りて、もう一人の僕と、魔法界で争いの引き金となるジェムエレメントを消滅させようとしてくれた事。人間界で元の姿に戻った僕を助けてくれた事。リィーズ様や愛莉ちゃん、新志君に秘密にしていたことを、僕に打ち明けてくれた事。それに、僕に心の内を話してくれた事……。その全部が凄く嬉しかった!…どうも、ありがとう!」
莉々は顔を赤くして、ずっとキルスを見つめていた。
「初めて会った頃、正直なところ、僕の気持ちを見透かしてるようなあなたの目が、不安に感じることがありました…。でも、それって、思い返すと、僕と同じ気持ちを抱いていたからなんだなって気付きました」
「…えっ?」
莉々はキルスから視線を離し、顔を上げた。
「莉々さんと僕…。小さいころ、バラノアと一緒にいて、僕ら、彼女の影響を凄く受けたんだと思います。考え方や思いが、凄く似てる…。そして、共にバラノアを尊敬している…」
「………」
莉々はまた、キルスに目を戻した。
「……コルザ…。…莉々……」
二人を見守っているバラノアは、二人が自分の事を大切に思っていてくれたと知って、目に涙を溜めた。
コルザは、意を決したように顔を上げ、莉々の方へ身体を向けた。
「僕、悔いを残したまま、莉々さんと別れるのは嫌だから。…僕の気持ちを、今ここで伝えさせてください!」
「………」
莉々は、キルスを抱く手に力を入れた。
「僕……、僕っ、莉々さんの事が……好きです!」
コルザは顔を赤くして、まっすぐに莉々を見つめて言った。
莉々は、高鳴る鼓動に耐えるように、ギュッと目を閉じて、キルスを力強く抱いた。
途端にキルスは苦しそうに暴れ、莉々の腕から逃れるようにピョンッと降りると、コルザの方へ走って、彼の身体によじ登った。
莉々は慌ててキルスの方へ振り返ると、彼女の方を向いていたコルザと目が合った。
「……コルザ…」
「………」
莉々は顔を赤くして、じっとコルザを見つめた。コルザも、莉々同様に顔を赤く染めて、じっと莉々を見つめている。
莉々は、視線を背け、恥ずかしそうに口を開いた。
「……私…。…あの…。……と…、とっても…嬉しい…。…嬉しいんだけど…。…でも…」
莉々の言いたいことを察すると、コルザも莉々から視線を背けてうつむいた。
「……見ての通り、私は、ただの人間よ…?…じきにこの国の王になるあなたとは、とても吊り合わないわ…」
やはりそれが最大の問題だ。みんなはそれを思うと、残念そうに視線を落とした。
「そこは、私の出番でしょ!?」
愛莉が一歩前に出て、莉々とコルザに話しかけた。みんなも、愛莉の方に視線を向けた。
「…愛莉ちゃん?どういう事?」
新志は疑問に思って、愛莉に聞いた。
「簡単な話じゃん!私の魔力を、お姉ちゃんにあげたらいいだけの話でしょ?」
愛莉の発言に、みんなは驚いた。
「愛莉!?でも、それじゃあ、あなたの魔力が無くなってしまうのよ?」
リィーズは慌てて愛莉に言った。
「分かってるよ?覚悟の上だって!…それに、私には、もう魔力なんて必要ないもん!魔法界のプリンセスになる夢も、もうないんだしさ!人間界で、人間として暮らしたいよ!」
愛莉は新志の方を向いて言った。
「愛莉ちゃん…」
新志は、人間界で自分と同じ人間として生きていくことを決めた愛莉に感激していた。
「お姉ちゃんがコルザに魔力をあげたみたいに、私も、お姉ちゃんに魔力を与えること、出来るんでしょ?」
愛莉はリィーズに聞いた。
「えっ!?…え、ええ。まぁそうだけど…」
リィーズは莉々の方に目を向けた。莉々は、不安そうに愛莉を見つめている。
「じゃあ、これで、めでたしめでたしじゃん?」
話の決着を付けようとする愛莉に、リィーズは莉々の心境を察して、不安そうに彼女を見た。
「…莉々…」
莉々は答えを出せず、困惑しているのか、ずっと黙ってうつむいている。
コルザはそんな莉々を見つめると、愛莉の方に身体を向けた。
「愛莉ちゃん。本当にいいの?…莉々さんに魔力をあげても…」
愛莉の決意は固いもので、力強くピースサインをして、コルザに見せた。
「いいよっ!その代わり、お姉ちゃんを大事にしてね!!」
コルザは愛莉に笑顔を見せて頷くと、再び莉々の方を向いた。
決断できない莉々の様子を見ると、静かに両手を出して、彼女の右手をきゅっと握った。
「えっ!?」
莉々が驚いてコルザを見ると同時に、コルザは莉々の足元で立膝を付いた。
「…莉々さん。あなたさえよければ…。……僕の、お妃になってもらえないでしょうか!」
コルザの行動に、広間にいた全員は驚いてざわついた。
「す…すご…っ!…マジなプロポーズじゃないか…」
「ぼ、ぼぼ僕、初めて見ました!」
「すてきーっ!私、ああいうの憧れだわ!!」
槍、顕影、陽奈は、恥ずかしそうに顔を赤くして、その光景を眺めていた。
「コルザ…。よく言ったわ…!」
ジュセは、コルザの行動を褒めるように呟いた。横ではパントラが、感激した様子でコルザを見ている。
「…コルザ…。あなた…」
リィーズは、コルザの決心したゆえの行動に、感心を抱いていた。
バラノアは、二人の行く末が気になって、指を組んで、祈るように二人を見つめている。
「コルザ…っ!やっぱ君って…すごく勇気がある…」
コルザの気持ちが痛いほど分かる新志は、彼を同じ気持ちになって、不安でいっぱいであろうコルザの事をひと時も目を離さずに見ていた。
「後はお姉ちゃん次第だっ!頼むよ!お姉ちゃんっ!?」
愛莉は胸の前で手を握り、莉々の答えを待っていた。
コルザからのプロポーズを受けた莉々は、真っ赤になって目を丸くしていた。
莉々の手が震えているのが分かり、コルザは、彼女の手を握る自分の両手にギュッと力を入れ、どう返事をされるか分からない不安から、目を強くつむって、莉々の言葉を待った。
握る手に力が加わり、莉々は、コルザが不安な気持ちでいるのを察すると、少し気を落ち着かせて話し出した。
「……私…。……私との約束…、コルザ、覚えてる?」
莉々の言葉に、コルザは顔を上げて莉々を見た。莉々は穏やかな目でコルザを見ている。
「……約束…?」
コルザは思い出すことが出来ず、莉々に聞いた。
莉々は静かに頷いた。
「…いつか…、いつか、私の事、「莉々」って呼んでくれるって、約束したでしょ?」
コルザはハッとした。
魔法界へ来る前、新志の部屋で二人きりになった時に約束した事だった。
コルザは、そのことを思い出して莉々を見つめた。
コルザが思い出したのが分かると、莉々は話を続けた。
「……約束、果たしてくれるまで、私、帰れない…。私の事、コルザが「莉々」って呼んでくれるまで…、私…っ……私っ…あなたから離れる事なんて、出来ないのっ……!!」
莉々の目からは涙が溢れ出し、気持ちを目の前にいるコルザにぶつけた。
「…り、莉々さん…。…じゃあ…?」
コルザは目を見開いて、莉々のその次の言葉を待った。
莉々は、左手で涙を拭うと、その手をそっとコルザの手に添えて微笑んだ。
「……私でよければ…。喜んで、お受けします…」
莉々の返事を聞いたコルザは、莉々を見つめたまま、言葉を失うほど驚いていた。
「……やっ…、っやったーーっ!!」
新志と愛莉は、まるで自分たちの事のように喜び、手を合わせて飛び跳ねた。
一連の様子を見ていたみんなも、ホッとしたよう胸を撫で下ろし、二人を温かい目で見つめた。
安心して緊張の糸が解けたコルザは、莉々の手を取ったまま、そこにおでこを付けて、深呼吸して身体の力を抜いた。
莉々も同様に緊張が解け、その場にペタンッと座り込んだ。
目線の丁度合う位置に顔を合わせたコルザと莉々は、顔を赤く染めたままクスクス笑い合った。
「…本当にいいの?みんなと、離れ離れになるんだよ?」
「…うん」
「…夢だった花屋さんが、出来なくなるんだよ?」
「…うん」
「…この城で、ずっと生活するんだよ?」
「…うん」
コルザが心配していることを、全て承知の上の莉々は、彼の質問に全部頷いて返した。
「だって…、ここにはコルザがいるわ!」
莉々は赤い顔で、恥ずかしそうにはにかんでコルザに言った。コルザは、ボッと顔を真っ赤にして、恥ずかしそうに下を向いた。
二人が恥ずかしそうにはにかむ姿を、リィーズとバラノアが、後ろで見守っていた。
「…莉々…。とても嬉しそうだわ!!」
リィーズは溢れる涙を拭って、輝く莉々の笑顔を見つめて感激していた。
「莉々に足りなかったものは…心の許せる相手がそばにいること…。愛するコルザと一緒にいられることが、あの子にとっては一番の幸せなのね!!」
バラノアは胸の前で指を組み、頬を赤く染めて嬉しそうに言った。すると、バラノアの身体が金色の光に包まれ出した。
リィーズは、驚いてそちらに顔を向け、他の者もそれに気付いて、バラノアの方を向いた。
「バラノアっ!?」
「…お母さん…。…私、やっと天の迎えが来たんだわ…。莉々とコルザが一緒になる事で、私の心残りは全て無くなる…」
バラノアは、安心した表情で、リィーズに微笑みかけた。
リィーズは光に包まれて行くバラノアを見つめ、涙を流して微笑みを返した。
「…ええ!」
バラノアは、こちらを心配そうに見つめるコルザと莉々の方を向き、上空を飛んで、二人の前へと降り立った。
「…コルザ!…莉々!」
バラノアが目の前に降り立ち、コルザと莉々は立ち上がって、バラノアを見つめた。
「私、今、すごく胸がいっぱいだわ!二人が結ばれること……。私にとって、こんなに素晴らしい事はないわ!!」
バラノアは目に涙を溜めて、なんとも嬉しそうな表情で、二人を祝福した。
「…ありがとう、バラノア…。いっちゃうんだね…」
コルザは寂しそうな顔で、バラノアに言った。
バラノアは、コルザの目の前に身体を浮かせた。
「そんな顔しないの!あなたはこれから、莉々と一緒に頑張らなきゃいけないんだから!そんな顔してたら、莉々に笑われるわよ?」
バラノアは、悲しい気持ちにならないように笑いながら、コルザへ最後の忠告をした。
コルザは目を閉じて頷き、バラノアに笑顔を見せた。コルザの笑顔を見て、安心したバラノアは、莉々の方へ身体を移動させた。
「……叔母さまっ!」
莉々は、涙を流してバラノアの方へ一歩踏み寄った。
「…莉々…。あなたはとても強いのよ!コルザと一緒にいれば、あなたはもっと強くなる!…だから、泣かないで…。あなたが悲しんでいる顔は、もう見たくないわ…」
バラノアは、莉々の様子を見て、目に溜めた涙を流した。莉々は、両手で涙を拭い、黙って頷いた。
バラノアの身体は、飲み込まれるように、光にどんどん包まれていった。
コルザと莉々はハッとして、姿を消していくバラノアを見つめた。
「…莉々をお願いね、コルザ!…莉々、あなたは、一人じゃないわ!……二人共、どうか、いつまでも幸せにね…!!」
「……はいっ!!」
コルザと莉々は、バラノアに頷いて返すと、その言葉に応えるように微笑み合い、手を繋いでバラノアを見送った。
バラノアは、嬉しそうに二人を見ると、後ろのリィーズへ目を向けた。
(…ありがとう…。お母さん……)
(私の方こそ…ありがとう。…バラノア…)
バラノアとリィーズは見つめ合い、バラノアはそのまま目を閉じて、金色の光へと飲み込まれていった。
バラノアの身体が全て光に包まれると、だんだんその輝きは薄れていき、終いにはその痕跡を残さず無くなってしまった。
バラノアが消えていくのを見届けていた莉々は、堪えていた涙を抑えきれずに、両手で顔を覆って泣き出した。
そんな莉々の心境を痛感しているコルザは、莉々の肩を抱いて、気持ちを分かち合った。
肩を抱かれた莉々は、そのままコルザの方へ身体を寄せ、彼の胸で静かに泣いた。
バラノアが天へ召されるのを、新志達は悲しい表情で見守っていた。
「……コルザ…」
みんなと同じように、バラノアが消えていくのを見届けていた大王は、コルザと莉々の所へ歩み寄った。
「…父様…」
大王が近づき、莉々はパッとコルザから身体を離した。コルザは大王の方へ身体を向けた。
「お前がこの莉々を妃に迎える事、よく分かった…」
大王はいつになく、穏やかな目で、コルザを見ている。
「…じゃ、じゃあ…、莉々さんとのこと…」
コルザは身を乗り出して大王に聞いた。大王は静かに頷いた。
「……愛莉ちゃんの魔力をもらうとなれば、何の問題もない。……莉々」
大王は、莉々の方へ顔を向けた。
「…はい!」
莉々は涙を拭って、大王を見上げた。
「これから、コルザの助けとなってもらいたい。私からもお願いする」
大王は莉々に頭を下げた。莉々も慌てて大王に頭を下げた。
「…こちらこそっ…至らないところがありますが…。よろしくお願いします」
大王は頭を上げ、微笑んで、目の前の莉々を見つめた。
「莉々。これは私からそなたへのプレゼントだ。受け取ってくれ」
大王はそう言うと、手に持っている杖の先を莉々に向け、魔力を放った。
「…きゃっ!?」
すると、莉々の身体は、青紫色の光に包まれた。
「……?」
目の前の光が消え、莉々がスッと目を開けると、周りから歓声が聞こえて来た。
「わぁっ!!お姉ちゃんっ!!っきれーーっ!!」
愛莉は興奮のあまり、莉々の所へ駆け寄った。
「……え?」
莉々は、自分の姿に目をやった。
莉々の格好は、この世界での正装、カラビーニア家の三姉妹よりも煌びやかなドレスに身を包んでいた。
「えっ…!ええっ!?」
突然格好が変わり、驚きを隠せない莉々は、慣れないドレスに戸惑い、大きく開いた胸元を恥ずかしそうに隠した。
「莉々さんっ!!綺麗です!!本当にプリンセスみたいだっ!!」
新志も莉々の姿に感激して、莉々の所へ駆け寄った。
「みたいじゃなくて、そうなんだろ!」
後から歩いて来た槍が新志にツッコんだ。
「本当のお姫様が…こんなに近くに…!」
顕影は、莉々の姿をまじまじ見つめ、顔を赤くして言った。
「いいなぁ!お姫様!!私ももう一度、こんな格好したい!!」
陽奈も莉々の綺麗な姿を羨ましく思い、じっと見つめながら言った。
「…ほう、凄く良いものだな…」
大王は、変身した莉々が、想像よりも美しい仕上がりになったことに感激し、じーっと莉々の姿を見つめた。
薄手のドレスは、莉々の大きな胸を強調し、みんなの注目の的となった莉々は、顔を真っ赤にさせて、恥ずかしそうに身体を隠した。
新志は、莉々の姿にぼーっと見惚れているコルザに歩み寄って、肘で彼の背中を軽くついた。
「もう!羨ましいなぁ!コルザは!!…ほら!莉々さんのとこに行ってあげなよ!」
コルザは赤くなって、慌てた様子で新志の方へ振り返った。
「えっ!?」
みんなに囲まれる莉々から、少し離れた所にいるコルザは、再度、莉々の方へ顔を向けた。
「…コルザ様」
横からパントラに声をかけられ、コルザと新志はそちらへ振り返った。
「どうぞ、これを莉々様に…」
パントラは、クッションの上に乗せた、王族の証である、宝石の埋め込まれた石の冠を、コルザへ差し出した。
コルザと新志はハッとしてそれを見つめ、新志は嬉しそうにコルザの肩を叩いた。
コルザは頷いて、両手でその冠を取った。
その様子をじっと見つめていたリィーズは、コルザと目が合うと、嬉しそうに笑顔を見せて、コルザに頷いた。
「莉々をよろしく」
コルザには、まるで、リィーズが自分にそう言っているかのように見えた。
リィーズに笑顔で頷いて答えると、コルザは莉々の方へ身体を向け、冠を持ったまま、歩み寄った。
「…莉々さん」
コルザの呼びかけに、莉々はハッとしてそちらへ顔を向けた。
「……っ!?」
莉々の目には、王族の冠を持ったコルザが、微笑んで立っている光景が映った。
コルザはそのまま莉々の前まで歩いた。莉々は、コルザの方へ身体を向けた。
「…とてもよく似合っています。…すごく綺麗。……これを、どうぞ受け取ってください」
コルザは、冠を持つ手を挙げ、莉々にそれを見せた。
「…ありがとう。…喜んで…」
莉々は、恥ずかしそうに答えると、長いスカートの裾を広げ、コルザの前にお辞儀をするようにかがんだ。
コルザは、石の冠を、ゆっくり莉々の頭に付けた。
莉々は顔を上げ、赤い顔でコルザを見つめた。王族の冠がとてもよく似合っている莉々に、コルザは赤い顔で微笑んだ。
「……お姉ちゃん!おめでとう!!」
愛莉は自分の事のように喜んで、拍手を送った。
「コルザ!!やったね!!」
新志も愛莉の横に来ると、手を叩いて喜んだ。
周りの者も、二人に続いて、拍手を送った。
ジュセは椅子から立ち上がって、嬉しそうにコルザと莉々を見つめ、手を叩いた。
ランバダとスヴァイは、諦めた表情で、その場に座ったまま、その光景を見届けている。
みんなからの祝福に、嬉しさと恥ずかしさと募らせたコルザと莉々は、赤い顔で照れ臭そうにしていた。
「……あまり見ないで…。凄く、恥ずかしい…」
莉々は、コルザから身体を反らせ、露出した肌を隠した。
「あ!ご、ごめんなさい…」
コルザは、慌てて莉々から身体を反らした。
「……愛莉…。これで、いいのね?」
リィーズは愛莉の所へ来ると、彼女に話しかけた。
「うん!…だって見てよ!お姉ちゃんとコルザ、凄く嬉しそう!!私もようやく姉孝行出来たよ!!」
愛莉は満足気な笑顔でリィーズに言った。
リィーズは何処か寂し気な表情で、愛莉に笑顔を向けた。
「だってさ、永遠の別れになるわけじゃないんでしょ?人間界と魔法界とを繋ぐ扉がある限り、またいつでも会えるんだしさ!」
新志は横にいる愛莉に言った。愛莉も笑顔で頷いて返した。
だが、リィーズは深刻な表情で、視線を落とした。
「…そういうわけには、いかないのよ…」
「…えっ?」
視線を落として言うリィーズの方へ、新志と愛莉は顔を向けた。
「あの扉は、あってはならないもの…。私が人間界へ追放される時に、バラノアが唯一のつながりとして、この世界の法を破って作った、言わば禁断の扉なの。それが存在すると知れてしまった今、あの扉を残しておくわけにはいかないわ…」
リィーズの言葉に、新志と愛莉は驚き、言葉を失った。
コルザと莉々は、悲しそうな表情で黙ってうつむいた。
「え…っ?じゃ…あ…、コルザと…莉々さんには、もう会えないの…?」
新志の表情は一気に不安気になり、リィーズの前に出ると、彼女に問いただした。
リィーズは、そんな新志の目を見ていられなくなり、顔を反らして辛そうに頷いた。
愛莉は、悲しい顔で莉々の方へ振り返った。
莉々も同じく、悲しそうな表情で、愛莉を見つめた。
「お、お姉ちゃんっ!!」
愛莉はたまらずに、莉々の所へ駆け寄り、莉々をギュッと抱きしめた。
「…愛莉。泣かないで…。お願い…」
莉々の胸で泣きだす愛莉に、悲しさがこみ上げた莉々は、必死に涙を我慢して言った。
「…ありがとう。愛莉…」
莉々の言葉に、愛莉は首を横に振って、莉々から少し身体を離して言った。
「…まだっ!まだだよっ!お礼を言われる事、私、まだ何もしてないっ!」
ボロボロと涙をこぼして言う愛莉を、莉々は切ない表情で見ていた。
「…どうやるの?…魔力をお姉ちゃんにあげるのって、どうやるの?」
愛莉は、赤い目を真っすぐに莉々に向けて聞いた。莉々は、微笑んで愛莉に答えた。
「……目を閉じて…。全ての魔力を私に与えるように念じて…」
愛莉は、黙って目を閉じ、莉々の言う通りにした。愛莉の身体からは、ピンク色の光が放たれ出した。
莉々は、優しく愛莉を見つめると、愛莉の首に手を回し、周りからは見えないように、愛莉の唇と、自分の唇をそっと合わせた。
その途端、愛莉から放たれる光は、莉々に吸い取られるかのようにスルスルと莉々のもとへ吸収されていった。
力が抜けていく感覚を抱いた愛莉は、静かに目を開けた。
愛莉が目を開けると、目の前には、魔力を受け取って、笑顔を見せる莉々がいた。
「愛莉。あなたの力、受け取ったわ。…ありがとう…!!」
愛莉は、自信に満ちた顔でコルザの横に立っている莉々を見ると、安心した気持ちを抱いて、頷いて返した。
「……どういたしまして!!…お姉ちゃん、コルザとずーっと幸せでいてね!!」
「…愛莉…。ありがとう。…お父さんとお母さん。それに、おばあさんをお願いね」
莉々は、人間界にいる両親とリィーズの事を愛莉に託した。
愛莉はコクンと頷いた。
「愛莉ちゃん。変わらず、ずっと明るく元気でいてね。新志君と、ずっと仲良く…。槍君達とも…」
切なく微笑むコルザの言葉に、永遠の別れをしなければいけない事を実感して、愛莉はまた目に涙を溜めた。
すると、新志が愛莉の肩を支えて、コルザに言った。
「大丈夫だよ!!愛莉ちゃんは!!…ねぇ?」
「……新志君…」
愛莉は新志の顔を見ると、ハッとした。
新志は顔に力を入れて、涙を堪えて、必死で笑顔を作っている。
愛莉はコルザと莉々の方に顔を戻し、新志と同じように笑顔を見せた。
新志と愛莉、コルザと莉々は、寂しさを堪え、互いに笑顔を見せて向かい合っていた。
顕影、陽奈は、涙ぐんで、その光景を見つめていた。
槍は、今の新志の気持ちを察し、決して涙を見せないようにする彼を、見守るように見つめていた。
「……さ、行きましょうか…」
四人の所へリィーズが歩み寄り、声を掛けた。四人はリィーズの方へ顔を向けると、黙って頷いた。
西の塔の最上階へと、みんなは移動した。
「人間界の諸君。本当に世話になった。恩に着る」
大王も、新志達を見送るため、また、新志達が帰った後に、人間界との扉を消滅させる為、その場に来ていた。
「ううん。コルザとの誤解が解けて、本当に良かった!!」
「女の人は、ほどほどにしてね…。お姉ちゃんをよろしくお願いします!」
新志と愛莉は、大王へ挨拶した。
「あんたを相手に出来なくて、残念だわ」
「ほんとー!心残りだわぁ…」
ランバダとスヴァイは、新志を見て残念そうに言った。新志は冷や汗をかいて、たじたじになり、愛莉は呆れ顔でその様子を見た。
「……新志君…、愛莉ちゃん」
ジュセが、最後のあいさつのために、二人の前に立った。
「あなた達には、本当にお世話になったわ。ありがとう!…元気でいてね。…みんなも」
「ジュセ様も、お元気で!コルザとずっと仲良しでいて下さい!」
「お姉ちゃんの事、いろいろ助けてあげて下さい!」
三人は、笑顔で別れの挨拶をした。
「お二人共、コルザ様の助けになってくださって、本当にありがとうございました。どうか、いつまでもお元気で…」
パントラが、ジュセの次に二人へ挨拶をした。
「パントラさんも!コルザとジュセ様、そして莉々さんの事、ずっとそばで見守っていてあげて下さいね!」
「…はい!」
パントラは返事を返すと、新志達に敬意を示すため、ゆっくりお辞儀をした。
新志達の挨拶を見ていたコルザは、槍の方へ歩み寄った。
「新志君と愛莉ちゃんの事、これからも力になってあげてね、槍君」
コルザに言われた槍は、彼の方に身体を向けた。
「ああ。任せておけ!」
コルザは、新志と愛莉を見守る役目を槍に託した。槍は強い眼差しで、コルザに返事をした。
「…ありがとう。…元気でね…」
「……コルザもな…」
コルザは槍に手を差し出し、槍は、その手をギュッと握って、二人は握手を交わした。
「あなたとお別れすることになるとは…。あなたのお力になれなかったことが、この僕の心残りです!」
コルザと槍の間に、顕影が割って入り、槍は怪訝な顔で顕影を見た。
「…顕影君も、ありがとう。君が来てくれたことで、新志君と槍君は凄く安心したと思うよ!」
コルザの顕影への言葉を、槍が慌てて否定した。
「なっ!?誰がコイツなんかにっ!?」
「まぁまぁ!槍君は素直じゃないんだから!」
今度は陽奈が話に割って入った。槍は恥ずかしそうに顔を赤くして、陽奈から顔を反らした。陽菜はそんな槍を「フフフ」と笑って見た後、コルザに顔を向けた。
「愛莉ちゃんのお姉さんと、いつまでもお幸せに、王子様!お二人共、とっても綺麗でお似合いです!!」
コルザは、横にいる莉々と顔を合わせ、互いに顔を赤くして陽菜に礼を言った。
「どうもありがとう。陽奈ちゃんも、槍君と仲良くね!」
「…もうっ!やだっ!!」
コルザに言われた陽奈は、恥ずかしそうに顔を赤くして、両手を頬に当てた。
「コ、コルザっ!!」
槍は怒った顔でコルザに言った。
みんなは、そんな光景を笑って見ていた。
「……コルザ、莉々をお願いね。あなたなら、きっと大丈夫だと、信じているわ」
後ろから、リィーズがコルザに話し掛けた。コルザはハッとして、そちらへ振り返った。
「…リィーズ様。本当にお世話になりました。…お花屋さん、お手伝い出来て楽しかったです。ずっと続けて下さいね!」
コルザは、リィーズに微笑んで言った。
「もちろんよ!あなた達の思い出が詰まった場所ですもの!!」
リィーズも笑顔で返した。
「…莉々。コルザに可愛がってもらうのよ?…もう、今までのあなたじゃないからね…」
莉々は、涙ぐんで、リィーズを見つめた。
「…うん。おばあさんには、凄く心配かけたし、気を使わせていたよね…?…ごめんなさい…」
リィーズは首を横に振った。
「過去は振り返らないで、前だけを見つめなさい。…あなたの心には、いつも私がいることを忘れないで。…それに、愛莉も…」
リィーズは愛莉の方を向いた。
愛莉は、リィーズと莉々のやり取りを、涙を堪えて見ている。
「…愛莉……」
「…お姉ちゃん…」
莉々は、最後になる愛莉の所へ駆け寄り、彼女の両手をギュッと握った。
「…愛莉……私、あなたには、お姉ちゃんらしいこと、何一つ出来なかったよね…。あなたのお手本にならなくちゃいけなかったのに…。行動的な愛莉に、いつも引っ張られてばかりで…。最後にあなたの力を与えてもらう事になって……。本当に、姉失格だわ…」
莉々に握られた愛莉の手の上に、莉々の涙がぽたぽたと落ちた。
愛莉は、莉々の顔を見ることが出来ず、次々に落ちて来る涙に目をやっていた。
「私だって…。お姉ちゃんにはわがままばっかり言って…。生意気な妹だと思ってただろうね…。でも、それは、大人びたお姉ちゃんを羨ましく思っていたから…。…私なんか、いつまで経っても落ち着きがないし…。お母さんやお父さんを独り占めにしたくて…。わがまま言って…。ほんとは、お姉ちゃんだって甘えたかったはずなのに…。……もう、お姉ちゃんは、お父さんとお母さんには会えないのに…っ!…ごめんなさい…っっ!!」
愛莉は一気に悲しみがこみ上げ、「わぁ」っと泣き出し、莉々に抱きついた。
莉々は涙を流しながら、愛莉をギュッと抱きしめた。
「…いいのよ。あなたが生まれるまで、私が独り占めにしていたんだから…。…学校の宿題、ちゃんとやるのよ?みんなと仲良くね。愛莉なら、きっと大丈夫だわ」
「……お姉ちゃんっ!」
二人は、いつまでも抱き合い、離れようとしなかった。
そんな二人の別れを温かく見守っている新志とコルザは、ふと目が合い、互いに歩み寄った。
「…新志君…」
「…コルザ…」
二人は、笑顔で顔を見合わせた。お互い、笑顔で最後の挨拶をしたかった。
「…新志君…、突然人間界へ迷い込んで心細かった僕に、力を貸してくれてありがとう…。見ず知らずの僕なんかに、心を開いて笑顔を見せてくれて…。まるで自分の事のように僕の事を想ってくれた事…。どれだけ心強かったことか…」
コルザは両手で新志の両手を取り、それを自分の眼がしらにそっと当てて言った。
「…コルザ…」
新志はコルザの手が震えていることに気が付いた。コルザは溢れる涙を、ギュッと目を閉じて堪えている。
そんなコルザを見つめる新志の目にも、涙がこみ上げ、新志は顔を反らして、涙を堪えた。
「コルザ…、僕ね、最初は魔法の事、カッコ良くて、便利な物だと簡単に考えていたんだ。…でも、コルザの心が分裂したり、ジェムエレメントを巡った争いが起きたり、後継ぎ騒動があったり…。魔法の存在って、人をいろんな感情にさせるんだって分かった…」
コルザから顔を反らしながら、新志は続けた。
「…でも、……でもね。…僕、君と共鳴する魔力が持てたこと、今すごく誇りに思うんだ!…だって、君は、自分の心を自分で元に戻したし、お父さんにも、ちゃんと自分の気持ちを伝えて、後を継ぐ夢を叶えた。…莉々さんにだって…。…コルザは、僕の憧れなんだよ!…君の事を夢に見て、そして、出会う事が出来た!…僕は、魔法の力を素晴らしく思うよ!!」
コルザは顔を上げ、耐えきれなくなった涙をボロボロ流す新志の顔を見つめた。
コルザの目からも、それにつられるように涙がこぼれだした。
「……ありがとう…。新志君…。君を思うと、心に勇気が湧いてくるんだ…。僕が強くなれたのは、君のお陰なんだよ…!……人間界へ戻って…離れ離れになっても…、ずっと……友達でいてくれる…?」
コルザは涙を流しながら、新志に笑顔を向けて聞いた。
「もちろんだよっ!!僕たち、ずっと…、ずーっと友達だ!!」
新志も、涙と共に、満面の笑顔を見せて答えた。
すると、コルザの身体にキルスがよじ登り、ぴょんっと新志の方へ飛び跳ねた。新志は慌ててキルスを抱きかかえた。
「キルスっ!アハハっ!キルスももちろん友達だよ!!」
新志に懐いて、彼の頭へよじ登るキルスに、新志とコルザは笑い合った。
「………」
二人はじっと見つめ合うと、互いを思う感情がこみ上げて来た。
「…コルザっ!!」
「新志君っ!!」
二人はギュッと抱き合い、最後の挨拶を交わした。
二人の涙交じりの笑顔を、みんなは黙って温かく見守っていた。
「さぁ、開くわよ!」
新志、愛莉、槍、顕影、陽奈は、人間界へと続く鏡の前に立って、リィーズの言葉に従った。
「………」
コルザと莉々は、心配そうに、その様子を見つめている。
大王の放つ魔力によって、鏡の入口は開かれ、鏡からは、風を纏った銀色の光が、六人の身体を包みだした。
「………」
新志は、名残惜しそうな目で、コルザの方に目をやった。コルザはハッとして、新志を見た。
「コルザっ!莉々さんと、ずっと…いつまでも一緒にいてね!約束だよっ!!」
愛莉もそちらへ顔を向けた。
「お姉ちゃんの事、泣かせちゃ駄目だよっ!!」
コルザは、そちらへ一歩踏み出して言った。
「うん!必ず守るよ!新志君と愛莉ちゃんも、ずっと仲良しでいてねっ!」
莉々もコルザの横に駆け寄って、二人に言った。
「新志君!愛莉はあなたの事、大好きだから!わがまま言っても、許してあげてね!」
新志は赤くなって、莉々に笑顔で頷いて返した。
愛莉はかぁっと赤くなって、「もうっ」っと膨れた顔で、莉々を見た。だが、すぐに笑顔に戻し、コルザ達に手を振って、銀色の光へ静かに飲み込まれていった。
「ありがとうっ!!みんなーっ!!」
コルザは、光で見えなくなっていく新志達に、手を大きく振って言った。
「元気でねーっ!!」
光に包まれた新志達の影は、コルザ達に向けて、手を振った。
銀色の光は、瞬く間に鏡に吸収され、新志達の姿を飲み込み、人間界へと送り届けた。
西の塔の最上階からは、光が消え、いつものガランとした寂しい空間が戻った。
「………っ」
寂しさがこみ上げて来たコルザは、涙を拭った。
莉々は、コルザに寄り添い、「大丈夫」と言うように、微笑みを見せた。
コルザも莉々に笑顔を返し、新志達が無事に人間界に戻る事を祈って、莉々と共に鏡をじっと見つめた。
人間界。
ラビアン・ローズの奥の物置部屋から、銀色の眩い光が放たれた。
光がだんだん和らいでいくと、新志、愛莉、槍、陽奈、顕影、リィーズの姿が光の中から現れた。
六人は、光が止み、辺りが暗くなったのを感じて、そっと目を開けた。
「…帰って来たんだね…」
新志は、嬉しい反面、寂しさを込めた表情で、みんなに言った。
「…みたいだね」
愛莉が新志に返した。
「なんだか、夢を見てるみたいだったわ…。今まで魔法界にいたのが嘘みたい…」
陽奈は、辺りを見渡し、戻って来た実感を抱いて言った。
「………」
槍は魔法界とを繋ぐ扉である、宝石箱にじっと目をやった。
「どうしました?」
顕影が、槍の様子に気付いて話し掛けた。
「…何も感じなくなった…」
槍の呟きに、リィーズが反応した。
「…扉が閉ざされたんだわ。……きっと、向こうで大王が魔法をかけたのでしょう…」
魔法界と人間界とを繋ぐ、唯一の扉が閉ざされたことに、リィーズは切なさを抱いて言った。
新志と愛莉は、悲しそうな顔をして、下を向いた。
リィーズの言葉を聞くと、槍は黙って彼女の前まで歩いた。
「…おばあさん…、…これ、返します」
リィーズは、槍が差し出した物に目をやった。それは、槍が解放した魔力の源である、「真の鍵」だった。
「…槍君…。…いいの?」
リィーズは、少し驚いて聞いた。槍は頷いた。
「はい。俺が持つより、あなたが持っていた方がいい。その方が…ずっと魔女らしいし…」
槍は笑顔で言った。リィーズも笑って槍を見つめると、静かに「真の鍵」を槍から受け取った。
「…ありがとう」
「何かの役に立てて下さい」
リィーズと槍は、笑顔で見つめ合った。
そのやり取りを見ていた愛莉は、新志の方に振り返った。
「新志君は、魔力、無いままでいいの?」
「…えっ?」
急に聞かれた新志は、驚いて愛莉を見た。
「………」
リィーズの持っている「真の鍵」を使えば、また新志の魔力を解放することは可能だ。
新志は「真の鍵」を見つめて。しばらく考えると、首を横に振って、愛莉に答えた。
「……僕にも、もう必要ないよ。…魔法でみんなの事を助けられたらって思ってたけど…。…愛莉ちゃんにも、槍にも、魔力が無いんだもん。僕にだけ特別な力があるなんて、そんなの変だよ!…僕は…今度は魔力じゃなくて、自分の力でみんなを助けたい!」
笑顔で言う新志を、愛莉は赤くなって見つめた。
「じゃあ、新志君も私と同じだね!!」
「うん!愛莉ちゃんと同じ、ただの人間!!」
新志と愛莉は、笑い合って言った。
リィーズ、槍、陽奈が二人を温かく見つめる中、顕影は何かを気にして、そわそわしていた。
「…あのー。…今って、何月何日の何時何分なんでしょうか?」
顕影の質問に、リィーズはハッとした。
「あ!そうね!…魔法界へ旅立った日時に戻っているはずよ?…でも、私達と新志君達が旅立ったのは、別だったわね…。大王はいつに戻してくれたのかしら?」
リィーズは、日付と時間を確かめようと、店のデジタル時計を見に行った。
みんなも気になって、リィーズの後に着いて言った。
リィーズはカーテンをめくって、時計に目をやった。
「…えーっと…、九月十三日の…九時四分だわ……」
「………」
みんなは少しの間考えた。
「…ってことは、俺らが魔法界に行った日時だな……」
槍が冷静に言うと、他のみんなは青ざめて慌て出した。
「た、大変じゃないっ!?…一時間目、とっくに始まってるわ!!」
「ち、ちち遅刻です!こ、これは完全な!!無遅刻無欠席のこの僕が、まさかの遅刻ですっ!!」
「っていうか!私ら昨日、家にいなかったことになるんですけどっ!!」
「か、母さんになんて言ったらいいんだーっ!!」
リィーズも慌てて見せのシャッターを開けて、みんなをとりあえず学校に行かせることにした。
「おばあちゃんっ!!今からかばん取りに行くけど、お母さんに上手い事言い訳しといてねーっ!!」
「あっ!僕の母さんにもよろしくーっ!!」
新志と愛莉はそうリィーズに言うと、一目散に走ってそれぞれの家に向かった。槍達は、学校へと走って行った。
「えっ!?ええっ!?」
リィーズは新志達に言葉を返す間もなく、呆然と彼らを見送ることしか出来なかった。
「………」
相変わらず元気な新志達の様子に、リィーズはフッと笑顔になって、みんなが走って行く様子を見つめて呟いた。
「…大王も、もう少し気を利かせてくれたらいいのに…。でも、あの子達の記憶は残しておいてくれたのね…」
新志とコルザが別れて、数か月の時が経った。
陽が沈み、カラビーニア城から見える辺りの湖には、深緑を帯びた大きな満月が映っていた。
城の生活にも少しずつ慣れてきた莉々は、月明かりが照らす薄暗い廊下を、キョロキョロと辺りを見渡しながら歩いていた。
(…コルザ…。どこ行っちゃたのかしら…?魔力の気配を感じないわ…。それに、キルスもいない…)
未だに一人でこの城内を歩く事に抵抗があるのか、莉々は不安そうな表情でコルザを探した。
湖が一番良く見える、東側のバルコニーに、コルザは立っていた。手すりの上にはキルスが座り、辺りを見たり、コルザの様子を覗ったりしている。
「……また、ここへ来るのが習慣になっちゃたね。…バラノアがいなくなった時以来だ…」
コルザは、どこか寂しそうな顔で、キルスに微笑した。
どうやら、心が寂しくなるとここへ来るのが、コルザの癖のようだった。
「今日は風も穏やかだ……」
コルザはどこか遠くを見つめるように呟いた。すると、視線を落とし、バルコニーの手すりを掴む手にギュッと力を入れた。
(……莉々さん…。ここでの生活、辛くないだろうか…。愛莉ちゃんや、リィーズ様、それに、ご両親と離れることになって…)
コルザは、目を閉じて、眉間に皺を寄せた。
(今さらこんなこと考えたって、仕方ないことくらい分かってる…。僕は、彼女にそれを確かめる勇気も無い…。…もし、ここが嫌だなんて言われたら…)
コルザは、顔を上げて、湖を見つめた。
「……新志君…。…僕にも…、君みたいに明るくて、みんなを笑顔にする力があれば……」
コルザが新志の事を心に想い、そう呟いた瞬間、湖の向こうから大きな風が起こり、城に向かって押し寄せた。
突風をまともに喰らったキルスは、手すりから落ち、床に「ポテンッ」としりもちを付いた。
「っっ!?」
急な突風に驚いたコルザは、手で防ぎながら、風の吹いてくる方向に目をやった。
穏やかだった湖は、風の威力で大きな波が立っている。
「………っ」
コルザは、ハッとした。
するとコルザは、その風を受ける為に、頭に付けている石の冠を勢いよく外した。
冠を外したと同時に、結っていた髪はほどけ、コルザは長い水色の髪を靡かせながら、目を閉じて、全身でその強い風を受けた。
風が少しずつ止んでいくと、キルスは、翼を広げて先程の手すりの上へと飛び上がり、コルザの様子に目を向けた。
コルザは、ゆっくり目を開き、湖の波が静まっていくのを見つめた。
「……新志君がね、叱ってくれてるんだよ。…莉々さんを守らなきゃいけない立場の僕が、そんな弱気でどうするんだって!」
コルザは、キルスに笑顔を向けて言った。
「…きっと、そう言ってるんだ…」
コルザは笑顔のまま、再び湖の向こうを見つめた。
ようやくコルザのもとにたどり着いた莉々は、バルコニーに立っているコルザを見つけると、ハッとした。
莉々の気配を感じたコルザは、振り返って莉々の方を見た。
「莉々さん!」
コルザは笑顔で莉々を呼んだ。
莉々はホッとしたように、コルザの方へ歩み寄った。
「…コルザ…。一瞬分からなかったわ…。髪をほどいてるから…」
莉々は、コルザが手に持っている冠に目をやると、すぐに視線をコルザに戻した。
「……そうしていると、大王様に似てるわね」
「えっ!?」
莉々に言われ、コルザはすぐに冠を付け、髪を束ねた。コルザの様子を見た莉々は、クスクス笑った。
「あら、嫌だった?ごめんなさい」
「…別に嫌ではないけど…」
コルザは、少し顔を赤くして莉々から視線を反らせた。
「…ここには、よく来るの?」
莉々は、湖全体が綺麗に見えるここからの景色を眺めながら、コルザに聞いた。
「……うん。悩み事がある時とかに…よくね…」
「悩み事?」
莉々は、コルザの方へ顔を向けて聞いた。
コルザは、莉々の隣に歩み寄り、手すりに手を掛けて、湖を見つめた。
「…莉々さんが、ここでの暮らしに困ってないかなって」
コルザは、不安な気持ちをごまかすように、笑顔を莉々に向けて言った。
莉々は、コルザの顔を見つめた。
少し考えると、莉々は、湖の方に顔を向け、チラッとコルザの方へ再度目を向けた。
「……私、そんなふうに見えた?」
「………」
コルザは、首を横に振って、莉々を見つめた。
「何も困ってなんかないよ。…私、ここが好き」
莉々は、ようやく懐いてくれたキルスの顎を撫でながら、笑顔で言った。
「…ここには、叔母さまもいるし、綺麗なお花もいっぱい咲いてる。…キルスもいるし、あなただって…。…それに、私には、愛莉がくれた魔力が常に備わってる…。困ることなんて、何もないわ!」
キルスを抱き上げ、ニコッと笑った莉々は、コルザに言った。
「………」
コルザは、そんな莉々を黙って見つめた。
「だから、もうそんなことで悩まないで!…あなたを悩ませることが、私にとっての悩みだわ…」
莉々は顔を上げ、コルザを叱るように言った。
「わ、わかったよ。………っ」
コルザは言葉を詰まらた。
すると、莉々から目を背けて、何かをためらうような素振りを見せた。
「…?」
莉々は、そんなコルザを不思議そうに見つめた。
「…り、リリィって呼んでも…いい?」
赤い顔でじっと見つめるコルザに言われ、莉々はクスッと笑って返した。
「いいよ!…やっと呼んでくれるのね!嬉しい!!」
コルザは、嬉しそうにはにかむリリィを笑顔で見つめた。リリィは、抱いているキルスを手すりに座らせ、コルザをじっと見つめ返した。
「…お願いが…あるんだけど…」
「…?…なに…?」
優しく聞くコルザに、リリィは視線を落として、恥ずかしそうな素振りを見せた。
「……抱きしめて欲しい…な。…夜は…やっぱり寂しい…」
「………」
手を前に組んで、恥ずかしそうにお願いするリリィを、コルザは黙って見つめた。
コルザは頷いて返し、ゆっくりとリリィに近づくと、そのまま彼女の身体に腕を回した。
「……っ」
コルザの腕の中で抱きしめられたリリィは、身体に伝わってくる温かい体温に安心感を抱いて、目を閉じた。
「…身体、冷えてる…。早く中に戻ろう…」
コルザは、リリィの肌に触れると、彼女の身体が少し冷たい事に気付いて心配した。
「……もう少し…このまま…」
リリィはコルザの背中に手を回して、離れることを拒んだ。
「…明日、叔母さまに報告しなきゃ」
「…え?」
コルザは、リリィを抱いたまま聞き返した。
「あなたが、大王様から後継ぎの証の勲章をいただいたこと…」
頬をコルザの肩に当てたリリィは、彼の胸に付けられた勲章を、指で突いて言った。
「そうだね…。じゃあ、庭の花を摘んで持って行こう!リリィが選んだ花なら、バラノアもきっと喜ぶよ!」
コルザは、リリィから少し身体を離し、嬉しそうな笑顔を見せて言った。
「ええ!そうしましょう!」
リリィも嬉しそうに言うと、二人は笑顔で見つめ合い、再びゆっくりと抱き合った。
二人を見上げたキルスは、恥ずかしそうに両手で顔中を掻いた。
静かな夜には、湖の水面のかすかな波の音が聞こえ、小さなドラゴンだけが、二人を見守っていた。
「ジリリリリリリリッ」
六時四十五分に合わせた目覚まし時計が、けたたましい音で部屋中に鳴り響いた。
「うわああああ!!」
ベットから勢いよく飛び起きた新志は、頭からハデに着地を決めた。
「新志―!!起きたー?」
下から呼ぶ母親の声に、新志はハッとした。
「お、起きてるって!」
新志はそう返すと、スッと立ち上がり、部屋の壁に掛けた新しい学生服に目を向けた。
(…今日から中学生になるんだよなぁ…)
新志は学生服の前まで歩くと、表情にキッと力を入れて、部屋を出て行った。
「もう、今日は入学式なんだから、遅れないでね!愛莉ちゃんに、迷惑かけるわよ!」
「わ、分かってるって!」
下では、お母さんと新志のやり取りが聞こえている。
新志の部屋の机の上には、春休みに撮ったと思われる、桜の木を背景に、新志と愛莉を真ん中にした、槍、陽奈、顕影、リィーズが映った写真が飾られていた。
「さ、愛莉ちゃんが待ってるわよ。行きましょう」
玄関で、淡い黄色のツーピースに着替えたお母さんが新志を急かした。
「う、うん!」
新志は、新しい少し大きめの学生服に身を包んでリュックを背負い、慌てて靴を履いている。
「おはようございます!ごめんなさいね、お待たせしてしまってー」
お母さんは扉を開け、玄関の外にいる、愛莉のお母さんに挨拶をした。
「いえいえ、大丈夫よ。…あら、新志君!制服良く似合うじゃない!かっこいいわよ!」
愛莉のお母さんに言われ、新志は照れ笑いをして玄関を出た。
「でも、制服って高いわね!お古をもらえたらよかったんだけど、知り合いの子はみんなまだ在学中ばかりで…」
「そうよね!うちも一人っ子だし、知り合いのお子さんはみんな男の子だから、お古をもらえなくて…」
お母さん同士の会話を聞いた新志は、フッと寂しい表情になった。
(…莉々さんの存在は…やっぱり忘れられてしまってるんだ…。…なんか寂しいな…)
「新志くーん!!」
突然、向こうから、こちらに呼びかける愛莉の声が聞こえた。
新志は我に返り、そちらへ振り返った。
「……っ!?」
新志の目には、莉々の姿を重ね合わせた愛莉が映った。
花びらがひらひらと舞う桜の木。その木の下に立っている愛莉が、笑顔でこちらに手を振っている。
以前、莉々が着ていたのと同じ制服に愛莉は身を包み、長い髪の毛を下ろして、莉々と同じようにカールをかけている。
「………」
新志は頬を赤くして、愛莉に見惚れていた。
するとその瞬間、桜の花びらを纏わせた追い風が、新志の背中に当たった。
「……!!」
まるで、愛莉の方にへと、背中を押すように吹いたその風に、新志は少し驚くと、静かに目を閉じた。
(…コルザ…。…莉々さん…。僕に背中を押してくれてるんだね…。……ありがとう。…僕の心の中には、いつも二人がいる…。…君たちが、僕に勇気をくれる魔法なんだ…。これからも、ずっと…)
パッと目を開けた新志は、澄み渡った青空に顔を向けた。
「もーうっ!!何してんの新志君!!早くーっ!!」
急かす愛莉に、新志は笑顔を向けて、そちらに走って行った。
「ごめんごめん!!…愛莉ちゃん、髪型変えたんだね!」
「えっ?う、うん…。中学生だしね…。…少しでも、お姉ちゃんみたいに、大人っぽくしようかなぁって思って…」
愛莉は照れながら新志に返した。
「よく似合ってる!きれいだよ!」
新志に見つめられながら言われ、愛莉はかぁーッと顔を赤くした。
「きゅ、急にらしくない事言わないでよ!……もうっ!!」
愛莉は新志から顔を反らせると、突然走り出した。
「あっ!愛莉ちゃんっ!?」
新志は驚いて愛莉を呼び止めた。
「新志君が遅いから、入学そうそう遅れるじゃんっ!!早く行くよーっ!!」
新志の方に振り向いて言うと、また愛莉は走り出した。
「まっ、待ってよっ!!入学式までまだ時間あるのにさ!愛莉ちゃーんっ!!」
桜の花びらが舞う道を、新志は愛莉の後を追って走って行った。
「あらしのリベラシオン」 ~おしまい~
最終話、最後まで読んでいただき、ありがとうございます!!
初の小説作品だったので、拙い文章、そして誤字脱字有りで、大変読み辛かったと思います。
また書く機会がありましたら、投稿したいと思っています。
最後まで本当にありがとうございました!
まるおそらでした。




