第一話「不思議な夢 それって予知夢?」
漆黒の闇の中に、深い藍色が混じる。見えるのはその光景だけ。
ここは…深い海の底…?それとも遠い宇宙の果てか…。
ただ、異様な寂しさだけは強く感じる。
「…だれ…か…」
闇の中から微かな声が聞こえる。すると、あたりの闇を消し去るように、まばゆい銀色の光が差し込んだ。
「…お願いっ…助けて…」
光の中に映し出されたのは、褐色の肌に、薄い青色の長い髪を結った女の子だ。おでこの上にエメラルド色の宝石が埋め込まれた、大きな石の髪飾りを付けている。
どこか異国の人物であろうか。
彼女の水色の瞳からは涙が溢れ、頬を伝って一滴、また一滴とこぼれ落ちている。
心に不安を抱きながらも、手を差し伸べた僕は、その美しい姿に目を奪われていた。
「……さぁ…こっちへ……」
「ジリリリリリリリッ」
七時に合わせた目覚まし時計が、けたたましい音で部屋中に鳴り響いた。
「うわああああ!!」
ベットから勢いよく飛び起きた少年は、頭からハデに着地を決めた。
【剣野 新志】
この物語の主人公だ。お分かりの通り、少々ドジでおっちょこちょいのようである。
「イッテテテテテ…。あー…、なんだぁ…。夢だったのかぁ…」
新志は、目覚まし時計を止めながらがっかりした。
(でも、不思議な夢だったな。まるでリアルにそこにいるみたいで…)
新志は、夢の中での感覚を思い出していた。フッとあの少女の顔がよぎった。
清楚で可憐だが、どこか寂しげな様子がまた妙に心を惹きつける。新志は、ぼーっと頬を赤らめていた。
「新志ー!!起きたのー?」
下から呼ぶ母親の声に驚き、新志は我に返った。
「お、起きてるよ!」
新志は返事をすると、バタバタと部屋を出た。
「新志くーん!行くよー!早くー!!」
玄関の外から元気の良い声が聞こえてきた。
「ほら、愛莉ちゃんが来たよ。早くしなさい」
母親が、まだ朝食をとっている新志を急かした。
「えぇ⁉もう?」
新志は慌て、目の前にあるご飯を急いで口にほおばった。
「フフ。愛莉ちゃん、いつにも増して元気ね」
新志の様子を微笑んで見ながら、母親が言った。
「早く早く!今日は遅いじゃん!」
早く学校に行きたいと言わんばかりに、玄関の門をパタパタと開け閉めしているせわしない女の子は、新志の幼馴染の【花見 愛莉】だ。
「愛莉ちゃんが早いんだよ!僕はいつも通りだよ?」
急いで靴を履き、新志は愛莉の元へ駆け寄った。
「いいや!五分遅い!」
愛莉はドヤ顔で、新志の目の前に指を五本立てた。
「そ、そうだった?…ん?でも、今日は何でそんなに急いでるの?五分くらい遅れても遅刻しないのにさ」
新志は愛莉の勢いに、たじたじになりながらも聞いた。
「えー?だって今日は一時間目から避難訓練じゃん!」
「ああ…そういえば、そうだったね。…だから?」
新志は頭の上に「?」を浮かべて聞いた。
「いつもと違うことって、なんだかワクワクない?」
愛莉はキラキラした笑顔で返した。新志は、どうもこの笑顔に弱いらしい。心臓の高鳴りがバレない様に、新志は愛莉から顔を背けて返した。
「そ…そだね…」
そんな新志の気持ちになど全く気付いていない愛莉は、楽しそうにニコニコしている。新志は頬を赤く染めながら、ちらっとそちらの方に目をやった。すると、彼女の首元に、紐がかかっていることに気付いた。
ハッとした新志は、愛莉の方に身体を向けた。
「愛莉ちゃん!それっ…」
新志が指さした首元に、愛莉も目をやった。
「ん?ああ…。エヘヘ、持ってきちゃった」
愛莉はそう言いながら、首にかけたペンダントを服の中から取り出した。そのペンダントは、鍵の形をしていて、中央にハート型の装飾が付いている。
「も、持ってきちゃったって…大丈夫なの?」
その鍵が、ただの鍵ではないことを新志は知っていて、少し焦って愛莉に問いかけた。
「大丈夫だよ。いざという時にしか使わないからさ」
能天気な愛莉とは正反対に、新志の不安気な表情は変わらなかった。
「いざという時って?」
「だから、今日は避難訓練でしょ?訓練で、もしもアクシデントが起こった時の為だよ!」
「え、縁起でもないな!何も起こらないよ!」
新志は呆れ気味で愛莉に言った。
「そんなの分からないじゃん!半人前だけど、人助けは出来るよ!」
「訓練が訓練じゃなくなったらどうするのさ⁉」
「……?どういう意味?」
愛莉は新志の言っている意味がよく分からずに、疑問の顔を投げかけた。
新志はためらいながら言った。
「…だって、魔法使いの君がそんなこと言ったら、本当に何か起こりそうじゃないか!」
正体を口に出す新志に、愛莉は慌てて彼の口を両手で押えた。
「しーっ!バレるでしょ!」
愛莉は手を離すと、苦しそうに咳をする新志にジロッと目を向けた。
「大丈夫だよ。使うつもりはないから。これはただのお守りで持ってきたの」
新志は苦しそうな顔で、愛莉の方を向いた。
「お守り?」
「そう。持ってるだけで、なんか安心するし。いつもと違う日には、なんか身に着けたくなるんだよね。それに…」
愛莉のテンションは少し下がり、視線を落とした。
「それに?」
愛莉の様子と言葉の続きが気になった新志は、愛莉に問いかけた。
「…私には、予知する能力なんてまだまだないから、大丈夫だよ!」
愛莉はいつもの笑顔に戻って、そう新志に返すと、パタパタと走って学校へ向かった。
新志はそんな愛莉に、また頬を染めながら呟いた。
「それはそれでなんか怖いなぁ…」
学校の校庭には、避難訓練を終えた生徒が並ばされていた。新志や愛莉のいる六年二組の生徒たちは、膝を胸に抱えて座り、先生の話を聞いている。
(やっぱり何も起きないみたい。愛莉ちゃんはまだ見習の魔法使いだし、本人の言ってた通り、予知能力は無いみたいだ)
新志は安堵した表情で、黙って話を聞いていた。すると、フッと夢の光景が頭をよぎった。新志はハッとして顔を強張らせた。
―「…助けて」―
夢の少女の言葉が頭の中で繰り返され、新志は妙に気になり出したが、ブンブンと顔を横に振り、気を散らそうとした。
「どうした?新志」
新志の様子を変に思い、隣からコソッと声をかけたのは、彼の親友の【揮崎 槍】だった。
「え?あ、ううん。別に」
槍に声をかけられ、新志は我に返った。
「お前、さっきから変だぞ?らしくもなく考え込んで」
槍は半分茶化しながら、半分心配して聞いた。
「あの…、なんかさ、昨日変な夢見ちゃって…」
「はぁ?」
いつもの新志らしくない発言と、センチメンタルな様子を目にした槍は、目を丸くして聞き返した。
「お前…夢なんて見んの?」
馬鹿にしたような発言と、少し上から目線なのは槍の性格で、新志はそんな彼の事をよく知っていたし、慣れていた。
「み、見るよぅ。ただ、いつもどんな夢か忘れているだけでさ」
「………」
(なら見てないようなもんだろ)
槍は心の中で思った。新志をいじるのは、槍にとって趣味のようなものになっていた。
「だけど、昨日の夢ははっきり覚えてるんだ。なんかこう…、うまく言葉では言えない感情になったんだけど…」
「ふーん。まぁ、お前にとっては珍しいことだな。そんなに気になるんなら、お前の幼馴染ちゃんに相談すればいいじゃないか」
「えっ⁉愛莉ちゃんに?何で?」
唐突に愛莉の話をされ、もしや、彼女が魔法使いだと、槍にバレてしまったのかと思った新志は、胸をドキッとさせた。
「だって、花見さんとこのおばあさんって、ラビアン・ローズの占いばあさんだろ?なんでも、客に花言葉占いをして、またそれが当たるって評判じゃないか」
「う…」
新志は言葉を詰まらせた。愛莉のおばあさんは、れっきとした魔女で、引退した今は花屋をしており、バレない程度の魔力で人を占っているようだった。
「お前が見たその変な夢の意味を教えてくれるんじゃないか?」
槍は面白半分で新志に言った。
「そ、そだね…。そーしてみようかな」
ポリポリと頭を掻きながら、槍の冗談を受け取り、新志も冗談で返すと、ちらっと愛莉の方に目をやった。愛莉は周りの女友達たちとコソコソと楽しそうに談笑している。
(こんなバカバカしいこと相談したって、笑われるだけだよな。しかも夢に出てきた女の子が気になるなんて、愛莉ちゃんには絶対言えないし…)
新志は「はぁ~っ」とため息をついた。横では槍が「?」を頭に浮かべて見ている。
「予知夢ってご存じですか?」
後ろから突然声を掛けられ、新志と槍はビクッと驚いた。
振り向くと、そこには後ろに座っていた学級委員の【城 顕影】が、前のめりになり、眼鏡を光らせていた。
「な、なんだよ、城。いきなり」
槍は顕影が急に話に入ってきたことに、若干の怒りを感じていた。
「よちむ?」
槍とは反対に、新志はきょとんとして、言葉の意味に興味を持っていた。
「失礼ながら、お二人のお話をこっそり聞かせていただいたところ、どうやら剣野君は普段まったく見ない夢を見たとか。しかも不思議な事にそれを鮮明に覚えている。こんなに奇怪な事があるとは、もしやこれは何かのお告げ。予知夢と考えても良いかもしれません」
「………」
淡々と話す顕影に、新志と槍は、顔を見合わせた。
「だから、その予知夢ってなんだ?」
はっきりとした答えを言わない顕影に、槍は苛立って答えを促した。
「非科学的かつ非論理的なので、僕はあまり信じないのですが、簡単に言うと、見た夢がこの先を暗示する何かを訴えてきている、という事ですね」
「へぇ。そんな不思議な事ってあるんだ!」
新志は目を輝かせた。
「なんか聞いたことあるな。見た夢が現実になるってやつ」
顕影の説明に、ピンときた槍が言った。
「あ、お正月に見た夢は、本当になるっていうよね」
新志は槍の言葉に便乗して言った。
「夢が現実になるのは、予知夢の一種である「正夢」ですね。まぁ、外れではないです…。あと、剣野君の言っている、元旦の夢の事は何の根拠もありません。元旦の夢は、縁起が良いとは言われていますが」
顕影は、「はぁ」とため息をつき、呆れた様子で二人に言った。
馬鹿にされた二人は赤くなり、新志は照れ笑いをし、槍は顕影を睨んでいた。
「けれど、予知夢なんてものは、神や仏が信じられていた大昔の頃の迷信。科学広まるこの時代にとってはただの夢ともいえるでしょう」
顕影の言葉に新志と槍は、「え?」という顔を返した。
「お前が予知夢だとか言い出したんじゃないか。結局どっちなんだよ?」
槍は呆れた顔で顕影を問い詰めた。
「僕はこの目で見たり、経験しなければ信じない質なのです。言葉で言っていても実在しなければ、それはただの迷信であり妄想。剣野君が気にしていたので、そういう解釈もありますよという僕なりの助言をしたまでです」
こいつの話をまともにきいた俺が馬鹿だったと言わんばかりに、槍はため息をついて、くるっと前を向いた。
すると、新志は急に立ち上がり、顕影に向かって叫んだ。
「そんなことないっ!迷信だなんて…。不思議でありえなくても、理にかなわないものだって、世の中にはあるんだよ!目に見えるものが全てじゃないんだ!」
非科学的なものを真っ向から否定する顕影に、新志は、何とかわかってもらいたいと興奮して訴え、顕影の肩を両手で掴んで揺さぶった。
周りは「シンっ」と静まり返った。
反論された顕影は、新志の勢いに揺さぶられるがまま、あっけにとられ、返す言葉もないようだ。
いつもと様子の違う新志に、槍はただただ驚いて、彼を見ている。
「新志君…?」
後方に座っていた愛莉も、様子のおかしい新志のことを、驚いた顔で見ていた。
「…剣野新志君」
前から呼ぶ声に、新志はハッと我に返った。恐る恐るそちらに顔を向けると、担任の女教師が彼を睨んで立っている。いつもの若くきれいな顔が、まるで見る影もない。
「あなたの意見は素晴らしいわ。目に見えないものでも存在する…。その考えに私も賛同します。…ただねぇ、今は災害の時に身を守る為のとっても…とーーってもだいっじな話をしているのよ!それよりもあなたの話は、私の話す命の守り方よりも大事な話なのかしら⁉剣野新志くん!!」
迫力ある説教に、新志はたじろいだ。
「い、いや…その…。命の方が大事です。す、すみません、お話の邪魔して…」
新志は笑顔を引きつらせて、そのままストンと腰を下ろした。
「まったく…」
先生はため息を付いて、話を続けた。
だんだん恥ずかしさが襲い始め、新志はかぁ~っと顔を赤くしてうつむいた。横では、新志の事を気にしている槍が、様子を覗っている。
「君は周りが見えていないようですね。それとも、情緒が不安定なのでしょうか」
動揺がおさまった顕影は、先程と変わらない様子で、また新志に話し出した。新志はビクッと反応したが、振り返ることが出来ずに黙った。懲りずにに話しかける顕影に苛立った槍が、止めに入った。
「お前、いい加減にしろよ!」
「まぁ、聞いて下さいよ。君の意見を真っ向から否定しているわけではないんですよ。なにせ、非科学的な事を信じない、僕がこの目で見てしまったんですから」
「…?」
淡々と話を続ける顕影に、新志と槍は反応した。
「何を?」
槍が聞いた、
「非科学的な物の代表の一つ、「魔法」をですよ。僕、知ってしまったんです。花見さんの秘密を…」
顕影の言葉に、新志はギクッとした。
「花見さんの秘密?なんだよそれ?」
槍が顕影に聞いた。
「ええ。彼女、実は魔女なのではないかと…」
核心を突いた顕影の言葉に、新志は心臓をバクバクさせた。
だが、槍にとってそれは突拍子もない発言で、彼はプッと噴き出した。
「お、お前っ、予知夢の次は、魔女発言かよっ」
槍は、必死に笑いをこらえながら顕影に言った。顕影は少しムッとして返した。
「何の根拠もなく言っているのではありません!初めにおかしいと思ったのは、五日ほど前の事です。体育館近くを歩いていたら、裏から花見さんの声が聞こえて、覗いてみたら、散っていた桜の花びらが綺麗になくなっていたんですよ!」
「だから何だよ?」
興奮気味に話す顕影に、槍は冷めた態度で返した。
「少し前にそこを通った時は、それはもう大量の花びらが落ちてたんですよ⁉これはもう彼女が魔法で消したと思うしかありません」
「一瞬で掃除したんだろ。彼女なら可能なんじゃないか?」
いつも元気で体力のある愛莉になら出来なくもないと、槍は顕影の話を否定した。
「~~っそ、それだけではありません!それ以降、彼女の行動を探っていると、不可解な点がいくつもあったんです!何かお守りみたいな物にブツブツ念を唱えたり、先が行き止まりになっているはずの廊下で、急に消えたり!!」
顕影の言葉に、槍は「ははーん」という顔を見せた。
「……お前…」
「な、なんですか?」
顕影は少したじろいだ。
「さては花見さんのこと好きなんじゃないか?」
「…えっ…」
槍の発言を予期していなかった顕影は固まった。ショックを隠せない新志は、思わず顕影の方を向いた。
「な、なんですかその解釈は?た、単純極まりないっ!この僕が、体力しか能のない人になど好意を抱くわけないじゃありませんか!」
顕影は動揺し、顔を赤くして否定した。顕影の言葉を、新志はこぶしを震わせて聞いている。
「ハハッ、何本気にしてんだよ。図星か?まぁ、勘違いはそこまでにしておけよ。お前のやってることって、ストーカーと同じだぞ」
槍はムキになる顕影を面白く感じながら、彼に言い聞かせた。
「ストーカーとは失敬な!僕は気になったことは明確にしなければきが済まない質なだけです!」
顕影の話が聞くに堪えなくなってきた新志は、ぎゅっと目をつむって耐えた。
「まぁ、大体彼女自体、理解不能な行動が多いですし、女の子は魔法少女に憧れるものですから、精神年齢の低い彼女が真似事をするのは理解できます。やっぱり単なる僕の思い過ごしでしょうかね…」
顕影の発言に「プツンッ」と何かが切れた新志は、再度彼の肩を掴んで叫んだ。
「愛莉ちゃんを悪く言うなぁー!!」
すると、間を置くことなく、先生の喝が、「またお前か」と言わんばかりに飛んできた。
「剣野新志ー!!!」
「……あ……」
休み時間。教室の真ん中の席に着く新志を、愛莉と槍が囲んでいた。
「お前があんなに怒るなんてなぁ。まぁ、内容が内容だったし、仕方ないか」
槍は、意味深な目で新志を見た。槍には、愛莉に特別な感情を抱いていることを見透かされている気がしていて、新志はなんとかごまかした。
「幼馴染が悪く言われたんだよ!いくら城君でも許せないよ!」
言われた本人の愛莉は、ニコニコしている。
「でも、二度も怒られるなんて、お前も懲りないな」
槍は、新志の頭を撫で回して、また彼をいじり始めた。
「陣川先生、怒るとなんであんなに怖いんだろう。いつもはすっごく綺麗なのにさ。…はっ!もしかして、僕の気を引きたいのかな…?」
「………」
新志のおめでたい発言に、愛莉と槍は呆れていた。
「…魔法かぁ、あの時そんな話してたんだ」
愛莉は話を変えた。
先程の話に自分の名前が出された愛莉は、気になって話の内容を本人たちに聞いたようだった。
「城ってほんっとによくわからねー奴。挙句に花見さんが魔女だとか言い出すんだもんな」
槍は笑いながら新志に話をふった。
「えっ、う、うん…。そうだよね」
新志は心配そうに、ちらっと愛莉を見た。新志の心情を察した愛莉は、パチッとウインクして新志に返した。
「私にかかれば、瞬時に花びらを片付けることなんて簡単だよ~!毎日の運動は伊達じゃないもんね!でも、魔女って言われるのも悪くないな。魔法使ってみたーい!」
愛莉は、最前列の席に座っている顕影にわざと聞こえるように言った。顕影はムッとしながら、本を読んでいる。
「私も魔法って信じるよ」
すると後ろから、透き通るような声が聞こえた。三人はそちらに顔を向けた。みんなの視線の先には、スラっとした繊細そうな女の子が立っていた。
クラス一の美少女、【神岡 陽奈】だ。
今まで一度も話したことのないマドンナ相手に、愛莉と槍は一瞬戸惑った。
「神岡さん!ほんと⁉」
新志だけは、いつもと変わらない様子で陽奈に返した。
「陽奈でいいよ、新志君」
陽奈はニコッと笑って言った。
「え…?うん。じゃあ、陽奈ちゃん」
新志もニコッと笑顔で言った。
「新志君は、科学では説明できないものの中で、魔法を信じてるのね?」
「うん。そうだよ」
「じゃあ、新志君は、魔法を使えるの?」
「えっ⁉」
陽奈の質問に新志は驚き、愛莉と槍は顔を見合わせた。
「ぼ、僕は使えないよ。見ての通り、ただの人間」
意図がよくわからない陽奈の質問に、新志は戸惑いながら否定した。
「うそ。ほんとは使えるんでしょ?」
「…はぇ?」
陽奈は強い眼差しで、じっと新志を見つめた。
「きっと、無意識に使ってるんだわ…。だって…私…」
陽奈はじりじりと新志との距離を詰めていった。陽奈の視線から避けられない新志は、金縛りにでもあっているかのように、身動きが取れなかった。
「いい加減にしてください!」
すると、話を聞いていた顕影が新志の席まで移動し、しびれを切らして割って入った。
「魔法だのなんだの、馬鹿馬鹿しい!もうその話は終わったのではないのですか?僕に対する当てつけですか?」
新志と陽奈は呪縛が解けたかのように、ハッとして、顕影の方に顔を向けた。槍は「またか」という顔で顕影に返した。
「だいたい予知夢とか魔法とか、お前が言い出したんじゃないか」
「僕は、君たちが、何の根拠もなく空想で話しをしていることに異を唱えているのです!非科学的なものを真っ向から否定している訳ではありません!」
「なら、その根拠とやらを、お前が証明してみせろよ。俺たち凡人には出来ないからさ。そしたら、こんな上っ面だけの話、お前の前では一切しないでやるよ」
槍に痛いところを突かれた顕影は、ぐっとたじろぎ、愛莉に目をやった。
槍は「しまった」と思ったが、遅かった。
「フ、フフフフ…。いいですよ。僕はあなたたちのように中身のない考え方はしません。未知の存在を、この手で解明してみせます!」
何かスイッチが入ったかのように興奮する顕影は、ハハハハハと笑いながら、教室から去って行った。
四人はポカンとあっけにとられていたが、新志は妙な胸騒ぎを覚えた。
顕影は愛莉に目を付けている。きっと今までよりもさらに彼女に執拗に迫るに違いない。だが、新志の目の前では、愛莉が能天気に笑顔を見せていた。
「なんか面倒な事にしてしまった気がする…」
顕影に火を付けてしまった張本人の槍は、自らの発言を後悔していた。
「いいんじゃない?揮崎君がバシッと言ってくれて、なんかスカッとしたし」
槍の隣にいる愛莉は、笑いながら言った。
「…とりあえず、花見さんを守ってやれよ、新志」
「…えっ⁉」
新志の愛莉へのほのかな想いを知っている槍は、新志にチラッと目を向けて言った。
新志は赤い顔で愛莉を見た。
「?なんで私なの?」
愛莉は頭の上に「?」を浮かべて、新志と槍に聞いた。
その様子を、陽奈はおもしろくなさそうに見ていた。
放課後。
新志は下足室で愛莉を待っていた。パタパタと走って来た愛莉は、新志に気付いて声を掛けた。
「あれ?新志君。揮崎君と先に帰ったのかと思ってた」
「う…うん。槍に、愛莉ちゃんと帰るように言われてさ」
新志は照れくさそうに言った。
「フーン。なんで?」
「だ、だって、帰る方向一緒だし、それに、城君の狙いは愛莉ちゃんなんだから…。ぼ、僕が守らないと」
新志は赤い顔で、必死に説明した。
「なんで城君が私を狙うの?」
イマイチ状況を理解していない愛莉は聞いた。
「今日話したでしょ?城君は愛莉ちゃんを魔女じゃないかって疑ってるんだ。愛莉ちゃんが魔法使ってるところを見られたらどうするのさ!」
新志の話を聞いて、愛莉はだんだん状況を理解し始めた。
「ああ!だからあんなに自信満々に解明してやるって宣言してたのか!」
今頃気付いた愛莉に、新志はガクッと膝を落とした。
「た、頼むよー、愛莉ちゃん」
「大丈夫だよ。そんなに簡単にバレるほど、私、間抜けじゃないから!城君なんかに負けてたまるもんですか!」
愛莉は自信たっぷりに、キラキラした笑顔で言った。新志は心配になりながらも、そんな愛莉に笑顔を見せた。
二人はテクテクと帰路についていた。
「揮崎君にまで気を使わせて、なんだか悪いなぁ」
「自分のせいで、愛莉ちゃんが城君に付きまとわれると思って、罪の意識を感じてるみたいだったよ」
「アハハ。そんなのいいのに」
「でも、僕は帰りも愛莉ちゃんと一緒で、なんだか得したな」
新志はボソッと呟いた。
「え?」
愛莉は聞き返した。
「いや、何でもないよ」
新志は赤い顔で焦って返した。
「そもそも、何で城君まで巻き込んでそんな話になったの?」
愛莉は事の発端が気になり、わけを新志に聞いた。愛莉には新志の見た夢の事までは、まだ話していなかった。
「え?ああそれは…。あれ?えーと…何でだっけ?」
そもそもの事の発端が何だったのか、新志はすっかり忘れていた。
「なんじゃそりゃ」
愛莉は笑いながら突っ込んだ。すると、新志は急にハッとした。
「あっ!!」
「わっ!びっくりした」
新志の突然の声に驚いた愛莉は、身体をビクつかせて驚いた。
「そうだ!予知夢!!」
「予知夢?」
「うん。城君は、僕の見た夢が予知夢なんじゃないかって教えてくれたんだ。僕、今朝見た夢が物凄く印象に残ってて、不思議だっていう話を槍にしてたんだよ。槍には、愛莉ちゃんのおばあさんに相談してみたらって言われたんだけど…」
「へー。どんな夢?」
「え?…えっと。なんかね、暗い空間にいるんだけど、突然光って、その中から…その…女の子が「助けて」って僕に訴えかけてくるんだ」
「女の子ぉ?」
愛莉はジロッと新志を見た。
「な、何?」
新志は愛莉に夢の内容を正直に話したが、案の定、「女の子」のワードに愛莉は引っかかった。
「新志君。君はいつも女の子の事を考えているから、そんな夢を見たのだと思うよ」
愛莉は、まるで探偵のような仕草で語り出した。
「えっ⁉」
驚く新志に、愛莉は鋭い目を向けた。
「それは単なる自分の理想の女の子ってだけ。予知夢でもなんでもない」
話を簡単に流されそうになった新志は、急いで否定した。
「た、確かに、可愛かったけど…で、でも、なんか妙だったんだ。夢じゃなくて、本当に脳に語りかけてきてるような…。そ、それに、僕の理想の女の子はっ…」
言葉を遮るように、愛莉は、新志の目の前に人差し指を出した。
「…?」
「わかりました!そこまで言うなら、今から、理想の女の子がいるところへ連れて行ってあげましょう!」
愛莉の言葉に、新志はきょとんとした。
「…へ?」
『ラビアン・ローズ』
ここは、愛莉のおばあさんが営んでいる花屋だ。
入口付近には、花には目もくれず、何かの目当てで来ている青年たちが数人いた。
青年たちはみんな、ぼーっと赤い顔で何かを見ている。彼らの視線の先には、詩集に目をやっている、頭に大きな花の髪飾りを付けた女の子が、カウンターの椅子に静かに座っていた。
「まただ」
その様子を遠目から見ていた愛莉は、呆れた様子で呟くと、新志の腕を引っ張りながら、ズカズカと店に乗り込んでいった。
「お客さん達。お花買うの?買わないの?買わないんだったら営業妨害なので、出ってってくださいな!」
強気な姿勢で言う愛莉に、青年たちは慌てて近場にある花を一本ずつ取り、レジへ走った。
「ありがとうございました」
「また来てくださいなー」
全員の精算が済むと、髪飾りを付けた女の子は、愛莉と新志の方へ顔を向けた。新志はドキッと顔を赤くさせた。
「お帰りなさい、愛莉。新志君も、久しぶりね」
髪飾りの女の子は、愛莉の二つ上のお姉さんで、【花見 莉々(はなみ りりぃ)】といった。
「ひ、久しぶりです。莉々さん」
新志はデレデレしながら答えた。そんな新志をよそに、愛莉は莉々に言った。
「もう!いっつもあの調子じゃん!お姉ちゃんが店番してる時は、お姉ちゃん目当ての客しか来ないんだから!私が来なかったら、ずっとあのままだったんだからね!」
攻める愛莉に、莉々はふんわりした笑顔で返した。
「でも…どうも接客って苦手で」
「もうっ」とプリプリ怒っている愛莉の隣で、新志は莉々の笑顔に癒されていた。
「莉々さんは花に詳しいから、接客なんて出来なくても大丈夫なんだよ」
「お花は好きだから、お花についてなら答えられるんだけどね」
「それも大事だけどさ…」
二人のほのぼのした会話に、愛莉は落胆気味で言った。
「ところで、愛莉。久しぶりに新志君を連れて来て、どうしたの?何か用事だったの?」
莉々は二人に聞いた。
「だってぇ、新志君がどうしても理想の女の子に会いたいっていうからぁ…」
愛莉は意味深な目で新志を見ながら言った。勝手に自分の想いを告げられた新志は焦った。
「ちちち、違うよ!あっ、違うくはないんだけどっ…。ああっもうっ愛莉ちゃんっ!」
焦る新志を見て、面白可笑しく思った愛莉はケラケラ笑った。莉々も「フフフ」と笑って答えた。
「私に会いに来てくれたの?ありがとう新志君」
よくあることで慣れているのか、まるで弟に言うかのように、莉々はにっこり笑って礼を言った。莉々の笑顔に新志はぼーっと顔を真っ赤にして黙った。その横で、愛莉もクスクスと笑っていた。
「あら、愛莉、おかえり。あら?新志君も」
花屋の奥から顔を出したのは、愛莉のおばあさん【花見 リィーズ】だった。外見は魔女だとちっとも思わせない、どこにでもいるグレーヘアーの優しそうでふくよかなおばあさんだ。
「おばあちゃん。ただいま」
「お邪魔してます」
新志は頭を下げた。
愛莉はパタパタとおばあさんの元に駆け寄り、少し声を小さくして言った。
「あのね、新志君が、おばあちゃんに聞きたいことがあるんだって」
「…?聞きたいこと?」
「うん。なんかね、変な夢を見たとかで…」
愛莉の言葉を聞き、何かを察したおばあさんは、莉々に目をやった。
「莉々、店番はもういいよ。そろそろ家に帰りなさい」
「え?あ、はい…」
莉々は少し寂しそうな表情で、おばあさんに言われた通り、帰る支度を始めた。
「じゃあ、新志君。またね」
莉々は新志に軽く手を振って挨拶をした。
「は、はい。また…」
新志は名残惜しそうに、ひらひらと手を振り返した。
「さぁ、どうぞ新志君」
莉々が帰るのを見届けると、おばあさんは、新志を中へ招いた。
「えっ?入っていいの?」
おばあさんはゆっくり頷いた。愛莉も笑顔で、新志が来るのを中で待っている。
外見は花屋だが、奥はおばあさんの私室。つまり魔女の秘密の部屋だった。内心不安もあるが、ワクワクしながら、新志は中へと足を踏み入れた。
重たいカーテンを潜り抜けると、ヨーロッパ風の異国染みた家具や装飾が、一面に広がり、部屋の真ん中には、いかにも魔女らしい、大きな水晶玉が、テーブルの上に乗っていた。
身近にはなかった物珍しい光景に、新志は辺りをキョロキョロと見渡した。横では、新志から預かった通学かばんを椅子の上に置く愛莉が、得意げな顔で笑っている。
「わぁ…凄い…。あっ、これって何か見えたりするの?」
新志は無邪気に水晶玉をのぞき込んで聞いた。
「いいえ…。それはただの飾り。ちょっとでも魔女らしくしようと思ってね」
「…え…。あ、そうなんだ」
期待はずれの答えに、新志は少しがっかりした。
「おばあちゃんはね、昔は魔法界で国王の侍臣を務める程の実力の持ち主だったんだ。…けど、こっちの世界に来て、魔力をそんなに使わなくなってから、だんだん力が弱まって来ちゃって…。それで、リハビリって言っちゃなんだけど、今はお客さんにちょっとした占いをしてあげてるんだ」
愛莉は言い辛そうに、下を向いて話した。
「そう…だったんだ」
新志は申し訳なさそうに言った。
しょんぼりする愛莉の肩に、そっと手を置いたおばあさんは、新志に言った。
「でもね。この子は私よりももっと壮大な力を秘めているのよ。もっと魔力を高めて、いずれは、私よりも上を行く、魔法界のプリンセスになって欲しい。それが私たちの夢よ」
「プ、プリンセス⁉」
あまりの壮大な夢に、新志はあっけにとられていた。
「あ、愛莉ちゃん、いずれは魔法界に行っちゃうの?」
「んー。まぁ、夢はでっかくいかないとね!」
愛莉は照れ笑いをして、答えた。新志は急に寂しくなり、少しうつむいた。すると、何か思いついたように、ハッと顔を上げた。
「莉々さんは?まず、お姉さんの莉々さんが候補に選ばれるべきなんじゃないの?」
新志の問いに、愛莉とおばあさんは顔を見合わせ、言いにくそうにしながらも、おばあさんが口を開いた。
「莉々は…、莉々には、魔力がないのよ。だから、あの子の前では、こういった話は一切しないようにしているの」
「………」
聞いてはいけないことだったと気付いた新志は、そのまま黙った。
「新志君」
黙ってうつむいている新志に、おばあさんが話しかけた。新志は顔を上げて、おばあさんを見た。
「愛莉が魔法使いだって事、あなたに打ち明けることを許したのは、愛莉の事を助けてやって欲しいからなのよ」
「…えっ⁉」
「あなたは、私が見抜いた素質ある子なの。あなたなら、愛莉が魔法使いだって周りに気付かれず、この子を守り通してくれるはず。そう思ったからなの」
おばあさんに打ち明けられ、新志は戸惑った。
魔法使いを守る。魔力を持たない、ただの人間の新志にとっては荷が重いことだった。
「い、いやっ…でも、僕はフツーの小学生なんだけどっ…」
「いいえ。あなたには素質があるの。私にはわかる。現にそれが開花してきているわ」
「へっ?」
唐突な話で、全く理解できない新志は、ただただパニックになっていた。
おばあさんはフッと目を閉じ、新志の額に手をやった。すると、暖かい光が手から放たれ、そのまぶしさに新志は目をつぶった。
光が消えると、新志は、ゆっくり目を開けた。
新志の目には、鮮やかな青色の花が映った。
「…?」
新志は訳が分からずに、その花を見つめた。
「聞くとあなたが見たその予知夢、きっとそれはあなたに変化を与える兆しよ。「ニゲラ」の花言葉は「夢で逢えたら」。夢に出てきた人物が強い何かを訴えてきているようね。そしてその人物は、あなたと心の通じ合う者…」
「………」
おばあさんにニゲラの花を手渡され、新志は黙ってその場に立ち尽くした。
「予知夢は魔力のある人が見やすいんだって。そうだよね?おばあちゃん」
愛莉の言葉に、おばあさんはゆっくり頷いた。そして真っすぐに新志を見た。
「新志君。あなたに力が備わるまで、もう充分に時はきているの」
新志8あらし)は今までの話を聞いて察し、恐る恐る口を開いた。
「……僕も…。僕も愛莉ちゃんみたいに…、魔法が使えるってこと…?」
「………」
するとおばあさんは、苦い顔をして黙った。
「…?」
おばあさんの表情を見て、新志は疑問に思った。
「…私に、あなたの力を解放させられるだけの魔力があればね…。人間を魔法使いにするには、強力な魔力がいるのよ。…今の私では…その力はとても…。こんなに素質ある子を目の前にしておきながら、それができないなんて、とてももどかしいのだけど…」
おばあさんは、とても残念そうな顔で言った。
「私がもっと早く力を付けられたら、こんなにおばあちゃんを苦しめないのに…」
愛莉も悲しそうな顔で言った。
「………(僕が魔法使いになることは確定なんだ…)」
おばあさんと愛莉が、新志の意思を無視して、彼を強制的に魔法使いにさせようとしていることに、新志は反論することが出来ず、心の中でツッコミを入れていた。
(でも…、悪くないかも。僕も愛莉ちゃんみたいに魔法が使えたらなぁと思ってたし。…それに、プリンセス候補の愛莉ちゃんを守るだなんて、まるでかっこいい騎士みたい。…そんでもってゆくゆくは…)
どんどん膨らんでいく妄想に、新志は興奮していた。
「大丈夫!!愛莉ちゃんが壮大な魔力を付けるまで、僕はこのままフツーの人間のままで、愛莉ちゃんを守ってみせるよ!!」
新志は自信満々に愛莉に言った。
「新志君!!」
愛莉は指を組んで、キラキラした目で新志あらし)を見た。
「任せてよ、愛莉ちゃん!」
「ありがとう!私嬉しい‼」
二人がいい雰囲気になっているその時、部屋の奥から、カタカタと物音がした。
新志と愛莉は、物音のする、暗い奥の部屋の方に目をやった。
「⁉あそこは…っ!」
おばあさんが何かに反応し、その部屋へと向かった。新志と愛莉も気になり、おばあさんの後に続いた。
暗い奥の部屋は狭い物置のようで、沢山の西洋風の小物が置かれていた。その中の一つ、テーブルの上に置かれた、アンティーク調の宝石箱が、カタカタと音を立てて揺れている。
「…これはっ!」
おばあさんは、驚いた様子で、その宝石箱を見ている。新志も愛莉も、その不思議な現象に驚き、目を丸くしていた。
「おばあちゃん…、何なの?これ?」
愛莉にもその箱が何なのかわからないらしく、おばあさんに聞いた。
「…………」
おばあさんは黙ってその箱を見つめている。
「………呼んでる……助けってって…僕を……」
「えっ?」
新志の声に、おばあさんと愛莉は反応した。新志の方へ振り返ると、二人はハッとした。
新志の瞳は黄色く光り、まっすぐに宝石箱を見つめている。
「あ、新志君…?」
愛莉は、様子のおかしい新志に、妙な不安を抱いた。
新志は吸い寄せられるかのように、宝石箱の方に近づいた。おばあさんは、ハッとして、新志を止めた。
「ダ、ダメよ!!新志君!!近づいては…」
その瞬間、宝石箱の中から銀色のまばゆい光があふれ出し、勢いよく蓋が開いた。
「うわああああああっ!!」
「っっ⁉ええーっ⁉」
箱の中から光と共に、水色の小さなドラゴンが勢いよく飛び出すと、そのまま新志を床に押し倒した。
「………へ?」
おばあさんと愛莉は、何が起こったのか分からず、そのまま呆然と立ちつくしている。
宝石箱から放たれた光は徐々に消え、何事も無かったかのように蓋が閉まり、元の状態へと静かに戻っていった。
「イテテテテテ…ん?」
新志は身体を起こし、胸に呼び込んできた、その小さなドラゴンに目をやった。
「………」
状況が理解できない新志は、目を点にしたまま、しばらくそのドラゴンを眺めていた。
「痛たた…。あ…れ…?…ここは…?」
ドラゴンは、新志の身体の上で起き上がり、今の状況を把握するために辺りを見渡した。
「………」
三人はそのドラゴンが言葉を話していることに驚き、あっけにとられた。
ドラゴンは、呆然とする三人に目を向けた。
「…あー…。あの…。えっと…、ここ、どこですか?」
ドラゴンは照れ臭そうな素振りで、自分を見つめる三人に聞いた。
「ド、ドドドドラゴンが…しゃ、喋ってる!!」
新志は動揺して、自分の上に乗っているドラゴンを指さした。
「きゃーっ⁉なにこれ!!可愛いーっ!!」
愛莉はドラゴンに駆け寄り、ひょいっと持ち上げた。
「君、どっから来たの?なんて名前?なんで喋れるの?」
愛莉はドラゴンをぬいぐるみのように扱い、クルクル回りながら質問攻めにした。
「あれ?」
愛莉は、目を回したドラゴンの首元に、透明の水晶が付いているのに気づいた。
「これ、綺麗…」
「それは…っ⁉」
おばあさんは、その水晶に反応し、近寄った。
「…これは、ジェムエレメント…!」
水晶に手を伸ばしたおばあさんは、ドラゴンを見た。
「…ジェムエレメントを知ってるの?」
ドラゴンも、おばあさんの言葉に反応し、彼女を見た。
「あなたは、魔法界の者ね。…ここは人間界。あなたの居た世界とは次元の異なる世界よ」
「に、人間界っ⁉」
ドラゴンは驚いた。
「おばあちゃん、どういう事?」
「このちっこいドラゴンが、魔法界から来たって…?」
愛莉も新志も状況が全く理解できず、リィーズに聞いた。
「黙っていたけど、ここは、私が魔法界で暮らしていた時の物を集めた部屋なの。そして、この宝石箱…。これは、唯一魔法界と人間界とを繋ぐ、言わば「扉」だったのよ。…でも、それは遠い昔の話。鍵を掛けて封じたはずだったのに、まさか、またこの扉が開くことになるなんて…」
おばあさんは信じられないという顔で、宝石箱を手に取った。そして、新志の方へ顔を向けた。
「きっと、新志君の予知夢は、このことを予言していたのね」
「…?」
よく理解できない新志は、おばあさんに疑問の顔を投げかけた。
「あなたに助けを求めていたのは、きっとこの子よ」
おばあさんは、ドラゴンに顔を向けた。
「…えっ⁉」
驚いた新志とドラゴンは、目を合わせた。
「…き、君に僕の声が届いたの?」
ドラゴンは新志に聞いた。
「えっ?い、いや、でも…」
新志が戸惑っていると、愛莉が割って入った。
「でも、新志君が見た夢は、女の子が助けを求めていたらしいよ。すっごくかわいい女の子!ねぇ、新志君?」
愛莉は、新志に同調を求めた。
「う、うん。こんな、ちんちくりんなドラゴンじゃなかったよ?」
新志はドラゴンを指さして、おばあさんに訴えた。
「ち、ちんちくりんて…」
酷い言われように、ドラゴンは、返す言葉が無いようだった。
「きっと、夢に出てきたその子が、本当のこの子の姿なんだわ。あなたは、魂をそのドラゴンの身体に埋め込まれてる。違う?」
おばあさんは、優しくそのドラゴンに聞いた。ドラゴンは、おばあさんが事を察していることに、若干驚きながら答えた。
「…そ、そうです」
「ええ⁉で、でも、君、今「僕」って…。お、女の子じゃないの?」
驚く新志に、ドラゴンは下を向きながら、首を横に振った。
「…僕は男だよ」
「えっ…⁉…じゃ、じゃあ、肌の色は?」
「…褐色」
「髪の色は?」
「水色」
「目の色は?」
「青」
「頭に、宝石の付いた大きな石を乗っけてる?」
「………」
ドラゴンは黙って頷いた。夢に出てきた人物の特徴と全て合っている。
「………君、本当の姿は綺麗なんだね…。ち、ちんちくりんなんて言ってごめん…」
「いや、いいんだよ…」
新志は、ショックを隠せない様子で謝った。
ドラゴンは、少し寂しそうに返した。
「えーっ?そんなにきれいなの?私も見たいっ!」
横から愛莉が興奮気味に言った。
「あ、愛莉ちゃんはいいのっ!」
新志は愛莉の心が惹かれないように、必死に止めた。
「ところで、あなたは何故、新志君に助けを求めていたの?魔法界で何かあったの?…あ、そういえば、名前をまだ聞いていなかったわね」
話を戻そうとしたおばあさんは、ドラゴンに聞いた。
「僕の名前は、コルザ…。【コルザ・カラビーニア】」
「っ⁉」
おばあさんは、コルザの名前に反応した。
「こるざ?変な名前だね」
「外国人みたい」
コルザの名前を聞いて、何かを考えるおばあさんをよそに、愛莉と新志が言った。
「…コルザ…。あ、あなたっ、カラビーニア家の⁉」
おばあさんは驚いてコルザを見た。
「……え?は、はい…」
このおばあさんは何かを知っていると悟ったコルザは答えた。
「カラビーニア家?」
新志と愛莉は顔を見合わせた。
「カラビーニア家は魔法界全ての権力を握る王族よ。私もかつて、仕えていたことがある。そう…あなたが…、あの大魔王の息子の…」
おばあさんは、どこか寂しそうに、また、どこか憎しみを込めた目で、コルザを見つめた。
「……?」
コルザはその表情の意味が分からず、ただ黙って見つめ返した。
「まぁ、この子を恨んでも仕方がないわね…」
おばあさんはボソッと呟いた。
「ってことは、コルザは魔法界の王子様⁉」
話の内容で悟った新志は、興奮気味に驚いた。
「えっ⁉…じゃ…あ…、将来私の…」
愛莉は頬に両手を当てて、赤い顔になって言った。新志はぎょっとして慌てた。
「そ、そんなのダメだ‼君っ!急に出てきて、愛莉ちゃんを連れて行こうなんて、この僕が許さないからね!」
「…?何のこと?」
迫る新志に、コルザは疑問を投げかけた。
「とぼけたって駄目さ!君がここに来た理由は、将来大王になった時に傍にいてくれる、有力なお嫁さんを探す為に決まってる!そんな女の子受けしそうな姿でコソコソ嗅ぎまわるなんて、なんてヤラシイ奴なんだ!!愛莉ちゃんは、この僕が守るんだ!!」
興奮した新志は、コルザの首を掴んで、ブンブン揺らした。
「やめてよっ新志君!私の王子様になんてことするのっ!」
愛莉は、新志からコルザをぶんどった。コルザは苦しそうに新志の方を向いた。
「違うよ。僕はそんな目的なんてない。…それに僕、大王にはなれないんだ」
愛莉からコルザを取り上げようとした新志は、ピタッと動きを止めた。
「どういう意味?」
コルザは、愛莉の手からピョンッとすり抜けて、テーブルの上に立った。
「父様は、僕の事が嫌いなんだ。僕に後を継がせる気なんてないんだよ」
コルザは寂しそうに言った。
「え…?じゃあ、王家は誰が継ぐの?」
愛莉は心配そうに聞いた。
「…多分、三人いる姉様達の、誰かじゃないかな」
「お姉さん、三人もいるの?なんか羨ましい!」
新志は妙に顔を赤くして言った。愛莉はジロッと新志を見た。
「でも、普通、後継ぎって長男がするものじゃないの?」
愛莉は聞いた。話の内容を、おばあさんは思いつめたように下を向いて、黙って聞いている。
「…父様は僕より、姉様達の事が好きだから…。それに、父様の言う事は絶対だし、誰も逆らえない」
「お父さん、なんでそんな贔屓なの?…コルザ、お父さんに何かしたの?」
コルザの話を疑問に思った新志が聞いた。
「ううん。別に何も。…ただ…」
「ただ?」
言葉を詰まらすコルザに、新志と愛莉は聞いた。コルザは、とても言い辛そうに答えた。
「…父様は…その…。無性の女好きなんだよ…」
「………え」
新志と愛莉は、どう返していいか分からずに固まった。おばあさんは、苦渋を舐めるかのように、眉間にしわを寄せて顔を反らした。
「側近の女性をとっかえひっかえだったから…僕ら姉弟のそれぞれの母親だって、定かじゃないんだ。それに、女の姉様達のことは大好きさけど、男の僕には、目もくれない…」
コルザは半分呆れ顔で言った。
「…それは…お気の毒に…」
新志はコルザに何と言ってあげたらいいのか、励まし方がわからなかった。
「でも…実の息子なのに…ねぇ?」
愛莉もコルザの気持ちを察し、新志に振った。新志も愛莉の言葉に頷いた。
「関係ないよ。父様にとって、重要なのは、男か女かだけなんだ。…僕だって、そんな父様なんて大嫌いだ。男を食い物にする姉様達も…」
「く、食い物?」
小学生にとっては過激な発言に、新志は戸惑った。
「なんか凄い一族なんだねぇ…」
予想していた王族と違い、愛莉も戸惑いを見せた。
「それで、どうしてその姿になってしまったのかしら?新志君に助けを求める程、何か困ったことがあったの?」
おばあさんは、これ以上聞いていられない様子で、話を元に戻した。
「…ある魔女に…、僕の育ての母親に襲われたんです…」
「襲われた?お母さんに?」
新志は驚いて聞いた。コルザは静かに頷いた。
「その母親は数年前に亡くなったんだけど、昨夜、僕の前に亡霊となって現れた」
「ぼ、亡霊っ⁉」
愛莉はぎょっとして、身震いを起こした。
「彼女は魔力を使って僕に攻撃してきた。突然の事に、僕は逃げることしか出来なかったんだ」
「コルザは、魔法で攻撃をし返さなかったの?」
新志は聞いた。コルザは頷いた。
「相手は…育ての母親だし…、それに僕は、彼女をとても信頼していた。だからどうして僕を攻撃してくるのか、わからなかったんだ。何度理由を聞いても、ただ攻撃してくるだけで…」
コルザの話を、おばあさんは黙って聞いている。
「何も出来ない僕は、彼女の攻撃をくらい、魂をこのドラゴン…「キルス」の中に封じ込められた」
コルザは、バサッと後ろの羽を広げて言った。
「キルス?」
新志と愛莉はコルザに聞いた。
「キルスは、僕の飼っているこのドラゴンの名前。僕の魂は、その場にいたキルスに封じ込められたってわけ」
「そうだったんだ…」
新志と愛莉は「はー」と感心しながら言った。
「攻撃されたと同時に、何故か巨大なジェムエレメントが出没して、攻撃のショックで落ちたその欠片を、僕は無我夢中で咥え、その場から逃げたんだ。…何故だか分からないけど、誰かに呼ばれている気がして、一度も行ったことのない、西の塔の最上階まで逃げた。…僕はそのまま力尽きて…気を失った。そしたら急に目の前が光って、ここへ…」
一通りの話を終えたコルザは、疲れた様子で、テーブルの上にペタンッと座った。
「巨大なジェムエレメント…」
おばあさんは、そう呟いて、疲れた様子のコルザを見た。
「そっかぁ、その時の助けを呼ぶ君の声が、僕に聞こえたってことか!」
新志は、コルザに顔を近づけて言った。コルザは、目の前にいる純粋そうな少年の顔をじっと見た。
「君は、人間なのに、どうして僕の声が聞こえたの?」
コルザは、ただの人間の新志と気持ちが通じたことに、疑念を抱いて眉を顰めた。
「新志君はね、魔法使いの素質がある子なんだよ!」
新志の後ろからヒョコっと顔を出した愛莉は、新志の肩に手を置いてコルザに言った。
「え?…へー…。そうなんだ」
新志と気持ちが通じるという事は、自分と共鳴するほどの魔力を持つ同士のはず…。だが新志はどう見ても、冴えない少年。
コルザにとっては信じがたい気持ちで、少し落胆した表情を見せた。
「その通りよ。この新志君は、私が認めた才能ある子。あなたと心が通じ合ったのなら、これで間違いはないわ」
おばあさんは、誇らしげにコルザに言った。コルザは、おばあさんを見上げた。
「先程から気にはなっていたんですが…。あなたは一体…?」
おばあさんの正体が分からないコルザは、不安気な顔で聞いた。
「私はリィーズ。そうね…、「魔女ばあさん」とでも呼んでもらおうかしら。私は昔、あなたのお家で仕えていたことがあるのよ」
おばあさんは優しくコルザに言った。
「…⁉リ、リィーズ様⁉お名前は聞いたことがありますっ!…そ、そうでしたが…そ、それは失礼しました」
おばあさんは、魔法界では有名な存在らしく、正体を知ったコルザは慌てて頭を下げた。コルザの慌てぶりを見た新志と愛莉は、驚いて顔を見合わせた。
「おばあちゃんってなんだかすごい魔女だったんだ…」
「そうみたいだね」
おばあさんは「フフフ」と笑った。
「コルザ…。私からお願いがあるのだけど…」
「……?」
コルザは疑問に思って、おばあさんを見上げた。
「あなたの持っているそのジェムエレメントを、新志君にあげてもらえないかしら?」
「…え?」
コルザと新志は、顔を見合わせた。
「見たところ、ドラゴンに魂を封じられた今のあなたは、魔力を使えずにいるようね。魔力の使えないものがジェムエレメントを持っていても、何の意味もないわ。…だから、それを、新志君の能力を解放させるための力にさせてほしいの」
おばあさんの訴えに、コルザは戸惑い、首元のジェムエレメントに目をやった。
「新志君の力が解放されるまでは、もうあと一歩のところまで来ているの。お願い。魔力がほとんど残っていない、今の私には出来ないことだから…」
おばあさんは寂しそうにうつむいた。威厳ある魔女として、その名をとどろかせていたリィーズの今の現状を知ったコルザは、返す言葉もなく、ただ彼女を見つめた。
「…新志君は、きっとあなたを元の姿に戻すために、力になってくれる。…ねぇ、新志君?」
おばあさんは、新志の方へ振り返った。
「えっ⁉あ、う、うん!!もちろん!!大丈夫だよ、コルザ!僕がきっと、元の綺麗な姿に戻してあげるからね!!」
新志にとっては、何の根拠もなかったが、今の彼は、自分と心が通じる上、どこか放っておけないコルザを助けたいという衝動に駆られていた。新志に無邪気な笑顔を向けられたコルザは、気持ちがフッと楽になった気がした。
「………あ、ありがとう…。じゃあ、これを…」
コルザは、首に付けたジェムエレメントを外した。
「ありがとうコルザ。では、私が魔法をかけるわ」
おばあさんは、コルザからジェムエレメントを受け取り、掌を自分の胸にかざした。すると、掌から紫色の光が放たれ、胸の部分から何かが浮き出てきた。おばあさんが手をグッと前に動かすと、それは勢いよく飛び出し、おばあさんの身体の前で回転した。パシッと手に取ると、それは鍵の形をした大きな魔法の杖だった。
先程までの、優しいおばあさんからは想像出来ない凛々しい姿に、新志は驚きと興味の混ざった顔で、目を凝らしてその様子を見つめた。おばあさんは、くるっと新志の方に体の向きをかえた。
「では、新志君、あそこに立ってもらえる?」
おばあさんは、今いる物置部屋ではなく、先程の水晶のある部屋の真ん中を指さした。
「あっ、は、はい‼」
新志は、走ってそこに向かった。愛莉とコルザも、その部屋の端に移動した。
「とうとうだ!楽しみっ!」
「………」
ワクワクする愛莉の隣で、コルザはその様子を黙って見ている。
おばあさんは新志に近づき、先程コルザから受け取ったジェムエレメントを、新志に手渡した。
「これを、胸の位置に持って、ぎゅっと握っていてちょうだい」
おばあさんは、新志に不安を与えないように、耳元で優しく言った。
「は、はいっ!」
新志は緊張しながらも、おばあさんに言われた通り、ジェムエレメントを胸の位置で強く握った。
おばあさんは新志から距離を置き、杖を新志の方に向けて、気を集中させた。
「新志君、あなたは内に秘めた力を解放することだけイメージしていてちょうだい。あ、それと、まぶしいと思うから、目は閉じておいた方がいいわ」
「は、はいっ!!」
新志は言われた通り、目を閉じた。
すると、おばあさんの握る杖が、だんだん紫色に光だし、それに共鳴して、新志の握っているジェムエレメントから光が放出した。
「トワール・ワイル・エトワール 力を授かりし「剣野新志」の魔力を解き放て! リィージズ リベラシオン!!」
おばあさんの力強い呪文と共に、新志の身体は黄色い光に包まれた。新志は身体の内側からこみ上げてくる、強い何かを感じ取った。
(あ、あついっ…!なに…これ…?)
新志は、片目を微かに開けたが、目に入って来るのは、まばゆい黄色の光だけだった。新志は再度目を閉じて、なんとも言えない感覚に耐えた。強い光に飲み込まれていく新志を、愛莉は心配そうに見つめているが、コルザは強い眼差しを向けていた。
しばらくすると、光は弱まり、新志の身体の周りから消えていった。
「……目を開けていいわ、新志君。おめでとう。成功よ!」
おばあさんの声に、新志はそっと目を開けた。
目の前には、満足気なおばあさんと、その後ろには、笑顔で立っている愛莉とコルザがいた。
「…?え…、僕…」
新志は自分の身体を見た。すると、格好が先程と変わっていることに気付いた。
「わっ!!えっ、す、すごいっ!!」
新志は肩にかかっている、紺色の長いマントを翻して、全身を確認した。
「わーっ、僕、まるで魔法使いみたいだっ!!」
新志はクルクルと回って、魔法使いの格好をしている自分の姿を、後ろまで確認した。
「みたいじゃなくて、本当に魔法使いなのよ」
おばあさんは、クスクス笑って言った。
「わーっ!凄い凄い!!新志君!!かっくいいーっ!!」
愛莉は新志の変身した姿に興奮して、駆け寄った。
「じゃあ、僕、魔法が使えるの?」
新志はクルッと振り返って、おばあさんを見た。おばあさんは、微笑んで頷いた。新志は目をキラキラさせて、愛莉の手をぎゅっと握った。
「愛莉ちゃんっ!!僕、これでやっと愛莉ちゃんを守る騎士になれるよ!!きっとプリンセスにしてみせるからねっ!!」
新志の言葉に愛莉は感極まった。
「新志君っ!!ありがとうっ!!愛莉、最高に嬉しいっ!!」
愛莉は新志の手をぎゅっと握り返した。二人は見つめ合うと、新志はハッと何かを思い出した。
「あ、そだ!コルザもっ」
新志はコルザの元へ駆け寄り、彼の目線に合うように立膝をついた。
「コルザ!これから、僕が君の事を守るからね。君の身体もきっと元に戻す。だから、安心して」
コルザはしんどそうに顔を上げて、新志を見つめた。コルザの目には、キラキラとした新志の顔が、なんともたくましく映っている。まるで先程とは別人のように…。
「新志君…、あり…が…と…う」
コルザは安心したのか、今までの疲労がどっと襲って、その場にパタリと倒れこんだ。
「コ、コルザ⁉どうしたの?」
新志は慌ててコルザの身体を抱きかかえた。愛莉も心配してその場に駆け寄った。
「…大丈夫。疲れて眠っているだけよ。…大変な目に遭ったんだものね。かわいそうに…」
おばあさんは、哀れんだ目で眠っているコルザを見つめた。新志と愛莉も、心配そうにコルザを見ている。
「…ねぇ、おばあさん。コルザ、僕の家に連れて帰ってもいい?」
「え?」
コルザを抱いたまま聞く新志に、おばあさんは目を向けた。
「ずるいよ新志君!なら私が連れて帰る!…だって。未来のお婿さんになるんだし」
愛莉は、ポッと顔を赤らめて言った。新志はムッとして愛莉に言った。
「それだけはダメ!」
「な、なんでよー!」
「ダメなものはダメ!それに、コルザは僕が守ってやるって約束したんだ!」
「いいじゃんっ!ケチー!!」
「やめなさい、二人とも!…愛莉、あなたのお母さんは、動物が苦手なんでしょう?」
愛莉は「うっ」と何も言えず、下を向いた。
「それに、莉々もいるわ。あの子の前では、魔力に関係することは避けるって、約束したでしょう?」
おばあさんは愛莉に言い聞かせた。愛莉はしょんぼりしてうつむいた。
「…わ、わかったよ…」
「新志君。コルザのこと頼んだわよ。くれぐれも正体がバレないようにね。…あなたも!」
おばあさんは、若干の不安はありつつも、コルザを新志に任せた。
「わかった!ありがとう!」
新志は嬉しそうに、おばあさんに礼を言った。
「…とりあえず、今日はもう遅いから帰った方がいいわね。明日、もしコルザが元気になっていたら、また来てちょうだい。…この子に、いろいろ聞きたいことがあるの…」
おばあさんは、意味深な表情でコルザを見た。
「……?わかった。連れて来るよ」
「お願ね…」
おばあさんは新志に笑顔を向けた。
変身を解いた新志は、コルザを抱いて、愛莉と共にラビアン・ローズを後にした。
自宅までの道を歩きながら、新志は、真ん中に黄色く光る石の装飾が付いた鍵のペンダントを片手に乗せ、それをじっと眺めていた。
「これに僕の魔力が宿ってるんだね。僕が魔法使いだなんて、なんか信じられない」
新志は嬉しそうに興奮して言った。
「これから、私とどっちが早く魔力を付けるか、競争だね」
愛莉も嬉しそうに言った。
「で、でも、愛莉ちゃんは生まれながらに魔力が備わってるんだし、そんなの、僕の負けだよ」
新志は笑いながら言うと、愛莉は少し下を向いた。
「実はね、新志君…。おばあちゃんはあんな風に言ってくれてたけど、私、実感するほど、そんなに強い魔力、持ってるとは思えないんだ」
「…?どういうこと?」
真剣な顔をする愛莉に、新志は深刻な表情で聞いた。
「私、いつまでも半人前だし、大した魔法も使えない。おばあちゃんの言葉がプレッシャーに感じることも、結構あってね…」
珍しく、愛莉が弱気な態度を見せている。新志は驚いて、あたふたと返す言葉を考えた。
「ち、力を付けるスピードなんて、人それぞれだよ!ほら、愛莉ちゃんも言ってたじゃん。夢はでっかくって!夢を叶えるまで、遠回りしてもいいじゃん。僕と競争し合いながら、お互い自分のペースで進もうよ!」
いつも愛莉に励まされている新志が、慣れない言葉で、いつもとは逆に愛莉を元気付けた。
「そ…そだね!うん!!私も新志君となら心強いや!二人で頑張ろう!」
いつもの新志が、愛莉にとって、たくましく思えた瞬間だった。
「………やっと本性を明かしましたね」
後からの突然の声に、新志と愛莉はビクッと驚いて、声のする後方へと振り返った。
そこには、顕影が、不敵な笑みを浮かべて立っていた。
新志と愛莉は青ざめた。
(…まさか…、今までの話、聞かれてた…)
二人は青ざめたまま、目を見合わせた。
顕影は「フフフ」と笑いながら、びしっと指をさした。顕影の指は、新志の胸に抱かれたコルザをさしていた。
「……え?……な、何?」
新志は顕影に恐る恐る聞いた。
「その妙な生物…!」
顕影がそう言うと、新志と愛莉はギクッとした。
「それ…、花見さんが魔法で出したのでしょう⁉」
「………え?」
微妙にズレている顕影の発言に、二人は「?」を頭に浮かべた。
「だって、こんな生物、今まで見たことがない!きっと、発想力豊かな花見さんが、思い浮かべて作った物に決まってます!それに、学校から出たと時は、こんなもの、持っていませんでした!」
顕影はコルザに近づき、指をブンブン振って説明した。新志はあまり近づかせないように、顕影からコルザを離した。
「さぁ、これをどう説明しますか?花見さん?剣野君?」
顕影は眼鏡を光らせて、二人に問いただした。
新志と愛莉は、顔を見合わせた。
「…城君…。いい加減にしてよ。これは私のおばあちゃんが、私の誕生日にプレゼントしてくれたただのぬいぐるみだよ!」
「……へ?…ぬ、ぬいぐるみ…?」
呆れて言う愛莉に、顕影はきょとんとした。
「そう!今日、プレゼントしてくれるっていうから、私と新志君とで、おばあちゃんのお店に行ったの!かわいいでしょ?このぬいぐるみ!!」
愛莉はそう言うと、コルザを新志の腕から引っこ抜いて頬ずりした。新志はショックを隠せない顔で、その行為を見ている。
「そ、そんな馬鹿なっ…。ちょ、ちょっとよく見せて下さい!」
顕影が近くに来ようとするのを、新志は阻止した。
「そ、それよりっ!城君、…きみ、学校からずっとつけてきたの?」
「えっ⁉」
顕影はギクッとした。
「愛莉ちゃん、迷惑してるんだよ。…あんまりしつこいようなら、先生に言っちゃうからね!」
新志は怯んだ顕影に、強気な態度で反撃に出た。
「…うっ。…ですが、君たちが僕を挑発してきたんですからね!そのことをお忘れなく!!今回はこの僕のまれにある勘違いでしたが、この次は、そうはいきませんよ!!…で、では、失敬!!」
顕影は、捨て台詞を吐きながら、そそくさとその場を去って行った。
新志と愛莉はホッとして、お互い笑い合った。
「私たちが魔法使いだって、バレちゃったのかと思った」
「僕もだよ。話は聞かれてなかったみたいだね」
二人は安堵した。
「…でも、気を付けないといけないね。僕らもだけど、コルザの事も」
新志と愛莉は、静かに眠っているコルザを見た。
「そうだね。これから、ぬいぐるみっていう事にしておく?」
愛莉の問いに、新志はうーんと唸った。
「さすがに、母さんにはそれは通用しないかなぁ…」
「じゃあ、どうするの?」
愛莉は聞いた。
「…まぁ、ちょっと考えてみるよ」
新志はコルザを見つめ、笑いながら愛莉に言った。そんな新志に愛莉も笑顔を返した。
二人は、夕焼け色に染まる道を歩いた。
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第二話「魔法界の追放者!?」もよろしくお願いします!




